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ファンキー・ビート!  作者: 十山 
第三章 復讐のビート
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 七月五日。午前二時四十五分。僕は一人布団の中で目を覚ます。未だ時刻は丑三つ時の範囲内。人外の物に関わっている以上、こんな時間に目を覚ましてしまった事について少々意識してしまうが、しかし、この事態は特に驚くことでは無い。何故ならば昨日は、あの幽霊を昇華させた際に生じた精神的疲れを癒すために、早めに床に付いたのだから。

 晩御飯を食べてすぐ就寝したため、睡眠時間としては七時間超。割合寝過ぎと言われても仕方がないくらいの長さである。この時間に目が覚めてしまったのは、むしろ人体として普通の反応であろう。

「ふあぁぁぁ……」

 さて、そうとは言ったものの、厄介な時間に起きてしまったものだ。こんな時間に何をすればいいのだろうか。勉強か? 明日は日曜日だし、夜更かしをしていても問題は無いと思うが、イマイチ勉強は気分が乗らない。

「おや?」

 これからの予定を考えながら、辺りの暗闇を特に意図することなく見回していると、僕の携帯が充電スタンドの上で光を点滅させているのが不意に目に入った。

「誰だろうか……?」

 大きく伸びをした後、ベッドから体を引きはがし、勉強机の上にある携帯電話を拾い上げる。

「なんだこれ……」

 画面を確認すると、そこにはメール十件、不在着信三十件という不自然な数の通知が並んでいた。差出人は全て織媛だ。

 最終不在着信は一時半か、随分起きてたな、織媛の奴。

 メールを古い順から開けていくと、明日、もとい今日の出かける場所についての連絡が主だった。

 そういえば、バタバタしていて目的地も決めていなかったんだ。これは悪いことをしてしまったな……。

 メールの内容は、「明日のデートはどこいくの?」という純粋な疑問から始まり、時間の経過とともに、返信を寄越さないこと、電話に応答しないことについての恨み節へと変貌を遂げていた。

 目的地を決めるに当たって彼女の要望も盛り込みたいのも山々だが(特に行きたいところもないし、目的地は全て彼女の所望するところにするつもりなのだが)、電話をするには迷惑な時間帯だ。要望を伺うメールを、謝罪込みで一通送っておこう。送信、と。

 さて、リビングでテレビでも見てくつろごうか。

 携帯を充電器から外し、リビングに向かおうと歩き出したとき、携帯のバイブレーションが右手の中で作動し始める。表示を確認すると、織媛からの着信だった。

 まだ起きてたか……。そう思いながらも僕は着信に応答する。

「もしもし……」

「もう! おっそい! 何してんの!」開口一番、彼女が癇癪(かんしゃく)を起していることはありありと理解出来た。

「ごめん、寝ちゃってて」

「寝ちゃってたぁ? 信じらんない……。まだ明日の予定一つも決まってないんだよ⁉」

「予定って……、そんな大層なことか?」そう言いつつ、僕は携帯を耳に当てたまま、玄関へと向かう。

 間違っても家族を起こしたくない。外に出て、一番近い公園にでも向かって歩こうか。……一応ビーヅも持っておこう。

「大層なことだよ! 女の子には心の準備ってもんが必要なの!」

「わかった。僕が悪かったからあんまり大声を出すな。時間帯を考えろ」

「大丈夫だよ。外にいるし」

「何で外にいるんだよ……。それに外でも大声はダメだ。近所迷惑だろうが」

 言われた後だと、織媛の声の後ろから、時折風の吹く音や、車の通る音が聞こえてくるのが分かった。

 玄関に到着した僕は、サンダルを履き、ドアを開ける。僕の服装は、使い古しの半そでシャツにスウェットパンツという極限までラフな格好ではあったが、真夏の夜風に肌を突き刺さすような冷たさを覚えるようなことは無かった。雨もすっかり止んでおり、夜空にはキラキラと星が瞬いていた。

 我が家の玄関を出て向かって左、瀬津家の周辺を確認するが、織媛の姿を発見することは出来なかった。彼女も少し遠くまで行っているのだろうか。

「ごちゃごちゃ五月蠅いなあ! いいからデート! どこ行くの⁉」

 夜の静けさとは対照的に、織媛の声量は大きくなる一方だった。向こうも屋外にいるのだ、いつもの彼女ならばこの涼しい夜風と満天の星空の中で大声を張り上げるような無粋なことは間違ってもしない筈だが……。

