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午後十時の王子様  作者: 東雲 さち
本編ーいつか君のそばへー
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午後十時からは旦那様

こんばんわ。いつも読んでくださってありがとうございます。

 天井の高い大聖堂に、今まで聞いたことのない人数の声が溢れて、満ちた――。

 年齢も性別すら感じさせない混ざりあい、それでいて一つの奔流となった声は、それだけで神への貢ぎ物といえただろう。

 神に祈るという当たり前の歌に感動し、言い表せない高揚した感情が涙となって流れたものも一人や二人ではない。その一部となれたことに、喜びを感じた人も――。


 あまりの圧倒的な空間に、リルティは一歩踏み出した足が止まってしまった。


 気付いていないわけはないだろうに、『どうしたの?』 と微笑むジュリアスの顔に訊ねるようにリルティは首を傾げた。


「リルが喜ぶといいなと思って――」


 音にならないジュリアスの声は、唇の動きでそう告げた。


 今までジュリアスがリルティのためにと用意してきたものは、ジュリアスの気持ちを満足させる独りよがりと言われてもおかしくないプレゼントばかりだった。ブーケもベールも、喜んでくれているからリルティのためにといえるだけで――。


 けれど、これは本当にリルティのためだけに考えたものだった。リルティが喜ぶ姿を見られるというジュリアスにとっての副産物は勿論あったけれど。


「リン、セオ、テリシア・・・・・・。ミウ、マリク、ソリア・・・・・・」


 リルティの目に映るのは、自分が長い間所属していた聖歌隊のメンバーだった。音の中核をなす一団の姿に何度も瞬いた。


「アンリ、クルト、サリー・・・・・・」


 リルティには懐かしい人々だった。王宮に来てから、父の領地に戻ったことはなかったからだ。


 勿論、この大神殿の聖歌隊もいるし、話を聞いて乗って来たロクサーヌの領地の聖歌隊もいる。テオが継ぐ伯爵家の領地からも集められていた人々は、リルティが数えるのを諦めるくらいの人数だった。


「凄いわ――」

「喜んでくれたね」


 リルティの声音に涙が滲んでいるのをジュリアスは大音量の声の中でも聞きとっていた。


 二人が中央の赤い絨毯の上を進み、壇上である大神官の前に到着すると、ピタリと声は静止し、コホンと咳ばらいをした大神官が少し怯む程に先程の歌声が止んだ大聖堂は静寂という表現が相応しい。


 壇上の横には、ジュリアスの父である国王は勿論、親族もいた。その横にはリルティの親族も見守っていた。


 朝から見ないと思っていたら、王宮のほうで随分着飾ってもらったらしい姉達もリルティが知る普段よりも格段に美しかった。


「第二王子ジュリアス殿下、妻となられるリルティ様、神の祝福が与えられたこの指輪の交換をお願いいたします」


 差し出された指輪は、決して豪奢なものではない。けれど、これが二人の婚姻を表し二人に別れがくるまでその指に填められることになる。


「こちらにサインを――」


 大神官が差し出した書類にジュリアスとリルティは交互に名前を書いた。これで国と神殿が認めたことになる。

 震える指に力を込めて、リルティはペンを滑らす。書き終わって目線を上げると、ジュリアスの笑みが深くなっていた。


「これでお二人は神の身許において、夫婦となりました。互いを信頼し、励まし、支え合っていくことを神は天において見ておられます。二人に祝福を――」


 一斉に祝福を――と参列者たちの声も重なる。


 先程の神を讃える曲ではなく、二人を祝福するための曲が流れる。


 二人は互いに見つめ合った。


「リル、愛してる――」

「アス――」


 ジュリアスがベールをめくると、薄い紗のかかった布の下から花嫁として相応しい美しい貴婦人が現れて、人々は歓声を上げた。遠目にみても、王子の横に寄り添うにふさわしい姿だったからだ。


「リルティ様、ご成婚お喜び申し上げます」


 聖歌隊の中から、一人の女性が現れて、リルティに祝いの言葉を贈った。


「ミウ――」

「リルティ様、一緒にお願いします」


 本来なら、歌姫と呼ばれる聖歌隊で一番の歌い手が独唱する場面だった。リルティは戸惑いながらジュリアスに視線を送った。


「リル、聞かせて――」


 リルティの背中をポンと押して、歌姫の横に並ばせると、一音も聞き逃したくないとばかりにジュリアスは目を閉じた。


「ええ、ミウ前と一緒?」


 ミウは、リルティの問いに嬉しそうに頷くとリルティの手を握った。懐かしい幼馴染の手の温度にリルティは今が夢ではないと確信できた。


 二人の声の響きは、天の使いの声ではないかと大聖堂に集まった人々に感動を与えたという。

 本来は独唱で高音を歌い上げるところを二人は音を絡ませるようにして歌った。高さは玄人しかだせない音ではない。リルティは昔から歌ってきたが、それでも長い間真剣に歌ってきたわけではないから、そこは配慮してこの歌になったのだろうと思う。


 朝からいきなり歌ってという話になったのは、私に声出しさせたかったのねとリルティはメリッサ達が企みに手を貸していたと気付いた。嫌ではない。昔からの友達も、今の友達もリルティのことを思ってくれているとわかっているから、嬉しかった。


 歌い終わると、ワッと盛大な拍手が大聖堂を満たした。国の貴族も隣国の使者たちも、その様子をみて、第二王子の人気の高さを改めて知ったという。

 

