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朝凪高校・恋路工作室 ── 恋愛操作団が愛と願いを叶えます ──  作者: Song1
朝凪高校・恋路工作室 ──最後の翻訳──
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第45話 翻訳者の恋

第45話 翻訳者の恋


翻訳者は恋を始めた。 翻訳不能なまま。


告白 の翌日。三月。


朝 目が覚めたとき。最初 に考えたことは 「夢 だったんじゃないか」 だった。


屋上。彩音。「好きだ」。彩音の涙。「私も同じです」。「付き合ってください」。手を繋いだ。帰り道。同じ方向 に歩いた。 全部。夢 だったんじゃないか。


スマホ を見た。LINEの画面。


彩音 からのメッセージ。昨夜 の。


『おやすみなさい。 今日は。ありがとうございました。 明日も。よろしくお願いします。 彩音』


「よろしくお願いします」。 丁寧語 が戻っている。付き合い 始めたのに。 丁寧語。


翻訳者 の脳 が。自動的 に起動 した。「彩音が丁寧語に戻った。これは 距離の再設定か。壁の復活か。それとも照れ隠しの 」


止めた。


翻訳 するな。分析 するな。 昨日 約束 しただろ。「翻訳不能のまま。ずっと」 と。


丁寧語 は丁寧語 だ。深読み するな。照れ ているだけだ。 たぶん。


返信 を打った。


『おはよう。 こちらこそ。 今日 会えるか?』


三十秒後。


『会えます。 学校?』


『学校 で。工作室 に。 みんなに報告 しなきゃいけない。たぶん』


一分後。


『報告 ですか。 恥ずかしいです』


『俺 も恥ずかしい』


『恥ずかしいのに 報告するんですか』


『しなくても 陽太 がバラす。確実 に』


『天野先輩 なら バラしますね。 確実 に』


笑った。 スマホの画面 を見ながら。朝 の自室 で。一人 で。


付き合って いるのだ。彩音 と。 これは現実 だ。夢 ではない。



午後。 朝凪高校。


卒業式 は終わったが。三月中 は校舎 に入れる。卒業生 の事務手続き や。部活 の後片付け のために。


工作室 に向かった。旧部室棟。暗い廊下。 もう慣れた。一年間 通った廊下。


ドア の前。プレート。「恋路工作室。運営責任者・柊凛花」。 ノック した。


「どうぞ」


凛花 の声。 開けた。


四人 がいた。凛花。蒼。陽太。 そして彩音。


彩音 が。先 に来ていた。 パイプ椅子 に座っている。窓際 の。


目 が合った。 彩音 の目 が。一瞬 逸れた。そしてすぐ 戻った。 頬 がピンク。


翻訳者 の脳 が。「頬の赤みは 照れの指標 であり 」


止めた。分析 するな。


「おう 恒一。来たか」


陽太 が。メロンパン を齧りながら。 にやにやしている。 あの顔。全部 知っている顔。


「陽太 」


「何だよ」


「お前 もう。みんなに 」


「言った」


「言った のか!」


「言った。 恒一 が来る前 に。凛花 と蒼 に。 あと彩音ちゃん に。 『恒一 が告白 して。付き合うことになった』 って」


「お前 」


「秘密 にしろとは言われてない。 友達 として 朗報 は共有するもんだ」


「朗報 を共有 」


「メロンパン教 の教え だ。良い知らせ は分かち合え」


「メロンパン教 にそんな教え はない」


「今 作った」


凛花 が。ノート を開いていた。ペン を持っている。


「先輩。 記録 していいですか」


「記録 ? 凛花。俺 の恋 を記録 するのか」


「五冊目 に。最後 の記録 として。 『高瀬恒一。瀬川彩音 と交際開始。 卒業式翌日。屋上 にて』 と」


「書くな 」


「もう書きました」


パタン。 ノート が閉じた。


蒼 が。PCの画面 を見ながら。


「高瀬先輩。 交際成立 の確率予測 を。去年 の十月 の時点 で出していました。 的中 しました」


「蒼 お前 十月 から 」


「十月 です。先輩 の心拍数変動 と。瀬川さん への視線追跡パターン から。交際確率 を 」


「蒼くん。黙って」


凛花 が止めた。 いつもの。データ の暴走 を止める凛花。


「でも 的中 は」


「的中 はいいです。 先輩。おめでとうございます」


凛花 の声 が。柔らかかった。参謀 の声 ではなく。後輩 の。嬉しそうな声。


