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生徒会長と放課後

他の人の二次創作を読んでいたら一週間も間が空いていたことに気付く。

……時が経つのは早いものですね。(遠い目)

 昼休み。雫さんとの約束通り、俺と水瀬は教室で机を寄せ合って食事をする。名家の子息女が通う学園というわりには弁当を持ってくる人間は多い。どんな理由で弁当持参なのかは知らないが、お金持ちでも弁当箱を突いたりするんだなーと思うと親近感が沸く。

 さて。肝心の弁当だが恐らくというか間違いなく俺の弁当が一番地味だ。中身は昨日の夕飯に作ったハンバーグを活用して作ったサンドウィッチ。他にもハム、チーズと種類を揃えているが、ぶっちゃけ男が食べる弁当としては物足りない。

 それに比べて、水瀬と雫さんの弁当は文句なしに美味そう。水瀬は豚の角煮やひじきの煮物が食欲を誘うし、雫さんの弁当は春巻きやエビフライが目立つ。しかも揃いも揃って重箱とかどんだけゴージャスなんだよと突っ込みたくなる。

「お前の弁当、なんか女みてーだな」

「そう言うなら自分で弁当作ってみろ。家事仕事がどれだけ大変か知るにはいい機会だ」

「いやー、ウチって結構考え方が古くてさ。男子厨房に入るべからずって言われてるから俺、自分ン家のキッチンには入ったことないんだよ。信じられるか? ちょっとお湯沸かして珈琲飲むのさえ、使用人任せなんだぞ?」

 未だにあるんだ、そんな古い仕来り。そもそも男が厨房に入っちゃ駄目というなら飲食店で働いている男はどうなるんだ?

「哲君の家って、元はうちと同じ華族だよね?」

「まーな。そうは言っても家自体はイマドキって感じだから全然実感ねーけど」

 そうか。水瀬の家は元・華族だったのか。どうりでこいつの弁当は和食が多い訳だ。目の前の存在のお陰で胡散臭さが付き纏うけど。

「雫さん、問題のオムレツってどれ?」

「あっ、はい。それならこの下にあります」

 そう言って、雫さんは別の弁当箱を広げて俺の前に差し出す。パッと見た感じ……はっきり言って上手く出来てるとは言い難い。しかも焦げ目も結構目立つし形も悪い。カレーを作った時からそうだったけど実は雫さんって不器用なんじゃないだろうか?

 明日もこんな調子なら多分──いや、よほどの特訓を積まなければ絶対に間に合わない。

 だが食べると約束した以上、ちゃんと食べなければ収まりが悪い。彼女から箸を受け取り、早速問題のオムレツを一口食べてみる。

「………………」

「どうでしょう?」

「ん。不味くはないけど会長が食べたら間違いなく不合格だな」

「ですよね……」

 俺の素直な評価に明らかに落胆する彼女。気の利いた言葉ぐらい掛けてやりたいところだがどうも俺は昔からそういうフォローが苦手なんだ。なんて言うか、自分の感情を素直に表現するあまり相手を傷つけてしまうことは一度や二度じゃないし、それが原因で対人関係がもつれたこともある。そういう意味では水瀬と雫さんはよく俺みたいな人間と付き合えることに感心する。

 そんな俺に続くように水瀬も雫さんの作ったオムレツを一口食べる。

「……うん。初めて作ったにしては上出来だよ、相原さん」

「そんな。こんなのまだまだです」

「それでも相原さんって料理したことないんだろ? 一日二日でこんなに上達したんだから絶対相原さん料理の才能あるって!」

 すげぇ、ただ褒めるだけじゃなくて相手の一長一短をちゃんと把握した上で褒めてるぞこいつ。しかもさり気なく俺を一瞥して如何にも『俺の勝ちだ』とでも言うような笑みを浮かべやがって……。

「…………」

 いやちょっと待て俺。何故水瀬なんかに対抗意識燃やしている? 俺は別に雫さんと水瀬が付き合おうがどうしようが構わない。雫さんは大事な友達だし、彼女が望んだことならば俺は特に反対なんてしないんだが……何故かこいつと雫さんが仲良くしているところを想像するのはあまり面白くない。

