七章五節 - 龍鱗と炎狐
「はぁ……」
しばらくにらみ合って、先に目をそらしたのは与羽だった。
「萎えるわ」
大斗が辰海に対して使う単語を口にする。辰海といるとやる気をそがれる気がする。闘争心が萎える。
「そう? 僕はかなり本気で言ってるんだけど……」
「だからだよ」
辰海の大げさな言葉を聞くと、自分の悩みが非常に些細なものに思えてしまう。
「かなり悩んどったはずなんだけどなぁ……。まぁ、あんたが言った言葉は『逃げ』よね。何の解決にもなってない」
「そうだね。本当にどうしようもなくなった時の――、最後の手段だよ。僕じゃ、今の君を慰められないから。
確かに、物見遊山気分で君を見ようとしている人や君の見た目に驚いたり、変って思ったりする人もいると思う。いや、思うじゃないね。確実にいる。本当は、そういう人たちを片っ端から叱り飛ばして、改心させて、謝罪させるべきなんだと思う。でも、ここは中州じゃないから、あまり騒ぎ立てて対立を招くべきじゃないし、そうでなくても人の心を変えるのは難しい。幼馴染ひとり、うまく元気づけられないしね」
辰海はそっと与羽のほほに手を伸ばした。龍鱗の跡がある左ほほだ。
「辰海?」
「別に君を責めてるわけじゃないよ。全部僕の力不足。逃げ道しか用意できなくて、ごめん。でも、何があっても、僕は君の味方だよ。それだけは信じて欲しい」
そうわずかにかげのある笑みを浮かべて、そっと与羽のほほをなでる。
親指の爪大のかすかなへこみを一つ一つ親指の腹でなぞった。
与羽は辰海から視線を逸らした状態で、それを受け入れている。
辰海はもう片方の手を与羽の腰に回して、やさしく抱き寄せた。心のうちにある熱い思いをできるだけ排して――。乱舞が与羽にするように――。兄が妹を、もしくは友人を慰めるようなつもりで――。
そのかいあってか、与羽は素直に辰海に身をあずけてくれた。
どこかぎこちなさは残っているが、先ほどよりは格段に落ち着いている。
辰海は最後の仕上げに、与羽の耳元に唇を寄せた。そっとやさしい言葉を吹き込むために。
「前にも言ったかもしれないけど、君の髪も目も龍神の血もとってもきれいだよ」
その言葉を理解したらしき与羽が、かすかに辰海の着物を握った。縋り付くように。助けを求めるように。単に辰海がそう感じただけかもしれない。頼ってほしいと。
――まぁ、頼られなくても、一方的に守るつもりだけど。
そんなことを思う自分に苦笑しながら、辰海は与羽の体に回した腕に少し力を込めた。




