第一章 第二話 空白の席
固有名詞の中に、カタカナの部分があるのは「仕様」です
俺たちは、玄関口に張り出されている案内図を確認する。
正面玄関の天井は高い。
そして、壁には校章に並んで、歴代の部隊章――ヒーロー科の功績が掲示されていた。
学校であるはずなのに、どこか基地の入口に似ている。
学校への道中で感じた「戦場の入口」という感覚は、さらに強まった。
ヒーロー科は一クラスしかないため、すぐに場所は分かった。
案内図の片隅に、他学科とは別枠で示された一室。
明らかに、他学科とは場所が異なる。
これは、ヒーローという「力を持つ者」への恐れが、そうしているのであろう。
「早く行こうよ、久郎!」
「分かったってば。そう焦るな!」
結希が先に歩き出す。
それを、俺は後から付いていく。
歩幅の差ではない。
意識の違いだ。
結希は迷わない。
俺は、確認してから進む。
これが、俺たちが上手くやっていくための構図だと考えている。
廊下は広く、床は磨かれている。
その光沢は、清潔さというよりも「整備された施設」のそれに近い。
曲がり角のたびに、消火設備と非常用の扉、見慣れない装置が目に入る。
たぶん結界か、あるいは緊急時の隔離機構だ。
隔離する相手は、外側なのか。
それとも、内側なのか。
俺には、後者のように感じられた。
少し騒ぎながらも、俺たちはクラスに到着する。
扉の前には、すでに何人かが集まっている。
互いに視線を交わしながらも、距離を測っているようであった。
廊下に響く声は控えめで、どこか緊張が混じる。
それを背に、俺たちは扉を開いた。
扉を開けると、教室の空気がいったん静まる。
そして次の瞬間、ざわめきが戻った。
そこには、色とりどりの髪や目をした生徒たちが集まっていた。
制服は同じでも、印象は同じにならない。
髪の色、目の色。
それでも、肌の色や表情から、ほとんどがニホン人であると分かる。
二十年以上前。
バグが発生した時、人類も変化を見せた。
目や髪の色が、カラフルなものに変わったのである。
俺自身も、その一人だ。
青い髪が、それを如実に示している。
最初は混乱を招いたものの、今ではすっかり受け入れられている。
もはや、それで騒ぐものは一人もいない。
色の変化は、さまざまな説があるものの、法則性すら分かっていない。
ヒーローにその傾向がみられるが、一般人でも多くの事例がある。
メンデルの法則を信じていた学者は、大幅な思考の修正を強いられ、いまだに混乱しているようである。
しかし、大多数の人は「そういうものだ」と受け入れ、深く考えることもない。
宇宙の法則について、普通の人は頭を悩ませることは無いだろう。
それと、同じことだ。
俺たちが教室に入ると、一瞬教室が静まり返る。
そして次の瞬間、ざわめきが一気に増した。
注目されているのは、結希。
男女ともに、視線を集めている。
好奇心、思慕、嫉妬……理由はともあれ、目立っているのは間違いない。
とびきりの「美少女」が現れたのだから、当然の反応であろう。
結希は視線を感じたのか、わずかに肩をすくめた。
俺もそれに合わせて、軽く頷く。
そして、俺たちは指定された席へ向かった。
教室の前方には、黒板がある。
この時代であっても、黒板(と言っても、色は緑だが)が使われ続けているのは、書きやすく消しやすいという利便性からである。
担任のところには、「藤花 舞」と書かれていた。
子供でも知っている、有名人。
彼女の教えを受けるために、あえてシズオカに来た生徒も多いはずだ。
目を閉じて、ざわめきを意識から遮断する。
結希も同じように、目を閉じているようだ。
時間が来た。
教室の入り口が、ノックされる。
入ってきたのは、男性の教師であった。
「すまない。担任の教師は、現在別の仕事に携わっている。代理で私が、入学式の説明を行うことになった」
少し、教室がざわめく。
もっともヒーローであれば、突発的な事態に対応するのは当たり前のことだ。
混乱というほどの状況ではない。
簡素な説明を受け、整列の指示が入り、俺たちは入学式の会場へ向かった。
廊下に出ると、同じ制服の波が流れていく。
足音が増えるにつれ、校舎が生き物のようにざわめき始める。
入学式の会場は、多くの生徒でにぎわっていた。
体育館――そう呼ぶには、少し大きすぎる空間。
天井には照明だけでなく、見慣れない機器がいくつも吊られている。
訓練用の設備か、緊急時の防護か。
いずれにせよ、ここは「式典専用」ではない。
色とりどりの髪、目の少年少女たちが集まっている。
在校生たちだ。
そして、後ろの方には保護者用の席が設けられている。
ヒーロー科はともかく、他の科は普通の学生であるため、必要な措置であろう。
音楽が流れ、入場が始まる。
式典用の曲が流れる中、新入生が流れるように体育館に進む。
ヒーロー科の生徒は、最後に入場する形であった。
数は少ないものの、拍手のボリュームは一番大きい。
自分たちを「守る」存在に対する、敬意の証であろう。
ヒーロー科の区画には、二年生が座っていた。
座り方が、既に他の科の生徒たちとは異なっている。
背筋の入り方、視線の置き方、手の位置。
戦闘を何度も繰り返した、プロの表情。
俺たちより一つ上というだけで、別物だと、はっきり分かる。
そして、大きく目立つのが、三年生の部分にある空白。
そこだけ、座席の並びが途切れている。
席の数は用意されているのに、そこに人がいない。
空白が、空白としてそのまま配置されている。
忘れていない、という意思表示のようだった。
彼らは、バグとの大規模戦闘によって「MIA」とされた。
作戦行動中行方不明。
7月に、慰霊祭が行われる予定である。
行方不明という言い方は、優しい。
死んだ、と決めないための言葉だ。
結希が小さく、息を吐く。
俺は、視線を空白から外した。
恐らく、思いは同じ。
「こうは、なりたくない」であろう。
「開式の辞。これより、コウアン8年度フジ中央高校の入学式を執り行います」
そして、入学式が始まった。
けれど、この学校の「式」は、ただの通過儀礼ではない。
ここに座った瞬間から、俺たちはもう、引き返せない。
それを、誰より俺が分かっている。