「おやぁ? 何やら不服そうな顔をしているようですが何か嫌なことでも御座いましたかな、紅瀬君?」

 何キャラだよ、それ。今時そんな怪しい口調で話すような奴、いねーぞ。

「あ、弥生さん。もしかしてお弁当のおかずが欲しいんですか? もしそれなら欲しいおかずを言って下さい。弥生さんのお弁当箱にお裾分けしますから」

 しかも雫さんは雫さんで思い切り的外れなことを言ってるし。そりゃあ、おかずが欲しいかと聞かれれば当然欲しいと答えるさ。だって名だたる財閥の下で働いている料理人が作る弁当だぜ? 興味がないなんて言ったら嘘になる。

「あー、それじゃあその春巻きをもらえないか? あとは雫さんのお見立てで」

「承りました」

 笑顔でそう答えた雫さんは手際よく弁当の蓋の上におかずを乗せていく。……あれ、ちょっと待て。そういや俺今日箸を持ってきてないぞ? あーでも、手で食べるという手段もなくはないが周りには良いトコ育ちの同級生がいる手前、そんなはしたない事は極力避けたいし……どうすれば?

「弥生さん、私の箸で良ければお使いになられますか?」

 あぁそうか、箸を借りればいいのか。確かに春巻きやオムレツなんかを手で食べるのは抵抗が──いや待て俺。さっきどうやってオムレツ食った?

 ………………。

 記憶巻き戻し中。検索結果、雫さんの箸を使って頂きました。

「弥生さん、どうかしましたか?」

「雫さん……すごく今更な気がするんだが……」

「? はい……」

「思い切り関節キスになるぞ?」

「~~~~ッ?!」

 俺に指摘されて気付いたのか、ぼんっ!という効果音が出そうなくらいに顔を朱色に染める。くぅ、ちょっと可愛いじゃないか。

「え、えとその……だ、大丈夫ですよっ。不潔になる訳ではありませんし……」

「いーや! これ以上箸を不潔にするのは衛生上、良くない! 紅瀬、相原さんからもらう料理は手で食べろッ!」

 水瀬、それフォローどころか思い切り喧嘩売っているから。

「駄目だよ、哲君。おにぎりやサンドウィッチじゃないんだから。哲君は水瀬の人間なんだからもう少しモラルを勉強した方がいいっておじ様も仰ってたよ」

「はぁ……。どうして俺は金持ちの家なんかに生まれてきちゃったのかねぇ。家督を継げとか言われない庶子が羨ましいぜ」

「その気持ちは何となく分かるよ」

 この学園に居ればそうした話題は自然と耳に入ってくる。ドラマや小説だけの世界だと思っていた親同士で決めた婚約者とか政略結婚紛いなこととか、さっき水瀬が言ったような家督を継がせる為の修行ナドナド……。自分の家に誇りを持っている生徒は意外と少ない。流石にこの男みたいに大っぴらに庶民が羨ましいという奴も珍しいけど。

「雫さんは水瀬みたいに金持ちの家が嫌いになったことってある?」

 彼女から貰った春巻き(色々ゴネたけど手で食べることにした)をじっくり味わい、束の間の至福に浸ったところでふと思った疑問をぶつけてみる。多分、俺みたいな庶民は誰もがこういう疑問を抱いてはいてもそれを尋ねる勇気というのはなかなか出てこない。もっとも、俺はその辺そんなに気にしてないが流石に訊いちゃいけないことと、そうでないことの分別ぐらいは付く。

「ありますよ。私だって人の子ですから。もっとも、今はもう自分の環境を受け入れて前に進もうと決意してますけど」

 自分の環境を受け入れた上で前へ進むって……さらりと凄いこと言ったぞ? 下々の人間があれはヤダ、これが気に入らないとか文句ばかり言うなか、雫さんは周りの環境と戦う覚悟を持ったのか。

