十一章三節 - 国境の砦
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やっと天駆についたのは、薫町を出て六日後だった。
峠道だった中州と黒羽の国境や、お互い親しい間柄の黒羽と風見の国境に比べるとしっかりとしたつくりの砦と関所がある。
そこで中州の一行を代表して絡柳と辰海が風見からの出国と天駆への入国手続きを行う。
しかし、二人は本来関所を通る時に納める税金として持って行ったはずの銀子を丸々持って帰ってきた。
「絡柳先輩?」
「いや、手続きは無事に終わった。行くぞ」
絡柳は不安げに駆け寄って来た与羽を制して、待機していた人々全員に向けて言うと、自分も国境を隔てる門の方へと踵を返した。
「さる方々の計らいで、税金が全額免除になってな」
「さる方々って――?」
「風見側の出国税は風見厚志様と風見醍醐様――風見領主の三男と四男だな。お二人で折半してくださったようだ」
ちなみに風見の文化発展のために国中を回っている風見厚志には、天駆へ向かう旅の途中で一度会っていた。
「厚志様は薫町でもてなすことができなかった詫びと厚意から。醍醐様は理由を何も伝えなかったようだが、とにかく出国税を半分肩代わりしてくださったそうだ」
お詫びか、自分の株をあげるためか、好意か――。醍醐ならどれもあり得そうだ。
「天駆側の入国税は――?」
「それはすぐにわかるだろう」
絡柳が前方をあごで指した。
国境を隔てる門の先にいたのは、禿げた頭に銀青色の髪をわずかに残した老人と、その斜め後ろに影のように立ちながらも筋骨隆々の巨体を隠せずにいる深緑の髪をもつ男性だ。
「あ……」
与羽は思わずその場で立ち止まって口を開けてしまった。
「久しぶりじゃのぉ! 与羽!!」
一方の老人は大きな声で言いながらめいいっぱい手を振っている。彼は足が悪いはずだが、跳びあがらんばかりの元気さだ。
「じいちゃん!!」
次の瞬間、与羽は叫んで駆けだした。
足が悪い祖父を気遣い、目の前で立ち止まって、やさしくその手を取る。皮膚がたるんでしわのよった手は骨ばっていて、以前よりも少しやせたように見える。
「希理さんもお久しぶりです!」
与羽は祖父――中州舞行の手を握ったまま、その後ろに立つ天駆領主に深々と頭を下げた。
「元気そうで何よりだ」
希理は豪快に笑んで、いつの間にか与羽の隣に立っていた男に向き直る。
「お前も、良く帰ってきたな! 空!」
「希理様、ただ今戻りました。長らく天駆を離れてしまい――」
空は丁寧なしぐさで自分の主に礼をしながら、良く響く低い声で言う。
「堅苦しいあいさつはなしにしないか」
しかし、希理に遮られてしまった。
「お前の武勇伝は聞いているぞ。さすが天駆一の弓の名手だ」
希理はそう言って空の肩をバンバン叩いた。
「せっかく無事に帰ってきた神官の骨をへし折るおつもりですか?」
空がそんな文句を言っているのが聞こえる。




