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英雄にはならなかったとある冒険者  作者: 二月 愁
第二章 止水の舞姫
28/64

特訓 1

「ふぁー」


 まだ朝日が顔を出したばかりで空は白んでいるせいで、いつもの王都の喧騒は影を潜めている。そのお陰で俺の気の抜けた欠伸がオーフェンの外門前で響き渡る。

 

「もうマフユ。せっかくの旅立ちの朝なんだからシャキッとしてよ、シャキッと!」

「仕方ないだろ、ああいうのは慣れてないんだから」

「相変わらず仲がよろしいですね!」


 相棒のフィンからのいつも通りのお叱りを受けている横で、口元を隠しながら上品に笑うルナ。その姿に一瞬、目を奪われながらも悟られないようにガシガシと頭を掻く。


(こんな美少女が俺の婚約者とは……いまでも信じられないな)


 ルナとのお互いの気持ちを知った上での婚約が決まったあと、その距離感は急激には変化しなかった。今までの旅より少し近づいたかな程度の変化である。

 周囲から見ればやきもきするのかもしれないが、俺自身それで今は十分満足しているので問題はない。


「うーーーーん」


 とりあえず少しでも脳を活性化させるべく、大きく伸びをしていると、横でフィンがまるで駄目な息子を見るような目をしながら、はぁ、と大きく溜め息を付きながらルナの肩に飛んでいった。そこから女性同士のおしゃべりタイムが始まったのを確認して、顔を背けて再び欠伸を漏らす。


(流石に慣れないことに参加すると疲れるな)


 目元を指先で拭いながら昨日のことを思い出す。



 昨夜はルナとついでに俺の旅の安全を願ってのパーティー的なものが催された。

 こんな緊急事態に呑気なとも思うかもしれないが、今だからこそという考えもあるようで盛大に行われた。だが、生憎俺にそんな席での礼儀作法が身に付いているはずがない。


『はい、マフユ様はとても素晴らしいお方ですよ』

『それは良かったですな』


 そんな俺のために婚約者であるルナは片時も離れず俺のフォローをしてくれた。おそらくこれがなかったら俺は乗り切れなかったに違いない。

 それでもやはり慣れない環境、堅苦しい雰囲気、嫉妬と好奇の視線、そんな場所に縛り付けられていたせいで俺の精神はかなり疲弊した。

 


(もう二度と参加したくないな)


 思い出しただけでも精神が削られる感じがして、溜め息が漏れる。まあ俺のフォローに追われていたルナのがはるかに疲れているはずなのに、それをおくびも出さないのは流石と言ったところである。もしくは単に慣れているだけなのかもしれないが、それでもやはりこれ以上は恥ずかしいので、泣き言は欠伸と一緒に我慢する。


「それでは青年、これからは姫様を頼むぞ」


 決意を新たに、澄んだ空を見上げていると後ろから声を掛けられた。そこにいたのはいつも通り鎧を着ているとは思わせないほど自然体でいる騎士団長のルドルフだった。その顔は俺と違い寝むそうではない、そこが少し意外だった。


(不真面目な性格をした奴なのに)


 別に見下したり、蔑んでいるわけではない。むしろその部下を思う姿勢は尊敬すらしている。だが、そのどことなく悪餓鬼風な性格が彼を不真面目な人間だと思わせている。


「俺が眠そうじゃないのが意外か?」

「……そうやって人の思考を読むと良いことないぞ」


 別にルドルフに思考を読むとかそんな特殊な力があるわけではない。ただ、単に俺が意外感を隠さず、顔に出していただけである。それでもやはり言い当てられるのは癪なので悪態をつく。


「そういえばそんな忠告をもらっていたな」

「人の有り難い忠告を無視するとは……長生きできないぞ?」

「それじゃあこれからは気を付けるするか!それはともかくとして、俺も一応騎士団長だからな。恩人を送り出す日ぐらいちゃんと起床するさ」


 言外にいつもは起きていないと言っているようなもんだが、生憎そこを突っ込むことはしなかった。いや、正確には出来なかった。なぜなら――――。


「何が起床するですか?私が起こしに行かなければのんびり寝てる腹積もりだったくせに……」

「おいおい、それを言ったら俺の威厳が無くなるぞ?」


 はぁ、とため息をつきながら現れたのはルドルフのお守役であるロイズだった。その苦言をおどける様に受け流すルドルフを見ていると、ロイズのため息の理由が何となく伝わる。


(まあこんな二人だからきっと騎士団が成り立っている……のか?)