 ……正直、凄くカッコイイって思った。俺だって戦おうって気持ちは充分あるけど彼女ほど断固たる決意を持ってる訳じゃない。魔が刺してきてそれに負けることだってある。理不尽なことを飲み下せるほど強くもない。けど彼女の言葉にはそうした、口では表現しきれないモノが凝縮されてる感じがした。

「雫さんは凄いな」

 だからこそ、俺はその言葉を素直な気持ちで言うことが出来た。そして目の前にいるクラスメイトが掛け値なしの努力家なんだと改めて思い知った。きっと、こんな凄い友人を持てた俺は幸せ者だな。

「凄くなんかありません。私はむしろ、勉強と家の手伝いをきちんとしてらっしゃる弥生さんこそ、凄い人だと思っています」

「別に、凄いことなんて……」

 もともと勉強は嫌いじゃなかったし、歴史や古典なんかは好きだ。数学なんかは『うっ……』と来るものがあるし、苦手意識はあるけどそれだけだ。勉強が好きという訳じゃないが自分の趣味を刺激させる教科は今でも意欲的に学んでいる。

「ん? どうした紅瀬。サンドウィッチ要らないならもらっとくぞ」

「…………」

 だから水瀬、どうしてお前は空気を読んだ上でそういう行動に出るんだ。雫さんなんかお前の行動見てから笑いしてるぞ?

「やれやれ。そんなんだからお前は雫さんに振り向いてもらえないんだよ」

 なんて、少し大袈裟気味に言って水瀬に習うように奴の弁当箱から豚の角煮を奪い、ひょいと口に放り込む。

「んなー! それは俺の角煮ーッ!」

「因果応報。そう思って諦めろ」

「だとしても俺の方が代償でかいだろっ」

 いや、お前シェフに弁当作ってもらってるんだから代償も何もないだろ……。

「えっと、哲君。弥生さんも悪気があってやった訳じゃないし、哲君も弥生さんのお弁当食べたから許してあげたら?」

「ぐっ。確かにそうなんだが……」

 そうも何もまずは自分の非を認めろよ、お前。入学当初から気になってたんだがどうして水瀬は事ある毎に俺に突っかかってくるんだ? 俺としては退屈しないで済むし本気で迷惑とは思ってないからいいけど被害者としてはやっぱり気になるトコだ。

「…………。悪かったな紅瀬。だからお前も角煮盗ったこと謝れ」

 なんか誠意に欠ける謝罪だな。まー言葉だけでも反省してるから良しとしよう。

「あぁ。俺も悪気があってやったことだが許せ」

「弥生さん、悪気があってやったんですか?」

 いや雫さん、今のは言葉のあやだから……。


 放課後になると雫さんは真っ直ぐ校門付近で待機している自家用車へ向かう。俺は今週、掃除当番だから途中まで彼女と帰ることは出来ない。しかも白鷺学園は掃除の方法も少し変わっていて、水で湿らせた新聞紙を敷き詰めて、それをゴミと一緒に出すという何とも変わったやり方で掃除する。

 前に何故こんな面倒な方法で掃除をするのか柊先生に訊いてみたら──

『埃が飛び散るのを防ぐ為です。それに新聞紙なら普通にモップ掛けするよりも綺麗になりますからね』

 と、答えてくれた。そりゃ新聞紙にそういう使い方があるのは生活の知恵として知ってる。けどそれを毎日実戦するのは面倒だ。普通にモップ掛けすればいいものを、何故わざわざこんなことを……。

「紅瀬ー、そっち終わったかー?」

「終わった。あとは新聞紙一箇所に纏めて乾拭きして終わり」

「じゃ、早く終わらよーぜ」

 俺の言葉に賛同するように水瀬は手際良く新聞紙を一箇所に集めていく。こういうときのこいつは実にいい働きをしてくれるから助かる。と言っても効率よく仕儀とをするのは単に遊ぶ時間を増やす為らしいが。

