だい7わ!! 「その行事やばくね?」
——やべええぇ! ムカついた勢いで爆発魔法打っちまったあああ。
かなたの右手から放たれた初級の爆発魔法は、カイルの腰にクリーンヒットを決めた。
いくら腕利きの魔法使いとはいえ、油断していたところに攻撃魔法を食らえばひとたまりもない。それが初級魔法でも、だ。
「く……!! チビがぁ!!」
きっとカイルはかなたが魔法を使って攻撃してくることを予測していなかったのだろう。怒りの中に焦った感情が入れ混じったような表情をしている。
膝を折り、カイルは立膝でしゃがみ込んだ。
——初級攻撃魔法でも、意外と効くんだな。どうせあとでやり返されるんだ。もうヤケクソだ。言いたいこと言ってやる。
「俺を雑魚扱いしてなめてるからそういうことになるんだ。……カイルっていったっけか? 二度と俺の友達を馬鹿にするな。あと俺はそこまでちびじゃねぇ!!」
「調子に乗るなよこのちびが!!!」
カイルは鬼の形相で、かなたに向けて雷撃を放った。
鼓膜を叩くような轟音が鳴った。先ほどまでのものよりも威力が上がっているようだ。
素直に当たれば全治何ヶ月なのだろう、とかなたは思った。
——あ、これ避けれないやつかも。
かなたは目を閉じかけた。しかし、目の前の雷撃は突然地面へと進行方向を変えた。
土を抉り、雷撃は消えた。
何事かと思ったが、どうやらリノの仕業らしい。
「操作魔法。さっきのおかえし」
シェリーは無表情でいう。
針のようなものを躱されたのを根に持っていたようだ。
「これ以上やっても無駄だから。私とリノ、二人の相手はさすがの君でもできない」
「ふん……。凡才魔法使いが偉そうにしやがって。どいつもこいつもしょうもねえ奴ばっかりで嫌になるな、インフェル学園は。シェリー、お前は魔法使いの道に向いてない。気づけよ」
リノが攻撃魔法をカイルに放とうとした。しかし、右手が白く輝き始めたところで、シェリーが止めた。リノは困ったような顔で右手を下ろした。シェリーは、カイルの言葉に怒りを覚えたのは確かだが、それ以上に言っておきたいことがあったのだ。
かなたは呆気に取られたようにシェリーのことを見つめている。
「……確かに私には才能がないかもしれないよ。だからって諦めるような人には、なりたくない。目指すものがあるから。カイルみたいに才能がある人にはわからないよ、きっと」
普段のシェリーからはあまり想像できないような、真摯な表情だった。シェリーという女の子は、もっと天真爛漫で、なにも考えていないような人物だとかなたは思っていた。
「上級部に入った時点で、私の覚悟は決まってた。周りについていくのに必死だけど、最後までやり抜くつもりだよ」
「はっ。そうかよ、せいぜい頑張れよ落ちこぼれ」
カイルは口角をいやらしくあげて見せた。
シェリーがなんの目的で、なにを目指してインフェル学園上級部に入学したのかはわからない。だが、このシェリーという魔法使いの意思は固い。それだけはかなたにもわかった。
「なぁ、カイルとかいったっけ、お前。なんでお前はこいつらに、いや、シェリーにそんなに絡むんだ?」
「別に理由なんてねぇよ」
カイルはふてくされたように、かなたから顔を背けた。理由がないようには見えなかった。それがどんな理由なのか、など、そこにいた三人には知る術もなかった。
その日の夜は、シェリーはかなたの部屋に来なかった。この世界に引きずり込まれてから、ずっとシェリーと一緒にいたので、かなたは少し心細い気分だった。
夕食の時間になったので、かなたは同じフロアの別館にある食堂に足を運ぶことにした。
インフェル学園上級部、男子寮の食堂は、舞踏会でも行うのかというくらい広く、そして華美な空間である。シャンデリアのおかげかその優雅さ故か、部屋中が輝いている。
食堂の扉を開けると、すでに食事をしている生徒がちらほらいた。各々が会話を楽しんでいて、賑やかな雰囲気で包まれている。
