八章四節 - 牛車の旅
「あたしも辰海殿は来年中に、三十位以内に入ってると思いますぅ。もしかすると、二十位以内かもしれません。十位以内は今空きがないので、すぐには無理だと思いますけど……」
「私は五年以内に六位以上に一票」
しかし、竜月も実砂菜もラメの意見に賛成のようだ。
「きっと与羽が思っている以上に、古狐の若君は優秀だと思う」
「私はアメが古狐君と組んで仕事をしてることが多いから、古狐君の仕事ぶりをよく見るけど、すごいよ。本当に。知識量も判断力も。たまに私情が入ってもろくなる時もあるけど……」
「『私情』ね……」
実砂菜が意味ありげに呟く。それが与羽に関するものだと気付いたのだ。
「与羽ちゃんももっと朝議に来てみればいいよ。古狐君がどんな人なのか、今まで以上にわかると思うから」
「乱兄の手伝いとかならあれだけど、官吏でもないのになぁ……」
黒羽嶺分城を発つ前夜に黒羽領主――烏羽黄葉から言われた言葉が思い出される。今まで考えたことはなかったが、朝議に与羽がいることで悪影響を与えてしまうかもしれない。
官吏ならば、官位に合わせて一人一人の権限や発言力がある程度決まっているが、与羽にそれはない。場合によっては、兄と同程度、もしかするとあの妹想いの兄のことだ、それ以上の力を持ってしまう可能性もある。
「官吏になればいいのに」
実砂菜がボソリとつぶやく。
「ん~……」
しかし与羽は、官吏になるともこのままでいいとも言えない。
官吏になるからこそできることがある。しかし、官吏ではない今の与羽にしかできないこともあるはずだ。官吏になったせいで、さらに発言力を持ってしまうかもしれない。
「悩むよなぁ……」
そうつぶやいて、すだれをおろした窓に目を向ける。見にくくなっているが、完全に外が見えないわけではない。
ゆっくり動く車窓から、低い丘が見えた。丘の頂上部は小さな集落や畑、水の得やすい谷沿いには田んぼが確認できる。田の稲は心なしか色あせはじめ、穂を垂れていた。
その間を小鳥が飛び交って、穂をつつこうとしているが、かかしや農作業中の人々に追い払われている。上から聞こえたカツリと言う乾いた音は、鳥が牛車の屋根に止まった音だろう。
「まっ、もう少しいろいろ見れば、わかるかな」
自分に言い聞かせるように言って、与羽はあおむけに倒れた。
天井に施された華美な装飾に目を向ける。
黒羽がどういう国なのかはなんとなく分かった。その中には偏見や個人的な感情も含まれているが、それは中州に戻った時に調べるなどして調整すればいい。
まだ気持ちや感情を持て余している部分もあるが、時間が経てば受け入れられるはずだ。
そして、これから向かう風見でも、何かが得られるだろう。
高度な技術を持つ工芸の国――。
細かな細工が施された天井を見上げつつ、与羽は明日にはつくであろう風見に思いをはせた。