 水瀬が新聞紙を回収しているあいだ、俺はクラスメイトに乾拭き用のモップを配り、新聞紙を捨てる為のほうきとちりとり、ゴミ箱をセッティングする。

「焼却炉までは誰が持ってく?」

「俺が持ってくよ。毎週自主的に掃除をすれば一ポイントもらえるし。塵も積もれば山となるってね」

「誰が上手いことを言えと言ったっ!」

 近くでじゃれ合うクラスメイトには目もくれず黙って乾拭きする。水瀬が積極的に動いてくれているお陰で今日も早めに掃除が終わりそうだ。

「──うしっ。掃除終わり! 俺先に帰るわ」

「いやお前、まだ最後の片付けが──」

「あとよろ~」

 あとよろ~って何だよ。ちゃんとした日本語使えって、全く。もう姿の見えなくなった水瀬にありったけの怒りの念を飛ばしつつ掃除道具を片付ける。残りのクラスメイトは焼却炉へ向かったから流れ解散になるだろうな。

(自主性も協調性もあるけど、こういうのは止めて欲しいよなぁ……)

 思わず溜め息が出るが、恨み言は特にない。彼らは自分の仕事をキチンとこなした。だから文句は言えない。俺もそのまま帰ろうと思い、鞄を持って教室から出る。最短距離で階段へ向かう途中、見覚えのある生徒が目に留まった。

(あれ? あの人って確か……)

 後ろ姿を見ただけでピンと来た。自治会長の鳳条院だ。料理研究部のことがなかったら多分、総会でもない限りお目にかかることはないと思ってた。

「あら? あなたは……」

 会長も俺の存在に気付き、少し驚いた表情を見せる。できれば会長とは顔を合わせたくなかった。何かをしたって訳じゃないが、素直に気まずいし威圧的な雰囲気をまとっている人間はどうも生理的な拒絶反応が出てしまいそうだから。

「ちょっと宜しいかしら?」

 うわぁ、来た。来ましたよこの人……。なんかもう全力前回で嫌な予感しかしないってこれ。

「済みません。今忙しいので……」

「そんなに警戒しなくてもいいわよ。取って食べる訳じゃないんだから」

 むぅ、言われてみれば確かにそうだ。

「何か御用でしょうか。鳳条院会長」

「あるから声を掛けたのよ。ちょっといいかしら?」

 そう言って会長は小脇に抱えていたファイルケースから何枚かの用紙と万年筆をセットで渡してきた。紙に目を通してみると部活の各部活の評価シートだと分かった。

「あなた、料理研究部の部員じゃないでしょう。あのときはうやむやにしといてあげたけど、本当はただの支持者。違うかしら?」

「やっぱりバレていましたか」

「これでも生徒の代表よ。見誤らないでくれる?」

 うーむ。伊達や酔狂で会長職に就いている訳じゃないのか。流石は政治家の娘、と言っておくべきか。内心で感心してるあいだに会長は一度、言葉を区切ってから俺に向かってこう告げた。

「交換条件よ。あなたの事を黙認する代わりに各部活の評価を手伝って頂戴。断れば当然、桐生さんにあなたのことを言うけど、引き受けてくれたら黙認しといてあげるわ」

「……。どうして俺なんです? こういう仕事は普通、役員が──」

「役員は今いないのよ。私以外はね」

 なん、だって……? 生徒自治会の役員が会長だけってどういうことだ? そりゃあ、前に訪ねた時は鳳条院会長しかいなかったけどマジで他の役員がいないのか?

「……あぁ、勘違いしないでね。本当に私以外の役員がいない訳じゃないわ。一応、副会長に会計、書記がいるけど全員、訳アリの家柄なの。会計の娘だけは来てくれてたけど先週から実家の用事で放課後まで残れないから事実上、今の自治会を動かしているのは私だけよ」

 あっ、なるほど……そういう訳か。どうして会長がわざわざこんな雑用じみたことをしてるのか、少し気になっていたけどそういう事情があったのか。だが俺にはどうしても一つだけ確認しておきたい事があった。

「それを引き合いに今後も……なんてことは言いませんよね?」

「その点は心配しないで。約束は守るわ」

「……分かりました。手伝います」

「ありがと。じゃあ早速だけど今日中に正規部は全部回るから。付いて来なさい」

 今日中に正規部を全部回るって……うちの学園って確か部が二十近くあった気がするんだが。……もしかして会長はそれを全部一人でやろうとしてたのか?


