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龍神の詩7 - 嵐雨の銀鈴  作者: 白楠 月玻
六章 龍の姫
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六章一節 - 龍鱗の跡

 黒羽(こくう)領主――烏羽黄葉(からすばこうよう)の主催した歓迎の(うたげ)は、盛大に行われた。

 ふすまを取り払って一続きにした部屋は、二百畳以上はあっただろう。そこに大勢の人が集まったのだ。今回の旅に加わった者は、出身、身分を問わず呼ばれ、黒羽の官吏とその家族も加えると参加者八百人にものぼる大宴会となった。


 部屋に入りきらない人々が庭園や三の丸にまであふれ出し、ござや厚布をひいた上で盛んに料理が運ばれ、酒が酌み交わされたらしい。

 与羽(よう)はずっと座敷で黒羽領主一族や上級官吏の人々と話して過ごしたので、その風景を実際に見ることはできなかった。ただ、あとから来た報告によると、誰もが昨夜の宴を楽しんだと言う。

 宴の前機嫌が悪かったと言う雷乱(らいらん)が少し心配だったが、大勢の屈強な武官たちと飲み比べに興じ、かなりの上位に食い込んだということで、それなりに機嫌が良かったようだ。


 宴から一夜明けた今日は、早く起き出して湯あみをしていた。

 上級の客人をもてなすために作られた浴室からは、大きな芙蓉(ふよう)の花や色とりどりの朝顔を見ることができる。普通ならば、その風景に見とれ、心地よい湯にほっと息をつくところだが、今の与羽はひどく緊張していた。


「あ、あの……、お湯加減はいかがですか?」


 湯殿の端に控えた女性がおどおどと尋ねる。

 彼女はこの城の女官だ。黒羽嶺分(みねわけ)城に不慣れな与羽のために、黒羽領主がつけてくれた。

 彼女の他にも、部屋の整理を行う者、料理を運ぶ者、着付けを行う者など数人の女性がここに滞在する与羽の世話をすることになっている。


「ちょうどいいです」


 答えた与羽の声は、落ち着いているものの硬い。

 広い浴場であるにもかかわらず、湯の中に膝を抱えて座り湯船に広がる波紋をぼんやり見ている。


 その手は、しきりに左ほほに浮かぶあざ――「龍鱗(りゅうりん)の跡」をなぞっていた。与羽やその兄乱舞(らんぶ)が生まれつき持っている、龍神の末裔(まつえい)であることを示すあざだ。

 中州を離れてから、化粧で隠していたが、今は化粧をすべて落としてしまっている。しかも、与羽の「龍鱗の跡」左ほほから背を経て、右ももの裏側まで続いていた。

 自分では全貌を確認することができないが、昔、竜月(りゅうげつ)が「ご主人さまは本当に龍神様の子孫なのですね~……」と感慨深げにつぶやいていたことは覚えている。


 きっと人間離れした姿なのだろう。


 それを、入浴用の湯帷子(ゆかたびら)に着替える時、この女官に見られてしまったのだ。

 見られることは分かっていたが、はっと息をのみ、持っていた洗面用具を落とすほど驚かれるとは思わなかった。


 彼女はすぐにその場にひざまずいて謝ったが、いい気分はしない。謝罪のあとも、与羽を見る彼女の眼には恐怖が見えた。自分とは全く違う未知のものを見るような――。


「あ、あの……」


「もう大丈夫です」


 まだ何か言おうとする女官の言葉を与羽はさえぎった。


「自分で全部できますから、一人にしてください」


 できるだけ感情を消した、硬い声だ。


「は、はい」


 女官はすぐに従ってくれた。わずかに震えた声で返事をすると、すぐに浴室をあとにする。

 彼女の足音が聞こえなくなって、与羽はやっと息をついた。その瞬間、見つめていた水面に大きく波紋が広がる。


 目が熱い。鼻の奥が痛い。


 もし、自分が他の人々と同じ容姿ならば――。

 今まで何度思ったかわからない思考が胸をよぎる。


 水面に映った青紫の瞳を見たくなくて、与羽はそこに突っ伏した。

 頭の先まで湯につかってまるくなる。熱めの湯のせいで少し早い脈を感じた。

 どくどくと脈打つ間を流れていく思考はなんだろう。誰かの姿のようで、誰かの声のようで。

 ふと見知った人の姿が見えたと思ったら、すぐに何か分からなくなってしまう。


 自分が龍神の血を継いでいることは誇りだ。

 青と黄緑にきらめく黒髪も、青紫の瞳も、龍鱗の跡もすべて大好きなのだ。

 しかし、ふとした瞬間にそんなものなければ――、と思ってしまう。


 緩く閉じた目から湯へ熱い滴が流れ出すのがわかる。

 与羽は息苦しくなるまで、そうやって湯につかっていた。

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