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英雄にはならなかったとある冒険者  作者: 二月 愁
第二章 止水の舞姫
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饗宴 2

 テーブルの上に置かれていた様々な料理はすっかりなくなり、今では魚の骨程度しか皿には残っていない。


「たまにはこうやって羽目を外すのもいいもんだな」


 手元の琥珀色の酒が注がれたグラスを傾ける。中の氷がグラスにぶつかるとカランッと澄んだ音が聞こえてきた。この氷はフィンに出してもらったもので、球状をしている。


「そうっすね、最近は野営続きでしたから」


 俺の言葉を首肯するようにグイッとジョッキを煽るレイアード。かなり飲んでいたはずなのに顔色が変化することなく、素面のままである。お前はドワーフの血でも混じっているのか、と思わず疑いたくなってしまう。

 対面ではルナも嬉しそうに笑顔を浮かべている。ちなみに彼女はもうお酒ではなく、果実を絞ったジュースを飲んでいる。


「そうね。まあそれでも私は野営の時は退屈しなかったわよ!」

 

 その心の底から喜ぶような笑顔、まさしく戦えたことが嬉しかったのだろうと容易に分かってしまう。そんなフィリアーナに辟易としつつ、ぼんやりと視線を動かしていると再び舞台が目に入った。どうにも俺は待てど暮らせど何も起きないアレがなんなのか気になってしまうらしい。


「舞台が気になるんですか?」

「ん?ああ、まあな」


 そんな俺の視線に気が付いたのか、店員の女性がテーブルの上の皿を片づけながら説明をしてくれた。


「なるほど。つまり本来ならあそこで色々な催しが行われていたが、今はその人たちも避難してしまったからなんもできないわけね」


 すいません、と頭をさげる女性店員に気にするな、と手を振って見せる。別段俺も見たいわけでも無いし。

 とりあえずモヤモヤが解消され、舞台にもさして興味が無くなったので手元のグラスに再び口を付ける。カーッと熱くなるような感覚に気持ちよさを感じていると、フィリアーナが何を思い立ったのか店員の女性におもむろに近づき、耳元で何やら呟いている。あの顔を見る限り何かを思いついたのだろう、せめて闘争だけは起こしてくれるなよ、と思いながらチビチビと琥珀色の酒を飲む。


「それで、何をしようって言うんだ?」


 小走りで去っていく店員を見送りつつ、俺はフィリアーナを問いただした。すると彼女は妖艶な笑みを浮かべた。


「それはお楽しみってことで。あなたも気になっていたみたいだしね!」


 何のことだ?と疑問符を浮かべるが、一向に答えが導かれない。そんな俺を見ながら、あるいは他の理由でフィリアーナは鼻歌を口ずさんでいる。かなり機嫌が良いらしい。

 ルナも俺同様に訝しげな視線を送っているが、フィリアーナは一向に口を開こうとしない。そんな状況もすぐさま崩れた。


「お待たせしました。確認したところ、ぜひとのことだったので、お願いします」

「こちらこそこんなことお願いしてごめんなさいね。それじゃあ案内よろしく」


 息を切らせながら急いでやってきた先ほどの店員の女性。その女性と会話からフィリアーナが何かを提案したようだが、酒のせいで頭が回っていないらしく推測ができない。

 そんな俺をしり目にルナは何か分かったようで、瞳を輝かせながらフィリアーナの耳元で何かを呟いている。フィリアーナもそれを首肯しているとこを見るに、ルナには何かが分かったらしい。


「すぐに分かるわよ。それじゃあ少し行ってくるわね」


 そのまま優雅に店員の女性と去っていく。手には彼女の愛用の羽扇まで持っているし、いよいよ嫌な予感しか俺にはしないのだが。


(ルナが喜ぶってことは戦闘……じゃないよな?)


 ジーッとルナに視線で何が起きるのか訴えかけてみるが、微笑みしか返ってこない。待ってれば分かりますよ、あるいはすごく楽しみ、という事しか伝わってこない。

 とどのつまりになってしまったので、仕方なく待つ事にしてチビチビと酒を飲む。


(あ、そう言えば武器屋行くんだった……このあとでも間に合うか?)


 脳のリソースを他に割く必要が無くなったせいか、急に脳内メモがよみがえってきた。というかメモしたにも関わらず、忘れていたと言う失態に思わず凹む。


(すっかり気が緩んでたな……)


 口から漏れそうになる溜め息を無理やり酒と一緒に飲み込む。

 そんなことをしていると突然、店内の証明ライトが全て消えた。騒然とする店内、慌てているのはもちろん客たちが中心である。

 夜目が効く俺としては月光程度の光で十二分に周囲が見えるので大して慌てること無く、グラスを持ったまま薄暗い闇の中を観察する。


(意外と店員が慌ててないな……まるで店員側が画策したような対応だな)


 どよめく客たちを安心させようとする素振りも見せず、何か別の意味で忙しなく動き回る店員の女性たち。そんな様子に違和感を抱きつつ、ルナは大丈夫かなと見やるが、一切の慌てた様子も無く、むしろ期待したような視線をどこかに向けている。

