第一の神装と女神ヘスティア 2
誤字・脱字ありましたらお願いします。
遠くにあった集団の人影が濃くなり始めた頃、俺はようやく身体を起こした。
「この状況じゃさすがに俺が起きないとダメだもんな……」
近くで横たわるルナとレイアードを見ながらボソッと呟く。
二人とも目立った外傷はない、いや治ったと言ったほうが正しい。"神装"ヘスティアの能力によって完治したのだ。
神装とは神の力を身に宿した姿のことであり、身に宿した神の力の一端を使うことができる。かつて俺が冥王を討てたのもこの力のおかげと言える。
(……捨てたのに戻ってきたな)
俺は全ての柵から逃げるように過去にこの力を捨てたはずだった。
だが皮肉にもこの力は戻ってきた。正確にはまだ完全にではないのだが。
(紅色もまだ"薄い"しな)
大事そうに握ったままのメダルを見て、まだかつての力を十全に発揮できていないことに不満を覚えている自分に思わず自嘲してしまう。
「……フィン、大丈夫か?」
これ以上考えると自分が今以上に嫌いになりそうなので、相棒の元に行くことにした。フィンはツルキの上で極力疲れを見せないように振舞っていた。
「うん……それよりマフユの方こそ大丈夫?」
俺の胸元にまでゆったりと飛んできて、見事に切り裂かれた場所と穿たれた場所を心配そうにさすっている。
「傷自体は塞がってるからとりあえず休めば問題ないさ」
フィンの頬を指先で撫でながら問題ないアピールする。
流石に失われた血液が戻ることは無いので未だにフラフラする感覚があるし、それに加え魔力を消費しすぎたのもある。
「それならいいけど……とりあえず起きたらルナに感謝だね!」
「ああ、そうだな」
「それに……」
「それに?」
「ううん!マフユには関係ないよ、女同士のお話もしたいかな、って!」
なぜかその笑顔を見た瞬間、ゾクッと肌が粟立ったような感覚に囚われた。
どんな内容か気にはなったのだが、きっと教えてもらえないし、知らない方がいいと判断した。
(見ぬが仏、聞かぬが花と言うし。とりあえずルナ……ドンマイ)
疲れて休んでいる姫様に向かって心の中で同情した。
「ルナ様っ!大丈夫ですか!?」
フィンの笑顔に気圧されていると、かなり焦燥感に駆られた声を出しながら猛然と走ってくる人物がやってきた。砂埃を舞い上げながら俺たちの前で止まると一番にルナの顔色を覗き込んだ。
「えーっと、ロイズ?疲れて休んでいるだけだから寝かしてやってくれないかな?」
いつもの冷静そうな見た目との違いに若干引きながらもそういえば直情的なタイプだったか、などとどうでもいいことを思いながら副団長さんを諭すように止めた。
「そうだぞ、ロイズ。そんなに心配する必要なないだろ!」
「団長はもっと心配してくださいっ!」
相変わらずのマイペースな発言に、引いていた俺ですら心の中でロイズに賛同してしまった。
(この中間の人間はこの騎士団には存在しないのか?)
あまりの極端な対応の違いにお節介なことまで考えてしまう。
もちろん俺のそんなお節介な視線など露知らず、豪快にガハハハと笑っている豪胆さにはある意味尊敬すらしてしまいそうである。
ルドルフとロイズのコントのようなやり取りを他人事のように眺めていると、不意にルドルフが真剣な表情に変わり、俺を見た。
その真剣な眼差しにドキッとする……ようなことはもちろんあるはずもなく、気怠げに見返す。
「青年、此度の協力感謝する。ありがとう」
「おいおい、そんな成果も確認しないで感謝していいのか?」
「確認も何もここに来てから起きた現象と、この場所の現状を見れば分かるさ。それに君ほどの人間が危険な状況でくつろぐなんて考えられないだろ?」
頤を撫でながら、かなり自信に満ちた得意げな顔をしている。言外に、間違ってないだろ?ん?、と言われている感じがかなりイラッとする。
