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青年期5 待ち続けることにした

 国防軍に到着すると、オレに与えられた仕事は後方支援で、食料や資材などを前線に運搬する役目だった。

 訓練もしていない民兵は前線にでることもないという話で、このまま無事に1年が過ぎればば故郷に帰ることができるとのことで、ホッとしていた。

 

 この日の仕事が終わり、兵舎で他の兵士たちと混じって食事をとっていると、先輩兵士が話しかけてきた。

 この人たちも他の村から徴集されてきた人らしくいろいろと教えてくれ、前線から離れているせいか殺伐とした雰囲気はなかった。

 

「よう、新入り、どうだ慣れてきたか」

 

「ええ、まあ」

 

「ここにきたときは死にそうな顔してたのに、だいぶマシな顔になったな」


「なーに、偉そうに言ってるんだよ。おまえも最初きたとき似た様なかんじだったじゃねえか」

 

 話しかけてきたオレより2歳年上の若い先輩兵士を、他の年配兵士がからかうとドッと笑いが起きた。


「こいつ、故郷に婚約者がいるらしくてな。帰ったら、結婚するらしいんだよ。あー、くそ、うらやましいな」


「へえ、婚約者さんがいるんですか」

 

「幼馴染なんだけど、14のときに告白してさ結婚することになったんだ。別れ際寂しそうな顔してて、帰って驚かせてやるつもりだ」


 嬉しそうに語る先輩兵士を見ながら、オレも師匠のことを話してみた。


「オレにも故郷の村で待ってくれている人がいるんですよ。村から出るとき、その人も泣きながらオレのこと見てました」


「女なんて初めはそんな感じでしおらしいだろうけど、うちのカカアなんて、オレが戦争にいきたくねーっていったら、さっさと行って帰って来いって尻ひっぱたくような女だぜ」


 それから、みんな自分の家族や故郷の話を出していた。みんな戦争に関係するような話題は避けて、もしかしたら不安なのかもしれない。

 

 オレは左手にはめている金色の指輪をそっとなで、師匠のことを思い出した。

 

 

 今日も前線へ届ける物資を載せた荷馬車の横を歩き、警備に当たっていた。

 支給された下級兵用の丈夫な服に身をつつみ、鉄の兜を被り手には槍を携えていた。

 その慣れない重さに初めは緊張していたが、前線からは遠く敵兵に遭遇することもないせいか、1週間を過ぎる頃にはだいぶ慣れてきた。


 オレと一緒に警備に当たっているのは、同じように村から徴集されてきた民兵ばかりで、唯一小隊長だけが訓練をつんだ軍人だった。

 

 天気がよく、晴れた空の下を歩いていると、本当に戦争をしているのかという疑問させ感じてしまうほどだった。

 

 あくびが出そうになったのを、必死に押さえていると、次の瞬間、騎乗していた小隊長の体がぐらりと傾き地面にドサリと倒れた。

 

「小隊長!?」

 

 倒れた隊長を見ると、その胸に矢が突き立っていた。

 

「敵襲だ!!」

 

 じわりと胸を真っ赤に染める小隊長の体を見ながら、どうすればいいかわからず硬直していると、他の兵士が大声を出した。


 その声で硬直が解けて、攻撃を仕掛けてきた敵を見つけようと目玉をギョロギョロと必死に動かした。

 しかし、道の脇は生える背の高い草によるしげみのせいで、一体敵がどこから攻撃を仕掛けてきたのかが、分からなかった。

 

 焦りと緊迫感につつまれる中、風きり音が聞こえたと思ったら、唐突に肩に生じた熱のような痛みを感じた。

 痛いというよりも驚きながら自分の肩を見ると、矢が突き刺さっていた。

 

「おい、大丈夫か!?」

 

 先輩兵士が肩を貸してくれ、荷馬車の陰に連れて行ってくれた。

 恐怖と痛みのせいで歯の根が合わずガチガチとなっているのが、他人事のように聞こえていた。

 

 他の兵士たちも荷馬車の影に隠れ、飛んでくる矢をやり過ごしていた。

 それから、矢が飛んでこなくなり、様子を見ようと、首だけをのぞかせると、茂みから10人ほどの武装した人間の姿が出てくるのが見えた。

 その格好から敵国の兵士のものだった。

 

「なんで、こんなところに……」

 

 おそらく、あいつらは訓練をつんだ正規の兵士だろう。武装しているとはいえ、こちらはろくに訓練もつんでいない兵士ばかりだ。勝てるわけがなかった。

 

 敵はこちらを嘲笑うかのように、ゆっくりと近づいてきていた。

 

 痛みと恐怖のせいか、ハァハァと息が荒くなっていた。

 

 頭の中には、死にたくない死にたくない死にたくない死にたくないという思いしかなかった。

 

 しかし、その思いは次の瞬間、驚愕に変わった。

 