 そんな一生解けないであろう命題について考えながら二人と握手を交わす。心なしかロイズの握手が痛かったのは気のせいだと思う。


「兄貴、旅の準備おわりましたよ」

「ああ、悪いな。助かった」


 ルドルフたちとの別れを終えたタイミングで、茶色の短髪をピンッと立てた男が話しかけてきた。

 なぜか俺を兄貴と慕うBランクの冒険者のレイアードである。最初は利用してそのまま王都に置いて行こうと考えていたのだが、なにかと世話になったのも事実であり、またルナの護衛にも最適なので旅を共にすることにした。


「いえいえ、むしろ兄貴が魔法の袋持ってるおかげで準備もかなり楽でしたよ」


 そう言いながら俺の足もとに無造作に置いてある枯草色の頭陀袋に視線を落とす。見た目は本当に安っぽい単なる袋なのだが、その実冒険者たちが喉から手が出るほどの一品である。

 基本的に冒険者は食糧のほかにも野営用の天幕や毛布の類の道具を持ち歩く必要があるのだが、何分嵩張(かさば)り、移動の障害となる。しかし、この袋があればそんな問題が解決する上に、道中で手に入れた素材なんかも手に入れたい放題と、至れり尽くせりなのである。


「それでも面倒な準備を押し付けたしな。特にコレは流石に予想外だったし……」

「確かにこんな少人数で馬車を使うパーティーなんて余程じゃない限り無いすね」


 呆れ半分、驚き半分と言った表情で目の前にある馬車を眺める。大きさとしてはそれこそ極普通の商人が使うようなタイプなのだが、いかんせん冒険者が専用の馬車を持つなんて滅多にない。ましてや俺たちは3人という少数だし。


「まあ急がなきゃいけないということはあるから必要なんだろうが……な」


 大抵の冒険者はそれこそ徒歩で移動するのが当たり前で、次いで馬に乗るか街道馬車で移動するという手段である。専用馬車なんてかなり稼いでいる者たちしか使わない。


「とりあえず楽できるし……いいか」

「そうっすね!それじゃあ俺は御者台で待ってますね」

「ん?お前、馬操れるのか?」

「本職までとは言いませんが、そこそこ自信あるから任せてください!」


 爽やかなイケメンスマイルで御者台に登っていくレイアードを見ながら、内心ガッツポーズしてしまった。正直これは嬉しい誤算である。

 ルナにやらせるわけにもいかないし、かと言って御者を雇うのも嫌だったので、そのポジションは強制的に俺だと思っていた。

 だが、レイアードがそこを任せられるなら話は変わってくる。俺は荷台でそれこそダラダラと過ごせる。いや、もちろん周囲の警戒はするのだが、それでも馬を気にしなくていい分疲労は少なくて済む。


(良いモノを拾ったな……)


 まるで可愛い動物を拾ったような感想だが、仕方ない。だって護衛は出来て、馬も操れ、その上Bランクの冒険者。戦闘狂な部分が玉にきずだが、荒事も適当に任せられる分、目を瞑れる。


「これはツイてるな」


 日頃からあまり運が無い俺としては、独り言として漏らしてしまうほど運が良い。いや、もちろんルナとの婚約できたことが何よりも幸運なのだが、そっちはどうにも浮世絵離れしたレベルの幸運なので実感がない。


「そう考えるとルナのおかげなのかもな……」

「何か私がいたしましたでしょうか?」

「っ!?る、ルナ!」

「?」


 ルナはきっと俺の幸運の女神なのかもな、とか下らないことを考えていると、フィンとの女同士の会話を終えて知らぬ間に俺の近くに来ていた当人から声を掛けられ、思わず声を上げる。ルナは首を傾げ、キョトンとしている。相変わらず見惚れてしまう上に、そんな姿を見せられると男として色々刺激されるのだが、それらを全て紛らわすために視線を逸らす。


