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英雄にはならなかったとある冒険者  作者: 二月 愁
第二章 止水の舞姫
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魔術都市シャルド 1

 冒険者たちの荒れるような喧騒はようやく静まり、夜の落ち着きをようやく取り戻した。


「それにしても予想通り荒れましたね」

「だな……まあ、レイとフィリアーナがいたおかげで秩序を失わずに済んだけどな」


 俺は現在、自分たちの馬車の中で疲れた身体を休めている。この馬車の中には俺のほかにもルナとフィン、そしてツルキがいる。

 そんな中で俺とルナは苦笑いを互いに浮かべあう。その原因は言わずもかな魔術都市で起きているであろう異変を冒険者たちに説明していたからである。その説明は主に座長で雇い主であるマルレーヌが担当したのだが、それはもう見事に荒れた。序盤はそれこそ信じられないと言わんばかりの表情を浮かべていたが、話が進むにつれて真実味が帯び始め、そうなってからは秩序が無くなりかけた。

 そこを見事に抑えたのが、マルレーヌの話術とレイアードの威圧感、そしてフィリアーナの色気とでも言えばいいのだろうか。


(男って単純だよな……)


 レイに威圧されたあとにフィリアーナが優しく諭す、その飴と鞭のコンボで半ば不安や不信感を一掃された。それを他人事のように見ていた俺としては、やはりそんな残念な感想しか抱けなかった。


「それでも護衛を続行すると言ってくれた冒険者も多かったですね!」

「確かにな。俺としては1割残ればいい方だと思ってたよ」


 何とも言えない表情を浮かべつつ、外の気配を軽く探る。そこから感じられる気配はまだ減ってはいないが、明日にはこのうち7割程度はいなくなる。通常ならば異様なことだが、今回の事態を加味すればむしろ多いと言うのが率直な感想である。


(依頼者に忠実なのか、気高い正義感なのか……)


 いや、とかぶりを振る。もちろんそのような自己犠牲精神を持ち合わせている人間がいないことも無いが、恐らく今回残った者たちの大半が欲に飲まれた人間だろう。

 このままのペースで行けば、予想ではシャルドに到着したころには龍の件が公になり、緊急依頼が発行されているだろう。それに参加するだけでもきっと報酬はもらえるだろうし、そこで仮にも龍を殺せば一気に英雄譚の始まりだろう。殺さないまでも活躍すれば一気に名は売れ、富も名声も手に入るだろう。


(まあ、ある意味では冒険者らしいか)


 冒険をする冒険者、額面通り受け取れば普通のことを言っているように思えるが、冒険とは言わば自分の適性よりも上に挑戦するという事。そう考えると冒険する冒険者は少なく、大抵は安全マージンを設けている者がほとんどである。

 だからと言って一概に冒険する者がいいのかと言えばそうでもない。生きて何ぼのこの世界、そこで無駄死にすると言うのは決して褒められた行為ではない。


(一攫千金か、あるいは堅実に生きるか。それは人それぞれの物語……か)


 世知辛い世の中だな、と柄にもないことを思っていると、スヤスヤと気持ちよさそうな寝息が聞こえてくる。そこに目を向けると丸くなっているツルキを枕のようにしながら寝ているフィンがいた。


「すっかり寝ちゃってますね、疲れてたんでしょうか?」

「んー、まあフィンは昔から寝付きが良いからな……」


 俺と同じようにフィンが寝入ったことに気が付いたルナが微笑ましそうにしながら、小さな声で話しかけてきた。俺も苦笑い気味にフィンとツルキを起こさないように小さな声で話す。


「ふふっ、なんだか気持ち良さそうですね。ツルキちゃんの毛皮が気持ちいいのでしょうか?」

「かもな……。それより、ルナ」


 そう言いながら俺はルナの繊細な肩をそっと抱き寄せる。ルナも顔を紅潮させながらも抵抗することなく身体を預ける様に寄りかかってくる。

 密着する肩と肩、そこから伝わる温もりと優しい香りに未だになれずドキドキしてこのままもう少し味わいたいと思ってしまうが、話を切り出すために今はグッとその感情を抑える。


「ルナ、実は一つ相談したいことがあるんだ」

「はい……なんでしょうか?」


 腕の中で上気した顔をコテンと傾けるルナは相変わらず艶っぽいな、と思いながら肩を抱く腕に自然と力がこもってしまう。


「実はフィリアーナの事なんだが……」

「フィリアさんがどうかしましたか?」


 フィリアーナの名が出た瞬間、一瞬だけルナの身体がビクッと力が入った。しかし、それはすぐさま抜け、先ほど以上に身体を寄せて来たと思ったらそのまま、まるで縋るようなそんな感じにルナが腕を俺に伸ばし抱き着いてきた。


