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ファンキー・ビート!  作者: 十山 
第二章 ファンクの鼓動
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「着いたぞ明晴」

 ハセガワさんのその言葉を合図に僕は瞼を静かに開く。

 頭の上にハセガワさんの重さを感じることは無く、探すと彼は屋上の手摺に留まってゆっくりと羽を休めていた。

「うわ……」

 目の前に広がるのは僕の知らない学校だった。綺麗だ。でも、僕が想像で創り出した学校とは天候が違う。イメージでは、屋上に出た途端澄み渡った青空が僕を包み込んでくれる予定だったのだが……。現実は残酷にも霧雨が僕の髪型を崩していくばかりだった。

「凄いな……。ほんとにすり抜けたんだ……」

 鎖がぐるぐる巻きにされた扉を、ガラス越しに覗いて僕は言う。

「いるな……」ハセガワさんが僕に感動の余韻を味わわせることなく、無慈悲にそう呟いた。

「さぁ、チュートリアル第二弾だ」そう言って、ハセガワさんはビーヅを心臓に叩き付け、数珠の形態から、昨日ペペさんが僕に渡したものと同じサングラスの形態へ変化させるのだった。

「見てやれ」

 放り投げられたサングラスを受け取り、すぐさまそれを掛ける。

「……ビンタでなんとかならないんですか? 彼」

 天文中学校に住み着く霊。六割の確率で僕を殺すことができるという彼は、屋上の隅で膝を抱えて蹲っていた。

「試しにやってみろ。彼はどうせ私たちに気付かない」

「そ、そうですか? じゃあ……」

 サングラスを掛け、スクールバッグを雨の当たらない場所に下ろし、霊に近づく。

「よっと」数珠をヌンチャクのようにし、幽霊の頬目掛けて一撃を繰り出す。が、その一撃は何らかの力によって彼に届くことを妨害される。簡単に言えば、跳ね返されたのだ。

「駄目そうですね」

 まぁ、ハセガワさんの口振りからして分かっていたことなのだが。

「自殺者は世界が自分の領域で閉じていることが多いからな。学生ならば尚更だ」

「よくわからないですけど、ガードが堅いということですね。で、どうするんです?」

「私達の領域からコンタクトが取れないのならば、彼の領域の方に入ってやればいい。人間関係と同じだろう?」

「幽霊の領域に入る……?」露骨に霊障を喰らいそうな所業じゃないか……。

「準備はいいか?」

「離脱、できるんですよね?」

「心配するな」

「……じゃあいいですよ」

「ふむ」

 ハセガワさんは翼を広げ、再び僕の頭に留まる。

「では往こうか」

 視界の上方から、幾つかの小さな羽根がひらひらと落ちてくる。ハセガワさんが頭の上で翼を広げているのだろう。

「ビーヅを利き手に巻き付けろ。多少雑でも問題は無い」

「はい……」

 とは言ったものの、ビーヅは巻き付けるという表現を可能にする程の長い種類の数珠ではない。いやまぁ、巻き付けるという表現以外思いつかないし、それでいいのだけれど。

「むぅ……」

 一周も巻けていない……。というか、数珠に親指を通して、中指と薬指の間をくぐらせ、手の甲の方から小指に引っかけて固定させているだけである。

「……これでいいですか?」

「ビーヅが固定できていれば問題ない。間違っても落とさないようにな」

「その点は大丈夫……だと……」右手に巻かれた数珠を眺めながら、指を動かし、安定性を確認する。

「では、その手をゴーストの頭部に近づけていけ。拒絶はするな、受け入れるのだ。難しいだろうが、私がまたイメージを補ってやる」

「わかりました……」

 ビーヅの巻きついた右手を、彼の頭にゆっくりと近づける。

「目を瞑れ」「はいっ!」彼の黒髪に僕の右手が届くまで、拳一つ分という距離にまで近づいた時に、ハセガワさんからお叱りを受ける。

 目を瞑り、世界を暗黒へと沈める。

 心を落ち着かせるために、鼻から大きく息を吸い込み、口から全ての空気を吐き出す。

「うしっ……」用意はできた。

 意を決し、右手をぐいっと突き出してみたものの、そこに違和感は無かった。異常は無い。右手が彼の存在を断固として認めない。