 俺はその視線の先を辿るようにそちらに目を向けると――――突如、店内の中央でまばゆい光が灯る。


「っ……」


 急激な変化に目が付いてこず、思わず腕で光を遮る。そんな俺の動きをしり目に店内には陽気な音楽が鳴り始める。舞台にいつの間にか楽器を携えた人影がいくつも現れていた。どうやらこの音楽は彼らが奏でているらしい。

 その音楽は次第に大きくなっていき――――最高潮ピークに達すると同時に舞台の上に一人の舞姫が現れた。

 流れるように空中を舞う紫紺色に輝く長い髪、万人を惹きつける端整な顔、誰もが羨む妖艶な肢体、そしてすべてを虜にする舞。


「……」


 その綺麗さに言葉を失ってしまった。そこで踊る女性の名を知っているにも関わらず、その名を口にすることもできず、ただ見惚れてしまった。

 それはいつぞやの夜に戦った時とは違う、本物の舞踏。戦いの際に見せた獰猛な笑みとは違い、妖艶さがありながらも透き通るような輝きがある生き生きとした笑顔。まさに天性の踊り子、そう感じさせられた。

 店内は完全に彼女の独り舞台となっていた。すべての人物が彼女の舞踏に見惚れ、言葉を失う。聞こえてくるのは陽気な音楽と微かな水のせせらぎ、そして踊り子が刻むステップの音だけ。

 俺たちは、ただただその舞に心を奪われていた。

 

 その極上の舞ともいえる代物に見惚れていた時間がどれほどだったのか、まったく分からない。数十秒かもしれないし、もしかしたら数時間かもしれない。

 時間を忘れ去れるほどまでに観客全てを魅了したフィリアーナの舞。


「ふぅ……」


 その舞も音楽とともに終わりを告げ、フィリアーナの口から微かに息が漏れたのが聞こえた。彼女の息遣いが聞こえるほど、未だに静寂に包まれる店内。フィリアーナはそれを満足そうな表情で見渡すと、恭しく一礼した。


「「「う……うぉぉぉぉおおおおおおおお!!!!!!」」」


 フィリアーナが顔を上げると同時に、万雷の喝采と声援が店内ホールを包みこんだ。その全てが彼女の舞を賞賛するモノだった。

 かくゆう俺も知らぬ間に手を叩き、彼女に拍手を送っていた。ルナも感激したようにジッと舞台を見つめている。


(人を惹きつける天性の魅力(舞踏)、まさにどこかの女神にそっくりだな)


 舞台上で喝采に応えるように手を振る少女を見ながら、俺はその姿に戦の女神(ミネルヴァ)を重ねていた。

 そしてそのままどうするべきかと悩みながら、諦めるかのように琥珀色の酒をグイッと煽った。



「余興として少しは楽しんでもらえたかしら?」


 惜しまれつつも席に戻ってきたフィリアーナが顔を少しだけ上気させながら感想を求めてきた。健康的な小麦色の肌といい、その赤み帯びた頬といい、どうにも男を惹きつける色香が強い。


「すごかったですよ、フィリアさん!私とても感動しましたっ」

「ふふっ、ルナがそこまで喜んでくれてよかったわ」


 ここまで感情を出して喜ぶ姿も珍しいな、と思わせるほどフィリアーナの舞を絶賛しているルナ。そんな興奮した様子で賞賛を送るルナに対して、フィリアーナは優しい姉のように対応している。


「本当に素晴らしいものでしたよ、フィリアーナさん」


 手放しで褒め称えるレイアード。もちろんただ褒めるだけでなく、水の入ったグラスを差し出して労っているあたり、こいつの気遣いスキルの高さがうかがえる。


「あなたはどうだった?少しは楽しんでもらえたかしら?」


 レイから受け取った水で喉を潤しつつ、流し目で俺に感想を求めてくるフィリアーナ。普段ならここは肩を竦めたりして見せるのだが、今は率直な感想を述べた。


「見事だったよ。思わず見惚れてしまうほどに、な」

「あら?そこまで言ってもらえるなんて光栄ね!踊った甲斐があったわ」


 満足そうに笑うフィリアーナ。テーブルの上ではフィンが小瓶を抱えながら意味深に、うんうんと頷いている。


「何を頷いているんだ、フィン?」

「ん?マフユも成長したんだなーって。昔は芸術なんて分からんかったのに、アレのすごさを理解できるようになったんだって思ってね!」


 ダメな息子の成長を喜ぶかのような表情を浮かべるフィン。確かにダメなのは認めるが何となく釈然としないのはなぜだろうか。

 ぐぬぬっ、と苦い顔をしてフィンを睨むが、事実でしょ、と言わんばかりにニヤリと口角を上げて見せるフィン。こうなってしまうとどちらが勝者で、どちらが敗者か一目瞭然である。