 会長との部活めぐりは自分でも驚くほど充実していた。目新しいものが目立つということもあるけど部活の内情を知るのは知的好奇心を刺激するには充分なことだ。

 一例としてあげるなら陸上部と野球部。敷地の関係で運動トラックとグラウンドが合併しているせいで時々、ボールが飛んでくるから部員たちは困っている。今日はあくまで部の監査が目的だから苦情の類は提出書に纏めて書けと一蹴した会長はなかなかサマになっていた。

 で、各部を回っているあいだ俺は何をしてたかと言えば備品の状態と部員の出席率、部に対する意欲をシートに書き込んでいく。これ、絶対俺がしていいような仕事じゃないよな? けど会長は『貴方のことは知ってるから任せても問題ない』とか言ってるし。

(奨学生ってそんなに目立つ存在なのか?)

 念のため断っておくが俺は先輩と生徒会室へ向かうまで会長の存在を知らなかった。つまり俺は知らなくても会長は一方的に俺のことを知ってることになる。何処で俺のことを知ったか気になるがそれは今度訊けばいいか。

 そんな調子で各部を回り続け、運動部・文化部全てを見回り終えた頃には空が茜色に染まっていた。

「あなた、思ってたより手際がいいわね。自治会に欲しいぐらいだわ」

「これぐらい、普通だと思いますけど?」

「そんなことないわよ。同じことを役員にやらせてたら一日じゃ終わらなかったわ」

 それは一日で終わらないことを前提に動いていたと、解釈するべきだろうか? けどこれって褒められてるんだよな? 淡白なのは変わらないから分からないけど……。

「優秀ついでに最後の一仕事も頼んでいいかしら? 強制はしないわ」

「構いませんよ。乗りかかった船ですから」

 やべ。つい何時もの調子で軽返事しちまった。けど今日、親父が家を出るとき『帰りは明け方になる』って言っていたから特に問題ないか。

「下校時刻は大丈夫なんですか?」

「多少過ぎても問題ないわ。迎えの車を用意してもらうって言えば先生方も文句は言わないから」

 あー、それは一理あるな。これが完全に女の子の一人歩きなら問題ありまくりだけど付き人がいるなら問題ないな。……それに比べて庶民な俺は駅まで徒歩か、とほほ……。

 会長に案内されるまま、生徒会室までやって来る。監査に時間を割り当てるつもりだったのだろう、小山と化した資料が二つ三つほど並んでいる。

「付箋が付いているでしょう? 色毎にファイルケースにしまって頂戴。そのあいだに私はさっき貴方が評価してくれたシートを提出してくるから」

「え、えぇ……。分かりました…………」

 さらりとそう言ったけどこれ、結構な量だぞ? 俺が呆けている間に会長は机の上に生徒会室の鍵を置いてさっさと出て行った。一言にまとめるとスッゲー冷たいです。ツンデレというより一切のデレがないツンツン属性?

(いや待て俺! ツンツンとかワケ分かんねーよっ!)

 何となく胸中でセルフ突っ込みをしてみる。が、やっぱり虚しさが残るだけだったから素直に付箋毎に分けてファイルケースにしまうことにした。そこに書かれてあるのは自治会が生徒宛に配布するプリントや予算案など、部外者である俺が見ていいような内容じゃない物も混ざっている。

(いいのかよ、役員でもない生徒に任せて……)

 自治会の未来に不安を感じたがそれ以上は考えないことにした。そんなことよりも今は資料の整理が先だ。なるべく余計なことを考えないように資料に集中して、無言でファイルケースへしまっていく。そうすると自分でも驚くほど無心でいられた。

「…………」

 こういう作業をしていると思い出すのは親父のことだ。今でもリビングで持ち出した資料を睨むように凝視したりしている。家のことなんてあまり気にかけるような人じゃないし、家族旅行なんて数えるぐらいしか行ってない。父親としてはともかく、刑事としては立派なものだと俺は思ってる。

