だい9わ!!「マーリー・サーデラ」
一時間もしないうちに、かなたたちは街に到着していた。
西洋風の城テイストの建物が数々立ち並び、車を引く竜や、人間を乗せて歩く馬などもちらほら見られる。
「あいかわらずすげぇなー、行竜とか飛竜とかがわんさかいるな」
かなたが嬉しそうに言う。
「都の近くだから。ここは結構栄えてる」
リノがぽつりと言った。
ここが都の近くで、結構栄えてるということは栄えていない田舎は、どんなものなのだろう。栄えているとはいえ、この街もかなたが元いた世界の都心部に比べれば田舎と言ってもなんらおかしくはない。建物が多いのは事実だが、人口密度や建物の密度を考えればの話だ。
「この前まで歩く竜がいる! 飛ぶ竜がいる! ってめちゃくちゃ騒いでたのにねー」
「そ、そりゃ騒ぐわ! 俺の世界にはあんな生き物いないんだから」
悪気もなさそうにシェリーが言うものなので、かなたは少し恥ずかしくなった。
「なんか、田舎者くさい、かなた」
リノが軽蔑したような表情を見せる。
「なんで引いてんだよ!? 普通にここより全然都会に住んでましたけど!?」
「ふーん。その顔で都会」
「顔は関係ないよな!? てかリノ、お前日に日にあたり強くなってないか」
「リノなりの愛情表現だよ。素直じゃないからね、リノは」
シェリーがにやにやとリノの方を見た。
「べつに……」
リノの頬が心なしか紅くなっているように見えた。照れているのだろうか。
「へえ、リノも照れたりするんだなぁ。可愛いところあるじゃん?」
「だまれ。冴えない癖に」
照れ隠しのように、リノがぶっきらぼうに言った。
——また冴えないって言われた……。傷つくわあ。
「あ、ねえかなた。どこ行ってみたいとかある? 案内するよ!」
「ん、全然なんもないけど……。強いて言うなら、うまいもんが食いたいかも」
「うまいもの、かぁ。んー」
シェリーは少しの間顎に手を当てて、考えているようだった。
「あ、わかった! ついてきて!」
かなたの手を引くように、シェリーが意気揚々と歩き出した。リノもちょこちょこと後ろからついてきていた。
——マーリーとアノンはどこに行ったんだろうなー。
この街の店や場所は色々と気になるが、かなたはマーリーとアノンのこともかなり気になっていた。
初めてこの世界にきたときのように、かなたはシェリーに連れて行かれるがままに足を動かしていた。
「どこいくんだ、シェリー」
「学生に人気の飲食店だよ!」
「ふーん」
学生に人気の飲食店。いったいどんな店なのだろうか。かなたのいた世界では、スイーツ系女子がスイーツを求めて人気の店に並ぶ光景がよくテレビで報道されていたが、この世界でもそうなのだろうか。
人気の店となれば、マーリーとアノンがいる確率も上がりそうだ。
「ついたよ! ここ」
シェリーがいきなり足を止めたので、かなたは転びそうになった。かなり早歩き……というより、もはや小走りだったので、三人とも少し息が上がっていた。
「ここか。ケーキ屋、なのか?」
「そう! 私もリノもよく来るんだ!」
「ここのケーキは絶品」
店の看板は派手で、外装はレトロな雰囲気を出している。西洋風の城というよりは、西洋の民家のような感じだ。
店の前には、かなたの住んでいた世界と同じく若い男女、特に女性が殺到し、列を成していた。
かなたは正直げんなりした。これからこの列に並ばなくてはいけないのかと思うと、気が滅入りそうになった。ざっと一時間は待つことになりそうである。
「めちゃくちゃひと並んでないか? これ待つの?」
「まつ!!!」
シェリーがうん! というよりも先に、リノが勢いよく返事を飛ばしてきた。ここは、金髪の小動物もかなりお気に入りの店のようだ。目が輝いている。
かなたは小さく溜息を吐いた。もう諦めて、順番待ちに従事することに決めた。
「あれ……?」
若者たちの長蛇の列に付き、最後尾を張っていると、何やらシェリーが列の前の方を観察し始めた。
「どした、なんかあんのか?」
シェリーが身体を傾けたり、跳んだりしているものだから、かなたは気になった。
シェリーと身長がほとんど変わらないので、かなたも飛び跳ねたりして、前の方に視線を投げた。
