三章五節 - 龍姫の我儘
与羽は平泳ぎでゆったり泳いでいる。そのおかげで、すぐに追いつくことができた。
「与羽」
与羽の隣を横泳ぎで並泳しながら、呼びかける。
「結構早かったね」
与羽は笑みを込めて言い、その場にあおむけに浮かんだ。泳ぎをやめたため、与羽の速度が急激に落ちる。
「ちょ……」
与羽を抜かしてしまった辰海は、慌てて立ち泳ぎの体勢になり、与羽の頭の近くに戻った。
「まっ、明日からはそんなにわがまま言わんつもりだから、今日は勘弁してほしい」
ただ水面に浮かび、星空を見上げながら与羽。
「やっぱり、中州を出るのは不安?」
「天駆に行った時と比べると、いろいろ思うことはある……」
与羽は辰海を見ない。
「でも、辰海も、雷乱も、竜月ちゃんも、ラメも、ミサも、大斗先輩も、絡柳先輩も――。皆がおってくれれば何とかなるんじゃないかって思っとる」
「うん。何かあったらいつでも言って」
――君を全力で守るから。
最後は口に出せず、心の中で言う。
「ありがと」
与羽はちらりとだけ辰海を見た。
「黒羽ってどんなとこかな……。美海さんの出身国よね。辰海は行ったことあるんでしょ?」
辰海の母――美海は黒羽の出身。傍系ではあるが、黒羽領主一族の血をついでいる。
「父上と一緒に何回かね」
まだ正式な文官ではなく準吏をしていたころだが、その体験は今でも記憶に残っている。
今回の旅のために、それぞれの国についての資料を一から見直して記憶や知識の補完もした。
「歴史書とかいくらか見たけど、ちょっと話聞かせてほしいかも……」
「わかった。でも、時間がかかるし、ここじゃ疲れるから、水からあがって着替えてからね。あとで君の部屋に行くから」
「ん」
与羽は肯定の返事をして、岸に向かって泳ぎはじめた。
向こうにはすでに乾いた布を抱えた竜月が待ち構えている。先に湖から上がった実砂菜はいない。自室で着替えているのだろう。そのかわり、竜月が呼んできたのか、雷乱の巨体が見えた。
「雷乱はむこう向いててくださいっ! ご主人さまは女の子なんですよっ!?」と言う竜月の叫びがここまで聞こえる。
辰海もあえて距離をとって、与羽を追った。与羽はさほど気にしないにしても、女性の濡れ姿を見るのはあまりほめられる行為ではない。
先に与羽が岸にたどり着くや否や、竜月がさりげなく与羽と辰海の間に入った。
雷乱は竜月にたっぷりと文句を言われ、だいぶ離れたところに背を向けて立たされていた。彼と与羽の間には千里がいる。
辰海はあえて雷乱の近くへ向かった。大柄な雷乱を目隠しに使おうと思ったのだ。




