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最終話 教えてくれたこと



「なぁ、筒井って、孝介(こうすけ)と付き合ってんの?」

「え?」

「なんか〜放課後、教室でふたりがこそこそ何かやってるって、見た奴がいて〜」


 登校してきたばかりの私に向かって、松田くんの友だちの加藤くんがおもむろにそう言うと、一気にクラス中が騒ぎ立てた。


「何、何? いつの間に彼氏が出来たの? 仁菜(にな)


 私はクラスの女子の友だちにあっという間に囲まれると、次々に質問されて、うまく答えられないでいた。

 すると、そこに松田くんが登校してきたもんだから、さらにヒートアップした。


「おぉ! 彼氏登場かぁ!?」

「は? 何言ってんだ?」

「いや〜、何かさお前と筒井が〜、放課後〜、ふたりで〜、そんなウワサが〜」


 そう聞くやいなや、松田くんが私の方をちらりと見たもんだから、まわりの女子からきゃーと悲鳴が飛び交った。

 一気にクラスの注目の的になって、思わず涙ぐんでしまっていた私。


 そんな私を見て、松田くんはみんなにこう言った。


「ちげぇーよ。この前、俺テストの点数悪かったから。ちょっと、教えてもらってただけだよ……」


 私を、かばってくれた……。

 ただ、本当の事を言えばいいだけなのに、松田くんは私のテストのことは一言もしゃべらなかった。


 けれど、そのせいで他の男子たちに……。


「はぁ、お前なにひとりで勉強なんかしちゃってんの?」

「そんな奴だと、思わなかったぜ」

「俺たちを、裏切ったな〜」


 そう言って男子の一人が、松田くんにヘッドロックをかける。

 普通に考えたら、男子同士のただのじゃれ合いだったのかもしれない。


 でも、その時の私は、自分のせいで松田くんのクラスでの立場が悪くなったらどうしようって、そればっかりぐるぐる思い悩んでしまった。


 何とかしなくちゃと思って、やがてある方法を思いつくと、私は渾身の勇気を振り絞って声をあげた。


「ち、ちがうよ! 本当は、私が勉強教えてもらってたの!」

「え〜、本当に?」


「本当だよ! だって……、だって、私この前の数学のテスト、27点だったの!」


 そう言って、カバンの中から取り出したくしゃくしゃの答案用紙を、かかげた。


「私と同じ名前の点数! 27で“にな”!」


 捨て身のネタに、一瞬あっけに取られていたみんなだったけれど、一番の友だちである彩ちゃんが、すぐに「何よ〜それ、仁菜ったら、ちょっと見せてよ」そう言って笑ってくれたから、他の皆も口々にそのネタに乗ってきてくれた。


「自分の名前と、同じ点数とか、狙っても出来ないだろ〜」

「マジかよ。100点取るよか、すごくね?」


 普段の私からは考えられない行動だった。けれど、出来の悪い点数をさらした恥ずかしさより、うまくクラスが笑いに包まれことに、私は心のそこからホッとしていた。


「だから、それを見かねた松田くんが、勉強教えてくれてたの!」

「な〜んだ。じゃあ、松田って数学の成績いいの? ねぇ、今度私にも教えてよ」


 話題はすっかり私の27点のテストへと流れて、逆に松田くんに勉強を教えてくれと頼む同級生が増えたりしていた。

 それを見て、私は彩ちゃんにだけちょっとお手洗いと告げて、彼女はただうなづいただけで見送ってくれたので、こっそり教室を抜けだすことが出来た。



 普段、生徒があまり通らない昇降階段の片隅で。

 私は、震える手足を落ち着かせるように、深呼吸を繰り返していた。


 うまく話題が()れてくれて、良かった……。

 本当に、良かった。


 自分だけならいい……。でも、松田くんまで、あのままクラスの皆にひやかされたらと思うだけで、胸の奥からこみ上げてきそうなものがあった。


 けれど、その時後ろから、声を掛けられた。


「筒井」

「松田くん……」


「何やってんだよ。せっかく庇ってやったのに、自分の点数までさらして……。俺、あれは冗談のつもりで言っただけ……」

「こ、これ以上、松田くんに迷惑はかけたくなかったから……。ごめんね。私のせいで変なウワサが立っちゃって……」


 きっとこれで、もう放課後の勉強会もなくなってしまうんだろう。

 そう思うとすごく寂しいけれど、これ以上騒ぎ立てられると松田くんがもっと困ることになる。松田くんにはお世話になってばかりだから、これは私の方からちゃんと言わないと……。


「い、今まで勉強教えてくれて、ありがとう……。これからは、自分でやるから……だから」

「何だよ、それ……」

「私は、もう大丈夫だから。それより、松田くん早く教室に戻らなきゃ、ダメだよ。せっかく、話題が逸れたのに、こんなところ見られたら……。また、みんなにウワサされちゃ……」


「俺は、別にウワサされても、かまわねーよ!」


「……え」


「俺は、筒井とだったらウワサになってもいい!」


 それって……。

 どういう意味なのかと考える前に、松田くんが答えを教えてくれた。


「好きだ」


 ストレートな告白。

 途端に、ぼやける松田くんの顔。


 あぁ……私は松田くんの前では、泣いてばかりだな……。


「正直、最初は泣く奴とか面倒だって思ってた。でも、なんか……筒井が泣いてるの見てたら、ほっとけないって思うようになって……。そんで放課後、俺が作った問題を正解するたんびに、何か嬉しそうに笑う顔みて、もっと、笑えばいいのにって……」


 男子って苦手だった。

 でも、松田くんはぶっきらぼうだけど、最初からずっと、ずっと優しかった。


 根気よく、勉強を教えてくれた。

 でも、教えてくれたのは、それだけじゃなかったの。

 笑顔も、あふれるほどの胸のときめきも……。


 松田くんは、私に初めての恋を教えてくれたんだ。


 だから……。


「わたしも、好き……」


 小さく震える声でそう答えると、松田くんがとびっきりの笑顔で受け止めてくれた。

 涙をこぼしながらも、これから一緒にいて笑顔がふえていけばいいな、なんて……頭の片隅でそんな事を考えたりもした。



 二人で教室に戻った時の、クラスの反応を想像するとかなり心配だけど。

 とりあえず、松田くんが自分の制服の袖で、私の涙をゴシゴシと拭いてくれた。

 でも、ちょっぴり力が強すぎて、思わずぎゅっと目をつぶってしまう、と……。



 小擦(こす)れ合う鼻先。

 そして一瞬。

 押し付けられるような力強さで、唇に柔らかい感触。

 





 また、松田くんが「初めて」を私に教えてくれた。




Fin.



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