十一章一節 - 風龍の国へ
「あとは、天駆か……。別にわざわざうちらが送らんでもええんじゃない?」
与羽は今までとは打って変わり、冗談めかした口調で言って空を見た。ここ最近まじめにふるまっていた反動か、いつも以上に言葉にこもる毒が強い。
いや、わざと毒を強くしているのかもしれない。
風見醍醐との一件は、お互いが口をつぐむと言うことで折り合いがついた。醍醐自身も中州と不仲になるのは望んでいないのだ。うまくいけば騙せるかもしれない、と思って言っただけの口車に与羽が見事にのせられてしまった。
今思い返せばわかりそうなことだが、あの時は醍醐の言動に戸惑うばかりだった。
しかも、その一件以降、辰海との距離まで開いてしまっている。
与羽は少し離れたところにいる辰海を盗み見た。普通ならば、先ほどの言葉をたしなめに入っただろうが、今は与羽の言葉が聞こえていなかったのか、全く別の方を向いている。
「それならそれでもかまいませんよ」
そのかわり、空が与羽のからかいを正々堂々受けて立った。口元には笑みが浮いている。
「舞行様には、あなたの冷たさをたっぷりと報告させていただきますから」
与羽の祖父――舞行は現在、天駆に暮らしている。手紙のやり取りは頻繁に行っているが、直接会ったのは今年の初めが最後だ。
戦で華金を退けたことは伝えてあるが、手紙では伝えられる量に限りがある。もっと詳しく祖父を安心させる話をしたい。
そしてなにより、久しぶりに祖父に会いたい。
与羽のその感情を知っているにもかかわらず、冗談で言った言葉にまじめな返答をされて、与羽は言葉に詰まった。いや、空も冗談で返したのだろう。ただ、彼の方が与羽より上手だったというだけだ。
「天駆には行くよ。当り前だろう?」
言い返せずにいる与羽に代わって、大斗が口を開いた。
「先代に会いに行かないといけないからね」
「その通りだ」
絡柳もうなずく。
「与羽が言っているのは、天駆には行きますが、それは夢見神官、あなたを送っていくためではないということでしょう。与羽は勝手についてくる分には構わないから、好きにしろと言っているようです」
「九鬼武官、水月大臣、お言葉が過ぎますよ」
辰海に代わってそうたしなめるのは竜月だ。
大斗を批判するのはひどく勇気がいったのだろう。言ってすぐ、そばにいた雷乱の巨体の影に隠れてしまった。わざと隠れやすい雷乱に近づいてからたしなめの言葉を口にしたのかもしれない。
「ふふん? 結構言うようになったね」
大斗が口のはしをあげて竜月を見やれば、顔の半分だけ出してそちらをうかがっていた竜月は完全に雷乱の後ろへ隠れてしまった。
「ら、雷乱助けてくださいですぅ~」
「はぁー?」
からかいがいがありそうだと思ったのか、大斗は凶悪な笑みを浮かべたまま竜月に近づいていく。
「では、天駆まで残り少ない行程となりましたが、改めてよろしくお願いいたします」
大斗の視界に入らないように雷乱を盾にして振り回す竜月をしり目に、空は自分の胸に手をあて優雅に頭を下げた。先ほどの大斗と絡柳の言葉が冗談であることは、心得ている。
「ん」
与羽も短くうなずいてみせる。
首をめぐらせてかぶっている笠から垂らした薄幕越しに見つめるのは、天駆へと続く街道だ。全力で馬を駆れば一昼夜で風見と天駆の国境まで行ける。
もちろんそこまで急ぐつもりはないが、与羽は少しでも早く天駆へ行こうと風見領主が貸してくれると言った牛車を断った。