「……そんな人を見透かしたような態度取ってるとその内痛い目見るぞ」
「それならば気を付けるとしよう!」
胡坐をかいて、頬杖をつき、そっぽを向いてふて腐れた様に言ったのもかかわらず、少しも嫌な顔をしないルドルフ。これ以上はどうにもならないと決断し、真面目な話題をすることにした。
「あんたたち騎士団の方は被害の方はどうなんだ?」
「幸いにも死者は出さずに済んだ。それに謎の炎に包まれたときになぜか怪我も治ったから無傷と言っても過言ではないな。ただアレは本当になんだったのか……」
「女神さまが助けてくれたんじゃないのか?俺もそれに救われた」
ウーン、と唸っているルドルフをしり目に俺は素知らぬ顔でそう言った。
あながち嘘は付いていない。あの炎はヘスティアの力だし、怪我が治ったのもヘスティアがルナに力を貸してくれたからだし。もちろん炎の嵐を起こしたのは俺で、必死に俺を助けてくれたのはルナなのだが……それは言わなくていいと思う。だからフィンさん、そんなジト目で俺を見るのは止めてください。
「さてと、これからどうするんだ?アレの中に行くのか?」
ジト目から逃げるように社に目を向けた。
「ふむ……それが目的なのだが君たちがこの状況だしな。ルナ様が目覚めるのを待とうと思うのだが?」
「じゃあとりあえず俺の仕事はここで終わりだな」
当初の王さまとの約束では、鎧騎士を倒してほしいとのことだった。なので一応は俺はお役御免である。
「先に戻るのか?」
今までの俺なら何の迷いもなく相棒たちだけを連れて速攻で踵を返し、王都に戻ってベッドに直行していたに違いない。しかし今はそれを躊躇している。
寝ているルナとレイアードを見る。レイアードは今回俺の命令の元、身体を張って頑張っていた。かなりひどい扱いをしていたのに正直申し訳ないと思う。
そして何より、ルナ。彼女は俺の命を救ってくれた。いや、正確には傷を治してれた。そんな恩人たちを放置できないし、なぜか置いていきたくないと思ってしまう。
(……どうしたいんだろうな)
今までに経験のしたことのない感情。どうすればいいのか迷ってしまう。
「まあレイは俺の一応連れだし、ルナにも世話になったからな。この後の行動はルナに委ねるよ」
「そうか、きっと姫さんも喜ぶよ」
「ん?別に城に一人で戻ってもちゃんと別れの挨拶くらいするぞ?」
「なるほど。そっち方面は疎いのか」
カカッと愉快そうに笑うルドルフ。俺にはその理由が分からなかったのだが、今は疲れているので考えたくもなかった。
フィンが嬉しそうな、だけどどこか呆れたような顔をしていたのは気のせいだということにしよう。
「ぅん~。……ここは?」
「おっ、起きたか。おはよ、いやこんにちは?」
「そんなのどっちでも良いよ!ルナ、疲れはない?」
それから数刻したあと、ルナが可愛い声を出しながら目を覚ました。まだ頭の方が覚醒仕切っていないようで、目をトロ~ン、とさせながら周囲を見渡している。そして俺と目が合った瞬間、バッという音が聞こえてきそうなほどの勢いで掛けていた布で顔を覆った。その顔は恥ずかしそうで目も潤んでいる。
「え、あの、そのっ……」
「疲れてたんだろ?俺の治療のために魔力使わせすぎて倒れちゃったんだ、ありがとな」
そのたどたどしい口調から頭が混乱しているのだろうと推測し、俺は事実を告げ、感謝を述べた。しかし、それを聞くと何かを思い出しているように少し間が空き、急にボンッ!と音が出そうな勢いで頭から湯気をだし、耳まで赤くなった。
「あ、あれ……?おーい、ルナ?」
ルナに何が起きたのか理解できず、フィンの方を一瞬チラッと見たのだが、すぐさま視線を戻した。そこには見てはいけないものがいた気がした。
いや、傍から見れば美しい妖精が微笑んでいるだけなのだが、俺のセンサーが危険だと告げている。
(お、おれは何も悪くないっ!?)
