第二の神装 2
長らくお待たせしました。
本当にダメだな、と常々思ってしまう今日のこの頃。
真っ白に染め上げられた世界に、ふぅ、と白い息が漏れる。
季節を完全に無視した寒さが周囲を包んでいるはずなのだが、あいにく心臓が早鐘のように高鳴り身体を火照らせる。
ドクン、ドクンと強く血脈を唸らせる心臓。しかし、それとは対照的に心は音が無くなるほど静かで冷静である。
(……あの女神は嫌に情熱的だった記憶があるんだがな)
この姿になるたびに、そんなことを思う。
俺の今の姿は戦女神・ミネルヴァの格好を模倣してるといっても過言ではない。
記憶の中では戦女神はいつも情熱的に舞い、俺を地面に伏せさせてていた気がする。その表情はどこまでも悦に浸り、きっと闘争を楽しんでいたに違いない。
だがこの姿になった俺はいつも心が凍り付いたように冷静になる。それこそ感情が凍結してしまったかのようにすら思えてしまう。
それでも本能に刻まれた"勝つ"という感情だけは別なのかもしれない。目の前で業炎を吹き荒れさせる黒龍を視界にとらえてしまうと、俺からあふれ出た白い魔力が世界を凍らせようと暴れてしまうのだから。
「キュンッ」
「あ、ツルキちゃん」
魔力の暴走をどう抑えようか考えていると俺の肩に暖かい重みが乗った。白銀の世界に相応しい毛色にフワフワの二つの尻尾、特徴的な首元の黒毛。
その生き生きとした瞳はこの極寒の世界に心地よさを感じているのだろう、尻尾が左右に激しく揺れている。
ただ、と少しだけ嫉妬の視線を向けてしまう。状況的にツルキはルナの胸元あたりから出てきたのだろう、何となく羨ましいと思ってしまう。
もちろん俺の両腕は左右から豊満なモノに包まれて位はいるが、やはり胸元から出てくるのはズルいと男の悲しい性が訴える。
「……まあ、そんなくだらないことを考えるのは終わってからにするか」
「キュウ?」
俺の独り言に対して不思議そうに首を傾げるツルキをルナに手渡しながら、ツルキ同様に不思議そうにしているルナとフィリアーナに少しだけ下がっているように言い含める。
その際、視界の端に映った妖精の少女のジットリとした目つきには思わず身体がビクッと反応をしてしまう。
"このタラシめっ!!"
"……そんなつもりはないんだがな"
視線だけで会話をできる唯一の相棒の存在に感謝しつつ、暴れそうになる魔力を両手の剣と盾に集中させる。
梟の両翼を思わせる直剣の表面には荊が巻き付くように白い魔力が浮かび上がり、丸盾は蕾が開花するように花弁を開いていく。
そんな俺を見た黒龍が、グオオオォォォォォォォ!!と強く咆哮し、咢の奥に火花を散らす。そして白塗りの世界を否定するように、業炎をまき散らす。
「……熱いのは勘弁してくれ」
ヘスティアの炎を纏っていた時のように咆哮はせず、静かに告げながら直剣を黒龍に向ける。するとあふれ出る白い魔力が極寒の吹雪と化し、迫りくる黒炎と衝突する。
――――ジュワァァァァ
ぶつかり合う極寒と業炎|《黒い炎》。それらは激しい音とともに濃霧を作り上げる。
「さて、それじゃあ終わらせるか……」
未だに白煙が世界を覆ているが、そんなのお構いなしに俺は荊が巻き付いた直剣を地面に突き刺す。すると、荊が直剣を伝い地面に広がり、そこから蜘蛛の巣を張り巡らせるようにして荊が急速に伸びていく。
「咲きほこれ、霜雪の薔薇」
直剣を魔力の伝導体として荊に一気に流し込む。すると地面から樹氷のように太い荊が次々と現れ、辺り一帯に蒼い荊の森が覆い尽くす。
「すごい……」
「綺麗ね……」
背後から感嘆に満ちた声が聞こえてくる。目の前には未だに黒龍が健在なのだが、ルナとフィリアーナはそんなこと忘れたかのように、ただただ氷と雪が創り出した世界に目を向けている。
「ルナ、フィリア、あんまり動かないでくれよ?この姿は久しぶりだから制御しきる自信はないからな……」
黒龍じゃなく、俺が二人の柔肌に傷をつけたなんて洒落にもならない。いや、黒龍に傷をつけられたら、つけられたで問題なのだが……。
「あら?あなたにならばは傷つけられても構わないわよ?」
しかし、そんな俺の心配がまるで杞憂だ、と言わんばかりに艶めかしい声が耳朶を擽った。その声、その内容に思わず凍り付いていたように冷静だった心が一転して沸騰したように騒ぎ出し、落ち着いていた魔力が俺自信を凍らせようと暴れだす。
直剣の柄を握る指が冷たく痛い。よく見るとうっすらとだが霜が降りたように白く変色している。何度も鎮まれと心の中で念じる。
すると徐々にだが白い部分に肌の色が戻る。それを確認して、はぁ、と重たい息が漏れ、耳元に顔を近づける踊り子をちょっとばかり睨む。
「……俺を殺す気か?」
「まさか、私の本音とちょっとした気遣いよ?」
殺気は放っていないし、おそらく中性よりも女顔に近い俺に睨まれても確かに怖くはないだろうが、それでもフィリアーナは涼しい顔で俺の文句を受け流し、剰え首をちょこんと傾け色っぽいしぐさを見せる。
俺も大概男であり、なおかつフィリアーナほどの美人がそんな仕草をしては心が再びドキッとしてしまい、鎮まっていた魔力がうねりを上げて襲い掛かろうとしてくる。