 前に一度だけ、親父の部下と話をしたことがあって、その人によれば親父は捜査に対する執念が半端ない上に悪は絶対許さない正義感溢れる人間だと言ってた。俺にもそういう血が流れているかどうかは分からないけど、俺はそんな親父を尊敬している。あくまで刑事として、だけど。

「……うん。こんなものか」

 資料の整理を始めてからおよそ十分。思いの外早く作業は終わった。十分弱しか経ってないにも関わらず外は夜の帳が降りかかろうとしていた。

 さて。整理したはいいがこのファイルケース、どうするんだ? 特に何も言われてないからその辺の戸棚に置いとけばいいのか? 会長専用の机らしきものは見当たらないし……ま、本棚の目立つ場所に立てかけておけばいいか。何処においたかは鍵を返すついでに伝えとけばいい。

 机の上に置きっぱなしにしてあった鍵を取って、出て行く前に簡単な戸締りの確認をしてから生徒会室を出る。扉を施錠して、ちゃんと鍵が掛かっているかどうかを確認してから職員室へと向かう。流石にこの時間ともなれば運動部と言えども皆、帰宅している。恐らく校内に残っているのは俺と会長、教師と一部の職員ぐらいだろう。

 職員室の前まで来て、俺は一度だけ深呼吸をする。別に呼び出しされた訳じゃないが何故か職員室の前に立つと緊張するのは間違いなく全国の学生に共通することだと断言してもいい。……いや、そうあって欲しい。

「失礼します」

 控え目にノックしてから断りを入れて入室する。会長以外の生徒がまだ校内に残っていたのが意外だったのか、教師達は驚いた顔で俺を見る。うわ、なんか俺スッゲー悪い事してるみたいじゃないか。

「えっと、生徒会室の鍵を返しに来たんですが──」

「鍵? ……あぁ、自治会の鍵ね。こっちに寄こして頂戴」

 俺が職員室へ入って来たことに気付いた会長が柊先生と一緒に歩み寄ってくる。

「はい、ありがとう。……それより紅瀬君、まだ校内に残ってたんですか? 用もないのにこんな時間まで校内に残っているのは感心しませんね」

「それは──」

「いえ、柊先生。私が部活監査の件で無理矢理引き止めたんです」

 俺が事情を説明するよりも早く、会長が事情を説明してくれた。そっと表情を伺うと後悔の念が浮かんでいた。

「鳳条院さん? 貴女が彼を呼び止めたの?」

「はい。私が紅瀬さんに監査の手伝いを要求したんです。私の配慮が足りないばかりに彼をこんな時間まで残らせてしまったのは私の──」

「会長、別に気に病むことはありません」

「紅瀬さん、ですが……」

「経緯はどうあれ、私は自分の意思で残りました。会長に物事を強要された覚えはありません」

「ふぅむ……」

 俺の弁護を聞いて柊先生は考え込むような仕草を取る。正直なところ、減点は免れないと思っている。そもそも部活の監査が終わった時点で会長との約束は果たされたようなものだから断るべきだった。そのことを知った上で会長は俺に正面からお願いをしてきた。

 断ろうと思えば断れた筈だ。けど俺は性分からか、拒否することをしなかった。監査のときと違い、自分の意思で手伝うと言った以上は責任の一端は俺にもある。だから会長が自分だけが悪いと言う風な言い回しには少し腹が立った。俺のことを少しでも信用してくれたのならそういう言い方はしないで欲しかった。

「……まぁ、今回は特例で許してあげましょう。それから鳳条院さん、次からはちゃんと役員に仕事を頼んで下さいね」

「はい。申し訳ありませんでした」

「結構です。では二人とも、帰り道には気を付けて下さい」

「はい。失礼しました」

「失礼しました……」

 会長に続くように俺も職員室を出て行く。腕時計に目をやると午後七時半を回っていた。……あっ、時間を意識したら何か腹が減ってきたな。しかもなんかモーレツに肉食いたくなってきた。よし、今夜はちょっと贅沢してカツ丼にしよう。