声高らかに言いたいのだが、生憎俺にそんな恐ろしいことはできない。なんたって小心者なのだから……。
俺がビクビクと生まれたての小鹿のように震えていると、フィンが呆れたように溜め息をついた。
「はぁ……もう少しマフユは女心を学びなさい!」
ビシッと指を指されながら宣言された。俺は小さい声で「……はい」と怒られた子供のようにするしかなかった。
「クハハハハッ!!国王にすら不遜な態度をとれる青年がお説教されてるとは面白すぎるっ」
「そこ!外野は黙ってろ!」
「マフユっ!」
「……ハイ、精進します」
正座をしながら、一人横で腹抱えて笑っている騎士団長に後で必ず仕返ししてやると心に誓った。
それからお説教タイムが終わり、その頃にはルナも落ち着きを取り戻していた。
「えーっと、ルナ。もう身体は平気か?」
「はい、ご心配をおかけしました。もう大丈夫です」
「それじゃあこれからの方針を決めたもらいたいんだが、アレの中の確認には誰が行く?」
俺が指差す方をその場の全員が見た。そこには未だに禍々しい雰囲気を漂わせる社がある。ヘスティアの力でここら一帯を浄化したにも関わらずである。
(おそらく最悪の可能性があるな……じゃないとさすがにありえないからな)
最悪の可能性、それすなわち魂の欠片が解放されたということ。
その兆候はある。それはまさにこの禍々しさが物語っている。封印状態ならヘスティアの浄火によって霧散したはず。だが、実際はそれどころか増したようにすら思える。
「……やっぱりあの女を逃がしたのはデカいな」
女の消えた虚空を悔しげに見つめながら思い出す。
あの女の目的と正体、それが今回の件にどこまで関わっているのか、そして冥界とのつながり。
分からないことだらけだし、謎もさらに増えた。
(本当に自分の無能さが恨めしく思うね……)
溜め息混じりにそんなことを思ってしまう。なので、ルナの切望したような眼差しに気が付くのが遅れた。
(……なんかすごい見られてる?)
ジーッと言うに相応しい視線、その仔犬が餌を求めるような視線に思わず笑ってしまいそうになる。
「あっ、と。悪い……話聞いてなかった。何だ?」
「えっと、ですね……できたらマフユさんにもご同行お願いしたいのですが……」
次第に小さくフェイドアウトしていく声。その自信なさげな表情に、お姫様なんだし命令口調でも使えばいいのに、とか思ってしまう。
(まあ、そんなことができたらきっとガラッタに一人で来るようなことは無かったな……。良くも悪くも、この自信なさげな感じがルナらしいとも思えるし)
相も変わらわず無礼千万なことしか考えられない自分の性格を苦々しく思いながらも、そんな事はおくびも表面に出さない。
「ここまで来たら最後まで付き合うさ、だからそんな畏まらなくてもいいぞ」
「あ、ありがとうございますっ!」
「それと……」
ルナの耳元に顔を近づける。急に俺が接近したことに驚き過ぎてアタフタとしているのが何となく可愛いと思うが、別に苛めるためにそんなことをしたわけでないので用件を済ませる。
「"あの姿"のことは他言無用で頼むな、知りたいなら今度秘密裏に教えてやるから」
「ふぇ!?あ、ひゃい……」
「悪いな、ありがと」
そう言いながらルナの頭をワシャワシャと撫でる。何となくルナは俺の中で庇護欲をかきたてるらしく、自然とそんなことをしてしまう。
ただルナは俺が撫でたところに両手を当てて、顔を赤くして黙ってしまった。
(怒らせちまったか……てか、周りの視線が痛いのは気のせいじゃないよね)
主にフィンとなぜかルドルフを除く騎士団員全員が思いっきり睨んでいる。フィンはいつものことだとしてもその中で筆頭してロイズが呪い殺すような勢いで睨んでくる。忠実な騎士だからか?
(……職務に忠実な騎士の鏡と言うことにしよう)
現に俺の中では既に騎士としてどうなのかと言う位置づけのルドルフがこちらをニヤニヤと楽しげに見ているし。
あの顔は相変わらずムカつくが、今はこの空気を変えるのが先決である。
「さて、それじゃあ早めに中を確認しに行こう」
ずいぶんと強引な手段だったが、今は緊急の事態のため溜め息が聞こえる程度で済んだ。こんなにのんびりとしているが緊急なのである。
「それでは入りますね……」
ルナの声に緊張感が満ちている。
俺たちは今、社の入口ともいえる鳥居の前にいる。いるのは俺とルナ、そして騎士団長か甚だ疑問のあるルドルフの三人。もちろん俺の相棒たちは外套の下にいるのだが。
ルナが手をかざすと、やはり手の甲に紋章が浮かび上がる。そのまま吸い込まれるように鳥居を潜った。
「こりゃ……どうなってるんだ?」