「幼児退行してるぞ織媛……。大丈夫か?」

「大丈夫だよぉ! まったく明晴は心配性なんだから~」

 深夜特有のテンションなのだろうか……。それとも……。

「織媛」「ん?」

「……酒でも呑んだのか?」

「呑んでないよ! やだなぁ~、私捕まっちゃうよぉ?」

「う~ん……」やっぱり変だ……。酒を一杯ひっかけた結果こうなっているという方が、法的にはアウトだが、僕的には安心するくらいだったのだが。でも、単純に隠しているだけというのも捨てきれないし……。

 まぁ、どちらにしろ電話でのリサーチでは限界があるか。

「いいからデート! 私は動物園か遊園地が良いな!」

「そ、そうか。じゃあそのどちらかにしような」

「やった~! でも、ここまで絞ってからが重要なんだよねぇ……。明晴はどっちがいいと思う?」

「僕か? 僕は……」僕は、僕なら。「織媛が楽しいのならどちらでも」

 こう答える。

「ふふっ……」織媛は笑う。

「どうした?」

「ううん。そう言うんだろうなぁって思ってたからさ」

「なんだよ、それ」

 携帯から静寂が流れ出し、僕は同時に公園へと到着する。勿論、一昨日彼女らと巡り合った公園ではない。この時間に、商店街まではとても足を伸ばす気にはなれない。道徳と愛が僕を縛るためだ。

 ここはそこよりもっと家から近い公園。一、二分で到着する寂れた公園。いつでも家に戻れる距離だ。

「明晴はこういう時いっつもそう言うんだ。嫌いじゃない。紳士でカッコいいよ」

「どうしたいきなり……」僕はそう言いながら滑り台の階段を登り、頂上で腰を下ろす。携帯を一瞬耳から離し時刻を確認すると、もう既に、午前三時を回ってから何分か経ってしまっていることに気が付いた。

「へへっ、じゃあ動物園にしようかな。五月蠅い所は嫌いでしょ? 自転車でも行ける距離だけど、それじゃあデートっぽくないから電車で」

 この言葉を聞いたとき、僕は、いつもの織媛が帰ってきたような気がした。実に彼女らしい返答である。

 しかし妙だ。ここまで急激に人のテンションが上がり下がりするものだろうか。いや、そういう人も世の中にはいるだろうけれど、僕が知る限り織媛はそこまで生きることを苦手とはしていなかった筈だ。精神的に不安定になっても、彼女はそれを隠し通せるだけの器量を持ち合わせている。僕に異常を悟られるだけでも十分にイレギュラーな事態なのだ。

 例の「気になること」の影響は、それほどのものなのだろうか。

「なぁ、織媛」

「ん?」

「『気になること』は解決したか?」

 織媛は黙る。静寂の中、電話の向こうから車の通過音が一つ届く。

「あー、よく憶えてたね……、あはは……」

「どうなんだよ」

「ん~、まぁ、すぐに解決するよ。心配かけちゃったね。もうそろそろケリ付けるからさ」

「あんまりカッコつけるなよ? 僕でも女友達でもいいから、甘えたいときはしっかり甘えろ。心が壊れるぞ」

「うん、そうするよ。やっぱ明晴はカッコいいね。大好きだよ」

「アホ。明日は何時が良いんだ?」

「へへへ、お昼ご飯食べてからでいいんじゃない?」

「おっけ、そんじゃあな。今から家に帰って寝ないと、寝過しちまうぞ」

「おっと、いけないいけない。それじゃあまた明日ね」

「おう。また明日な」

 …………。

「……織媛? 電話、切っていいぞ?」

「おお! 私が切るやつね、おっけいおっけい」

 こっちが切った方が良かったのだろうか……。

「そんじゃね! ばっはは~い!」

「おう、ばっはは~……」電話が切られる。


 ……さて。

 大きく深呼吸を一つ。新鮮な空気、補給完了。

 まだ空は深い黒に染まっている。星もまだ元気だ。

 滑り台を滑走する。

「うん。帰ってもうひと眠りかな」

 僕は、沈黙を続ける黒の中にその言葉だけを残し、家族の眠る家へと歩いて行った。


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