 ガクッと項垂れる俺。そんな俺を不憫と思ったのか、レイが助け舟を出してくれた。


「さて、そろそろ出ましょう!明日から忙しいですし」

「そう……だな」


 胸の中で感謝の言葉を述べながら立ち上がり、手早く料金を払う。かなり飲み食いしたはずなのに思いのほか安かったので聞いてみたら、どうやらフィリアーナの舞踏に感激して値引きしてくれたらしい。

 まあ確かにフィリアーナの舞は本当に素晴らしかった。料理もおいしかったし、かなり得した気分である。フィンに苛められた分を差し引きしても、気分的にはまだ得が残り、意気揚々とまではいかないが、軽い足取りで帰路に着く。


「悪いがみんなは先に宿に戻っててくれていいぞ。俺は寄るとこがあるから」


 ギルドが薄らと見えかけたあたりで俺は脚を止める。周囲の建物の灯りは消えている場所も多いが、やはり冒険者相手に商売を展開してる店はこの時間でもまだ開いているようで窓や扉から煌々と光が溢れている。


「どこに行くのですか、マフユ様?」


 心配そうに俺を見つめるルナ。その瞳に見つめられると、なぜかやましいことがないはずなのに申し訳ない気持ちになってしまう。


「別に心配しなくていいよ。ただ武器屋を覗きに行くだけだから」

「あ、それなら俺も付き合いますよ!」


 だから戻っていていい、と言おうしたのだが、なぜか弟子として付き添うというレイアードを皮切りに、フィリアーナが面白うそうだからと付いて来て、そうなるとルナだけを返すのも危険だと判断し、結局全員で武器屋に行くことになった。

 俺としては矢を買い足すだけだったのでこんな大人数いらないのだが……。


(仕方ない、か)


 困ったように頭を掻きながら、近くの武器屋の戸を開ける。

 王都で寄った巨大な武器屋ではなく、今回は普通の大きさの武器屋にしたため、品ぞろえとしては可もなく不可もないと言った感じであった。それでも魔力を使うような武器、とりわけ杖のような武器が多く並んでいるあたり、魔術都市らしいと言った印象を受ける。


「流石魔術都市って感じだな」


 そんな感想を漏らしつつ、俺は目当ての弓矢が置かれている一角を目指す。ルナはフィリアーナに連れられ、魔法道具が置かれた一角で興味深げに品々を眺めている。レイアードは籠手などをジーっと眺めている。


「ふむ……やはり品薄だな」


 並ぶ弓矢や置かれた矢束の少なさ。ほかの武器も軒並み同じような状況である。やはり武器の消耗が激しいらしい。


(まあ、仕方ないよな。龍が現れたなんて馬鹿げた状況だし)


 とりあえず籠手を眺めているレイアードを呼び、持てるだけ矢束を持たせる。俺も一応は持つが、片手が塞がる程度しか持たない。だって重たいんだもん。


「悪いが会計を頼む」


 そう言ってカウンターにドサッと矢束の山を乗せる。店主の顔が一瞬引き攣り、そのあと訝しげな視線を送ってくる。こんなにどうするんだ、と言いたいのだろう。だが、いちいち答えるのもめんどくさいので気が付かないフリをして料金を払う。全部で銀貨10枚分、意外とレイアードが持てたのでかなりの量になっていたらしい。


「まいどあ……え?」


 払い終えたばかりの矢束がカウンターの上から急に消えたことに驚き、マヌケな表情を浮かべる店主。確かに誰もあの量が一瞬で消えるとは夢にまで思わないだろう。


「さて、それじゃあ買い物も終わったし宿に戻るか」


 マヌケ面を晒す店主をしり目に俺は楽しそうに武器を眺めているルナとフィリアーナに声を掛けて店を出た。


「可哀そうに、武器屋の店主すごい顔してたわよ?」

「別に俺は脅かすつもりはなかったけどな」


 面白いもの見たわ、と笑みを浮かべるフィリアーナに、俺はルナの肩を抱きながら肩を竦めて見せる。多少酔いが回っているせいか、かなり大胆な行動が出来ている。

 もちろんルナも嫌がる素振りなど見せず、むしろ身体を俺に密着させてくれている。ルナの温もりと柔らかさがとても心地よい。

 そんなやり取りをしていると、すぐに宿に着いた。


「それじゃあお休みなさい。また明日ね」


 宿に着くなり、そそくさと自分の部屋に去っていくフィリアーナ。その後ろ姿がどこかさびしげに見えたのは気のせいなのだろうか。


「兄貴、おやすみなさい!」


 フィリアーナとは対照的に快活な姿で去っていくレイアード。あいつは俺より酒を飲んでいたのに、やはり酔っていない。きっとドワーフが先祖にいるんだな。

 

「とりあえず俺たちも戻るか」

「はい、そうしましょう」


 俺はルナの肩を抱いたまま、部屋へと歩みを進めた。

誤字を見つけたら直しているのですが、結構多いので見つけたら教えてくれるとありがたいです。

それと率直な感想なども頂けると嬉しいです。最近物語の方向性に悩んでいるので……。

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