「る、ルナ?」


 狼狽しつつ、ルナのことを見るとその表情をどこか不安げな、そんな感じがした。


「いえ……その……」


 不安を象徴するかのように尻すぼみに小さくなる声。それを見てしまえばある程度は悟れる。それと同時に自分に問いかける、自惚れていいのか、と。

 おそらく今までの俺ならやはり悩んで、最終的には逃げていただろう。だが――――。


「安心してくれ。別に浮かれた話じゃないから」

「んっ……」


 言葉通りに安心させるためにルナの額に優しく口づけを落とす。俺の予想が正しかったのか、あるいはこの口づけが功を奏したのか、ルナは穏やかな笑顔を咲かせた。

 その笑顔を見れたことに安心しつつ、その艶のある真紅の髪を優しく撫でながら話を切り出す。


「フィリアーナなんだが……確証はないんだが、もしかしたらルナと同じで姫巫女かもしれない」

「……確かに可能性はありますね」


 ルナは驚きと言うよりもむしろ納得と言った表情を浮かべた。ルナもどこかでその可能性を感じていたらしい。


「それで相談なんだが……それとなく聞いてみてくれないか?正直言って俺が話を切り出すのは難しいし、ルナならその辺上手く聞けるかと思ったんだが……」


 正直言ってかなり難易度の高い要求をしている自覚があるので、かなり申し訳ない気持ちになってしまう。


「そんなお顔をしないでください。そのようなことを私が引き受けますので」


 表情に出てしまっていたらしく、気にする必要はないとルナが優しく微笑んでくれた。そんなルナの優しさに気恥ずかしさを覚え、頬を掻きながら思わず目線を逸らしてしまった。そんな俺が面白かったのか、ルナは口元を隠しながら小さく笑う。

 

「それじゃあ頼んだよ、ルナ」

「はいっ、お任せください」


 未だに可愛く笑うルナを優しく抱きしめながら頼むとルナは声は小さいながら元気よく返事してくれた。


「さて、それじゃあ寝るか」

「そうですね。明日からマフユ様たちはより一層忙しくなりそうですし……」


 自分が戦えないことに負い目を感じているのか、ルナの表情に影が落ちた。そんなルナを俺はより一層強く抱きしめた。


「気にするなよ、別にルナは悪くないんだから。それに俺は戦う事しかできないから、な」


 言ってて悲しくなるが、俺にはやはり戦うという事しかできない。人のことをさんざん戦闘狂と言いながら戦いしかできない俺ってなんなんだろうと、若干落ち込みそうになる。

 そんなネガティブな思考をかぶりを振りながら強引に追い出す。そしてゆっくりと抱擁を解きながら優しく話しかける。


「それにルナにしかできないことがあるだろ?だからルナはそっちを頼むよ」


 なっ?、と言いながら優しく撫でるとルナは気持ちよさそうに目を細めた。表情からもすっかり影は無くなり、代わりに花に開いたようないつもの笑顔を見せてくれた。

 それに安堵し癒されつつ俺は毛布を取り出し、フカフカの絨毯に寝転んだ。その際にルナも俺の横に、正確に言うならば俺と同じ毛布に入ってきた。一瞬驚いたが、そのルナの潤んだ様な瞳に見つめられてしまっては何も言えずに黙って受け入れた。

 

(うーむ……)


 俺の腕を枕のようにして眠りにつく少女。その表情は相変わらず安心しきっている。

 俺としてはいつも通り悩む状況下であり、毛布の中で必死に唸り声をあげている、もちろん内心でだが。

 結局いつも通り何も行動を取れず、俺は持ち前の睡眠スキルですぐさま眠りの世界に逃げる様に落ちて行った。





 翌朝、空が白け始める前から周囲は騒がしかった。


「おら、さっさと片付けろ!」

「とんだ貧乏くじだったな……さっさと東の方に逃げるか」

「んなちんたらしてると龍の餌になっちまうぞ、それでなくてもこの辺は魔物がたくさんいるんだからな」


 そんな声が飛び交いながらも、ここを立ち去るもの達はどこか通じ合っているのか片付けの連携は見事に獲られていた。


「全く情けないっすね」

「いや……本能に忠実と言ってやれ。別に彼らだって命が大事なんだろ」


 そんなどこか声と行動がちぐはぐな集団を他人事のように横目で見て、軽口を叩き合いながらも俺は頭部を打ち抜かんとばかりに繰り出される拳を首を傾けて寸前のところで躱し、すかさずその手首を掴み強引に引き寄せつつ、相手の腹部に肘を打ち込もうと放つ。

