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英雄にはならなかったとある冒険者  作者: 二月 愁
第二章 止水の舞姫
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エピローグ 苦悩する元英雄

 ザクザク、と氷の彫像オブジェと化した草を砕きながら草原地帯を進む。

 息を吐き出せば白く染まり、吹き付ける風は頬を冷やす。照り付ける太陽はどこまでも暖かいのにな、と空を見上げながらに思う。


「マフユ様、どうかされましたか?」


 ぼんやりと空を見上げていたせいか、俺の腕を抱えるようにして隣を歩くルナから不思議そうに声をかけられた。

 

「いや、何でもないよ。ただ空を眺めていただけだから」

「ふーん……そういう割にはどこか憂いに沈んだ表情かおしてるわよ?もしかして緊張してるのかしら?」


 クスッと、どこかからかうように声をかけてきたのはフィリアーナ。ルナを清楚な美少女とするならフィリアーナは妖艶な美女と称するのが正しいだろう。

 健康的な小麦色の肌に、布地の少ない踊り子装束。彼女の豊満な双丘はこれでもかというくらい少ない布地に抵抗し、パレオの隙間から除く太ももは瑞々しく色香を漂わせる。

 男としては目の毒というか、眼福と言えばいいのか非常に悩ましいが、とりあえずは目のやり場に非常に困る。

 ちなみに、彼女がなぜこの寒空の下でもいつも通りの踊り子装束で大丈夫なのかと言えば彼女が羽織っている妖精の羽のような羽衣のおかげらしい。見た目はスケスケで彼女の小麦色の肌が丸見えなのだが、暖かいと俺からすれば途轍もない違和感を覚える魔法道具である。


「まあ、そりゃあフィリアーナの祖母に会うんだから緊張はするさ……俺はいろいろと後ろ暗いことの多い人間だから特に、な」


 なるべく視線を彼女の身体に向けないように注意しながらそれを隠すようにお道化たように肩を竦める。

 そんな俺の態度が面白かったのかフィリアーナは今度は純粋に笑みを漏らし、クスクスと声を出す。


「どこまでも不遜な態度で黒龍と対峙してしまう英雄様でも緊張することなんてあるのねっ」

「あのな……俺はかなり小心者の小市民なんだぞ?緊張もすれば、嫌なことから逃げたくもなる」

「ふふっ、貴方って本当に面白い人よね、飽きないわ。それと……」


 俺としては事実を述べたつもりなのだが、フィリアーナは何が面白かったのか妖艶に笑って見せる。反対側ではルナも口元を隠しながら控えめに笑っている。

 何がそんなに面白いんだろうか、とも思ったのだが、とりあえず二人が面白いならいいかななどと考えていると知らぬ間にフィリアーナが俺の耳元に顔を近づけていた。

 桜色の瑞々しく小さい唇から漏れる吐息に心臓がドキッと高鳴る。だが、それ以上にその先の言葉に俺は別に意味で更にドキッとした。


「女は視線に敏感なのよ?だからもっとばれないように盗み見ないとね……もちろん私は貴方の伴侶だからじっくり見てもいいわ、ベッドの上とかでも、ね」


 その言葉に思わず、声を詰まらせる。額からはなぜか冷たい汗が流れ落ち、髪の毛がグイッと引っ張られる。

 いつもの特等席だと言わんばかりに頭の上に座る相棒がどんな顔をしているんだろうな、と戦々恐々とする俺をよそに、フィリアーナは踊り子らしい軽い足取りで俺から離れると楽しそうに雪原を舞うのだった。


「マフユ……後で紳士としての振る舞いを覚えようね?」

「……はい」


 もちろん俺がこってりとフィンに絞られたのは言うまでもない。





 あれから一刻ほど俺たちは雪原を歩き、今は森の中にひっそりと建てられた小屋の中にいる。

 窓の外に見える風景はまさに夏の森と言った様相で、新緑が萌えている。


(……流石に俺の神皇魔法でもこの森までは凍らせなかったみたいだな……いや、もしかしたらこの場所の特異性も関係あるのか?)