「先輩 が。ずっと 言えなくて。私 も 心配 してて。 やっと 」


「やっと だな」


「やっと です。 一年 もかかって」


「安藤 は三日 だったのに」


「安藤さん と比べないでください。 先輩 は先輩 のペース で。ちゃんと 辿り着いた。 十分 です」


十分。 不完全 で。遅くて。 十分。


陽太 が。にやにや を深くした。


「で 恒一。 デート はどこ行くの」


「デート ?」


「付き合い始め だろ。デート するだろ。 どこ行くんだ。映画 か。カフェ か」


「……まだ決めてない」


「お前 他人のデート は設計 できるくせに。自分 の は全然 ダメだな」


「ダメ 」


「ダメ だろ。 半年 かけて告白 して。デート先 も決まってない」


凛花 が。苦笑 した。


「先輩。 デートの場所 くらいは 設計 してもいいと思いますよ」


「設計 していいのか。 設計 するな って 」


「告白 は設計 しないでよかった。 でもデート は ちょっと は計画 したほうが」


「デート と告白 は違う のか」


「違います。 デート は二人 で楽しむもの です。告白 は一人 で飛び込むもの。 性質 が違います」


「凛花 の分類 は正確 だな」


「参謀 ですから」


蒼 が口を開いた。


「デート の最適ルート なら 出せます。朝凪 の観光データ と飲食店評価 から 」


「「「要らない」」」


凛花 と俺 と陽太 が。同時 に言った。三人 の声 が揃った。 工作室 の阿吽 の呼吸。


蒼 が。口角 を七ミリ に上げた。 わざと 言ったのだ。「要らない」 と言われるために。 蒼 なりの冗談。データ屋 の冗談。


彩音 が。窓際 で。笑っていた。 声 を出して。


「面白い ですね。 工作室」


「面白い か?」


「面白い です。 私 ずっと 隣 で見ていたけど。中 に入ると もっと面白い」


「中 に入ってたのか」


「今日 は。 入れてもらいました。凛花さん に」


凛花 が言った。


「瀬川さん は。アドバイザー として。工作室 に来てくれていましたから。 今日 は特別 に。中 に」


「特別 」


「先輩 の彼女 ですから。 特別枠 です」


「彼女 」


彼女。 彩音 が。俺 の彼女。 凛花 が言葉 にした。初めて 他人 の口 から聞いた。


彩音 の頬 がさらに赤くなった。


「彼女 って。 凛花さん 」


「事実 ですよね。 付き合ってる んですから」


「事実 ですけど 」


「事実の確認 です」


凛花 が。彩音 の口癖 を使った。 工作室 全体 に感染 している。「事実の確認です」 が。


笑った。 全員 で。工作室 で。 六畳 の部屋 に。笑い声 が響いた。


日常 が戻っている。 恋 をしても。工作室 は続く。パイプ椅子 は四脚。ホワイトボード は白い。窓 から海 が見える。 何 も変わっていない。


変わった のは。俺 と彩音 の距離 だけ。


距離 が。少し だけ。近くなった。 パイプ椅子 の間隔 が。二十センチ くらい。いつもより 近い。 翻訳者 の計測 ではなく。体感 で。


陽太 が。メロンパン の最後 の一口 を放り込んで。


「よし。 報告完了。祝賀会 終了。 仕事 に戻るか」


「仕事 ?」


「凛花 と蒼 の引き継ぎ準備 だ。 もうすぐ 俺たち いなくなるんだから。 やること あるだろ」


「ある な。 引き継ぎ の。 資料 と。ルール の確認 と」


日常 が戻る。恋 をしても。工作室 は回る。 あと数日 で。俺 と陽太 は完全 に手を離す。凛花 と蒼 に全て を渡す。


「先輩。 引き継ぎ は明日 以降 で。 今日 は」


凛花 が。ノート を閉じた。ペン を置いた。


「今日 は。彩音さん と。帰ってください」


「え 」


「帰ってください。 二人 で。 付き合い始め の初日 でしょう。 工作室 の仕事 は明日 から」


「凛花 」


「参謀 命令 です。 帰れ」


参謀命令。 初めて聞いた。凛花 が「帰れ」 と。 去年 は俺 が凛花 に「帰れ」 と言っていた。立場 が逆転 している。


「……分かった。 帰る」


「帰ってください。 彩音さん も」


彩音 が立ち上がった。 鞄 を持って。


「凛花さん。 ありがとう」


「いいえ。 先輩たち を見てるほうが 仕事 より疲れるので。 早く帰って ください」


「見てるほうが疲れる って」


「面倒くさい んですよ。先輩 たち」