 敵兵の前に、杖を構える一人の少女が立っていた。

 小柄な体をゆったりとした服で身をつつみ、手にはその身長と同じほどの木の杖を携え、金色の髪が風でゆれていた。

 血の匂いと殺意に満ちた中で、その姿はどこか浮世離れしていた。


 唐突に現れた少女を警戒するように敵兵が武器を構えたところで、少女が杖の先端で地面をトンと軽く叩くと、突然地面が激しく揺れ始めた。

 まるで、天変地異が起きたような有様に、オレは必死に荷馬車に捕まっていた。


 馬たちもいななきをあげて、誰も彼もが混乱していた。

 

 やがて地震が収まると、あたりの景色は一変していた。

 地面に亀裂が走り、辺りに生えていた木々は根から倒れていた。

 

 敵兵は、倒れた木々に押し倒されて、無残な状態になっていた。

 そして、オレはこの惨状を引き起こした少女に恐る恐る声をかけた。

 

「し、師匠なんですよね」

 

 振り返った師匠はうなずき、オレに近づいてきた。

 さきほどまで金色だった髪は、毛先が白くなっているのに戸惑った。

 

「ヨハン、じっとしてろ」

 

 師匠は、オレの方に刺さっていた矢をつかんで力をこめると、一気に抜いた。

 引き抜かれる瞬間に生じた痛みで、苦痛の声が漏れた。

 

 しかし、師匠が傷口に手をかざすと痛みが引き、傷が完全に治っていた。

 自分の身に起きたことに驚きながらも、さっきまでのことを質問せずにはいられなかった。

 

「どうして師匠がここに? それにさっきのは?」

 

「質問好きなのは相変わらずだな。ここにこれたのは、キミに渡した指輪を目印に転移してきたからだ。その転移も、さきほどの地震も魔法だよ」

 

「これが、魔法……」

 

 周囲の光景を見ながら、これが人の起こしたものかと思うと、魔法というものに薄ら寒いものを感じた。

 

「それが、正しい感覚だよ。魔法とは世界の理を崩し、望んだ現象を引き起こす。こんなものを人が扱うべきではないんだ」

 

 師匠はオレの表情を読み取ったのか、諭すように語りかけてきた。

 そこに、先輩兵士が話しかけてきた。

 

「な、なあ、その人は?」

 

「オレの師匠です!!」

 

「おまえがよく話していた人か、それにしてはずいぶんと若いようだけど……」

 

 先輩兵士は困惑したように師匠を見ていた。

 

「ところで、早く報告にいった方がいいんじゃないか。おそらくこの兵たちは補給路の流れを偵察しにきて、ついでに倒せそうな敵兵を見つけたから襲ってきたといったところだろうか」

 

「そ、そうだな。おいヨハン、いくぞ」

 

「師匠、そこで待っていてください。すぐに戻るので!!」

 

 荷馬車用の馬を荷台からはずして騎乗して、師匠の方を見た。

 

「ああ、行ってこい。ヨハン」

 

 師匠は柔らか笑みを浮かべながらオレを見送った。

 その髪はいつのまにか真っ白になっていた。


 

 後方部隊の本部に戻り、敵兵に教われたことを報告すると、すぐさま部隊をつれて現場に戻った。

 そこには、記憶の通りの惨状が残っていた。


「これは一体、なにがおきたんだ」


 部隊長に説明を求められて、説明を始めようとしたが何かがおかしかった。


「茂みに潜んでいた敵兵に小隊長がやられ、そして、残った私たちにも襲い掛かってきたのですが、そのとき……」


 起きたことを思い出そうとするが、その部分だけが抜き取られたようになにも頭に浮かんでこなかった。


「すいません、思いだせない、です」


「なんだと、おい、貴様もか?」


 先輩兵士にも部隊長が質問するが、同じように答えることができなかった。

 結局、局地的な地震によって敵兵が死んだということになった。

 兵舎に戻った後もあの場にいた他の兵士とも話をしたが、オレと同じように肝心の部分だけがポッカリと抜けていた。

 

 それは、とてもとても大事なことのはずだという思いだけは残っていて、オレの胸はもやもやした。


 同時に、なぜか左手薬指を寂しく感じた。そこには何もはまっていないが、いつも指輪をはめていたようが気がした。


 

 やがて、任期の1年が過ぎて、オレは故郷の村に帰ってくることができた。

 帰ってきたオレを見て、両親は泣いて喜んでくれた。

 

 でも、本当は、一番に会いに行きたい人がいたはずだった。


 

 それから、いつもの日常に戻った。

 父を手伝って畑仕事に精をだし、家に帰って眠る日々を過ごした。


 だけど、なにかが物足りなかった。いつもしているはずのことがあったのに、やっていないような感覚に襲われて落ち着かなかった。


「そういえば、森の方にはいかないのか?」


 父が尋ねてくるが、どうして自分が森にいっていたのかがわからず聞き返した。


「森に? どうして?」


「おまえ毎日いってただろう」


「オレは森に何しにいっていたの?」


「そりゃあ、あれ? なんでだっけ?」


 父もどうして自分がそんなことを言い出したのかわからないといった様子だった。

 

