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英雄にはならなかったとある冒険者  作者: 二月 愁
第二章 止水の舞姫
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意志 4

「あーあ、やっぱり私がやりたかったわ」


 俺の横を歩くフィリアーナが不満げな声を上げた。ようやく闘気のようなものは収まったが、やはり内面的には不満がかなり溜まっているらしい。さすが戦闘狂だな、と辟易としてしまう。


「全く、あんた昔から節操がないね。そんなんじゃその男に逃げられるよ」

「ちょっとっ!?座長、彼は違いますからっ」

「どうだかね……恋する乙女みたいな顔して」


 前を行く老婆は軽快に杖を突きながら、楽しそうにフィリアーナをからかう。そのからかわれているフィリアーナは恥ずかしそうに赤くなりながら、猛抗議をしている。そんな喧騒鳴り止まない状況だが、相変わらず針の筵の俺としてはとても居心地が悪い。


(まあ、余計な緊張とかしなくていいけどな)


 フィリアーナとマルレーヌのやり取りを完全に他人事として見ながらそんなことを考える。

 そんな俺たちは現在、天幕を出て彼らの"舞踏の一座"が所有する馬車の一つに向かっている。空はすっかり蒼夜空となり星が輝いている。


「さて、それじゃあ入っておくれ」


 空を見上げているうちに目的の馬車に到着していたらしく、マルレーヌに入るように勧められる。入るように勧められた馬車はかなり大きく、高級感漂うものだった。もちろん、貴族趣味の悪趣味なほど飾ったようなモノではなくて、あくまでも飾りすぎない程度のモノである。

 そんな馬車を眺める俺の横ではフィリアーナが頬をすっかり朱に染め上げ、ふて腐れた様にそっぽを向いている。そんなどこか子供っぽい姿でも色気を感じさせる辺り、彼女の溢れ出る魅力には感嘆せざるを得ない。

 もちろん、ドキドキしている素振りなど見せもせずに箱馬車へと脚を踏み入れる。この馬車は見た目もそうだが、内装も綺麗で広い。俺たちの馬車も広めの幌だがそれの倍以上はあり、荷物もそれほど積まれていない。


女子おなごの生活空間を観察するのは、いささか頂けないと思うがの?」


 座らずに目線だけで内装を観察しているとからかうようなしゃがれ声が耳元で聞こえた。この老婆はどうや只者でないらしい。そのことに若干の戸惑いを覚えながらも、フィリアーナという存在の上に立つ者だからと考えると、なぜか納得できてしまった。


「……失礼したな。まさか淑女が俺なんかを招いてくれるとは、な」

「フム……なるほどのぉ。肝の据わり方も若者とはとてもではないが思えんの。お主、サバでも読んどるのか?」

「さぁ、どうだかね」


 食えない婆さんだ、と内心で思いつつおどけた様に返す。実際、俺は見た目と実年齢に齟齬があるような気もするが、わざわざ説明してやる義理も無い。だからと言って、これ以上無駄話をするとぼろが出そうなので、逃げる様に床に座り込む。

 そんなやり取りを終えると、フィリアーナが馬車の戸を閉めながら入ってきた。そのまま彼女はなぜだか俺の横に座る。普通はマルレーヌの横に座ると思うのだが。そんな俺の戸惑いを余所に、マルレーヌは難しそうな顔をしながら口を開いた。


「さて、それじゃあ聞くけど……本当なのかい?」

 

 かなりの部分が省略されているが、逆に言えばそれだけ切羽詰っているとも取れる。現に、その語調はどこか嘘であってほしいと願っているようにも聞こえた。


「フィリアーナになんて聞いたのか、詳しくは知らないが……龍が現れたと言うのはおそらく事実だ」

「……そうかい。やっぱり間違いではないんだね」

「ああ……もちろん俺が見たことではないが、恐らくは真実だろう」


 数日前に見たトレントたちの行軍の様子と、オールド・トレントの表情が鮮明に思い出される。彼らはどう見ても怯えているような態度だった。もちろんその一端に俺が関わっていないと言えば嘘になるが、それ以上の恐怖が彼らには植えつけられていた。


(アレの圧力は正直、この世の生物と隔絶してるからな)