面倒くさい。 何度目 だ。凛花 の「面倒くさい」。 だが今日 の「面倒くさい」 は。笑顔 と一緒 だった。


「じゃあ 帰る。 明日 引き継ぎ の続き をやる」


「はい。 明日」


「蒼 も。 明日 データ の引き継ぎ。頼む」


「了解 です。 楽しんでください。先輩」


「楽しむ って。 帰るだけ だぞ」


「帰るだけ でも。二人 なら。楽しい はずです。 データ上 」


「データ 」


「冗談 です。 データ は出してません」


蒼 の口角 が七ミリ。 冗談 が上手 くなった。入部 したとき は冗談 を言わなかった。 成長 だ。


「陽太 も。帰るか」


「俺 は真白 と約束 ある。駅前 で。 お前 たちとは方向 が違う」


「お前 も彼女 持ちだもんな」


「先輩 仲間 だな。 やっと」


「やっと 」


「ああ。 俺 が先 だったけど。お前 が追いついた。 嬉しい ぞ。恒一」


陽太 の声 が。にやにや ではなく。穏やか だった。友達 の。嬉しい声。


「ありがとう。 陽太」


「だから 礼は 」


「先 に言う。 最後 まで」


「しつこい な。 じゃあ受け取る。 おめでとう。恒一」


おめでとう。 陽太 から。シンプル に。


工作室 を出た。 彩音 と。二人 で。



廊下。 旧部室棟 の暗い廊下。


二人 で歩いている。 並んで。距離 は。昨日 より もう少し 近い。肩 が。たまに 触れる。


「恒一くん」


「何だ」


「ぎこちない ですね。私たち」


「ぎこちない か」


「はい。 昨日 屋上 で手 を繋いだのに。今日 は 繋いでない」


「……廊下 だからな。 学校 の中 だし」


「学校 の中 でも。 もう卒業 してますよ。先輩 でも後輩 でもない。 ただの 二人 です」


ただの二人。 制服 もない。立場 もない。 ただの高瀬恒一 と瀬川彩音。


「じゃあ 繋ぐか」


「いいですか」


「いい。 昨日 繋いだんだから。 今日 も」


手 を伸ばした。 彩音 の手 に触れた。指 が絡まった。 昨日 と同じ。冷たい手 が。温かくなる。


「冷たい ですか。 私 の手」


「冷たい。 だが昨日 より少し 温かい」


「慣れた のかもしれない。 繋ぐこと に」


「慣れ か。 データ で計測 できるか。手 の温度変化」


「蒼くん なら出しますね」


「出す だろうな。 『交際初日 と二日目 の手の温度差 は 』」


「やめてください。 想像 するだけで 蒼くん の声 が聞こえます」


笑った。 二人 で。暗い廊下 で。手 を繋ぎながら。


本校舎 に出た。 光 が差し込んだ。三月 の午後 の光。


C組 の前 を通った。 彩音 の教室。もう 誰もいない。


「ここ で。泣いた んですよね。私」


「十一月 に。 Aさん の話 を」


「はい。 先輩 が 翻訳 しないで。隣 にいてくれて。 あのとき から。 たぶん」


「たぶん ?」


「たぶん 好きでした。 あのとき から」


「あのとき か。 俺 は屋上 からだと思ってた」


「屋上 は。気になり始め たとき。教室 は。好き になったとき。 違う 日です」


「違う日 なのか。 翻訳者 には分からなかった」


「翻訳 できなくていい って。言ったじゃないですか。 昨日」


「言った」


「じゃあ 分からなくていい です。 全部 分からなくても。手 を繋いでいれば。 それで」


それで。 十分。


正門 を出た。 校庭 の桜 が。五分咲き になっていた。昨日 は四分 だったのに。一日 で 一分 開いた。


「桜 五分 ですね」


「五分 か。 俺たち は何分 だ」


「昨日 三分 って言いました よね」


「言った。 今日 は?」


「三分半 くらい?」


「半日 で半分 進んだ か」


「半分 進みました。 手 を繋いだ から。 昨日 より」


「桜 より遅い な」


「遅くていいです。 桜 は一週間 で満開 ですけど。私たち は もっとゆっくり で」


「ゆっくり 」


「はい。 完全救済 はしない でしょう。 完全 な恋 もない。 不完全 のまま。ゆっくり」


完全な恋 もない。 工作室 の哲学 が。恋 にも適用 されている。


堤防沿い の道。海 が左手 に。 三月 の海。青。桜 が風 に揺れている。


「恒一くん」


「何だ」


「翻訳 していいですか。一つだけ」


「翻訳 ? 俺 が?」


