第32話 シナモンパン
目を開けると、白い天井が見える。
俺は気が付くと保健室で寝ていた。
「うっあーぁ、よく寝た」
思わず、声が出てしまった。窓の外を見ると、空がきれいなグラデーションの夕焼けだった。結構、寝ちまってたな。
パチッと目が覚め、布団をバッ、と捲り、ベッドから飛び降りる。うん、相変わらず寝起きがいいぜ俺。と思ったが、まだダメージが残っていたのかふら付いて、閉まっていたカーテンへ飛び込んで向こう側へ転がる。
「ぅわっ!」
「おー、起きたかい。元気いいねぇ」
もうちょっとでオバさんになるくらいの保健の先生が見えた。本人が聞いたら、はり倒されるな。
「あれ?俺校庭にいたような・・」
「そう、倒れていたらしいね。見ていた子たちによるとつむじ風が起きたとか」
それを聞いて、見る見るうちに俺の脳に先ほどの、カラスとの一騎打ちが鮮明に思い起こされた。
「ユミは!田中弓は、どうなりました!?」
「彼女も気を失っていたよ。大事を取って病院で診察中よ」
「・・じゃあ!」
「ええ、取りあえず大丈夫みたい」
「よかったぁ・・。って先生、俺とユミの対応、何か違くね?」
「何言ってんだい。ぐーかーぐーか、気持ちよさそうにイビキ掻いて寝てるやつを病院に行かせるかい」
まったく、何故俺の周りの女は、皆俺に冷てぇんだろうな。まあ、今はユミが無事って分かったことだけでいい。それでも、俺は自分の目で、ユミの無事を確かめたかった。
「先生、ユミの行った病院ってドコ?」
「えーと、確か相澤病院だね。安部くんも体調が気になるようだったら、行ったついでに診てもらったほうがいいかもね」
あれ?そういえば、紗夜ちゃんいねぇな。
でも、俺は不思議と焦りはなかった。紗夜ちゃんは、今度こそ俺の前からいなくならないと、さっき彼女が魅せた吹っ切れたようなあの笑顔から、なんとなく感じていた。
そうして、ユミが受診中であろう病院に行った。流石に、さっき寝起きにコケたから単車には乗らず、運動不足解消も兼ねて、走って行くことにした。病院に辿り着くと、辺りはもう暗くなり始めていた。ちょうどタイミングよくユミが病院の正面玄関口から出てきた。
「あ、トウシさん」
「ユミ!お前大丈夫だったか」
俺は、思わずユミに駆け寄る。
「何か、軽い貧血だって言われました」
「そうか!よかった。・・ほら、チャチャも心配してるぞ」
「え!もー、チャチャは、本当に優しいなあ」
ユミはチャチャを撫でる真似をする。また、チャチャが撫でられようとそこへ身を置くが、微妙にチャチャの体長より高い位置に手があるため、残念ながら届いていない。
「ぶっ」
俺はその姿に思わず噴き出してしまった。
「いって!」
自分のことをバカにされたと思ったチャチャが、またしても俺のアキレス腱辺りを噛み付いた。
「チャチャのこと笑ったからやり返されでもしましたか?もう、トウシさんは、・・。って、あーーーー!!」
「ななな、何だ!いきなり」
ユミがこの世の終わりのように叫ぶ。
「BL本売りに行くの忘れてた」
これだけ元気なら大丈夫だな・・。
◇◆◇◆◇◆
家に着いてからも、先程の出来事を思い出していた。何だかいろいろ壮絶なことが多すぎて、それから紗夜ちゃんのことで頭がいっぱいで、単車を学校に残してあることを忘れて、病院からそのまま歩いて帰ってしまい、帰路半分の距離で思い出し慌てて学校へと引き返した。学校から家まで単車に乗っている間も、ぼーっ、と今日の出来事や、紗夜ちゃんとの昔を思い出していたが、未だ頭で整理しきれていない。愛車のことを忘れるなんて相当だ。そういえば、今日昼飯食ってねぇな、と思い出す。そう気づいた途端、急激に腹が減ってきた。リビングの扉を開ける。
「あら!おかえり。遅かったわね」
「ああ・・、ちょっと寄り道してきた。それよか何かない?」
「すぐ夕飯になるわよ」
「その前に何か食べたい。腹減っちゃって」
「おやつにシナモンパンあるわよ。テーブルの上にあるでしょ?」
食卓の上を見ると、何も載っていない皿がある。
別のテーブルの上かと、もう一つの居間のテーブルを見ると、紗夜ちゃんがソファーでテレビを見ながら普通にくつろいでいた。
「あー!紗夜ちゃん!」
「何!どうしたの?」
急に大声を出した俺に驚いて、母が聞く。
「あ・・、いやテレビ!テレビに出てた女優の話・・」
俺は、紗夜ちゃんの隣に素早く座って、母を気にしながら小声で話す。
「どうして紗夜ちゃんいんの?」
「いちゃわるいか」
紗夜ちゃんをよく見ると、小さな口がもごもごと一生懸命に動いている。
「あーー!それ、俺のシナモンパン!」
「え!?今度は何だっていうの」
「悪りぃ、悪りぃ。パン美味いなあって・・」
また大声を出してしまった。だって、紗夜ちゃんが俺のシナモンパンをまたしても食っていたからだ。
「・・パン喰い泥棒」
「何か言ったか」
「いーえ!なんでもございません」
なおも彼女は、パンを食い続ける。可愛い顔してとんでもなく図太い神経だ。
「なんだ?お前の名前でも書いてあったか?」
「おかんが俺の間食として用意しといてくれたんだ!」
彼女の手には、後一口で終わるくらいの小さなシナモンパンの欠片しか既に残っていない。
「なんだ、パンぐらいでうるさい男だなぁ」
そう言うと、紗夜ちゃんは、ポイッ、と残りのパンを上に放り投げて玉入れのように口に入れた。
「美味い!」
「・・もういいよ」
「ところで、ユミとやらは大丈夫だったのか」
「ん?おう。軽い貧血だったってよ」
「そうか。応急処置の割にはよくできたものだ」
「・・え。それって」
「あの女は、鴉にやられて霊体にそれなりの攻撃を受けたのだ。そのままだとあぶなかったから私が術を施した。回復系の術は得意ではなかったが」
「やっぱそうだったのか。あのまま何もしなかったらどうなってた?」
「そうだな。それが原因で、内臓に損傷ができたり、寿命が短くなったり、いろいろだ。どうなるかは、私には医術の心得がないから、なってからでないと分からない。私がどうにかできる範囲でよかったよ」
その話を聞いて、顔が青ざめる。結構、大変なことになってたんだな。つか、紗夜ちゃん、攻撃から回復まで本当、万能だな。
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