18
「ハセガワさん! どうすれば!」ハセガワさんに指示を仰ぎつつ、銃身を彼に捕まれたまま、僕はひたすらにリボルバーの発射シークエンスを繰り返した。
恐怖の増長と共に銃は泣き叫び、次第に白の領域を彼の頭部から噴き出る赤が塗り潰していく。
――銃を棄てて離れろ! ビーヅはイメージで取り戻せる! 早くしろ!――
「はい!」引き金から指を離し、五メートルほど距離を置いてからゴーストを見据える。相手を一瞥することなく、この短距離を渾身のダッシュである。
「ハセガワさん!」
――まずはビーヅを取り返せ! 奴の持っている銃が消えて、お前の手中に戻ってくる想像だ! 目を離すのは危険だ。目を開けてイメージした方が良いかもしれない――
「やってみます!」戻ってくるイメージ……。戻ってくるイメージ……。大丈夫、物質の瞬間移動など漫画やSF映画で良くあるシーンじゃないか……。やれる。やるしかない。やる他ない!
「そりゃっ!」腕をブンと振り、自分の体を漫画のキャラさながらに無駄に大きく稼働させる。
「戻った……」彼の右手から銃が消え、視界の外で、人差し指にトリガーの感触を感じる。
――ありがとう明晴。よくやってくれた――
「出来なきゃそれまでなんで。で、この後は?」
ゴーストは蹲ったまま動かない。動こうとしない。
――やることは変わらない。奴が自らの死を認識するのに必要なだけのビートを打ち込め。奴を倒すのだ――
「倒せって……。あんなに血を出したのに消えないんですよ? 別の方法を考えた方が……」
――ゴーストに、幽霊に血を通っている訳が無いだろう。あの赤は血じゃない。彼のイメージによって描かれた演出だ――
「演出? じゃあ僕が撃ち込んだ弾丸は?」
――届いてないな。壁を張られた。しかし壁の消滅も昇華のプロセスの一つには入っている。壁の耐久力はしっかりと減っているさ。君の撃ち込んだ弾丸は間違いなく有益だった。安心しろ――
「要は、壁をボコボコにした後で、本体もボコボコにしてやればいいんですね? 抵抗は?」
――今始めた。目を逸らすな――
ゴーストが動作を始める。いや、正しく言えば異変が現れただけである。ゴースト自体はピクリとも動いちゃいない。端的に言えば、ゴーストが宙に浮き始めたのだ。
「何をしに僕の中に入ってきたんですか。近づかないでくださいよ。僕を嫌う人を僕は要らないです」
ゴーストは再び言葉を発し、高く高く宙へと浮かんでいく。
――撃て明晴! 動きを始める前に壁を削っておけ!――
「はい!」リボルバーの照準をゴーストに合わせ、再び発射シークエンスを無心で繰り返す。
弾丸が次々と目標に向かって飛んでいく。弾丸の軌跡については勿論見える筈もないが、明らかにスピードが足りない。弾丸自体のスピードでは無く、発射シークエンスのスピードだ。
遅い。遅過ぎる。今のゴーストは間違いなく隙だらけだ。先々のことを考えて、もっとたぁんと弾丸を撃ち込んでおきたい……。
「速く……、もっと速く……!」そう呟きながら黙々と弾丸を浴びせていると、リボルバーがゆっくりと形態の変化を始める。
しかし僕は焦らない。ビーヅは僕の望む形に変化するのだから。
――これはこれは……、また下品なものをチョイスしたな――
「背に腹は代えられないですよ!」そう言って、僕はリボルバーの変形を完全に完了させる。じゃらじゃらと汚い弾薬を地面に這わせ、小汚い機関銃のトリガーを引き続けるのだ。
「消えろ! 消えろ! 消えろぉ!」
――心を乱すな明晴。どんな事態もクールに取り扱え。そんな精神状態じゃあろくなことが起きないぞ――
「無茶言わないでくださいよ! 相手が動きを見せ始めているんですよ⁉ 実を結ぶ前になんとかすべきです! たとえなんとかできなくたって、その壁ってやつを削れる時に削っておきたい!」
硝煙で視界が不明瞭になるまで、僕は対空砲火を必死に続けた。
――まったく、相手が見えなくなってしまったじゃないか。不意打ちをされたらどうするつもりだ?――
「どうにかしますよ。リボルバーでせこせこ削るよりかはマシです。ダメージのデメリットより、視界のデメリットを選んだだけですよ」
――まぁ不意打ちがきたとしても、初めの一手さえやり過ごすことができれば、問題は無いのだがな――
「やり過ごして見せますよ」バリアぐらい想像してやる。
弾切れを起こし、木偶と化した機関銃をビーヅへと変換させる。
白と微量な赤の世界に火薬臭い灰色が混じり、空間はだんだんと混沌としたものになっていく。
――何らかの充電音……。高火力射撃武器! 正面からだ!――
「ナイスです! ハセガワさん!」
両手を前にだし、二つの掌を大きく広げ、壁をイメージする。
壁……、盾……、バリア……。防ぐ、防いでやる!