 今回現れたのがどのような龍かは知らないが、少なくとも記憶にあるようなのだけは遠慮したいと言うのが本音である。


「それで……このことはどこまで知れ渡っているんだ?」


 周囲の冒険者や先ほどの巨大な天幕にいた一座の人間たちの態度を思い出しながら確認の意をこめて聞く。


「うちで知ってるのは私とこの娘だけさ。あとはお主たちの仲間内だけだと思うよ」

「そうか。それじゃあ、いつ報告するんだ?このまま知りませんでしたって押し通すつもりもないんだろ?」


 俺としては是非とも知りませんでした、が嬉しいがおそらく目の前の人物たちはそんなことをしない。そうでなければあのような茶番劇を敢行するとは到底思えないし。


「そうだね……黙っていれば信用に関わることも無いだろうが、それで死なれても寝覚めが悪いからね。このことは今日中にでも発表させてもらうよ」

「進路を変更しよう、とかは思わないのか?あんたら別にどこで公演するとか決めてないんだろ?」


 意地か矜持か、そのあたりは分からないが目の前の人物からは進路を変えると言う選択肢が感じられないので思わず聞いてしまった。


「ふむ……まあ、それも吝かではないがの。だが、それをしてしまえば我ら一座の成り立ちを否定しかねんからな」

「一座、ね……」

「なんだい、気になるのかい?」

「んや、聞いたとこで俺に何かできるとは思えないからな。ただ、俺もシャルドには用があるからな、協力はするさ」


 俺の言葉に驚きとどこか安堵をみせるマルレーヌ。その表情からははっきりと期待の二文字が読み取れてしまう。正直期待されたくはないのだが、今回ばかりは不回避らしいし、何より一つだけ気になることがある。

 

(……果たしてその血筋の者、か)


 横目でチラッと隣に座るフィリアーナを見る。彼女の舞もそうだが、その横顔にやはり俺は既視感を覚えてしまう。

 彼女の横顔に重ねる姿、それは戦の女神と称されるミネルヴァ。俺の知るその女神はどこまでも聡明でありながら、その本性は自由奔放で闘争を求める、そんな神だった。

 思えばあの女神とはさんざん手合せした。他の神にも手ほどきを受けたが、その中でも二人の戦を司る神には良くしごかれた。


(そう言えばミネルヴァ(あの女神)もよく戦闘では魔法を使っていたな……)


 武術も一級品だったが、それと並行して魔法をまるで呼吸するのと同じように当たり前に使っていた。魔法と踊るとはまさにあれのことを言うのだろう、と今さらながらに生き残った自分を手放しで褒め称えたい。


「ふむ。お主も意外と好色家、あるいは野心家なのか?」


 隣を盗み見ながら考え事をしていると、どこか意地悪そうな声が耳に届いた。そちらに視線を戻すと意地悪そうな笑みを浮かべるマルレーヌがいた。この婆さん、見かけによらずその辺の勘が鋭いらしい。伊達に座長という職に就いていないらしい。


「まさか、野心なんかあったらもっと別の人生を歩んでいたさ。ただ、俺も男なんでね。こんな美女が隣にいたら落ち着かないんだよ」


 必要以上に肩を竦め、芝居がかったように言ってみる。実際フィリアーナのことは美女だと思っているし、嘘は言っていない。


「……そうかい。まあ、私もこの娘の親代わりみたいなもんだからね、貰ってくれるというならいくらでもやるさ」

「ちょ、座長!何言っているんですかっ!?」

「なんだい、あんただってこの男のこと気にっているんだろ?別に嫁が数人いても問題ないし、むしろ浮気防止のためにも数人いた方がいいんだよ。男なんて所詮、女の尻を追ってるような生き物なんだから」


 その歯に衣着せぬ物言いに、辛辣な婆さんだな、と率直な感想を抱いてしまう。こんな辛辣な性格になるまでどんな人生経験をしたのかぜひとも聞いてみたいなと変な興味を抱きつつ、脱線した話の軌道修正をする。


「男がどんな生き物かはこの際どうでもいいとして……とりあえず俺はあんたたちが冒険者に説明するとき必要か?」

「そうさね……あんた護衛の奴らの間で評価されてるのかい?」

「さあ、どうだろうな。少なくとも俺は一応冒険者たちとは別口だし……そもそも交流がないから計りかねる。だが、俺の連れの冒険者は異名持ちだから畏怖の対象にはなるだろうな」

「そうですね……それに、彼自身も十二分に畏怖の対象になると思いますよ?」


 秘儀・めんどくさいのは全部レイアードに丸投げ作戦を展開しようとしたのだが、なぜか横槍を入れられてしまった。


「そうか?俺は……ほら見た目的にもアレだし、連れに全て任せた方が上手くいくと思うぞ?」


 それでも尚諦め悪く、必死の抵抗をみせる俺。ネガティブ思考は多少身を潜めたが、やはり注目だけは集めたくないと言うのが本音であり、ここだけは譲れない。

 その必死さが伝わったのかは分からないが、フィリアーナは詰まらなさそうにしながら諦めてくれた。もちろん、目の前にいる座長殿がうまく言い包めてくれたというのもあるのだが……。


「さて、それじゃあ俺はとりあえず連れを呼んでくる。来るのは食事の後でいいよな?」

「悪いね……礼と言っては難だが、フィリアーナを連れて行っていいよ。好きなだけコキ使っていいから。あんたも付き添いで行ってきな」

「分かりました」


 そのまま俺はフィリアーナを連れて馬車を出た。




 夜空を見上げながらグッと身体を伸ばす。時間にしてどれくらいたったのだろうか、周囲ではすっかり食事を終えようとしている冒険者たちの姿がチラホラ窺える。そんな彼らの姿を見つつ、周囲と比べると一際小さい天幕が見えてくる。だが、簡易テーブルセットに並べられた食事の内容は他と隔絶したモノがある。


