七章四節 - 炎狐の意志
「そう、か……」
とっさに良い言葉が思いつかず、絡柳はそうつぶやいた。
「お前を楽にしてやりたい、お前を守りたいという気持ちは本当なんだがな。中州のためにも、乱舞のためにも、お前のためにも――」
「申し訳ありませんが、余計なお世話、です」
与羽の口調は丁寧だったが、そこには明確な拒絶があって――。
「弱ったな……」
思わずそんなつぶやきが漏れた。
「少しでもお前の気を晴らしてやりたいが、どうすればいいか全くわからない」
「私自身にも最善手が思い浮かばないのに、先輩にわかるはずないじゃないですか」
与羽の言葉は冷たい。
「自分にも、わからないのか……」
絡柳の言葉に、与羽は浅くうなずく。
容姿が違うことは大きな悩みだ。
しかし、龍の血を継ぐ自分の姿かたちには、誇りを持っている。なのに、それを心から好きでいられない。
人から奇異の目で見られるのが怖い。誇りであるはずの龍の血を受け入れきれない。
「与羽」
辰海がやさしくその名を呼んだ。
「あんたにも私の気持ちの全部が理解できるとは思わん」
与羽はそれに冷たく応じる。
なぜこれほどつっけんどんな態度をとってしまうのか、自分でもよくわからない。理解できないにもかかわらず、理解しようと話しかけてくる彼らに嫌気がさしているのだろうか。
「そうだね。君が話してくれればある程度はわかるかもしれないけど、全部は難しいかも」
辰海は口元に困ったような笑みを浮かべた。
「だから、代わりに僕の気持ちを話すよ」
そう言って、辰海は絡柳に軽く目くばせする。
絡柳は片眉をあげてそれを見た。辰海が淡く笑んでうなずくと、彼の意図を察した絡柳が立ち上がる。
「あとは、任せるぞ」
「はい」
隅に控えていた竜月たちを引き連れて、絡柳が部屋をあとにする。残されたのは与羽と辰海だけだ。
「与羽」
辰海はもう一度呼びかけた。
「…………」
与羽は再び黙り込んでしまっている。しかし、辰海はそれを気にせず話しはじめた。
「僕は今結構怒ってる。もちろん君に対してじゃないよ。君を傷つけるようなことをする奴らに、ね。もしかしたら、そこに僕や先輩たちも含まれるのかもしれないけど、一緒だ。君を傷つける奴はみんなむかつく」
いつもより少し汚い言葉遣いになっている自覚はあったが、気にしない。
「君をこんなに苦しめて、嫌な思いをさせて――。君を泣かせるような奴なんて、みんな消してしまいたい。ううん。君が望むなら、いくらでも消してあげる。古狐は城主一族の望みをかなえるためにいるんだから。
まぁ、城主一族が道を踏み外した時にそれを諌めるのも、僕たちの仕事なんだろうけどね。たぶん、僕にそれはできない。どれだけ道に外れた行為で手を汚すことになっても、君が望む世界を作ってあげる。まぁ、今の君がそんなこと求めてないのは分かるよ。これは、君が本当につらくなって、何もかもがどうでもいいってなった時の話。
僕に君の気持ちを全部理解することはできない。でも、つらくなったらいつでも言って。何でもしてあげる。黒羽も中州も何もかも関係ないところで、ひっそり暮らすのもいいかもね。誰とも付き合わずに、山奥で――。誰にも姿を見られることなく、誰にも傷つけられることなく」
今の与羽がそんなことを望んでいないのは分かっている。それでも、もし与羽が耐え切れなくなったとき、辰海は迷いなく今言った通りにするだろう。
「…………」
与羽はわずかに顔をあげて、辰海の様子を見た。泣いているのかと思ったが、与羽の目は乾いている。そこには、予想外に強い光が宿っていた。
しかし辰海もやさしく穏やかでありながら、ゆるぎない瞳で見返す。