そのイメージと共に、ハセガワさんの魂が僕の右手へと溶けていく。
一瞬にして目の前の硝煙がまあるく晴れ、その円の中心から、極太の緑色の光が高音を発しながら僕へと一本降り注ぐ。
「ううううううりゃあああああああああああああ!」僕は掌でレーザーをしっかりと受け止め、僕へのダメージを全くのゼロにすることに成功する。が、その火力はやはり人外の存在。大したものだ。力もだんだんと上がっている。重いものを急に支え始めたのにも関わらず、更にその重さが時間と共に増しているといった感覚だ。
――間違っても諦めるなよ明晴。私も力は加えている。すぐにでもなんとかしてやるからな――
「諦めて堪りますか……。これ喰らったら死ぬんでしょう?」
――死ぬことなんか考えなくていい! こんな軽い攻撃跳ね返してやるわ! イチニのサンで肘を思いっきり前に伸ばせ! カウントは私がする!――
「わかりました!」
――いくぞ! イチ! ニの……!――
『サン!』
レーザーを支えるために曲げていた肘を思い切り目標目掛けて伸ばすと、視界全体を包み込んでいた鮮やかな緑は、みるみるうちに小さくなっていき、遠方より爆発音が届く。
――着弾を確認。成功だ。幸先がいいな――
「幸先って……」
しかし、再び煙で目標が確認できなくなってしまった……。これは幸先がいいと言えるのだろうか……。
「あれ……?」
なんだ? 急に右足が熱く……。
――明晴! 大丈夫か⁉――
痛みに耐えきれず、白の空間に跪く。
痛みを感じる部位、右足のふくらはぎ部分を両手で触診してみると、そこには直径三センチ程の穴が開いているようだった。
喰らった? どこから? 何を?
「痛っ……! どうして……⁉」
――領域支配? そこまで閉じ篭っていたのか……。明晴すまない! 相手を見誤っていた!――
「何やってんすか……。右足がまともに動きません。どうアプローチをかければ……」
――この時代の人間ならではの攻撃だ。お前が痛みを感じた瞬間、先程の高火力レーザーと同ヘルツの音調を感知した。恐らくこの領域内のあらゆる場所からレーザーを伸ばせるのだろう。しかし、本体から発せられる高火力レーザーに比べれば遥かに火力は見劣りする。全体包囲型の壁で十分防げるだろう。小型レーザーは気にしなくていい! すべて私のビートで防ぐ! 君は攻撃と高火力レーザーだけに集中してくれ!――
そう言うと、ハセガワさんの魂は僕の体へと雪のように溶けていき、代わりに僕を中心とした半径二メートル程の範囲に薄い膜のようなものが現れる。
それはあくまで透明である。しかし絶対的に存在している。感覚で判るのだ。
「わかりました……。煙が晴れたら攻撃に移ります……」
相手がいるであろう空中から少しばかり目を離し周りを見渡してみると、ハセガワさんの言った通り、あらゆる色のレーザーがそこらじゅうを飛び交っていた。
赤、青、緑、その他様々な色達が、白の空間を雑多な色へと塗り潰していく。ハセガワさんの透明な壁がレーザーを反射させていることも相まって、その光景は実に圧巻であった。
有害でさえなければ、どれだけ良かったか。
「クソッ、じれったい! ハセガワさん! 煙を消す方法は⁉」
――風をイメージして吹き飛ばせ! 現象ならば、先程のバリアのように数珠形態でイメージすれば発動する!――
「了解です! はぁ!」ビーヅの巻かれている右手を右から左へ大きく動かすと、その方向に風が吹き、煙が左方向へと流れていく。
「よし! 力の発動にもなかなか慣れて……」
煙に隠されていた景色、現在僕の眼前に広がっている光景は、僕を沈黙させるためには十分過ぎるものだった。
ゴーストの様子が明らかにおかしい。目標が遥か上空に上がったことによって、その全貌は細部までは解らなかったが、遠目で見た段階でも、なにやら、大きくなっているように見えたのだ。
領域の白との濃淡で、かろうじて本体が白くなっていることもわかった。おまけに人型にも見えない。
ただ、なんとなく材質は固そうに見えた。
――さぁて……――