 その王子と言えば、周りの認識などどうでもよくて、妻となった愛しい女性リルティの毅然と歌い上げる姿に改めて惚れ直しているところだった。


「リル、素敵だった――」


 ジュリアスの顔が近寄って来たことで――、そう言えば、誓いの口付けがなかったとリルティは気付いた。


 抱きこまれるようにして、リルティはジュリアスの腕に捕らわれた。力強い抱擁に動くことも出来ないリルティに、ジュリアスはゆっくりと口付けた。本来なら、チュッと軽い口付けのはずなのに、リルティは歌いあげて肺が悲鳴を上げているところに息もできないくらいの口付けを受けて、嫌だということも逃げることも忘れていた。


「執着の塊を見せつけられているようだわ」


 とメリッサとゲルトルードが溜息を吐いたころ、グレイスがジュリアスの後ろで咳き込み始め、「ジュリアス殿下、もうそのくらいで――」と大神官の威厳のある声が聖堂に響いたのだった。

 クラクラしているリルティをそのまま横抱きにして、本来は聖歌に見送られて二人で歩いていく絨毯のうえを颯爽とジュリアスが歩いていく。鍛えられているその身体にフワリと真っ白なウェディングドレスのリルティがあまりに可憐な妖精のようだったからか、これ以降の結婚式に花婿が花嫁を抱きかかえるのが流行って、ふくよかな花嫁をもらった花婿からジュリアスは恨まれるというのは、後日談である。


 この時は、『いつも厳しいお顔をした黒衣の王子と呼ばれたジュリアス様とは思えない』と意外なジュリアスの微笑む姿に彼を王宮で知る人々は驚いたのだった。


 本来なら、王族の結婚式は王都を馬車でパレードするのだが、ジュリアスは反乱で親しい人を亡くした悲しみにくれている人を慮って、王宮の前の庭を解放し、バルコニーから手を振るだけに留めたのだった。


「リル、俺の嫁になった実感はある――?」


 自身も手を振りながら、隣で一生懸命笑顔を貼り付けているリルティにジュリアスは訊ねた。


「実感・・・・・・。大丈夫、ちゃんと夢じゃないってわかっているわ。アスは、ここにいるのでしょう?」


 わかっていると言っても、リルティの瞳はたまに瞬くから、きっとジュリアスのように『よし、今日からイチャイチャ出来る!』というほど実感はないのだろう。


「リル、心配になったらいつでも俺に言ってくれ――。『変態』ってね」

「え、まだそれは有効なの――?」


 合言葉は『変態』・・・・・・。王子であるジュリアスに妃となった自分が言うのはどうなんだろうとリルティは困ってしまった。


「おや、駄目か――。大丈夫、俺は午後十時までは王子様だけど、それ以降はリルティ専属の旦那様だから――。いつでも言ってくれていいよ――」

「旦那様が『変態』なのは、もっと嫌!」


 リルティが手を振りながら、少しきつめに言うと、ジュリアスはニッコリと笑った。天使ではなく、悪魔の微笑みにリルティが見えたとしても不思議ではない。


「はい、『変態』ひとつ頂きました――」


 そう言って、祝福してくれる国民の前、国王や王妃側妃、王太子、王女の横でジュリアスは、失言した妻の唇を奪ったのだった。


「リルティ、ジュリアスが嫌になったらいつでも逃げておいでね」


 ライアンは呆れたように弟を見ながら、そう呟いたが、羞恥と驚きと僅かな怒りで真っ赤になったリルティの耳には入っていなかった。


「アス! もう人前でそんなことをするなら名前で呼びません!」

「なんて呼ぶつもり・・・・・・?」


 恐る恐るジュリアスが訊ねると、リルティは「ジュリアス殿下」とリルティには珍しく冷たい口調で告げた。


 それを遠目とはいえ見ていた国民は、貴族といっても聞いたこともない男爵家のから嫁いできた女性がやっていけるのだろうかと心配していたが、意外に強そうだったため、安心したという。


 ジュリアスは、「それは嫌だ」と訴え、許してくれたリルティの腰を抱きよせ、国民に一緒に手を振った。


 それは、冬とは思えない暖かい陽の差し込めるある日のことだった――。

                            -Finー

 こんばんわ。完結しました。

凄く感無量です。掲載日は2014年8月30日です。もう二年も立つのですね。

ものすごく、産むのはともかく育てるのが大変な作品でした。色々ぶれてしまったり、途中で止まってしまったり、情けないやら恥ずかしいやら。でも感想を頂いたり、PVなどを見て飽きずに読んでくださる方たちがいるお蔭で何とか最後まで続けることが出来ました。感謝感謝です。読んでくださる方がいなければ、この話は最終までたどり着けなかったでしょう。きっとジュリアスが一番感謝していると思われます(笑)。


 反省も沢山しました。そろそろ終わりそうですと言いながら、倍書いたような気がします(汗)。時間が立つにつれ、最初は動いてくれなくて泣いていたのに、段々キャラが生きてきて、あちこちで主張し始めるし。どっちも大変でした。


 それでも、そんなお話しを飽きず、諦めず読んでくださった皆様に、やはり最大の感謝を捧げます。

 ありがとうございました。また、お目にかかれる機会があると嬉しく思います。


                     東雲 さち

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