三章六節 - 晩夏の角湖
「見る気なんてまったくねぇのに、なんであそこまで怒鳴られなきゃならねぇんだよ」
辰海が近づくと、少し不機嫌な口調で雷乱はぼやく。
「与羽がそういうところを気にするそぶりを見せないから、少し過敏になってるんじゃないかな。与羽が警戒しない分、竜月や僕たちが気をつけないと、与羽が危ないから」
辰海は着物を脱いで、かたく絞りながら言った。
「にしても、あいつオレに厳しすぎねぇか?」
あいつとは竜月の事だろう。辰海は記憶を探った。
「確かに、雷乱にはちょっと過剰反応してるかも……」
与羽や辰海も竜月の勢いには押されがちだが、雷乱ほどひどくない気がする。
「たぶん、雷乱は与羽や僕や他の人たちよりも、竜月と立場が近いからじゃないかな。竜月は使用人で、僕や与羽はその雇い主だし。気になるようなら、僕から竜月にそれとなく注意しとくけど――?」
「…………」
雷乱は、いつも眉間に寄せているしわをいっそう深くした。竜月を見ようとしたのか、振り返りかえて、やめる。まだ体を拭いているであろう与羽を見てしまう可能性を考えたようだ。
「まぁ、別にいいけどよ。うるせぇと思うときはあるが……」
雷乱の答えはあいまいだったが、このままでいい。注意する必要はないと言うことだと辰海はとった。
「わかった」
そうほほえむ。
「辰海、雷乱」
その時、与羽の呼ぶ声が聞こえた。
雷乱がいぶかしげな顔つきで振り返り、辰海は急いで絞っていた着物を羽織る。
「いや、そんなにあわてんでも――。男ならそんなに見られても困らんでしょ……?」
独り言のつもりだったのかもしれないが、あきれたようにつぶやく声が聞こえた。
「私、先に部屋に戻る」
呼びかけたときと同じように声を張って、叫んだこの内容が本来与羽が伝えたかった言葉だろう。
「あたしたちも帰りますので~」
竜月も間延びした声で言う。
「ご主人さまは、少しお疲れのようですし」
「そんなに疲れとらんけど……」
「ご主人さま! 竜月の目はごまかせないんですよ。今夜はぐっすりお休みくださいっ!」
日常の風景とかしている言い争いをしながら、与羽と竜月が戻っていく。
そのあとには辰海や雷乱に礼儀正しく一礼した千里が無言でつづく。その口元がわずかに緩んでいる所を見ると、与羽たちのやり取りを楽しんでいるようだ。
先ほど、与羽に黒羽の話をすると言ったが、今夜は無理そうだ。
それでも、約束してしまたので、着替えた後で一度与羽にあてがわれた部屋まで行こう。
辰海は脳内で今夜と明日の予定を組みながら、湖の縁においていた笛を回収した。
雷乱は、てもちぶさたに辰海と並んでいる。
「僕たちも戻る?」
辰海は彼を見上げて尋ねた。
「そうだな」
雷乱もうなずく。
そして、二人も虫とカエルの鳴き声が響く角湖を後にした。