「いや、別に何でもないよ」

「え、えっと……至らぬところがあるなら直しますので」

「問題ないから安心してくれ」


 自分に何かダメなとこがあるのでは、と憂いたルナが申し訳なさそうに俯く。もちろんそんなとこは無いので、俺は誤解を解きながらルナの頭を優しくなでる。すると、顔を赤らめながらもどこか嬉しそうに「はい……」と呟く。

 その様子をどこか拗ねたような顔で見つめるフィン。その表情を見て思わず苦笑いをしてしまいそうになる。


(これから色々と先が思いやられるな……)


 これからのことを憂いながらも、空いているほうの手をそっと相棒に伸ばす。


「これからもずっと頼りにしてるよ、相棒」

「ふ、ふん!そんなんじゃ喜ばないんだからねっ」


 プイッ、と顔を背けられてしまうが、その横顔には笑みが浮かんでいた。

 

「俺の相棒はフィンとツルキだけだよ。……さて、それじゃあ出発しますか!」


 顔を背けたままの相棒にそう告げて、ルナの手を握り馬車に乗り込む。

 馬車は外装自体は、本当にどこにでもある平凡なものなのだが、内装は別空間だった。


「これはまた……すごいな」


 呆れ半分、感心半分の感想が漏れる。

 普通の荷台はそれこそ木で出来た板張りの簡素な空間なのだが、この馬車は違う。大枠は板なのだが、その上にフカフカの絨毯が綺麗に貼られ、天井には魔力を動力とする空調と電気が取り付けられている。荷台を覆う天幕も防水性に優れた魔物の皮を使用している。


(確実に堕落するな)


 これだけ快適空間で旅をすれば絶対に前のように貧乏な旅は出来ないな、と本気で思う。

 もちろん金銭面では一切そのような心配はいらないほど蓄えがあるのだが、やはりどこか貧乏性な部分があったために無駄遣いの類は一切なかった。

 しかしこれからの旅でそういう部分が無くなるかも知れないな、と変な予感がしている。

 とりあえずいつまでも呆けているわけにはいかないので、ルナと魔法の袋を乗せる。

 

「それじゃあ、今まで世話になったな」

「ああ、姫様のことよろしく頼むぞ。もちろん国王様からの依頼もな。それじゃあ、気を付けてくれ」

「そっちもな。よし、レイ出してくれ!」


 荷台から顔を出しながら最後の挨拶を済ませる。

 俺の掛け声とともに、御者台の方からは軽快な返事が聞こえ、馬車はゆっくりと動き始める。癖の強い騎士団の二人の姿が徐々に小さくなり、彼らが門の中に姿を消したところで俺は荷台の中に戻った。

 中を見渡すと、ツンデレのフィンにマイペースのツルキ。今までこの二人しかいなかった旅の仲間たちに、正式に婚約者のルナと一応弟子のレイアードが御者台に座る。どこかむず痒いような感覚を持ちながら俺たちは次の目的地であるディアーナ領に向け旅立った。



 ゴトゴトと音を立てながら進む馬車。速度がそこまで出ていないためか、そのテンポが心地よく俺は現在睡魔と闘っている。


(……加えてこの環境はダメだな)


 床に敷かれている絨毯はフカフカで、備え付けの空調からは程よい風が吹いてくる。

 現在、この世界の暦は春後月はるあとのつきである。この人界では1年を12月周期として、四季ごとに3つの月が存在する。そしてその月は前・中・後で分けられる。

 つまりは今は春から夏にかけての過渡期ともいえる時期で、日中の気温は25℃前後まで上昇する。もちろん茹だるような暑さではないのだが、それでも快適過ごしたと思うは人間の性だと思う。

 その結果、魔力を送るための腕輪を右手に嵌めて、無駄にある魔力を消費して空調を動かしているのである。


「ふぁーぁ。ツルキはいいよな」


 目の前で悠然と寝ている相棒に思わず愚痴を漏らす。俺としても浅い夢の世界に旅立ちたいのだが、それだとどうしても周囲への警戒が鈍くなる。もちろんレイアードがいるから多少のことではどうになるということなどあり得ないのは事実なのだが、それでも感知能力は俺のが上だと言う自負があるので寝ることができない。