「あれって」
「やっぱりそうだよね?」
「ああそうだ」
ある程度の距離が離れていて、はっきりとは見えなかったが、赤い髪の男と桃色の髪の女が、仲よさげに列の前方で会話しているのが見えた。
「マーリーとアノン。まさかそんな関係だったとは……」
「どんな関係だと思ってんだよ。ていうか、リノの身長だと全く見えないだろ」
「シェリーとかなたの会話で予想した。当たってたの」
「大正解だ。でも、お前が考えているようなやましい関係ではないと思うぞ」
「やっぱり恋人なのかな?!」
シェリーが好奇心に満ちた瞳を光らせている。確かに、かなたもそれは気になった。この一ヶ月間一緒に補習授業を受け続けている仲間のことなのだから、気になって当然だろう。
——あいつら、ここ最近やけに仲よかったからなあ。
「んー、俺からすると少し疑わしい感じはあるな。最近のあいつら仲良すぎる気がする」
「ほーう。私たちの目的を、あの二人の尾行に変更します!」
シェリーがにやりとした。何か企んでいそうな、そんな顔である。
長蛇の列を乗り越え、ようやくケーキを食べることを許されたかなたたちは、達成感に心を支配されていた。
「あー、やっとだーー」
「ねー!」
「長かった」
店内にある、テーブル席やカウンター席もしっかりと満席になっていた。マーリーとアノンは、カウンター席で隣り合わせで座っているようだが、そろそろ退店しそうだ。
「あいつら、そろそろ出そうだな」
「うん、早く尾行しないと見失っちゃうね」
「ケーキ食べたい」
リノはもうすでに尾行に飽きているのか、ケーキのことしか頭にないようだ。
かなたたちが注文したメニューがテーブルに運ばれるのと同時に、アノンとマーリーは店を出て行ってしまった。
「まじかよ、出て行っちゃったよ」
「そうだね、急がないと」
「おいしい……!」
必死に胃の中にかきこんだせいか、かなたはケーキの味がほとんどわからなかった。多分うまいんだろう、ということにしておいた。
シェリーも驚くべき速さで完食し、戦闘体制に入っていた。
リノも食べ終わっていた。急いでいるから、という訳ではなく単純に食べる速さが異常なのだろう。
「よし、いこ!」
「おう!」
逃げるかのように三人は店から出た。そして辺りを見回すが、アノン達の姿は見えない。もうどこかに行ってしまったのだろうか。
「見失ったくさいな、これ」
「えええ。残念……」
かなたたちは尾行を諦めて、休憩がてら街にある階段に腰を下ろした。
「ふう、ケーキの味全然わかんなかったんだけど」
「私も。早く食べ過ぎた」
シェリーとかなたは目を合わせて、同じタイミングで笑い出した。リノは眠たそうな目で空を眺めている。
「ていうか、あいつら見失っちゃったなー」
「そうだね、なにか掴めそうだったのにね」
せっかく授業がない日だというのに何をやっているんだろう、とかなたは思ったが、こういう日も無しではないな、と満足感に浸っていた。
「なんか、この世界の日々がだんだんとあたり前になってきてるなぁ」
かなたが呟くようにいうと、シェリーは端正な顔を綻ばせながら言った。
「当たり前だもん。私達とかなたがいて、学校があってみんながいる。これが今の私達の当たり前でしょ!」
そうだよな。とかなたは応えた。シェリーの笑顔につられて、自然と口角があがった。
「最初はこんな世界に勝手に閉じ込められて、心底嫌だった。本当だったら元の世界の家でぐだぐだした日常過ごすはずだったし。でもなんか今じゃこの生活が、この世界がすげぇ楽しい」
「かなたが来てから、私も楽しいよ!」
「……否定しない」
リノも極度に婉曲した言い方だが、かなたとの日々を肯定してくれているらしい。
惰性と退屈の毎日。自己嫌悪に陥るスパイラル。そんなものが、この世界には一つもないようにかなたは感じていた。少なくとも、今のところは充実感に満ち溢れている。
「お前らに会えてよかったって思ってる」
「うん!!」
「まあ、かなたはちょっと気持ち悪いけど」
「なんでそういうこというのかな、リノちゃん。かなたくん悲しい」
