五章二節 - 銀狐の懐古
「何をおっしゃってるんですか、銀龍殿!」
竜月が素早く銀龍に向き直る。
「あたしがこの世で一番大好きなのは、ご主人さまです! 銀龍殿は雷乱に会ったことがないから、そんなのんきなことが言えるんですよっ!」
「そうかしら……。竜月が殿方の事でむきなるところを初めて見たから、てっきり――。それとも、しばらく会わない間に、変わっちゃったの?」
銀龍が風見に嫁いだのは五年半。与羽と辰海が十二歳の冬だ。
当時、銀龍は十四歳。大人に向けて成長していく時期を離れて過ごし、それぞれが程度の差こそあれ戸惑いを感じている。
しかも、銀龍と会うのは風見についてからだと思っていたにもかかわらず、それよりも早く黒羽出会ってしまった。不意を突かれたせいで心の準備が全くできていない。
彼女が黒羽嶺分城で行われる月見宴に呼ばれているのは事実だが、中州の一行が来るのを知って予定よりかなり早く黒羽に来たそうだ。中州一行の日程によっては、黒羽から風見に向かう中州一行と、風見から黒羽に向かう銀龍が入れ違いになる危険性があったためらしい。
「そ……、そんなことはないと思いますけど……」
竜月は自信なさそうに答えて、ちらりと与羽を見た。
「竜月ちゃんは今も昔も自慢の女官よ。まぁ、確かに昔と比べるとちょっと口うるさくなったかもしれんけど……。『ご主人さまは、甘いものばかり食べすぎですっ!』ってよく怒られる」
与羽はにっと口のはしを釣り上げて、当たり前のように辰海用の茶菓子を口に放り込んだ。与羽の前に置かれた菓子の皿はとっくにからになっている。
「は……! あ! ご主人さまっ!! 今、辰海殿のお菓子をとりましたね!? いつも言ってますよね? ご主人さまは、甘いものばかり食べすぎですっ!」
「ほら」と与羽が笑みを深めると、その場にいた人々も笑顔になった。
「あいかわらず、そちらは楽しそうね」
銀龍は口元を隠すのも忘れて、ほんわりとした笑みを浮かべている。
「大変なこともあるけど、楽しいよ。銀姉は?」
「大変なことも多いけれど、楽しいわ」
銀龍は与羽と同じ答えを返した。
「娘がいるの。知ってるわよね?」
「ん、話だけは」
確か三年ほど前、中州が戦で混乱していた時期に懐妊・出産の話を聞いたはずだ。
「やっと会話ができるようになりはじめて、かわいいのよ。私に似て癖毛で釣り目だけど、あとは旦那そっくりね。薫町に行ったら、また会ってみて欲しいわ。辰海もね」
銀龍の目が弟を向いた。どこか気恥ずかしそうに、頬を染めている。
久しぶりの姉弟の再開にどう接していいのかよくわからないらしい。
ちなみに彼女の口にした薫町とは風見の都の名前だ。
「はい、姉上」
辰海もなんとなく恥ずかしい気がする。たとえば、部屋に隠していた春本を見つけられてしまったような――。
いや、辰海の部屋に春本などないし、それと比べれば羞恥心は少ないのだろうが、たとえとしてはそれなりに的を射ている気がする。




