プロローグ 旅人と姫巫女
第2章です。
色々急展開ですが、突っ込まないで下さい(笑)
現在、オーフェン城は蜂の巣をつついたような状態となっている。
なぜなら姫巫女であるルナが一介の冒険者(本人曰く旅人)と旅に出なければいけないと言うお告げが下されたからである。その上とんでもないことが発表されたので、尚のことかもしれない。なのでその準備のためある男を除いて城の人間はほとんどフル稼働状態である。
「ふぅー……」
城の一室で愛用の格安ユーカリープを吸いながらのんびりと窓から外を眺める。王族を除き、唯一のんびりとした時間を過ごしている青年。そんな青年の頭の上にちょこんと腰かける小妖精族の少女。その少女の顔は見た目の愛くるしさとは異なり怒っている。もちろんそんな姿も可愛いと青年は言うのだが。
「本当に信じられないっ!マフユもそう思うでしょっ!!」
「落ち着けよ、フィン。俺は別に気にしてないし……」
「マフユがそんな態度だからあんなこと言われるんだよっ」
キーッと今にも金切り声を上げそうなほど怒っているフィン。怒るのはいいのだが、俺の髪の毛を掴んで引っ張るのはやめてほしい。単純に痛いし、さっきから何本か抜けてるから。
なぜフィンがここまで荒れているのか、その原因は数日前にさかのぼる。
あの日、俺たちは神託の間での御託を国王に話すと、案の定いい顔はされなかった。なぜなら大切な姫巫女が国を空けることになるからである。もちろんヘスティアは加護を与え続けると約束してくれたものの、御託がもらえないのは何かと不便となる。
それだけならまだここまで荒れることは無かった。しかしそのあとが問題だった。
『そんなこと許されるはずないだろう!ヘスティア様も言うはずがない、貴様の嘘に決まっている!!』
『そうだ、きっとあの男は妖術の類でルナ様を操っているに違いない!』
『権力欲しさに血迷ったか!下賤な奴め!』
それはまあ、見事に荒れた。先の罵詈雑言が子守唄に聞こえるほどの荒れようだった。俺はそれを肩を竦めながら聞き流していたが、隣に立つルナは完全に怯えきっていた。
(……欲に取りつかれているのはどっちやら)
貴族たち曰く、婚前前の王族の娘が下賤な男とともに旅をしたら間違いが起こるだの、姫巫女様が穢されるだの、そんな男信用ならないだの、なにかとそれっぽい理由で反対している。
だが彼らの胸の内を明かすなら、要するにそんな男とルナの間に仮に子供でも生まれると厄介だ、ということである。ルナ自身にはそれこそ王位継承権がないが、その子供は違う。ましてやその相手が救国の立役者と持て囃される俺なら尚のことである。どこぞの奴に横槍を入れられてたまるか、と要約すればこんな感じである。
(まさに欲望の権現ともいえる存在だな)
そんなことを思いながら騒ぎ立てる貴族たちを眺める。あちらこちらから必死さが伝わってくる。その必死さを別なとこに注げないものか、と思わされる。
『静まらぬか!仮にもここは神聖なる玉座の間であるぞ』
国王陛下の鶴の一声により、玉座の間に静けさが訪れた。しかし、そこには嫉妬と焦りが渦巻いたままである。
『お主たちの言い分はよく分かった。確かに王族の者として婚前前の淑女が素性はともかくとして異性と長旅するのは慣例上良くない』
国王は顎鬚を撫でながら、考え込むようなポーズを取る。
その発言を聞き明らかにホッとした表情を浮かべる貴族たち。そしてなぜか対照的に残念そうな雰囲気を漂うわせているルナ。
(……旅に出れないのが残念なのか?)
