真実を言えなくなる首輪…つまり某ちびっ子探偵コナンくんみたいな状況
「…森を抜けます」
うとうととしていたころ、リカルドの小さな声が聞こえた。眠気が一気に覚める。
急に眩しいと思ったら、馬車から見える景色が、一面に原っぱの広がる平原へと変わった。本当に無理を抜けたみたい。今までは森の中にいて薄暗く感じたのに、突然増えた日の光に少しくらくらする。
「わあ!やっと明るい所に出たわ!」
アリアがぎゅっとわたしの手を握って喜ぶ。もちろん、わたしもあのなんだか不気味な森から抜けれて一安心だ。
「…なんにもない平原ね」
「ここは森の傍で魔物も出やすいから、人が住むには難しい場所なんだ。一番近い街へは、もうしばらく走らないと駄目なんスよ」
「へえそうなんだ、ザック詳しいんだね」
「これくらいは当たり前。まあ、ルークスさんはもっと知識豊富だけどな!」
森の出口からほどなくして馬車は止まった。少し休憩をすることになったようだ。
ザックとジークさんが食事の準備をし始めた。手伝うつもりだったけど、断られてしまった。ちっ、また胃袋掴んでやろうかと思ったのに。
リカルドは「散歩に行きたい」と言ったアリアについて、少し離れた草原を歩いている。
手持無沙汰になり、草の上に座って食事を待つ。横に、レオナルドが座る。
服は素朴なものだけれど、人目を引く美貌の青年が体を丸くして座っているのは少し変な光景だ。
「ふぅ…」
レオナルドは疲れたように息を吐いた。
「疲れてる?」
「ん?あ、いや…うん、大丈夫だよ。いまのところはね」
微笑むけど、弱弱しい。もちろん知り合ってすぐだしレオナルドの普段の様子なんて知らないけれど、気分が沈んでいるように見える。ただ、レオナルド自身の気性が、もともと気弱というか、気の優しい部類なのだろうとは思う。アリアにも強く出れなかったしね。
「ロロこそ、疲れてない?」
「うーん、ちょっと体が痛くなったくらいかな。でも平気よ」
「そっか」
レオナルドはぼんやりと、草原を歩くアリアに視線をやった。
「馬車のなかでは、アリアの話し相手になってくれてありがとう。もっと不機嫌な旅になると思っていたけど、ロロのおかげだよ」
「えと、でもわたし、お話ししただけよ」
「それだけでも、アリアには特別なことなんだよ。あの子は、なんていうか、箱入りに育てられて、年の近い友だちがひとりもいないからね。…父も、アリアには冷たかったし、実の母親は早くに亡くなっているし」
「そうだったの…」
「少し、複雑な家族関係でね。僕の母はアリアにとっては継母になるんだけど…母もアリアのことは、血もつながらない娘なんて愛せないなんて言ってね…」
話を聞きながらわたしは、授業で習ったことを必死に思い出す。
そう。確か、エルトラド王国の現国王には子供が3人いて、ジュリアス、レオナルド、そしてアリア。確か、アリアのお母様は市平出身の遊女かなにか、エルトラドでは低い身分とされている職業の女性だったのよね。
…卑しい女の子どもだとかって、冷たくされてきたのかな。
わたしは魔の国の王族へ養子にはいったばかりのころを思い出し、アリアのことが他人事には思えなかった。
きれいで広いけれど、温かみのない部屋。知らない大人たちは遠巻きにするばかりで、冷たい視線だけを送ってくる。…つらいに決まってる。
ただ、わたしには、義理だけれども愛してくれるお父さん、叔父様、仲良くしてくれた義理姉、そしてリリーがいた。
「でも…アリアには、レオナルドさんがいるね」
「えっ?」
「レオナルドさんは、アリアのいいお兄ちゃんに見える。それに、この『旅』に連れてくるくらいだから、レオナルドさんだって、アリアのこと放っておけないからじゃないの?長い旅で、女子供は…嫌な言い方だけど、足手まといじゃない。早く遠くに行きたいんだったら、アリアは置いてきた方が効率がきっとよかったわ」
「…そう、かもね。でも、できないよ。アリアは僕の大切な妹だからね。うん、だからこそ、アリアと仲良くしてやってほしい。きっと、アリアにとってロロは初めての友だちになる」
「うん!」
レオナルドは、先ほどよりもどこかほぐれた笑顔を見せた。
食事は簡単なもので、お茶と、パン、チーズだ。
わたしは隣に座るルークスに話しかける。
「あの、町までどれくらいかかるの?」
「ん?そうだな…一番近い町まではあと5時間ほど走れば着くはずだ」
「ごじかん!?け、結構遠いんだ…」
「まあこのあたりはもともと開拓しにくい場所だからな、人が少ない。町同士もかなり離れてる。ま、5時間で着くってのは近いほうじゃないのか」
なんという!いい加減お尻が痛くなってきたころなのに!
