五章三節 - 銀狐と炎狐
「おっきくなったわねぇ」
銀龍はほほを染めながらも弟の体をつぶさに観察した。
昔はまだ丸みを帯びていた顔は、細く骨ばり、男性的ながっちりとしたあごになった。釣りあがった目も眉も精悍な印象を与える。鼻は高く、髪は銀龍ほど母の癖毛を継がなかったものの、毛先がわずかに外側にはねている。
「ねえ、立って」
先に立ち上がって寄ってきた銀龍に手を取られ、辰海は素直に従った。
「ほんとにもう、立派な殿方になってっ」
羞恥心はなくなったのか、銀龍は自分よりも頭一つ大きい辰海の背丈を「父上ほどは伸びなかったのね」と確認して、体を触りはじめた。
「そうね。辰海は左利きだったわね。でも、右腕も良く筋肉がついているわ。鍛錬しているのね。あぁ、でも手のひらの状態がかなり違う。左手は良く剣を振ってるのね。まめがいっぱい。皮もごつごつしてて、男の手だわ。逆に右の手のひらは柔らかいわね。剣なんて持ったことのないお姫様の手みたい。どうして?」
銀龍は辰海の両掌を障り比べながら尋ねる。
「あ……、えと……」
ちゃんとした理由はあるのだが、それを答えたくなくて辰海は言葉を濁した。もっとも、答える気があっても、姉とはいえ女性に体を触られる緊張でまともな受け答えはできなかったかも知れないが……。
「まぁ、いいわ」
銀龍はそう言って、さらに辰海の体を確かめていく。
「本当にちゃんと体を鍛えているのね。肩もしっかりしてるし、背中も素敵。胸板も――。あぁ、腹筋が割れているわ!」
何がうれしいのか銀龍は弟の体をべたべた触りながら、高笑いをはじめてしまった。
辰海は何が何やらわからない状態で、嬉しそうな姉をただ目で追っている。
既婚者の赤砂千里武官とラメは、わずかに余裕をもってその様子を見ていた。
しかし、深窓の令嬢だと思っていた銀龍の豹変ぶりには驚いている。
「銀龍ちゃんって、ああいう子だったの?」
千里が近くにいた竜月に尋ねる。
「いいえー、普段はお上品でおしとやかな深窓の令嬢ですよー」
竜月は子ども時代銀龍とも親しくしており、彼女のことはよく知っているからか、全く普段通りだ。怒り狂っていた先ほどより落ち着いてさえいる。
「ただ、"あの"旦那さまと"あの"奥さま――卯龍さまと美海さまのお子ですからね~……」
どちらも一筋縄ではいかない曲者夫婦の娘。
「確かに、あの陽気さや楽しそうな様子は卯龍さんを見てるみたい」とラメが言えば、
「あのちょっときわどい発言が多いのは、お母上譲りなわけね」と千里もうなずく。
「そう言えば、昔和樹が古狐の屋敷から帰ってきたとき、奥方の猫かぶりに驚いたとかなんとか言ってたっけ……。ま、まさか――!」
夫の言葉を思い出し、千里は茶の入った湯呑を持ったままの手を強く握った。
幸い、武官といえども湯呑を握りつぶすほどの握力はなかったらしい。千里のこぶしが緩んだすきに、竜月が「お茶をつぎなおしますぅ」と素早くその手から湯呑を奪い取った。
「……古狐ねぇ。面白い一族だわ」
巫女の吉宮実砂菜は、愉快な見せ物を見ているかのように笑んでいる。
「見たことないけど、古狐君もああなることあるの?」
そう竜月に尋ねた。