 気になったオレは、次の日の昼、森に出かけた。

 村から森に続く細い道が作られていて、そこを一歩一歩進むたびに、何故か自分がここを通いなれていたという気がした。

 

 初めて見る景色のはずなのに、まるで毎日見てきたような感覚があった。


 

 やがて、一軒のこじんまりした家が見えてきた。


 

 その家は、しばらく人が住んでいなかったようで、庭は雑草が茂っていた。

 軒先におかれた鉢植えの草花はすっかり枯れてしまっていた。

 

 どうしてだろう、こんな廃屋のような家なのに、とてもとても懐かしい気分がこみ上げてきた。

 いてもたってもいられず、オレは焦るように玄関の扉を勢いよく開けた。


「だれか、いますか?」

 

 中は整理の行き届いた部屋だったが、床には厚くホコリがつもり、人の気配が感じられなかった。

 

 

 次の日から、ヒマをみつけては、森の家に通う様になっていた。

 たまっていたホコリを掃き清め、庭の雑草を抜き、だんだんと元の姿を取り戻していった。

 

 だけど、あるべきものが足りないような気がしてならなかった。

 

 家の中を掃除していたときに、薬の調合に使うすり鉢を見つけた。

 さらに、干して乾燥させてあった薬草を見つけると、なぜか、オレはそれらを手にとって薬の調合を始めた。


 なぜ自分が薬の調合方法をしっているのかもわからなかった。オレの村では、薬を調合できるほど詳しい人間はいなかったはずだ。

 しかし、体が思い出すように手が勝手に動いていた。

 

 ごりごりとすりこぎで薬草をすり下ろしていると、知らない光景が頭に浮かんできた。


 子供の頃のオレが集中しながら、すりこぎで薬を調合している横で、だれかが見守ってくれていた。


 でも、そのだれかが思い出せない。


 どんな顔だったろうか?

 どんな声だったろうか?

 どんな風に笑ったのだろうか?


 とてもとても大切な人だったはずなのに、思いだせなかった。

 不意にポタリと雫が床に落ちて、黒い点を作った。

 

 ほおに手を当てると、涙で濡れていた。

 それでも、オレは何かを思い出そうと必死に手を動かし続けた。


 

 次の日からオレは、森の家で生活するようになった。

 突然、森で生活すると言い出したオレを見て、両親は驚いたが


「いつかそういうと思っていた」


 といってきた。両親たち自身も理由はわからないが、オレがそうすることに納得できたらしい。

 

 オレは薬師として村人たちに薬を配るようになり、月日は経っていった。

 髪に白いものが混じるようになり、両親もすでに他界していた。


 結婚もせずに、森の中で一人で暮らすオレを心配して、村のものが、村で住まないかとすすめてくるが断っていた。

 どうしてか、この森の家から離れる気になれなかった。もしかしたら、記憶からいなくなったアノ人が帰ってくるかもしれなかったから。



 真っ白でぼんやりとした空間の中に、オレは立っていた。

 

 オレの前をだれかが歩いている。

 その姿はぼんやりとしていてはっきりと見えなかった。

 声をかけるが立ち止まってくれなかった。

 どんな顔をしているんだろう、振り返って欲しいのに背中しかみえなかった。

 

「待ってくれ!!」


 手を伸ばそうとした瞬間、ハッと目が覚めた。

 どうやら、昼食後うつらうつらしている間に夢を見ていたようだ。

 

 テーブルの上に置いあったお茶はすっかり冷めていたが、眠気ざましにゴクリと一気に飲み干した。


 そこに、玄関の扉をコンコンとノックする音が聞こえた。

 どうやら客が来たようだ。だが、薬の注文はなかったはずだ。何の用だろうか。


 扉を開けると、そこには10歳ぐらいの小さな女の子が立っていた。

 茶色い髪を三つ編みにして、頬にソバカスを散らした少女だった。

 たしか、この前父親と一緒に来た子だったはずだ。


「こんにちは!!」


「やあ、いらっしゃい、今日はどうしたのかな?」


 元気よく挨拶してくる少女に、ゆっくりした口調できいてみた。


「えっとね」


 少女はもじもじと両手をからめて、何かを言い出そうとしていた。

 オレは急かさないように、微笑みながらその口からでてくる言葉を待った。


「おじちゃんの弟子にしてほしいの!! わたしもお薬をつくって村の人たちを元気にしてあげたいの」


 何故か少女の言葉に既視感を感じた。


「ふむ、いいぞ」


「ほんとにっ!! やったぁ」


 弟子をとろうだなんて考えていなかったのに、どうして即答してしまっていた。

 理由はわからないが、満面の笑顔で飛び跳ねながら喜んでいた少女をみながら、この子の成長が楽しみだと感じた。


以上でこのお話は終わりとなります。

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