…あーあ、ワイバーンでも呼べれば、馬で5時間の移動距離なんてすぐなのに。体がお子様で魔力量が少ないからろくに魔法も使えない!うう…つらい、早く魔の国に帰りたい。
「店も宿もない小規模の町かもな。できたら、食料くらいは調達したい……あ?」
突然、目の前のルークスが話を止める。そして、今まで抜けてきた森の方へと視線をやる。その表情はとても、険しいものだった。
そして叫ぶ。
「追手だ!」
え、とわたしはぽかんとしてただただ座り込んだままだった。意味は分かるのだけれど、あまり飲み込めなかったからだ。
でも、彼らは違った。
ザック、ルークス、ジークさんは剣を抜く。
弓を構えたリカルドは、森の入口に向かって矢を構えた。
わたしは目を凝らして森を見る。森のなかから私たちがいる方へ一直線に向かってくるものが見える。馬に乗った人達だった。
「あなたはアリア様を連れて馬車に行きなさい。早く」
リカルドがわたしに言う。危険が迫っている、のだ。
わたしはアリアの手を引いて、馬車のなかに入る。ただ、しっかりとした扉なんてない簡易な馬車だ、レオナルドたちが敵を食い止めてくれなければあっさりと馬車の中に入って来れる。
「ロロさん、わ、わたしたち大丈夫なの!?」
「わ、わからない。でもアリア、静かに」
「は、はい…」
わたしに肩を寄せるアリアは震えている。
馬が地面をける音が近づいてきて、そして、金属がぶつかり合う音や、怒声へと変わった。アリアが小さく悲鳴を上げる。
「大丈夫、アリアは、ま、ま、守ってあげる…から」
わたしは我ながら馬鹿らしいけれど、アリアにこんな言葉をかけた。自分も震えているし、守れるような力もない、ただの気休めの言葉だった。
「ロロ、さん」
「ま、守ってあげる、だって、本当はわたしのほうがずっと、お姉さんだもの」
わたしの言葉が終わったとき、馬車がガタンと揺れた。わたしとアリアは同時に悲鳴を上げる。
「ここに入っていくのが見えたぞ!」
馬車の足をかけて乗り込んで来ようとしているのは、短剣を持っている薄汚い男だった。目はギラギラとしていて、口の隙間から前歯が掛けているのが見える。
遠くから、「アイツを馬車から離せ!」とジークさんが怒鳴っているのが聞こえる。
男は一瞬止まり、わたしとアリアを舐めるように見た。
「黒い髪…なんだ、子供じゃねえか。お前が『目当て』の女だな。ほら、来い!」
男が、わたしの腕を掴んだ。
「いや、やめ、離して!」
「ロロさん!」
抵抗しようにも、子供の身体で腕力が叶うはずもなく、わたしは男に担ぎ上げられた。
「暴れるな!殺すぞ!」
「きゃっ!」
男はわたしを地面に落とした。まともに受け身もとれず、身体に衝撃が走る。
「止めて!ヤダ!ヤダ!」
男はわたしの頭を押さえつけ、そして首に縄のようなものを巻き付けた。ぐっと苦しくなり、わたしは手足をばたつかせて必死に抵抗する。
カチリ、という小さな音が首元からした。
「へへっ、これで一安心…ぎゃっ!」
男は、突然悲鳴を上げた。わたしは自分から顔を上げると、男の手のひらに矢が刺さっていた。
「ロロ!目をそむけていろ!」
ジークさんの言葉が聞こえて、わたしは反射的に目を閉じる。その後、男の悲鳴と、そして地面に倒れ込む音が聞こえた。
わたしはそのまま、目を閉じていた。やがて周囲が静かになる。
「ロロ、もう大丈夫、顔を上げて」
わたしに声をかけたのはレオナルドだった。
身体に力が入らず、手を借りてやっと立ち上がれた。
傍には、わたしを担ぎ上げたあの男が血を流して倒れていた。離れたところにも、鎧を着た男たちが赤く染まって倒れている。
「ロロ、見ないほうがいい。馬車に行こう」
レオナルドはわたしの顔を隠して、背中を押した。けれど、男の声にわたしは立ち止まった。
「なあ、小さいお嬢さんよぉ…」
「えっ…」
男は息絶える寸前…少なくとも、命が助かる様には見えなかった。それでも、ニヤリと笑ってわたしを見た。
「な、なに?」
「ロロ、相手にしないほうが…」
「へへ、王子様もお嬢さんもまとめて殺せたらラッキーだったけどなぁ…さすが護衛騎士団、傭兵なんかが勝てるわけじゃなかったなぁ…」
今気づいたが、目の前の男は唯一鎧を身にまとっておらず、体つきも細く戦士らしからぬ様相だった。そして、髪を長く伸ばしている。
「この首輪って…ねえちょっと、これ、なんなの?」
「…へへ…あんたなら、触れば分かるだろうよ『緑の姫君』。あんたがそれを付けてる間は、俺たちのたくらみはばれないってわけさ…ま、時間稼ぎにしかすぎないが…」
わたしは首元に触れる。そこには、なめし皮のような手触り、金具の留め具のついた首輪があった。
…男の言った通り、触れれば分かった。
「これ、魔法具だ…」
魔法具に込められた術式は、装着した人物が特定の事柄について、言葉にすることができないというもの。
対象となっているのは、『魔の国の第二王女、ロロニアに関するすべての出来事』。つまり、わたしはわたしのことについて話すことができない。わたしが女王であることも…そして、エルトラド王国で何者かに襲われたということも。
「その首輪が取れないうちに、また次の追手が来て、あんたたちを殺しに来るだろうよ…へへっ…」
男はそう言ったきり、動かなくなった。