 窓の外からは小鳥の囀りも、虫のさざめきも聞こえず静謐で神聖な空気が漂っている。どこまでも不自然なこの森の原因はやはりこの小屋の下に創られた祭壇(・・・・・・・・)が影響しているに違いない。


「これは英雄殿、どうかしたのかえ?」


 この場所のことを考えていると、しゃがれた厳かな声が聞こえて、思わず身体がビクッと反射的に身構える。

 俺に声をかけてきたのは巫女服を纏った紫髪の老女。腰は曲がっているが、その雰囲気はどこまでも若々しく、思わず背筋を伸ばしてしまいそうになる。


「なんでもない……それと俺は英雄なんかじゃない。だからそう呼ぶのはやめてくれ」


 目の前の人物の雰囲気に感化されてか、もしくは英雄と呼ばれたせいかは分からないが自分の声とは思えないほど堅い声が出てきた。


「ふむ……まあ主がそう言うなら止めておこうかね、儂もあの闘いについて詳しく知っているわけではないからねぇ」

「そうよ、おばあちゃん。マフユはマフユなんだから……ね?」


 苛めるように口を挟んできたのは老巫女と同じ髪色をしたフィリアーナ。彼女の言葉からすればあの老巫女とフィリアーナは祖母と孫の関係。確かに髪色もそうだが、その凛とした雰囲気もどことなく似ている。もちろん服装は踊り子装束と巫女服で違うのだが、やはり似ているか似てないかと言えばよく似ている。


(まあ服装が同じだったら……見たくはないな)


 フィリアーナが巫女服ならきっと似合うこと間違いないが、その逆はとてもではないが見たくはない。そんなくだらない想像をしていると、目の前にいる老婆が俺をどう呼ぶか思案しつつ、最終的に何とも言えない呼び名で呼んできた。


「うむ……ならとりあえず婿殿と呼ばせてもらおうかえ」

「……はぁ、まあ間違ってはいないからそれでいい」


 いたたまれないような、でもどこか嬉しいような呼ばれ方に思わず曖昧に返す。 

 形式上、俺はルナを第一婦人、フィリアーナを第二夫人として娶っている。今まで女性と一切の関係どころかまともに話したことの無かった人間にとっては大出世なのだろうが、俺は正直戸惑っている部分が大きい。

 もちろんあんなに美少女・美人が隣にいるのは嬉しいし、二人のことも好きだからいいのだが、色々と後ろ暗いことと制約・・があるために悩ましい部分もある。


(……まあ、それは俺の問題だからとりあえずは無視するか)


 制約についてはおいおい二人に話すという、要するに先送りにするとして俺はここに来た目的を達するために真面目な雰囲気を纏わせ、老婆を見据える。


「それよりも、ここに来た目的を果たしたいんだが?」

「婿殿は長生きしてる(・・・・・・)わりにせっかちさね……まあ、いいよ。そっちの姫巫女様も付いて来な」


 俺の視線の意図を正確にくみ取った老婆は俺とその横に座るルナ、そしてフィリアーナと順に視線を巡らせた後、この小屋には不釣り合いの燭台に近づくとそれをゆっくりと引いた。

 ガコっと鈍い音を立てる燭台。同時にガガガガッ、と小屋全体が微かに揺れる。


「これは……なんともすごい細工ギミック、だな」


 舞い上がる少しばかりの埃とともに、ゆっくりと床の一部が開かれ、石造りの階段があらわになる。


「まあ、必要か不要か問われればなんと言えんがね。なんたって、この小屋は人里離れた場所にあるから来れる人間も限られるからねぇ」

「……まあ、ないよりはマシじゃないか」


 石段を危なげない足取りで降りて行く老婆は何とも言えない表情を浮かべている。俺もフォローのしようがなく、苦笑いを浮かべるしかないので、ただ老婆に続いて石段を降りるしかなかった。





 降りて行く足取りに付随してボッ、ボッ、ボッと次々と地下に設置された燭台に火がつき、視界が明るくなる。別に自然と火が灯されていくわけではない。ただ、俺の前を行く老巫女が静かに聖句を呟き人魂のような火の玉を生み出し、燭台に静かに火をともしてるおかげで、こんな超常現象が起きているのである。

 魔法というモノを一切使用できない俺にとってはまさに奇跡としか言いようのない光景に、思わず嘆息が漏れそうになるが、やはり俺以外の同行者たちは魔法が使えるせいか、一切驚いた様子が無い。


(……そう考えるとむしろ魔法を使えない俺が、珍しいことになるな)


 普通なら逆のはずなのに、なぜか俺のパーティーは俺以外魔法を使える。何となくその状況に悲しさを覚えてしまう。


「さて、と……着いたよ、婿殿。あとはフィリアーナ、あんたがやりな」


 なんとなく落ち込んでいる内に、地下に設置された祭壇の間へと続く場所へとついていたらしく、老巫女の声で俺はようやくそのことに気が付いた。

 視線を上げるとそこには石壁がある。一見すれば行き止まりにも思えるが、恐らくは目の前にある壁には何らかの仕掛けがあるのだろう。


(前もこんなの見たしな……)


 その脳裏に焼き付いている光景を再現するように、フィリアーナが石壁に触れるととある女神の紋様が浮かび上がり、スッと壁が消える。

 フィリアーナは何も言わず、そのまま進んでいくので俺たちも黙って付いて行く。

 

