第33話 紗夜ちゃんとの語らい
「ありがとう、紗夜ちゃん。こればかりは本当に」
「あの女が死んでも輪廻の輪に戻るだけの話だから別にしなくてもよかったんだが。転生することで魂が高められることもあるしな」
「ちょっと人外発言やめてよ。じゃ、何で?」
「お前が悲しむからだ」
恥ずかしいことをサラリ、と言う。思わず、ドキリとして目を天井に向ける。
「それにしてもユミとやらは、女避け結界をしてあるのに何で・・」
紗夜ちゃんが、ぼそぼそ言っている。
「ん?何。聞こえねぇ」
「いいや。何でもない」
「それよか、もう俺から隠れていなくていいのか?」
「だから、そういうところが、お前はダメなのだ。トウシは、私のことを忘れていたし、私がお前に申し訳なく思って近くにいられなかったからしていたことじゃないか。本当に察するのができない奴だ。まあ、思い出しても思い出さなくてもトウシが無事で生きてくれていれば、そのまま姿を見せないままでもいいとは思っていた」
「そんな寂しいことを・・。じゃあ、ばあちゃんからの継承も?」
「そうだ。継承自体は、別にしなくても、他の式神と違って私は消えることは無いからな。だが、昼間の八咫烏との一戦で考えが変わった」
「なんで?俺に久しぶりに振り回されてうれしかった、とか?」
「先にいうなバカタレ!」
紗夜ちゃんは、小っ恥ずかしさを隠すためか、俺を軽く小突いた。彼女は、そのつもりだったが、俺はソファから転げ落ちた。
「ちょっと、さっきっからおかしいわよ?」
「・・悪りぃ、母さん。なんでもない」
そんな俺に構わず、紗夜ちゃんの力説は続く。
「そうだ、正にその通りだ!おまけに記憶も取り戻し、私の名を呼んでくれた。そして何よりお前に久しぶりに握られたら、式神の存在意義を改めてありありと感じてしまった。心の底から、やはりお前と私は一緒にいて、こうでなくてはならないと思った。もうこの心地よさを知った以上、一生お前に使われないままなんて、到底我慢できそうになかった」
「・・」
紗夜ちゃんにそんなに想われているなんて考えもしなかった。真顔でとてつもなく恥ずかしくて、まるで告白のようなことを言われた。そうだった。紗夜ちゃんは、龍で精神が神聖な所為か、平気で他人が恥ずかしいと思うことも、自分の中で正しいと考えれば、当然のように大声でそういうことを言ってしまう。
「で。記憶はどこまで戻ってるのだ?」
「そうだな。・・多分全部」
「そうか」
紗夜ちゃんが目を伏せる。
「紗夜ちゃんさ、昔の事、俺に申し訳ない、って言っていたけどさ、俺とこれからも一緒にいればそんな感情通り越して、ずっと楽しいって思わせてやる」
俺は、紗夜ちゃんを見ているし、紗夜ちゃんは俺を見ている。ただ、それだけのことなんだけど、今はこれ以上ないほどにそれが嬉しい。
「紗夜ちゃん」
「なんだ」
「これだけで俺は、しあわせだから」
「当たり前だ。私も、だ」
ふっと、紗夜ちゃんが微笑んだ。
俺も、頬が緩むのを感じる。
穏やかな雰囲気の中、彼女が思いがけない一言を発した。
「じゃあ、修行再開だな」
「え。」
聞き捨てならない言葉を言った。どういうわけだ。聞いてないぞ。
修行―――。それは、それこそ幼い頃から修行という名の虐待ギリギリの修練。
その日々がまた始まる。
やめてーー!
「あんなカラス相手になんだ。情けない」
「そうはいっても、あれは記憶もなかったしさ。しかも熊野神社系列の八咫烏だろ?無理っしょ!」
「お、よく覚えていたな」
「でもさ、何でそんな大層お偉い八咫烏様が、こんな田舎に?」
「知らん」
「それに座学で習ったけれど、あいつら神域をでると小っちゃくなっちゃうんだろ?あれ、全っ然小っこくなかったじゃんか」
「それは、私も薄々おかしいと感じていた。何かあるかもしれん。奴に相談したいところだが、気が重い」
「何、友達?」
「お前の体を造って、結界を張って生き返らせてくれた奴だ」
「それって俺の命の恩人じゃん!俺、会いてぇな」
「今は駄目だ。・・お互いいろいろと忙しい身だからな」
紗夜ちゃんの目がキョロキョロと宙を彷徨う。こういうときは、嘘を吐いている。
「ケンカした?」
「ま・・まあ、そうとも言う。その造りものの体の調子はどうだ?」
「ちょっと!嫌な言い方するなよ。・・でも、本当にそうなのかって思うくらい普通の人と変わらねぇけど」
改めて言われて、俺は自分の肌を指先でなぞる。弾力がある滑らかな人間の肌、指を曲げても、機械のようにギクシャクもしない。怪我をすれば血が流れる。食べ物の摂取や排泄も勿論できている。
「そうだろうな。お前自身の細胞を使っているしな。細胞の組み上げ方は全く同じと奴が言っていたから、物質的には死ぬ前のトウシと同じものだろう。ただ、霊的な在り方が違うから、どうしても襲われやすくなる。頭の傷、まだあるだろう?そこから霊体を入れた。一応、塞いでおいたが開いてしまっていたようだな。しかし、奴も限られた時間の中、よくここまでできたものだよ。」
今までの話を聞いて、ピンときた。
「・・俺、思ったんだけどさ。肝試しのとき結界が破れたんだろ?結界を修復できなかったのって、紗夜ちゃんじゃ張れない結界だったのと、その結界張った奴とケンカして頼めなかったとか?」
「・・」
「結界が破れてそこから漏れる匂いが原因だったら、それを塞げば全て解決するはずだ。紗夜ちゃんは、そうしなかったんじゃなくて、そうできなかったんだろ?」
「トウシ、その通りだ。・・お前、こういうときだけ勘がいいな!」
紗夜ちゃんがでっかい目を見開いて、心底、感嘆している。
「半分当たっている。お前に張ってある結界は、複雑なものだから、五月と私の2人がかりでないとできない。私だってお前の危機だから、そうしたかった。だが、五月め!あんな些細なことで拗ねて子供か!私からは絶対謝らん」
「それじゃ俺は、紗夜ちゃんとそのダチの「五月さん」とらやのケンカに巻き込まれてあんな苦労を・・」
「その話はもういいではないか。そのお蔭で記憶も戻ったんだろう。全部問題ない」
なんだか思い出してきた。紗夜ちゃんは、こういう性格だったってことを。
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