「御免なさい。私の段取りが悪かったばかりに……」

「もう終わった話でしょう? 俺はそんなに気にしてませんから」

「それでもよ。お詫びに家まで送らせてくれないかしら? あなた、徒歩通学でしょう?」

「普通の学生なら今頃帰るって子も結構いますから大丈夫ですよ」

「そうだとしても貴方は白鷺学園の生徒だということを忘れてない?」

 うっ。確かにそれを持ち出されると反論出来ない。普段はそういうの全然気にしてないけど、世間的にはそうはいかないよなぁ。

「……そういうことなら、お言葉に甘えさせてもらいます」

「始めからそう言えばいいじゃない」

 そう言いつつ、会長は携帯を取り出して電話をかける。二言三言やり取りをしてから電話を切って、俺の方を見てくる。

「すぐそこまで来てるみたいだし、待つことはないと思うわ。行きましょう」

 一歩先を歩く会長に引っ張られるように後を追う。俺と会長との距離は五十センチぐらい離れている。

 奇妙な感覚だった。部のことで対立している者同士がこうやって人気のない学園の敷地内を歩くその姿を想像すると実に変な気分だ。しかも相手は三年生で、親が政治家というオマケ付き。立場は違えど、互いの親は国民を護るという責務を負った大人を親に持つ子供。

「自分でもこんな事を尋ねるのは変だと思うけど、どうして私の手伝いをしてくれたの?」

「どうしてって……」

「貴方と私は言わば敵同士。監査の件ならともかく、私の頼みを聞く義理なんて貴方にはないでしょう?」

 義理って……そりゃ理屈から言えばそうだけど敵とか味方とかそういうのは全然考えなかったんだけど?

「確かにそうかも知れませんけど、それとこれとは別問題じゃないですか?」

「別問題って──」

「少なくとも俺は、敵とか味方とかそういう風には考えていません。それにそういうのって、何だか疲れませんか?」

「分からない」

 俺の投げた問いかけに、会長は間を空けずにそう答えた。

「あやふやなモノを抱えるより、白黒はっきりさせた方が楽だから」

 なるほど。確かにそれはあるな。いつも自分の優柔不断が原因で周りに流されてばかりの身としてはそれを実行できる人間は強いと思う。俺にはこれと言ったものがないからな。

「会長はなんでも白か黒で割り切るんですか?」

「えぇ。それの何処がいけないの?」

「いけないとは思いませんよ。少なくとも迷いながら前へ進む人間より、ずっと強いと思います。そういう人間はなかなか居ませんから」

 そう──多くの人が迷いや後悔を抱えて、引きずりながら生きているのに対してこの人はそうしたしがらみを全部消化しながら進んでいる。弱さの裏返しと揶揄する輩もいるかもしれないけどそういう風に生きられる人間を俺は強いと思う。

「……。貴方、結構変わってるわね」

「そうですか?」

「えぇ。相手のことを素直に認めたり、嫌味なしに褒められるのはある種の才能だと私は思っている。……これで貴方が周りの人間に流されるような人でなければ文句ないんだけど」

 それは言わないのがお約束ですよ。俺自身の名誉のため言っておくが、俺は言うほど周りに流されてるつもりはないぞ。ただちょっと困っている友人を方っておけなかったり簡単なことなら軽返事しちゃう人間なんだ。

 そんな感じで会長と話しながら歩いていると校門前に黒塗りの高級車が止まっているのが見えた。いやホント、冗談抜きで自動車通学してる人間の車は存在感が違うよ。親父が乗っている銀のクーペとはエライ違いだ。

「お嬢様、そちらの方が件の?」

「えぇ。紹介しておくわ。彼は一年の紅瀬さん。この人はボディーガードをしている柳瀬浩一さんよ」

「あ、どうも。一年の紅瀬弥生です」

 慌てて背筋を伸ばして挨拶をする。雫さんの付き人は壮年の執事って感じだけど柳瀬さんは若い。多分、二十代後半なんじゃないだろうか? 柳瀬さんに諭されるように車に搭乗する俺と会長。それを確認してから柳瀬さんも運転席に乗って車を走らせた。


 この時の俺はまだ気付けなかった。のちに起きるトンデモ騒動に巻き込まれることを。

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