「いいえ。 私 が。 心理学 で。 一つだけ」


「聞く」


「付き合い始め の不安 は。心理学 では 正常 です。ぎこちなさ も。手 が冷たい のも。 新しい関係 に脳 が適応 するまでの時間 です」


「心理学 の翻訳 か」


「はい。 最後 の一つ です。これ以降 は分析 しません」


「これ以降 」


「はい。 分析 は卒業 します。 恒一くん が翻訳 を卒業 したように。私 も分析 を卒業 します。 お互い に。ただの二人 になります」


ただの二人。 翻訳者 でも心理学者 でもない。 高瀬恒一 と瀬川彩音。


「いい な。 ただの二人」


「いい ですよね」


堤防 の分かれ道 に来た。 いつもの。左 と右。


「今日 は?」


「今日 も。 同じ方向 に。 遠回り でも」


「遠回り 上等 だ」


「翻訳者 は遠回り が得意 でしたよね」


「得意 だ。 一年 かけて告白 した男 だぞ。 遠回り の達人 だ」


「達人 ですね。 誇れる遠回り です」


右 の道 に。二人 で。 手 を繋いだまま。海 を右手 に見ながら。 いつも と逆 の景色。 左 からは見えなかった角度 の海 が。右 からは見える。


「海 が。違って見える な」


「いつも と反対側 だから ですね」


「反対側 か。 お前 が毎日見ていた海 は。こっち側 だったのか」


「はい。 私 がいつも歩いていた道 からの海。 恒一くん の海 とは。角度 が違う」


「同じ海 なのに。角度 が違う」


「人 も。同じ です。 同じ人 を見ていても。角度 が違えば。見えるもの が違う」


「心理学 っぽいな」


「あ 分析 しないって 」


「最後 の一つ だったんだろ。 もう一つ 出てきたぞ」


「……癖 です。 すみません」


「謝るな。 面白い から」


「面白い ですか」


「面白い。 お前 の分析 は。嫌い じゃなかった。 去年 屋上 で。『翻訳と共感の違い』 を延々 と議論 したとき。楽しかった」


「楽しかった ですね。 あの議論」


「結論 出なかったけど」


「出なかった ですね。 翻訳でも共感でもないもの は何か って」


「あれ の答え。 分かったか?」


彩音 が。少し歩いて。俺 を見た。手 を握ったまま。


「……恋 ですかね」


「恋 」


「翻訳 でも共感 でもない。相手 の存在 そのものに反応 する感覚。 あの日 の問い の答え は。 恋 だったんだと思います」


「恋 か。 一年 かかって。答え が出た」


「遅い ですか」


「遅くない。 ちょうどいい」


「ちょうどいい 」


「ああ。 ちょうどいい速度 で。ちょうどいい距離 で。 不完全 に。三分半咲き で」


「三分半咲き の恋」


「三分半咲き で十分 だ」


「十分 ですね」


海 が光っている。三月 の午後。 桜 が風 に揺れている。花びら が一枚 二枚 飛んでいく。


手 が。温かくなっている。 繋いでいるうちに。彩音 の手 も。俺 の手 も。


「恒一くん」


「何だ」


「これから どうなるんですかね。私たち」


「分からない」


「分からない ですか」


「分からない。 翻訳 できない。分析 もできない。 ただ歩いている。二人 で。 どこに向かっているか は分からない」


「分からない けど。 歩けますか」


「歩ける。 お前 と一緒 なら」


「……恥ずかしいこと 言いますね。翻訳者 なのに」


「翻訳者 じゃない。 もう」


「そうでした。 ただの 高瀬恒一 でした」


「ただの高瀬恒一 だ。 お前 は」


「ただの瀬川彩音 です」


「ただの 二人」


「はい。 ただの 二人 です」


堤防 が続いている。道 が続いている。海 が続いている。 桜 が。風 に。揺れ続けている。


翻訳者 は恋 をした。翻訳不能 な。不完全 な。三分半咲き の恋 を。


完全救済 はしない。完全 な恋 もない。 でも始まった。不完全 なまま始まった。


それで 十分 だ。


手 を繋いで。歩いている。 どこに向かっているか は分からない。でも 歩いている。二人 で。


翻訳 なしで。分析 なしで。設計図 なしで。


ただの 高瀬恒一 と。ただの 瀬川彩音 が。


ただ 歩いている。


三月 の海 の横 を。桜 の下 を。


翻訳不能 のまま。


ずっと。

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