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第2話


 聖堂のある地上一階を一つ上がると、そこには別の部屋が用意されていて、壁から壁へ、天井から床へと、その逆もまた然り。変容した部屋の全貌を知るにも難儀するほど無数に張った肉の蔓はさながら蜘蛛の糸のようであった。


 それらから滴り落ちる血と何らかの粘液は混ざり合い、異様な臭気を放ち赤い霧が室内に満たしている。


 そして蟲が宿る妊婦の腹のような膨らみも壁、床、天井に無数とあり、その何れもが出生間際なのか静寂の中に蠢く音が響く。


 そんな光景に舌打ちしつつ、ベイクは負傷した左肩の具合を確かめる。

 水の魔法を用い、傷口から流れ出ようとする血液を堰き止める事で失血による感覚や意識の鈍化を防ぐ方法は上手く作用していた。


 とは言え痛みはあるし左肩の動作は正常とは言えない。肩を通じて左腕には痺れが生じ、動作が鈍い。


「……ハンデとしちゃ、ちょうど良い」


『またまた、ご冗談を』


 ベイクは右手をかざし、手首を軽く払う。

 その何と言うことの無い仕草一つで風の魔法を発動させ、部屋に満ちる霧を気流に乗せて己が昇ってきた階段を通し他所へとやる中で突如、ベイク以外誰も居ないはずのこの空間に男の声が生じた。


 飄々とした調子の声だ。爽やかで良く通る、綺麗な声。低い地鳴りのようなベイクの声とは対照的である。


『これはまた……悪魔的な光景ですね』


「ああ、悪趣味極まりねえ」


 ベイクが左手首に嵌めている腕輪が光り、その光はやがて腕輪を離れるとベイクのすぐ傍らに漂い始めた。声もどうやらそれから出ているようであった。


 ベイクの返答を受けた光はやがて形を無し、それは白い翼の塊に、その隙間から無数の目が覗いた異形の物体として顕現する。


 翼は塊になったまま、物体は浮いてはいてもその翼を使い羽ばたいて飛翔している様子は無い。口も少なくともその外観からは見て取れない。沢山ある眼球だけがぎょろぎょろと部屋のあちこちを見渡している。


 霧が晴れたことと、翼の塊がぼんやりと発光することで暗闇が照らされ、部屋の様子がより鮮明に見て取れた。


 どうやら肉蔓に生じる一部の腫瘍は、それは人を取り込みその腹部そのものであるらしい。服装を見ると異端審問官や信徒たちだ。


 ベイクはもう救うには遅すぎるそれらの姿を見ながら、肉蔓を大剣により断ち切りながら進んで行く。物体はその度に飛び散る血飛沫をなんとか避けようと動き回るがその都度肉蔓に絡まり結局は血に汚れて行く。それは至極嫌そうな声を挙げた。


「蟲どもが生まれると面倒なんだがな……」


『我が鎧を用いれば、変質した天井も突き破れるかも』


「上につく頃にはへばっちまうよ」


 今回はいつになく弱気ですね――物体はふわふわとベイクの近くを浮揚しながら、彼が後のことを気にするような言葉を聞いて驚いたように無数の目を全て彼に向けて言った。ベイクは鼻を鳴らす。


「慎重と言え、ルシファー。今回の相手はフォルトゥナも警戒してるし、得体が知れねえ」


『ふむ……それを弱気というのでしょう? 邪竜や、この私よりも此度の敵の方が強大だとでも?』


「……知らねえよ」


 ルシファー。ベイクは物体に向けてそう呼んだ。

 それは二度目にこの世を襲った脅威の大本たるサタンのもう一つの側面であり、人に与した存在である。


 ベイクの持つ至高の鎧、デビルズスケイルを鍛えたのもそのルシファーだ。


 しかしベイクはそんな彼からの問い掛けにまともな返答をしなかったが、だが直後にその足を止める。ルシファーがそんな彼を訝しむように周囲を漂った。やがてベイクは口を開く。


「フォルトゥナ……か」


『ベイク?』


「けっ……悪魔如きに心配されるとは、オレも焼きが回ったモンだぜ」


 それは心外ですね――ルシファーは言葉とは裏腹にあっけらかんと言いながら、再び光になり腕輪へと戻って行く。ベイクはその顔に不敵な笑みを浮かべ、肉蔓の這い回る天井を見上げると言った。周囲では次々に腫瘍から蟲が生まれ始めていた。


「――気が変わった」


『そのようで』


「ぶっちぎるぜ」


 直後、左手首の腕輪から紫の稲光が迸り、そしてベイクの足元には赤い炎で描かれた、五芒星に六芒星が組み込まれその他様々な形象文字により形作られた禍々しい魔法円が出現する。


 魔法円を形成する炎は瞬く間に肉蔓に燃え移り、部屋を炎の海とすると、それに巻かれた蟲たちはギシギシと歯軋りするような悲鳴を発し燃え尽きて行く。


 炎の中、ベイクは左手をかざす。


 腕輪からは閃光の代わりに暗い色をした靄が噴き出し始め、それは数百は下らない無数の影へと変貌するとそれぞれ笑い声や絶叫、悲鳴や呻き声、唸り声を騒々しく奏でながらベイクの周りに渦巻き出す。だが彼の足元に広がる円の中へは入ろうとしない。入れない。


「――往くぜ、野郎共」

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