そんなことを考えていたせいで、次の国王の発言に思考が付いてこなかった。
『よってこの者、マフユとわが娘ルナの婚約をここに発表する』
『へ?』
ものすごく失礼なことなのだが、思わずすっとんきょんな声を出してしまった。それは周囲の貴族たちも同様である。
『そういうことだ、ルナ。この者が今日からお主の夫となる男だ、聡明な上に腕も立つので儂も安心出来る』
『え、あ、はい……』
俺の思考が止まったまま、なぜか話はどんどん進んでいく。むしろ時間が止まっていないのは国王ただ一人だけらしい。ルナも茫然としたまま返事だけしている。
そのまま誰も何も言えずに玉座の間での出来事は終わった。
そして現在、いまだにあの日の出来事が嘘なのではないかと疑っているが、一向に夢から覚める気配がない。だって髪の毛引っ張られてるけど痛いし。
ちなみにフィンも婚約のことで荒れることが予想されていたのだが、実際そんなことは無かった。それとなく聞いてみたところ、ルナと女同士の話をしたから問題ないとのこと。
(これからどうなるんだろ……俺)
別にルナが嫌いと言うわけじゃない、むしろあんな美少女と婚約できて普通の男は喜ぶと思う。ただ、どちらかと言えば俺はルナに嫌われている気がしてならない。
(それにほかにも色々と問題があるし……)
考えれば考えるほど鬱になる、コレが噂のマリッジブルーと言うやつなのか。いや、単なるいつものネガティブモードなだけか。
「……とりあえず、ルナと一度話合わないとな」
「え?マフユ、まだルナと会えてないの?」
未だに怒りで俺の髪の引っ張っているフィンが独り言に反応してくれた。頭の上からブチブチと嫌な音と悲鳴が聞こえてくる気がする。
「あの日から会えてねーよ。向こうも忙しいみたいだし、なんか避けられてる気もするけど」
「まあそうだよね……でも嫌われては無いから安心しなよっ」
ニコッと俺に微笑みかけてくれるフィン、その両手には暗赤色の謎の束が握られている。頭が涼しくなったのは勘違いであり、気のせい。
「それならいいけど……てか本当に怒ってないのか?」
「怒ってないよ!だってマフユの相棒は私だけだし、私のこと大切にしてくれるでしょ?」
「そりゃ、フィンは俺にはかけがえのない存在だからな」
「だから別に気にしないよ!それにハーレムという言葉だってあるんだしね!」
まさかの衝撃の言葉に思わず咽る。
この年まで女性というものすら知らなかった人間に、その言葉は格式が高すぎる。ゲホゲホと未だに咳をしている俺をしり目にフィンは話を続ける。
「マフユは自分が思っている以上にモテるんだよ?それに金銭面も別に心配しなくてもいいし」
確かに一夫多妻は認められている。むしろ金銭的にも、社会的にも地位の高い人間にはむしろ推奨すらされていると言っても過言ではない。
先の時代に多くの人命が失われた。特に先陣切って戦っていた者たちは男性の割合がどうしても多く、その失われた部分を早めに補充したいと言うのが目的である。
さらに欲を言えば、優秀な人材で、というのが付け加わる。その二つを同時に解消するためには先の時代を生き抜いた勇猛果敢な者たちに何人か妻を娶ってもらうである。
(恒久的な平和なんてありえないからな……)
今は確かに平和と言える。
だが、人は飽くなき欲を抱えている生物である。何年後かには現状に満足できず……ということは容易に想像できる。
「まあ、その前にきっと……」
自嘲気味に言葉が漏れる。全ては自分の運命を知っているから、仮に死んだとしても……。
空に浮かぶ柔らかそうな雲を眺めながら感傷に浸っていると、コンコン、と控えめなノックが聞こえてきた。
「ん?はい……」
その音に現実に引き戻されながら、重い足取りでドアまで向かう。
開けようとした寸前で、ドアは自然に開かれた。もちろん自動でドアを開けるような魔法は存在しないし、そもそもそんな無駄な魔法の使いかたはしない。
「えっと、あの、」