 これで大抵の相手はねじ伏せることができるのだが、生憎今相手しているレイアードは一筋縄ではいかない。


「まだっす!」


 レイは身体を半身にしつつ、空いている方の手で俺の肘を受けるのではなく、逸らした。

攻撃を繰り出した俺、受け流したレイ、奇しくも互いに半身状態ですれ違うような格好となる。一見すればダンスを踊っているようにも見えなくないが、生憎俺にもおそらくレイにも男とダンスを踊る趣味は無いはず。

 それを体現するかのようにレイは器用にも左足で中段蹴りを放ってきた。鞭のようにしなりながら接近する脚。その威力はおそらくオークの分厚い脂肪なんかも簡単に破壊してしまいそうな、そんな勢いを感じた。

 俺はそれを無謀にも受け止める、もとい掴もうと試みる。もちろん普通に掴もうとしても俺の手が容易に砕かれてしまうのが関の山だろう。そんな危険なことは勝算や策が無い限り実戦の中で、しかも追い込まれたときにくらいしかやらないだろう。そして今は策と勝算があるからこそ実行する。


「甘いなっ」


 未だに掴むレイの手首を更に引っ張る。すると片足を上げている状態のレイは予想通り見事に体勢を崩す。そんな状態になったからには蹴り力も勢いも無くなり、俺はその足首を捕らえる。


(これだけ重心を崩したのに手が微妙に痺れるってどんな身体能力してんだ、こいつ?)


 予想以上の蹴りの威力に驚きと痺れで若干顔を顰めつつも、俺はそのまま脚を掴む方の腕を振り上げ、逆に手首を掴む方の腕を振り下ろす。イメージとしては丁度円を描くような感じか。


「うおっ!?」


 そんなマヌケな声を上げながらレイは空中を側方にぐるんと回転し、そのまま見事に背中から地面に落ちた。


「いたたたっ……やっぱり兄貴は強いっす」

「俺から言わせればお前も十分強いがな……」


 地面の上に大の字に寝転がるレイの手を掴み、そのまま引き上げながら互いに言葉を交わし合う。今回はレイも魔法を使っていない分、力も動きも普通の人間レベルのはずなのだが、やはり先天的な強さと後天的な訓練や経験のおかげでこの強さなのだろう。それを証明するかのようにレイの手はゴツゴツとして、まさに冒険者と言う感じである。


(まあ俺の場合それが身体中に刻まれているんだけどな)


 もちろんソレを誇るつもりも無ければ、勲章だと喚くつもりもない。俺のは他の冒険者たちほど純粋な気持ちで身体に刻んだわけではないから。

 まあ今更そんなのどうでもいいか、と後頭部を掻きながら周囲を見渡す。視界の先ではすっかり過疎化が進んでおり、見える天幕の数は目に見えて減っている。それこそ片手間で数えられるくらいには……まあ実際には数えたりしないのだが。


「さて、それじゃあ朝食の準備でもするか」

「そうっすね。と言ってもそれは俺に任せて兄貴は休んでいて下さい!」


 そんなことを考えながら今日の移動のためにも朝食の準備に取り掛かろうと思ったのだが、腰を擦りながら良い笑顔を向けてくるレイアードに任せてくれと言われてしまった。俺としては若干悪いと思うのだが、そこで俺が手伝っても正直邪魔にしかならないような気がしたので、言われた通り引き下がることにした。


「お疲れ様です、マフユ様」

「ん、悪いな。ありがと、ルナ」


 大人しく椅子にでも座っていようとテーブルに移動すると、ルナがまるで待ち構えていたかのように軽く汗を掻いた俺にタオルを渡してくれた。それを受け取り、額に軽く滲んだ汗をぬぐいながら調理台の前に立つレイを見やる。

 レイの戦う理由、それを詳しくは知らないが確か復讐だと言うのは聞いた。それがどんな内容か知らないし、知ったところで俺に何かできる訳もない。復讐とはどうやろうとも自分の中でケリを付けなければいけないものだから。


(……ただ、快活な性格をしているレイアード(あいつ)が抱えるモノってなんなのか)


 正直言えばあの後ろ姿を見る限りではとてもではないが、復讐心を抱えている人間のソレには見えない。ただ、同時にあの戦闘を求める姿勢はもしかしたら復讐が動機なのかもしれない。


「せめて俺がしてやれるのはあいつが強くなるためのサポートくらいか……」


 タオルを手ぬぐいのように頭に巻きながらあたかも他人事のようにそんなことを考えていた。その復讐の原因の一端が俺にあるという事も知らずに……。

続きは早ければ13時に、遅ければ18時ごろとなります。

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