「あ!お帰りなさいませ、マフユ様」

「お帰り~」

「ルナ、フィン、ただいま。待たせたか?」


 俺の顔を見つけるといつも通り笑顔を浮かべて出迎えてくれる二人。まあフィンに関しては手に花蜜の小瓶を抱えているのだが……まあ気にしないようにしよう。


「いえ、ちょうど食事の準備が終わったところですので問題ありません。お話のほうはどうなりましたか?」

「ああ、この後もう一度話に行くが……とりあえず夕食を食べながら話すよ。フィリアーナも食べるだろ?」

「ごめんなさいね。私が小間使いになるはずだったのだけど……」


 申し訳なさそうにするフィリアーナに対し、俺は手を軽く振って気にするなとアピールする。それは俺だけでなくルナもフィンも、そしてレイアードも同じようで笑っている。それを見て、申し訳なさそうな表情を未だに浮かべつつも、それ以上は失礼と判断し席に着いた。優雅な佇まいなのは身慣れたのだが、俺の横に座る必要があるのかは悩みどころである。


「マフユ様、どうぞ」

「あ、ああ。ありがとな」


 困惑した俺にルナはいつも通り香り高い珈琲を差し出してくれた。そのまま彼女は俺の右隣に腰かける。そして対面にはレイアード、誰も疑問に思っていないとこを見るにこの配置がいつの間にか固定になっているらしい。


(気にしたら負け……か?)


 未だに釈然としていないが、とりあえず自分を無理やり納得させる。別にフィリアーナが嫌い、と言うわけでも無いし。


(まあ……役得という事にしておこう)


 うん、と周囲からすれば若干謎気味に軽く頷き、テーブルの上に視線を向ける。厚切りにされたオークの肉からは焼けた香ばしさとともに胡椒のピリッとした香りをさせ、瑞々しいサラダはテーブルに彩りを与えている。そして手元の木のカップには琥珀色のスープが注がれている。


「レイ。食事の準備ありがとな、助かる。ルナもごめんな」

「いえいえ、弟子として当然っすよ。気にしないでください」

「私も好きでやっているので。だからお気になさらずに」


 イケメンスマイルを浮かべるレイアードと気品漂う微笑みのルナに謝辞を述べつつ、冷ますのも悪いのですぐさま挨拶をして食事に手を伸ばした。



「それだが、とりあえずこの後全員でもう一度座長さんに話をしに行く」


 俺は厚切りのオーク肉をナイフで切り分けながらこの後の予定を簡単に説明する。先ほど無駄な戦いをしたせいで腹が減ってしまった俺としては肉汁溢れる肉を今すぐ口に入れたいのだが、それを我慢して話を進める。


「んで、そのあとにおそらく冒険者の代表たちを集めてあの事を話すんだと思う。その時はレイ、お前を頼りにしているぞ」

「え、俺ですか?」


 スープを飲みながら物凄く不思議そうな表情を浮かべるレイアード。俺の左隣ではフィリアーナが、ほらね、と言わんばかりに見てくる。


「お前は知名度が俺より圧倒的に高いからな。冒険者たちが反発しそうになったら黙らせてくれ」

「良いですけど……俺よりも兄貴が殺気発したほうが良くないっすか?」

「良くないんだ、コレはお前にしかできない。頼んだ」


 至極まっとうな意見に対し、俺は一方的に捲し立てて押し付けた。その結果、レイは反論出来ぬまま最終的に「は、はあ……」と困惑したように頷いた。それに内心で、よしっと悪い表情を浮かべていると、目の前でフィンが花蜜を飲みながら批判めいた視線を送ってくる。ルナは俺の心情を悟ってか若干苦笑いを浮かべている。


「オホン!それで、だ。俺たちはこのまま進路は変えずに魔術都市に行くからな」


 わざとらしく咳払いをして、話題を変える。相変わらずフィンだけは何とも言えない視線を送ってくるが、気にしない。


「それがとりあえず今後の俺たちの活動方針だ。何か質問とかあるか?」

「兄貴、魔術都市に着いたら龍と一戦交えるんですか?」


 レイアードが小声で一番重要なことを聞いてきた。その口調は嫌だ、と言うよりはどこか享楽めいたものを感じる。あるいは自分を高めたいという渇望かもしれない。


「まあルナがいるから危険なことを避けたいと言うのが本音ではあるが……可能性で言えばかなり高いだろうな」


 隣にいるルナにすまないという視線を向けると、彼女は大丈夫ですと優しく微笑んでくれた。少し見つめ合った後、今度は反対側にいるフィリアーナを横目で見る。


フィリアーナ(このこと)はあとでルナに相談しておこう)


 今日の夜にルナと話し合うことを脳内にメモしつつ、これ以上質問が内容だったので渇き始めていた喉を潤すべく、湯気を立たせる珈琲を一口含んだ。それを呑み込み、今後の予定を考えながらフーッと夜空に向かって息を吐き出した。

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