ルドルフにしては珍しく驚きに満ちた声を上げた。かくゆう俺とルナも声は出していないが、その光景に驚愕を隠せない。
外からは本殿しか見えない簡素な場所という印象だったのだが、鳥居を潜ると、そこは別世界だった。いや、ある意味では異世界と言えるかもしれない。
空間の中央には太さが何十mあるか分からないほど巨木が堂々と聳え立っていた。外から見えた社どころか、巨木以外なにもない。
「隔絶結界の類、か」
てっぺんの見えない巨木を見上げながらそんなことを呟く。
「はい、そのように聞いています。私もここに入ったのは初めてですが……」
俺の横でルナも同じように見上げながら独り言に反応してくれた。
「まあ隔絶しなければいけない理由も分かるな……こんな淀みが凄いんじゃ、な」
この空間に入ってもう一つ驚いたのはその空気の禍々しさである。自分が冥界に迷い込んだのではないかと思うほどである。
隔絶結界とは、言葉通り周囲の空間から隔絶した空間を作り出す魔法の一種。隔絶した理由はおそらくこの禍々しさを外に出さないためである。こんなモノが外にあったら確実に王都は死の都とか呼ばれると思う。
「ここに長居するのはよろしくないだろう……早めに終わらせましょう、ルナ様」
「そう……ですね」
すでにルナとルドルフはこの淀みに当てられ始めているのか、顔から血の気が失せている。それでも必死に自分の責務を果たそうとしている。
もちろん俺はこのくらいでは何ともない。いや、もちろん気分はよろしくないのだが、過去の経験があるためにそこまで辛さは感じない。
「すいません……」
俺の背中で恥ずかしそうに顔を俯かせながら謝るルナ。
辛そうな二人を後ろから眺めながら歩いていると、大樹の根元に付いた。
その根はもはや倒木と言っても過言ではないほどデカい。また根の表面はいくら凹凸があると言っても、歩きにくいのは至極当然で、ましてや体調が悪いルナには無理だと判断し、俺が背負うことにした。
「別に気にすることないさ。ルナは軽いし問題もない」
さすがに騎士のおっさんを背負えと言われたら即断るが、少女を背負うくらいなら問題ない。
現に隆起の激しい根元を俺は難なく進めているし。ただやはり、この空気に慣れない者には辛いらしくルドルフが後ろから必死の形相で付いてきている。
「おい、辛いなら待っていても構わないぞ?最悪ルナにだけ確認してもらえば終わることだし」
「……こちらとしてと先に帰りたいのは山々なのだが、それをすると後でロイズがうるさいのでな」
顔面蒼白な状態でも軽口を叩けるルドルフには恐れ入った。
「そうか。なら無理だけはしないでくれよ、おっさんを背負うのは勘弁なんでな」
「それは残念だ……」
本当に心底残念そうな声がしたような気がしたが、気のせいと言うことにしてそのまま黙々と進んだ。
「さて、じゃあルナ頼むな」
「……はい」
あのあとやっとこさ根の隆起を乗り越えて、俺たちは巨木の幹に辿りついた。
その前に立つと、この巨木がどれだけデカいのかよく分かる。目の前に絶壁が広がっているような錯覚さえ起こしそうである。
その絶壁の一か所にヘスティアの紋章が刻まれていた。ルナがその紋章の上に手をかざし、魔力を流し込む。すると、ゴゴゴゴッ、と巨木自体が震えだした。
「きゃっ!?」
「くっ!?」
「うっ!?」
揺れのせいで倒れそうになるルナを片手で支える。ルドルフもなんとか倒れないように踏ん張っているが、その顔はもはや完全に真っ青である。よくここまで耐えてるな、と心の中で賞賛を送ってしまう。
次第に揺れが収まると、今度は先ほども紋章のちょうど下辺りに階段が現れた。
「……ここを下ればあるのか」
「行きましょう」
ルナが意を決したようにフラフラした足取りで階段を下り始めた。
階段の幅はかなり広く、俺たち三人が横並びでも十分に歩けるほどだった。だからと言ってわざわざ横並びになっておらず、ルナの隣に俺が支えるように並び、その後ろをルドルフが追従するといった形である。
俺たちはその階段を無言で下り続けた。降りるたびに禍々しい空気が濃くなっている気がする。
「……ここに眠っていた、のか」
どのくらい下っていたか分からないが、俺たちはついに最下層と思しき場所にたどり着いた。そこはそこそこ広い空間で、奥には祭壇と石棺があった。だが、その石棺の蓋は巨大な楔によって完全に破壊されていた。その楔は不気味に血脈を打つように、赤い筋が何本も通っている。
「……」
ルナとルドルフは完全に言葉を失っている。俺はある程度予想していたし、管理者でもないのでそこまでショックは受けないが、やはり二人は違うようだ。
「とりあえずもう出よう……それから考えた方が良い」
茫然と立ち尽くす二人を促すように俺たちは祭壇を後にした。




