六章二節 - 嶺分城観光
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この日の午後は、辰海のおじの計らいで黒羽嶺分城を案内してもらえることになっていた。
まだ気分のすぐれない与羽だったが、中州の面々と会うと自然と笑みが浮かぶ。
「雷乱、大丈夫? 今日は城を出るつもりもないし、なんなら部屋に戻って休んどっても――」
与羽は仏頂面でついてくる雷乱を振り返った。昨夜の宴で飲みすぎたせいで、いまだに頭が痛むらしい。
「いや、大丈夫だ。朝よりはましになったしな」
眉間のしわがいつもより深いものの、雷乱はきっぱりと断った。昨日の件もあり、これ以上与羽の護衛官という誇りを傷つけられたくないのかもしれない。
「おとなしく寝ときゃいいのに。俺がいるんだから、護衛は足りてるでしょ?」
不敵な笑みを浮かべて言うのは大斗。
いつもなら、「ちょ、先輩!」と制止に入る辰海はいない。黒羽嶺分城二の丸御殿の一室で、黒羽領主や中州の大臣たちとともに会議中だ。
嵐雨の乱についての詳細やその後の対応などを話しているらしい。
黒羽も中州同様、華金と国境を接する国で、たびたび戦に見舞われる。
数日をかけて、華金軍の規模や戦略、指揮官の名前などできるだけ多くの情報を交換して、これからの華金の出方を予測しその対応を考えるという。
その間、与羽は完全に自由時間だった。
戦後城主代理として様々な話を聞いてきたが、それは与羽だけがもつ情報ではない。絡柳や辰海がいたし、時々城下に出て復興の手伝いをしていた与羽よりも、常に謁見の間に控えていた絡柳の方が、持っている情報量ははるかに多い。
与羽が話し合いに参加する必要はない、と言われてしまった。漏日大臣や絡柳、辰海が気をきかせたのだ。
与羽には初めて訪れる国を見て回るための自由な時間を多量に与えようと。
与羽はあくまでも、「代理」であって城主にはなれない。官吏でもない彼女は、大した実権もない中州の「象徴」のようなものなのだろう。
一年前ならば、それでよかったかもしれないが、乱舞を手伝うようになって、少しずつ城主の仕事がわかりはじめた今は、のけ者にされたようで少し悔しい。
「お前こそ、非番なら寝とけよ」
雷乱が低くすごむ。
大斗をはじめとする武官の主な仕事は、道中の警護だ。黒羽の武士たちに厳重に守られている城内では、中州武官の仕事はほとんどない。
「お前と一緒にしないでほしいな。非番だからこうして与羽たちと一緒に出歩いてるんだろう? ちょっとした観光だよ」
わずかに腕を広げてみせた大斗の手にもこしにも刀がない。本当に今は武官としてではなく、ただの青年としてこの場にいるらしい。
「は? お前――」
「あらあらあら。とても仲の良いお侍さんたちねぇ」
雷乱の言葉を遮ったのは、『銀狐の君』――辰海の姉、銀龍だ。黒羽嶺分城を見て回ると聞いて、ついてきた。今城を案内してくれている、辰海のおじは彼女のおじでもある。
そのおじは一番前に立ち、ゆったりした足取りでこの城の名所へと導いていた。
後ろでのやり取りには無関心だ。
ちなみに彼は名を、烏羽玉泉と言う。官職は近衛中将だと聞いている。
「仲が良いって、お前――」
「雷乱っ! 彼女は辰海殿のお姉さまで、風見の大納言の奥方なのですよっ! 雷乱よりずっとずっと目上の方なんですっ。敬語を使ってください」
竜月が雷乱の袖を引いて、小声で注意する。竜月と雷乱ではかなりの身長差があったので、小声と言ってもそれなりに大きな声で言わなくてはならなかったが……。