開かれた扉の先にいた人物と目が合い一瞬思考が止まる。そこにいたのは真紅の長い髪を右肩から垂らた少女、つい先日俺の婚約者となってしまった悲劇のヒロインであるルナ当人であった。
(自分で思っては難だが……悲しいな)
すぐにそんなことを思いついてしまう自分の思考能力がとても恨めしく思い、悲しくなってしまうが、すぐにそれらのネガティブを頭の隅に追いやる。
相変わらず言い淀むルナを見て、どことなく安堵する。
「とりあえず入ったらどうだ?俺もちょうど話したかったし」
「それではお邪魔しますね……」
ドアを引き、ルナを部屋に入れる。そのまま先ほどまで俺がいた窓際に移動してある椅子に座るように促す。俺もその対面に腰かけたところでルナの顔を観察する。
(やっぱり流石紅玉と呼ばれるだけはあるよな)
その見事にまで整った美貌に改めて感嘆する。美人かと尋ねれば確実に10人が10人即答で「はい」と答えるだろう。
ここまでの美少女ならそれこそ引く手数多だと言うのに……俺なんかでごめんなさい、と内心で謝罪する。
そんなコントのようなことを頭の中で繰り広げていると、ルナが頬を朱に染め、恥ずかしそうに口を開いた。
「え、えっと……そんなに見られると恥ずかしいですね」
「あ、ああ。悪いな。それで用があったんじゃないか?」
半ば強引にだが、本題に入るように促す。
「その……今後のことについて色々話し合いたいなと思って伺ったのですが」
「そっか。ルナの準備が終わり次第、すぐに旅を再開する予定だしな」
「具体的にはどこに向かう予定なのですか?」
「うーん、最初は気ままにフィンと西の方を旅する予定だったんだけど国王様からの依頼があるからな」
そう言いながらフィンの方をチラッと見る。その表情には、任せるよ、と言外に語られているので軽く頷いて見せてから、腕を組んで考える。
「確か古来より現存する八王家はヘスティア家を含めて全部で3つだよな?」
生憎王家の事情や歴史には疎いので、そこはその道のプロに確認する。
「はい、おっしゃる通りです。最北端に位置するポイボス家と大陸の中位にあるディアーナ家、そして我がヘスティア家の3家しか残っておりません」
「となると、ここから西に行くのはうま味が少ないよな。ほかの衰退した王家がどこにあるか分からないし……」
とりあえず確認の意を込めてルナを見るが、もちろんかぶりを振られた。
ここヘスティア領は大陸の南西部に位置する。つまりここからさらに西部に進んだところで魂が封印されている場所があるとは限らない。そうなると狙う者達との接触の機会も減ってしまう。
「ならとりあえず目指すのはディアーナ領だな。東の方に確か大都市があったよな?」
「パラス領にある魔術都市シャルドですね」
「よし、そこを経由してディアーナ領に向かうか」
とりあえず次の目的地も決まり、一安心とばかりに息を吐き出す。
そして先送りにしていた問題に決着をつけるべく、意を決して口に出す。
「なあ、ルナは良いのか?」
「はい、私には旅の知識もありませんし」
「いや、それじゃなくて……」
「旅をすること自体ということですか?そちらも御託だけという理由ではありません。私自身、自由に旅できるのは嬉しいですから……もちろん足手まといにならないように努力はします」
両手でガッツポーズを作り、意気込むルナの姿は美しいながらも庇護欲を掻き立てる可愛いものだった。
もちろんそれに見惚れ続けているわけにもいかず、俺らしくもなく言い淀みながら口にする。
「その意気込みは嬉しいけど、それでもなくてだな。なんというか……俺と婚約させられてしまったことについて。嫌なら俺から国王様にちゃんと伝えるぞ?」
俺にそこまでの影響力があるとは思えないが、それでも旅のことを考えればもしかしたらルナを連れて行くことを考え直してくれるかもしれない。
(それに依頼されてるわけだし、多少のわがままなら聞いてもらえてもいいよな)
多少打算的なことを考えていると、ルナ泣きそうになりながら質問してきた。