「どう攻めます? デカくなってますけど……」
――どう攻めようか。相手が遠距離型なのだから長期戦は避けたいが、距離を詰めるにも空中に居るのだからそれも難しい……――
「戦略としては王道ですけど、それだけに厄介ですね。こちらにこの距離から高火力を打ち出す方法は無いんですか? それも僕の想像力次第ですか?」
――いいや、ゴーストに与える心臓の音、ハートビートの威力は、心臓との距離に関係する。したがって、遠距離からの攻撃は強制的に低威力となるのだ――
「だからあれだけ弾を撃ち込んだのにびくともしていないのか……。近づく方法は?」
――ビーヅでウイングの精製は確かに可能だが、ビートは私のものと君のものとの二つだけ……。全方位バリアは常に展開していないと蜂の巣にされてしまう……。よって君のビートだけで、ウイングの精製、ウイングの解除、刀の精製及び攻撃、ウイングでの緩やかな着陸という複数の工程をこなして貰わなければならなくなるな……――
ハセガワさんは、どこか気が乗らないといった余韻を残した。
「でも、バリアを解除しないのだからダメージの心配は無いでしょう? 試しにそれでいきましょうよ」
――瘴気で判断力を鈍らせるな、これはゲームではないぞ。第一は私たちの命だ。ここで切り上げるぞ――
「嫌ですよ途中で切り上げるなんて! 折角楽しくなってきたのに!」
――明晴!――
ハセガワさんの突然の怒号に僕の全身は硬直する。
「な、なんですか?」
――しっかりしろ明晴。ここで負けたら死ぬんだぞ。ここは撤退だ。瘴気を振りほどいてくれ――
ハセガワさんのその言葉で、自分のこれまでの異様な発言に気付く。
なんで僕は右足に穴まであけて幽霊との闘いを楽しんでいるんだ? 入る前はあんなに嫌がっていたじゃないか……。
両手で頬を二回叩き、息を吐き出す。
「……すいませんハセガワさん。離脱方法を」
――謝る必要はない。自我の消失など瘴気の中なら普通の現象だ。他者とのイメージが入り混じる空間だからな。離脱方法はひたすら一方向に進むだけだ。意識がしっかり同調すれば、百メートルほどで離脱が完了する――
それを聞いて僕は、右足をずるずると引き擦りながら、しゃがんだ格好のまま体を百八十度回転させる。
「わかりました。なら翼で百メートル飛んで……」
――待て! 高火力レーザー充電音! 来るぞ!――
「クソがっ!」
上体と首を限界まで回し、右手でレーザーを受け止める準備をした後、右手での壁の展開完了を感覚で掴みとる。
「来いよ、自殺野郎……!」
急速で接近する二射目の極太レーザーを右手で思いっきり受け止める。極太レーザーの色は一射目とは違い、緑では無く、鮮やかなカーマインだった。
「おもい……」
右手では間に合わないと踏んで左手も防御に回そうと考えたが、左腕は体を支えるために使ってしまっている。両手を翳すためには仰向けにならなければならない。
考えている暇は無い……。重い……、耐えられるかこんなもの……!
背中を白の空間にべったりと貼り付かせ、両手でレーザーを受け止める。
「まだ重い……! ハセガワさん! バリアはもういいです! メインレーザーに壁を集中させてください! 多少穴が増えたって死ぬよりかはいい!」
――わかった、すまない明晴……――
周囲の薄い膜が消え、体の中から右手へと力が移動するのを感じる。
腕への負担が軽くなる。が、それと同時に細いレーザーは僕の体を悠然と泳ぎ始める。
「う、うあ……、うあああああああああああああ!」
痛い痛い痛い痛い痛い痛い……!
体の風穴は徐々に増えていく。歯を食いしばり痛みに耐えようとしたって、その痛みはどんどん増えていくばかりである。気付けば僕の瞳は涙でいっぱいになっていた。
――すまない、すまない明晴……!――
「早くッ、カウントをッ……。跳ね返したら、すぐ逃げますよ……!」
――駄目だ……、跳ね返せない……、火力が一射目と違い過ぎる!――
腕への負担が再び増加を始める。
「なんでっ……? まだ強くなるのか……?」
死ぬのか……? もしかして死ぬのか……?
