第四章 閑話その1 左手薬指と、まだ見ぬ色
みかんが莫大な資産を得た、数日後。
俺たちは『Needle&Scissors(ニードル&シザース)』に集合していた。
制服が完成したという報告があり、その受け取りと、ゲーム用のモーションキャプチャーを行うためである。
「いらっしゃいませ、お待ちしておりました。こちらへどうぞ」
俺たちは、それぞれの更衣室に案内される。
そして、新しい制服を身につけてみた。
「着心地は、普通の制服とほとんど変わらないな……素晴らしい」
ヒーロー科の制服は、基本的に厚手であり、普通の制服よりも着心地は悪い。
だが、この制服は中学生時代に着用していたものと、ほとんど変わらない感覚であった。
男性更衣室から出て、女性陣が制服を着るのを待つ。
先に着替えを済ませた結希は、アクセサリーのコーナーでガラスケースを覗き込んでいた。
「これは……凄いな。月並みな言葉だが、そう言うしかない」
結希が見ていたのは、指輪のコーナーであった。
シンプルなものであっても、微妙なラインやカーブによって洗練されたデザインとなっている。
少し豪華なタイプであっても、全く下品な印象を感じさせない。
宝飾店と同等、下手をすればそれ以上にレベルの高いものが、並んでいた。
「うん。その分値段も高いけれど……頑張れば、何とかなりそう」
値段を確認すると、確かに高い。
プラチナの指輪は、ペアでだいたい30万円くらいが相場である。
だが、ここに並んでいる商品は35万円からスタートし、一番高いものは65万円となっていた。
もっともこのデザインであれば、妥当な金額だと納得できるだけのクオリティである。
「うん? ペアリングのコーナー?」
少し、待て。
それが意味することは、一つしか考えられない。
「結希、本気なのか?」
「うん。本気だよ」
シンプルな問いと、答え。
それだけで、結希の覚悟が伝わってくる。
「だとすれば……これはどうだろうか?」
俺は、一つのセットを指す。
見た目は非常にシンプルであるが、逆に上品な印象を醸し出している。
そして、内側にはラインが一本入っており、その部分は何も入っていない。
「すみません。内側のラインは、どのような意図で入っているのですか?」
俺は、店員に尋ねる。
「はい。このラインの部分に、お好みの色の金属を流し込んで、完成となります」
予想通りの答えが、返ってきた。
外側は、ごくシンプル。
しかし内側には、恋人をイメージしたカラーが入る。
奏のことを考えると、むしろこれが一番「似合う」のではないかと感じた。
それは、結希も同じだったようである。
しかし、金額は相当高い。
税込で、44万円。
更に追加で、ラインに使用する金属の金額が加算されるのだ。
「前回のボーナスを充てて、残りを割賦払いにすれば……うん。届く!」
どうやら、結論が出たようである。
「お待たせ~。あれ? 二人とも何を見ているのかしら?」
舞先生の声が、俺たちの背中に届いた。
そして見ていたものを確認し、舞先生が言葉を失う。
「お待たせしました。結希、何を見ているのですか?」
どうやら、肝心の奏も到着したようである。
結希が覚悟を決めて、店員に告げた。
「奏の、左手薬指のサイズを確認してください。そして、僕の分も」
奏が、息をのむ。
明や漣、そしてみかんが、別のコーナーにいたのは幸いだろう。
「かしこまりました。こちらのセットをお買い上げということで、よろしいのですね?」
「はい。……奏、ラインの色は、何がいいかな?」
奏の目から、涙がこぼれ落ちる。
それをハンカチで拭く、結希。
少なくとも俺には、これ以上なくお似合いの二人に見えた。
「本当に、いいのですか? 私ですよ?」
「違うよ。奏だから、だ」
更に、奏の涙が流れ落ちていく。
心の奥底から、あふれ出しているように感じられた。
「すみません。サイズの確認をさせていただいても、よろしいでしょうか?」
「うん。……ちょっと奏は立てないみたいだから、このままでいいかな?」
奏は泣き崩れてしまい、すぐには動けそうにない。
その状況でも、店員は的確に行動する。
「ごめん。奏……少しだけ、手袋を外すね」
結希が奏の左手から、手袋を外す。
店員は一瞬、目を見開いたが……さすがプロである。
何も言わずに、的確に薬指のサイズを測定した。
「驚きました……お二人とも、男性用と女性用、それぞれのサンプルサイズに完全に一致しております」
店員が、驚きの顔を見せる。
「それじゃあ、ラインの方は後で考えることにして……少しだけ、サンプルを借りてもいいですか?」
「はい、どうぞ。こちらが女性用、こちらが男性用のサンプルです」
結希が、奏の左手薬指に指輪をつける。
そして結希自身も、自分の左手薬指に指輪をつけた。
「うん、いい感じ。すみません、これを購入します!」
結希が店員に、購入の意思を伝える。
もはや結希の瞳に、迷いはひとかけらも存在していなかった。