「ハセガワさん。やっぱり幽霊には触れられないんですね」

「目を開けろ、明晴」

「え? はい……」

 促されるまま瞼を開くと、辺りは全くの白だった。右手の先に彼の姿は無く、視界に映るものはどこまでも続く白だけだった。

 白ではあるが光ではない。薄暗く、どんよりとした白だけだった。

 その光景はただただ異様の一言であり、生まれて初めての空間と、辺りに渦巻く謎の瘴気に対して、僕は吐き気を催した。

「誰ですか?」

 背後から聞き慣れない声。状況を迅速に掴みたかったのか、脳が回る前に体が勝手に動作を開始する。

「君は……、幽霊?」振り向いた先には彼がいた。服も髪型も体勢も、全て先程と同じままだ。

「気持ちが悪いです。勝手に入ってこないでくださいよ」彼は目を伏せたまま拒絶を開始する。

「バイザー無しでも見えるだろう? これがゴーストの領域だ。呑まれる前にさっさと還すぞ。瘴気が不快だ。胃液が止まらん」

「早くレクチャーを……。僕も具合が(かんば)しくないです……」

「ビーヅを心臓に当てて武器を想像するんだ。刀だろうが銃だろうが、ビーヅがなんだって再現してくれる。そいつでゴーストをボコボコにしてやれ。私は再びバッジになるから、シャツのポケットでも、学生ズボンでも、どこにでも付けてくれ」

「え! ちょっと!」頭の上に既にハセガワさんの重さは無かった。その代わりに僕が受け取る感覚は、左手の中の違和感である。開くとそこには、案の定お洒落な缶バッジが一つ存在していた。

 ――こちらの方が何かと融通が利くんだよ。理由はすぐにでもわかるさ。さぁ、始めようか。ビーヅを心臓に当てて、イメージだ。強く心臓に叩き付けたり、目を瞑ったりすると、気合いが入って成功率が上がる。重要なのは気合いと雰囲気だ――

「わかりました……」缶バッジをワイシャツのポケットに付け、ハセガワさんの魂が浮遊し始めたことを確認した後、目を瞑り、一呼吸置き、ビーヅを心臓にドンと軽く叩きつける。

 刀……、刀……、刀……。

 ――上手いじゃないか――

「え?」目を開けると、僕の手には数珠の代わりに日本刀の柄が握られており、肝心の刃は、僕の心臓に向かって生えているようだった。

「意外と簡単にできるんですね……。てか、刺さってません?」

 ――痛くは無いだろう? そのまま引き抜け――

「よいしょっ」ハセガワさんの指示通り、勢いよく心臓から刀を引き抜く。これもイメージの成せる業なのか、傷口や痛みといったものは全く無かった。

「立派な刀ですね……」

 ――いや、お前が造ったものだから、その台詞は自画自賛以外の何物でもないのだがな。さぁ、早く叩き斬れ。本来の日本刀なら叩き斬るなんてことは不可能だろうが、この領域では関係無い。クレイモアさながらに振り回せ――

「人を斬るんですか?」

 ――ゴーストだ。斬るのが嫌なら銃にしろ――

「……そうします」

 ――ふむ、そうか。変換にビートは必要ない、目を瞑って形を忘れ、新しい形を想像すればいい――

「はい」目を瞑り、刑事ドラマでよく見るリボルバーを思い描く。

 ――さぁ、撃て―― ハセガワさんの声を合図に両目を開くと、僕の右手には思い描いたものと同様の銃が一丁、刀に代わって握られていた。

「はい」撃鉄を起こし、弾倉を回転させ、射撃準備を完了させる。

 人じゃないんだ。何も考えることは無い。彼にとってもそれが幸せなのだ。

 彼の頭部に銃口を接着させ、僕は引き金を引く。

「じゃあな。馬鹿野郎」

 リボルバーが鳴る。

 果てしない白に、血の赤が綺麗に色を付ける。

 リボルバーの鳴き声を、無限の空間が吸い込んでいく。

 

 が、彼の存在が消えることはなかった。

「なっ!」

 ――離れろ明晴!――

「あなたも僕を愛してくれないんですね」

 彼は俯いたまま、右手で銃身を握り、そう声を発した。

 静寂の中、僕の音を聴いたにもかかわらず、彼は依然自らの死を認めようとはしなかった。


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