五章一節 - 女官の憤怒
与羽は数人の女官に連れられて、二の丸御殿の中でも奥まった位置にある客間に通された。与羽の側近として同行した漏日藍明文官と吉宮実砂菜巫女も、与羽とほど近い部屋へ案内されたようだ。
筆頭女官の竜月は、二の丸の外周を取り囲む使用人長屋敷の中でも最上級の部屋を与えられたが、主人の近くに侍ることが多そうだ。与羽にあてられた部屋には、居室と寝室に加え、女官が控えられる空間もあった。
与羽は居室に置かれていた脇息にもたれかかって一息つきながら、怒り狂った竜月の観察をしていた。彼女が怒っているのは雷乱の事らしい。
「あいつは自覚がなさすぎるんですっ!!」
そんなことを叫びながらも、てきぱきとお茶やお菓子の準備をしてくれる。
今この部屋にいるのは、与羽とラメ、実砂菜、この屋敷に滞在しているという辰海の姉――銀龍、早くも姉を訪ねてきた辰海、女護衛官の千里。気心の知れたものばかりなので、与羽は竜月を注意することなく怒るままにさせている。
本人がいないところで、しかも相手を「あいつ」と粗雑に呼ぶほどだ。よほどいやなことがあったのだろう。
「いくらご主人さまの護衛と言っても、あいつは官位のないただのその辺のちょっと剣の腕が良くて、体の大きな大酒飲みの粗野なおっさんなんです!」
雷乱は二十六、七歳のはずだから、「おっさん」と表現するほど年ではないと思うが、竜月は気にしない。
「ただの浪人と変わらないくせに、ご主人様の護衛官なんて――」
――雷乱は三の丸の隊舎へ案内されたんだ。
与羽の護衛なのにそんな与羽と離れた場所は不服だと文句言おうとしたところを、竜月が怒鳴ってしぶしぶ引き下がらせたと辰海が軽いいきさつを与羽の耳に入れた。
「結局、雷乱はでかくて、年くってるくせに甘えんぼさんなんですっ! 中州より上下社会がはるかに厳しい華金出身なら、身分や官位の重要性は知っていたはずっ! それなのにいつまでも、官吏を志さずにのうのうと――。
確かにっ! 中州でそれに文句を言う人はいませんし、嵐雨の乱でもそれまででも、雷乱は良く働いてくれてます。ちょっと頭は悪いですけど、大酒のみで、うるさくて、がさつですけど、頼もしいです。
でも、だからこそ、雷乱の安易さが許せませんっ! いつかこうなることは分かっていたはずなのにっ!
確かに、武官になれば、城主に忠誠を誓わなくてはならなくなります。城主に命じられれば、ご主人様の護衛官じゃなくなることも――。ですが、せめて準吏になっていれば――」
「むぅーっ!!」と竜月はわずかに吊り上った大きな目を精いっぱい鋭くさせ、ほほを膨らませる。
「雷乱のばかさが許せませんっ!! あたしは雷乱の保護者じゃないんですよっ!!」
「竜月は、その雷乱と言うお侍さんが大好きなのねぇ」
銀龍が笑みの浮かぶ口元を袖で隠しながら言う。
古狐にありがちな吊り目以外は、母親――美海ととてもよく似た顔だちをしている。ほほからあごにかけて優美な曲線を描きながら細くなり、広く秀でたおでこには淡水真珠を連ねた飾りがやさしく光っている。鼻は小さく、朱をひいた小さな唇は艶めいていた。
ももまで覆う黒髪には強めの癖があり、波を描いてたっぷりと背を覆っている。右耳の上からは、一房銀色の毛。地毛ではなく、純白の絹糸と銀糸で作った髪飾りだそうだ。