――マイナスの事を考えるな明晴! ビートが弱くなるぞ!――
「だって重いんですよ……! なんですかこれ、どんどん重くなってるじゃないですか……。もう……、笑っちゃいますよ……」
抵抗するのが馬鹿馬鹿しくなるくらいに、威力の増加に底は無かった。
半泣き半笑いの状態の僕に対し、レーザーの重みが無慈悲に圧し掛かる。肘はどんどん曲がっていき、純粋なカーマインは文字通り目と鼻の先にまで迫る。
気付けばハセガワさんの想いは完全に僕からシャットアウトされ、僕には僕の声しか聞こえなくなっていた。
そして僕は、遂にカーマインから目線を逸らす。
あぁ……、これはとても敵わないな……。
なんでこうなったんだろう……。
僕は人助けをしようとしただけじゃないか……。
何も間違ったことはしてないのだろ……。
まだ何にもやっちゃいないのに……。
夢すら見つかっていないのに……。
これが僕の人生か?
こんな訳の解らない奴に殺されるのが僕の人生だったのか?
畜生……! 畜生……! 畜生……! 畜生……!
なんでお前の為に死ななきゃならない……。
なんで自ら命を絶った見ず知らずのお前なんかの為に……!
歯茎が痛くなるほど歯を強く食いしばり、眼球がカラカラになるほど強く、もう一度奴の放つわざとらしいカーマインを見据える。
「死ぬのはお前の方だろ! ド畜生が!」
「その通りぃ~!」
どこかで聞いたそんな声が耳に届いた瞬間、レーザーの重さが明らかに減少する。というか完全に消滅する。
「あ……、あ……」
銀色の長髪が視界の端で揺れる。
彼女が両足でどっしりと空中に立ち、片手でレーザーを支えている。
僕は両腕をだらんと下ろし、仰向けの状態のまま目の前の光景に陶酔する。
あぁ……、暖かい……。
「ハセガワ! 明晴に身体変化のレクチャーを!」
――了解した! 感謝するぞペペ!――
「……後で説教だかんね」
――……はい――
彼らの会話に余裕を感じる……。助かった……。助かったのだ。
――明晴! 目を瞑ってビーヅを心臓に叩き付けろ! イメージは……、缶バッジでいいだろう。自分の体が圧縮され缶バッジになり、ペペの左手に握られているというイメージだ! 私も同時にするから失敗は無い! 急げ!――
「はい……!」
涙を拭い、息を整え、世界を瞼で断絶し、自分に残ったありったけの力でビーヅを心臓に叩き付ける。
体から力が抜け、全身の痛みごと、すべてが一点に圧縮される感覚。
そして数秒間の混沌の後、優しい温もりが僕の体を包み込む。
「明晴ナ~イス!」
――え?――
瞼を開けると、ペペさんが右手でレーザーを受け止めながら、左手でバッジを二つ、掌で躍らせているのが俯瞰的に観測できた。
――これは……どういう状況だ?―― いつも通り話しているつもりが、僕の声は音を持っていないように感じた。
――それは魂の状態の君の視点だ。君の魂は、私のそれと同じ様に空中を浮遊している。だからペペを俯瞰で見ることができているのだ。まぁ、細かく言えば、魂から見ている、という表現もまた違っているのだがな……――
「細かいことはいーの。んじゃ、二人のビート借りちゃうよ~」
そう言ってペペさんは、左手でバッジを体に付ける。
針を通したのだろうか……? 付着させただけのようだったが。
「明晴も! 細かいことはいーの!」
ペペさんがそう言うと、雑多な色に塗り潰されていた空間に変化が起こる。あらゆる色が空間の端へ逃げていき、領域が空っぽになったのだ。黒ではあるが、しかし黒でもない空間である。
「もうこの領域は私のものだもん!」
その掛け声とともに、領域は一気に薄い青に染まる。
――空の色だ……――
僕が呟くと同時に、ペペさんは右手をぐいっとずらし、レーザーのベクトルを変え、地上へと流す。
大きな爆発音が領域一体に響き渡り、しばらくすると、僕の時と同じようにか細いレーザーがペペさんを包み込み始める。しかしその攻撃はペペさんに届くことは無く、周囲への乱反射を再開する。 ハセガワさんがペペさんの周りにバリアを張り始めたのだ。
「ナイスだよハセガワ!」
おもちゃを買って貰った子供のような笑顔を浮かべると、ペペさんは心臓に手を持って行き、ビーヅを刀に変換する。
「さ~て! ぶっ殺すよ~!」