リノは本当に照れ屋だ。いつもことあるごとに照れ隠しをする。その隠し方も単純なので、誰から見てもそうだとわかってしまうのだが。それが彼女のいいところだと、かなたは思っている。
「なあ、疑問に思ったこと聞いていいか?」
「んー?」
「今は別にそんな気全くないんだけどさ。前まで、よく考えることがあったんだけど」
「よく考えること?」
「俺がもし学校に通ってなくても、卒業したシェリーの精霊石を貰えば、元の世界に帰れるんじゃないかな、とか思ってた」
「……あ! 確かにそうすれば帰れるね。ごめん、気づいてなかった。今からでも——」
「だめ!!」
リノが柄にもなく大声をあげて言葉を遮った。
かなたもシェリーも面食らった様子だ。
「だめ。それは。シェリーの夢が、叶わない」
シェリーの夢。なんのことだかかなたにはさっぱりわからなかった。精霊石とシェリーの夢がなにか関係があるのだろうか。
「夢? なんのことだ?」
「精霊石がないと、国家試験が受けられない」
「ちょ、リノ。いいからそれは」
「よくない。中上等か上等魔術師にならないと、シェリーの夢は叶わない」
「おいおい、なんかなんの話か全くわからないんだけど、俺に精霊石をあげたらシェリーの夢が叶わなくなるってことでいいのか?」
「そう」
「別にまた二年間学校に通えば精霊石は手に入るし大丈夫だよ!」
「シェリー、ほんとはそんなこと望んでない」
リノがシェリーのことを見つめる。シェリーは黙ってしまった。きっと、精霊石を誰かに譲渡するのは、かなり都合が悪いことなのだろう。
「別に今は、欲しいとか思ってないから安心しろ、シェリー」
そんなに必死になられると、こっちが焦るだろ、とかなたは思った。
「でも、かなたは精霊石があればすぐにでも元の世界に帰れるよ!?」
シェリーはいまにも泣き出しそうな声で、そう言った。
「いいんだよ。この世界での生活結構好きだし、それに魔法もっと頑張りたいしな。帰る話は後回しかなー。どうせ元の世界に戻ってもやることないしな」
かなたは歯を見せて笑って見せた。シェリーもホッとした様子だ。
——自力でインフェル学園上級部をクリアしてやる。
「ごめんね。ほんとに、全力でサポートするから!」
「おう、頼むぜ。俺は魔法初心者なんだから」
「かなたは、センスは無くない」
「素直にセンスあるっていえよ! ほんと素直じゃないな」
「うるさい」
突如、女性の悲鳴が街に木霊した。
「なんだ!?」
声の位置からすると、かなたたちがいる場所からそう遠くない場所だ。何か事件でもあったのだろうか。
「行ってみよう、何かあったのかもしれない!」
シェリーは正義感の強い人間だ。今もそうだが、世界の融合とかいう問題も、身を呈して防ごうとしたのだ。
——すげぇよ、こいつは。まるで正義のヒーローだよな。
かなた達が走って声の主までたどり着くと、そこには事件以外の何物でもない光景が広がっていた。
「まじかよ……どうすんだよ……」
あろうことか、マーリーが人質に取られていた。全身を黒い服で包み、目元までマスクのようなもので隠している男に、ナイフを突きつけられている。少しでも派手な動きをしようものなら、刃が喉を掻っ切るに違いない。
近くにはアノンもいた。この状況に気が動転しすぎているのか、かなた達の存在にきづいていないようだ。野次馬もわらわらと集まってきていて、どうも大事になりそうである。
「身代金なんていらねぇ!! オルビス国の王に合わせろ!!!!」
犯人はなにやら支離滅裂なことを口走っている様子だ。オルビス国、この国の王に合わせろ等とこんなところで叫んでも意味がない。
「さもなくば、マーリー・ラル・オルビスは殺す。さあ、王の娘を犠牲になにも生み出さないか、命を救うために俺を王に合わせるか!!!」
——王の、娘……? マーリーはマーリー・サーデラ。王の娘なんかじゃないはずだ。
「やめてください……! 私は皇族なんかではありません……」
「誤魔化しても無駄だ。調査済みだぞ、グラウド・ジル・オルビスの第一子、マーリー。お前のことで間違いない」
突然の出来事と、マーリーが皇族であるという、男の発言。どちらも周りの人間、そしてかなた達を驚かせるのには十分すぎるほどであった。