「……マフユさんは私といるのが嫌ですか?」
その表情と質問内容に思わず思考が停止する。きっと相当な間抜けな面を晒しているに違いない、そう分かりながらも停止したままである。
「え、いや、その、」
「マフユの大バカーっ!!」
「うぐっ!?ふぃ、フィン!?」
どう答えていいのか迷っていると、鈍い音とともに突如脇腹に痛みが走った。同時に怒気を含んだ声と表情のフィンが視界に入る。
なぜ怒られているか、理解ができない。
「あのね、本当に鈍感もすぎるよ!!だからマフユはダメなんだよ、そういうところはちゃんと直しなさいっ!!」
「え、あ、はい……ごめんなさい」
指先を、ビシッ、と俺に向けて、烈火の如く捲し立てられる。その勢いに思わず低姿勢で謝罪する、いや、頭が上がらないのはいつものことだ。
「本当に分かってる?分かってるならちゃんとルナの気持ち気づいてあげなさいっ!」
気づけと言われて気づけたら苦労はしない。しかし、ここで気が付けないと俺の今後の人生が色々と危ぶまれる。
とりあえずルナに視線を向ける。泣きそうな顔、つまりは悲しんでいると推測される。
そして先ほどの会話を思い出す。
(これは自惚れてもいいのか……こんな俺が?)
人を好きになるという感情を知らなかった俺にとって、今ルナに持っている感情は戸惑いが多い不確定なものかもしれない。それでもきっとコレが好きというものなんだろうとも、何となく確信している。
そして導き出された甘美な答え、しかしそれは間違いであるなら恥ずかしすぎるものである。
幼少の頃より愛情と言うものを知らない俺にとって、それが正しいのかどうしても判断できない。それと同時にそれが本当だとして、そのあとどうすればいいのかも迷う。
(仮にそうだったとしても……そのあとのことを考えると)
俺と仮に婚約したとして高確率で未亡人になるか、仮に死ななかったとしてもむしろ世界の敵となってしまう。どちらにしてもルナは不幸にしかなれない。
そんな後ろ暗いことを考えていると、微笑んでいる相棒が目に入った。その顔はしきりに何かを訴えている。
"きっと何とかなるよ"
かなり楽観的なことを言っているが、俺にはその相棒の言外の言葉によって心が軽くなった。
そして自分の正直な気持ちを言うことにした。
「正直言って俺は後ろ暗いことが多いし、隠し事もそれこそ山のようにあるから本音を言えば誰かと旅をするのは忌避している。そんなわけだから昔からずっとソロだった」
もちろんフィンやツルキと言った相棒は除くと付け足す。
それを聞いたルナはすごく哀しそうにしていた。
「だけど、ルナと出会ってここまで旅する間は不思議と不快な気分じゃなかったんだよな……むしろ、楽しんでいたともいえると思う」
恥ずかしさを紛らわすようにそっぽを向きながら、早口気味にそう告げる。
正直言って、俺に楽しいと思える感情が残っていたことにそれこそ何度か驚きすらしていた。そんなことはともかくとして、唾をゴクリと飲み込み、意を決したように告げる。
「だから……俺はルナといるのは嫌じゃない。むしろ好き、だと思う。ただ先にも言った通り、隠し事やら後ろ暗いことが多いのもまた事実だし、何より俺といると不幸が多いと思う。それを知ったうえで、ルナは本当に俺でいいのか?」
ここまで長々と語ったが、このあと"私はあなたに好意を抱いていません"とか言われたら確実に立ち直れない。ネガティブに拍車をかけて、きっと人見知りになるに違いない……すでに人見知りな部分があるが。
「はい……婚約は父上がお決めになったことですが、私個人としてマフユ様とともに入れることを幸せに思います」
そのルナの瞳は力強いものだった。ただ、対照的に語気が弱いのはやはりルナらしいともいえる。そんなルナを見て、俺はただ一言だけ言った。
「それじゃ……これから頼むな」
「こちらこそよろしくお願いします」
こうして俺に婚約者ができたのだった。