「うぐっ……」
危うい均衡を必死に保とうとする。このまま暴走させれば俺と黒龍どころか、後ろにいるフィンやルナ、そして一応原因な気もするフィリアーナまで巻き込んでしまう。
それだけは避けなければ、とうめき声を漏らしながら魔力を押さえつけようとすると柔らかく暖かい、確かな質量感のある何かが俺の背中を優しく包み込む。
「貴方らしくないわよ?……もっと、余裕を持って戦うのが、私の惚れた人の戦い方だわっ」
「ばかっ、お前!?今の俺に……触れたっ……ら」
いつも通りの口調で明るく振る舞うフィリアーナだが、その声色はどこか弱々しくなっている。それもそうだろう、俺の身体は今、身体の中から魔力が俺自信を凍結させようと暴走しているのだから。
おそらく俺の身体は0度は軽く下回るほどの状態。そんな俺に抱き着くフィリアーナからは当然のように体温が奪われ、薄い踊り子のような装束が覆わない腹部などは白く霜が降り始めている。
そんな彼女を俺は必死に離そうとするが、フィリアーナは力強く俺に抱き着き離れようとしない。
「言ったでしょ?これは気遣いよ、貴方を助けるための、ね……」
「フィリアーナ……お前っ」
「それに私が傷ものになっても貴方が責任とってくれるでしょ?だから問題ない、わ。……それよりも魔力を抑えずに受け入れなさい……」
確固たる意志を持って離れないフィリアーナの救うためにも、俺は魔力をどうにかするしかない。
(……押させつけずに、受け入れる、ように……)
彼女の言葉の通りに身体の中で暴れ狂い、俺から体温を奪う魔力を、力で押させるのではなく、しっかりと身体に馴染ませるように受け入れる。
確かにかつては俺はこの力を制御できていた。こんなに暴走することもなかったし、周りに傷つけるような相手がいなかったとはいえ、こんな状態に陥らなかった。
その原因はおそらく俺がかつての力をどこかで拒んでいるため。
(……力がないことを嘆くくせに、力を受け入れることができない。……どこまでも俺はガキだなっ)
強大な力は今のように周囲の人間を傷つけ、俺は多くの命を奪った大罪人。
その過去から逃れるため、忘れて一人で生きるために、英雄なんて器じゃないために俺は逃げ、すべてを捨てた。それなのに俺はこうしてできた大切な者たちを護りたいと、そのためにかつての力が欲しいと切に願ってしまった。
どこまでも矛盾した人間で、どこまでも許されてはいけない人間で、どこまでもわがままな人間。それが俺。
(過去の罪を背負うって決めたのに……覚悟がなかったんだな)
口の中に錆鉄の味が広がる。唇がヒリヒリするからおそらくは知らぬ間に噛み切ってしまったのだろう。
しかし、荒れて俺を飲み込もうとしていた魔力が知らぬ間に落ち着いている。
そのことに気が付くと、ゆっくりと背中にある暖かさが動き始めているのに気が付いた。ハッと俺は寒さで震えるフィリアーナを抱き寄せる。
「……やっと貴方らしい表情になったわね。それでこそ私の惚れた人よ」
震える手を伸ばし、俺の頬に触れる。その掌は確かに冷たいのだが、俺にはものすごく暖かく感じれた。
「……助かった。けど、もうこんな無茶はしないでくれよ」
「……女は惚れた男のためなら、何でもするものよ?」
どこまでも艶のある笑みを浮かべるフィリアーナを、俺は強く温めるように抱きしめ、ルナのいる場所まで運ぶ。
「マフユさま……」
「悪いな、心配かけた。フィリアーナのことを頼む」
心配そうに見つめるルナに謝罪して、彼女のそばにフィリアーナを寝かせる。そして俺はルナを軽く抱き寄せ、啄むように口づけをして踵を返し、黒龍と対峙する。
黒龍は四肢を、咢を、体躯を樹氷のように太い荊に覆われ、縛られ動くことさえ叶わない状態になっている。それでもその血のように赤い瞳には未だに強い闘争心を宿している。
だがそれでも、だ。
「悪いが連れをこれ以上寒空の下で待たせたくないんだ……幕引きだ」
俺を凍結させようと暴れくるっていた魔力は今はすっかり鎮まっている。これもすべてフィリアーナのおかげ、ということだろう。
「……女っていうのはどうして、こうも察しがいいんだろうか」
フィンにしても、ルナにしても、フィリアーナにしても本当に俺のことをよく見ている、と思う。それがうれしくもあり、恥ずかしくもあり、同時に彼女たちに恥じない人間にならなければ、と思う。
「まあごちゃごちゃ考えるのは後にする、か」
地面に突き刺した直剣を抜き、ありったけの魔力をそれに込める。直剣の刀身がどんどん半透明から氷雪色に染まり、梟の羽が強く羽ばたくかのように震えだす。
「息吹を止めろ―――神皇魔法 冬麗華」
あたり一面に生え、黒龍の自由を奪っていた荊が一斉に蒼い蕾をつけ、そして同時に大輪の蒼薔薇を咲かせる。同時に黒龍はその瞳を、体躯を、四肢を凍りつかせ、物言わぬ彫像と化した。
そして――――。
「シッ」
俺が短い気勢とともに放った斬撃により、その彫像は瞬間的に爆散し、ダイヤモンドダストのようにキラキラと光を反射させながら散ったのであった。