「ここが祭壇の間。まあ神託の間とも言えるかしら」


 灰色の石壁から一転して、真っ白な空間。奥にはやはりフィリアーナに少し似たどこぞの女神の絵画が飾られ、中央には一本の大きな燭台が飾られている。


「ここが、か……」

「ええ……少しばかり待っていて」


 驚いたように言葉を漏らす俺に少しばかり微笑みかけると、フィリアーナは凛とした空気を纏い、羽扇を取り出す。そしてゆったりと舞を始める。

 聞こえてくるのは舞姫が奏でる足音ステップだけ。それは最初は穏やかで安らぎを与えるようなモノだったが、次第に動きが速くなり、激しさを増す。しかし、決して荒々しいわけではない。どこか心だけを震わせるような、そんなリズム。


「綺麗だね……」

「ああ。それに……なんだか音楽が聞こえてきそうな、そんな感じがするな」


 フィンが静かな声で感想を漏らす。

 そこにいる全員が彼女の舞に見惚れ、引き込まれていく。そしてそれがどんどんと深さを増すにつれて、本来は聞こえないはずの旋律リズムが聞こえてくる、不思議な感覚に陥る。

 そのまま見入っていると、フィリアーナはゆっくりと動きを止め、燭台に優雅に一礼する。頬が微かに上気し、艶が増す姿に思わず心が高鳴る。


『こんな美しい女性を好きにできると思ったら嬉しくなったのかい?』


 不意にそんな言葉が聞こえ、身体が強張る。だが、その声が聞こえていたのは俺だけのようで老巫女もルナも、フィリアーナも動いていない。


『そんな身構えなくてもいいよ、今は坊やの頭の中に囁いてるだけだからね』


 小鳥の囀りのように美しい声なのだが、俺には安らぎは与えずむしろ警戒心がより増してしまう。


『相変わらず性格が悪いようですね……いい加減顕現したらどうだ?』

『坊やも言うようになったね!!まあ、これ以上からかっていると他に迷惑をかけそうだから顕現しようかね』


 少しばかり怒気を孕ませて、楽しそうにする女神を批判する。しかし女神は気にした様子もなく、むしろより楽しそうに声を弾ませる。

 さっさと顕現しろよ、と心の中で叫んでいると、燭台の前に小さな光が集まりだす。


「見事な舞であった、巫女フィリアーナ」

「ありがとうございます、ミネルヴァ様」


 光の粒はやがて人の形を成し、絵画の姿となる。紫の髪と瞳に、神々しい雰囲気。先ほどの茶目っ気たっぷりに人をからかった人物と同一とは思えない声色。

 思わず、誰だよっ、と声を大にして叫びたくなったが、ぐっとこらえる。

 そんな俺の葛藤とは裏腹にフィリアーナは恭しく頭を下げながら感謝の言葉を紡ぐ。よく見ると俺の両サイドでも老巫女とルナが頭を下げていた。

 これは空気を読むべきか、と一瞬迷ったが、どうにも個人的にあの女神には頭を下げたくないという感情が勝り、姿勢は変えない。


(そもそも俺は神様に頭を下げなきゃいけないわけでもないからな……それにミネルヴァには何度も地べたを舐めさせられた記憶があるし、余計に嫌だな)


 生憎と俺を苛める者をいないことを良しとして俺はそんなことを考えながら立っていると、凛とした声で女神から声をかけられた。


「相変わらず、礼儀を知らないようだね」

「これでもヘスティアからは礼儀が身に着いたと言われたんだがね」

「ふふっ、そうかい。それじゃあ坊やも居心地が悪いようだからさっさと要件を済ませようか」

「ああ、そうしてくれ」


 肩を竦めて見せる俺に、ミネルヴァはどこか懐かしいそうに眼を細める。しかし、それも一瞬のことで彼女からふわりと冷たくもどこか温もりを感じる紫の光が放たれ、俺の胸元にあるメダルに吸い込まれた。


「これで私の力は以前のように十全使えるよ。もちろん坊やの技量がもとに戻るなんてことは無いから鍛錬は怠らないように、ね」


 最後に有難いお小言を頂き、思わず顔を顰めてしまう。そんな俺を見れて嬉しかったのか女神は俺以外は見惚れてしまいそうに笑う。


「本当にあなたは変わらないね、ミネルヴァ様」

「坊やはかなり変わったけどね……それじゃああとは頼んだよ」


 そういうとミネルヴァは居住まいを少しばかり正し、フィリアーナやルナ、そして老巫女たちにいろいろと話しかけ始めた。

 それをよそに俺は胸元のメダルを取り出し、紫の宝石が煌々と輝いていることを確認して、何となく笑みを零すのであった。

しっかりと考えて書くつもりが、最後駆け足になってしまった……悪癖ですね。

今度、修正します。

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