(かと言って……な)


 馬車内をぐるりと見渡すが、することは無い。対面ではルナが本を読んでおり、その肩の上でフィンも優雅に過ごしている。

 どうにもすることが無いので、荷台を出てレイアードの隣にでも行こうと考えたとき、ふとヘスティアから言われたことを思い出す。


(……せっかくだし、久しぶりに鍛錬するか)


 思い立ったが吉日とばかりに、無造作に置かれた魔法の袋に手を伸ばす。その中にある一つの魔法剣を思い浮かべ、手を入れる。

 出てきたのは、金属製の鞘という点を除いてはどこにでもありそうな普通の短剣である。ルナも俺が何をし始めたのか気になるようで、読書を止めて俺の傍に寄ってきた。


(こういうとこは前と違うよな……警戒が無くなったってことかな)


 そんなルナの何でもないような動きの変化をしみじみと思いながらも、短剣を鞘から抜く。いや、抜くと表現は正しくないかもしれない。なぜなら鍔から先がない(・・)のだから。


「えーっと、マフユ様。これは?」


 訝しげな視線を向けるルナ。ちなみにルナは婚約が決まった後からは俺のことを様付けで呼ぶようになった。俺としてはお姫様にそう呼ばせるのは申し訳ない気持ちになってしまうのだが、本人がそう呼びたいと懇願するのでこちらが折れる形となった。

 閑話休題それはともかくとして、確かに一見すれば刀身が無い剣など使いものにならない。だが、これにはちゃんとした使い道がある。現にコレの使い方を知っているフィンは俺がこれからやろうとしていることを理解している、と言った感じだが、その上でなんで今さらと言った雰囲気である。


「ん~、まあ説明するより見せた方が早いか」


 百聞は一見にしかず、ということで実際に俺は短剣を左手に握り魔力を籠める。すると鍔の方からスーッと刀身が現れ始める。だがそれは刀身の厚さが全体的に不揃いで、形も歪。何より刃に鋭さがない。


(……これはいくらなんでも酷いな)


 内心で現れた刀身の酷さに嘆いていると、フィンもどうしてこんなことを始めたのか納得したと言わんばかりの顔をしている。

 とりあえず未だに不思議そうな顔をしているルナに説明をすることにする。


「これは魔力の短剣と呼ばれる代物だ。まあ名前なんてどうでもいいんだが、今見てもらった通り魔力によって刀身が出現するわけだが、魔力の籠め方によって刀身の形が変わる」

「つまり……魔力のコントロールが修練できるということですか?」

「まあそういうことだな……ここまで拙くなってるとはさすがに予想外だが」

「確かにこれは酷いよね!ある意味、芸術作品みたいだもん」


 ガックリと肩を落とす俺に、追撃のようにフィンの言葉が重く圧し掛かった。

 魔力コントロールがある程度上手くいくと、普通の刀身が現れ、それこそ完璧に近くなるほどその鋭さと美しさは増し、業物のような刀身が作り出される。


(いくら制限がかかってるからと言ってもこれは酷すぎる)


 確かに、右手から魔力が奪われ、さらにとある呪いの影響で魔力のコントロールが乱されているからと言ってこの刀身の不恰好さは不味い。

 とりあえず溜め息と一緒に、左手に集約している魔力を霧散させる。すると刀身が瞬く間に消えていく。


「これは本格的に鍛えなおさないとダメだね!」

「ああ、……これじゃあ神装をまともに扱えないな」


 神装はそれこそ圧倒的な強さを誇るが、その分消費する魔力量は尋常ではない。だからこそ消費する量をすこしでも節約できるようにコントロール出来るようになる必要がある。

 だが、今の俺は先の刀身の歪さを見れば分かるように圧倒的に無駄が多い。


「これからのことを考えると、最低限昔と同じ水準にまでは戻さないとな」


 決意表明をしてから、程よく揺れる馬車の中で、それこそ何度も魔力の刀身を創っては壊しを繰り返した。そんなことをしている間にも太陽はどんどん天高く昇っていった。

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