この食堂はバイキング制で、朝も夜も料理人が丹精込めて作った作品たちを自由に食べることができる。かなたの予想では、雇われている料理人の腕はかなりのものである。
かなたは皿に好きなものをいくつか盛り付けて、空いている席に腰をかけた。
「キャンプの前に学校対抗模擬戦だろ」
「あー、出た出た。去年降魔学校の奴にボコボコにされたわ」
「だっせぇー。つか、いいよな医療魔法学校の奴ら。こっちだって戦いたくないっつーの」
「いやそれをいったら魔剣術学校のやつらなんて武器もってるからな」
かなたの近くの席に座っていた上級生が何やら行事について話しながら食堂を後にした。なんの話かは、よくわからなかった。シェリーにでも聞いてみるのが一番だろう。
「かーなーたっ!」
おもむろにかなたの目の前の席に座ってきたのは、アノンだった。相変わらずノリが軽いので、かなたは少し圧倒される。
「お、おう、アノン」
「あ、名前覚えててくれたの?」
「……まぁな。ていうか、学校対抗模擬戦ってなんなんだ?」
シェリーに訊いてみればいいと思ったが、ちょうどいいところに知り合いが来た。学校対抗模擬戦という言葉の響きだけ聞けば、なにやら物騒な行事、かつかなたが置いてけぼりになりそうな行事だ。
アノンは、明らかにおかしな形状をしているチキンもどきの足のようなものをかじりながら答えた。
——なんの生き物の肉だ……こいつが食ってるの。
「あー、なんかこの前説明されたよ。キャンプの一ヶ月半前くらいにやるんだってよ。言葉のまんま、他の学校と模擬戦やるんだよ」
「へえ。なんか降魔学校だとか医療魔法学校だとかさっきそこにいた上級生が言ってたんだけど、それが他の学校なのか?」
「もちろんここみたいな上級部も集まるけど、降魔学校、医療魔法学校、結界師養成学校、魔剣術学校、とかの専門学校もいくつも参加するらしいよ」
「ふーんなんかよくわかんない学校ばっかだけど、とりあえず戦うのか」
アノンはそーだよ、と軽く返事をした。
呑気に肉にかぶりつくアノンを目の前にして、かなたはかなり思考を働かせていた。危機感ゆえだ。
——あと一ヶ月と少しで他の学校のやつらと戦う……? やばすぎるだろ。死ぬまであるぞそれは。
いまのかなたの魔法の実力的に、これはかなりまずい状況である。
「あ、でも補習生は他の学校の補習生と当たるらしいよ。専門学校も上級部と同じシステムらしいからね」
「なんだよ、先言えよ。そこ重要だろ」
「まあまあ、深く考えないのが一番だと思うよぉ〜!」
そう言いながらアノンはへらへらと笑った。
——やっぱりこの人種は苦手だ。何でもかんでも軽々しい。
「そういえば、かなたってどこ出身なの? 外国?」
アノンが突然尋ねてきたので、かなたは咳き込んだ。外国も何も、異世界からきたなどと言えるものか。今日の授業中かなたがそれとなくアランに質問したが、異世界転移魔法なんて、普通の魔法使いは使えないらしいのだから。そんなことを話せばシェリーが気味悪がられるに違いない。
「なんて言えばいいんだろ、ちっちゃい島国からきた」
「そーなんだ。なんか珍しい格好してるよね」
かなたのTシャツスウェット姿をじろじろと見ながらアノンは言う。
この世界にきてから、かなたは元の世界で引きこもりをやっていたときより、Tシャツスウェットに愛着が湧いていた。唯一自分の世界のものだ。愛着がわかないはずがない。
食事をすませると、かなたは自分の部屋に戻った。シャワーを浴び、すぐにベッドに潜り込んだ。
「この世界にきてからまだ何日も経ってないのに、スゲェ疲れたなぁ」
誰もいない部屋の中でぽつりと呟いて、それから、かなたは眠りに落ちた。
次の日、けたたましい飛竜の唸り声でかなたは目を覚ました。現実を現実と認識しきれていないような、夢との狭間のような状態がしばらく続いた。
カーテンを開いた窓から遠慮なく差し込む朝日にかなたは顔をしかめた。
——……あれ? カーテン開けた覚えないんだけど。
その違和感でかなたは完全に目を覚ました。誰かがこの部屋に侵入したのかもしれない。確かに、かなたは部屋の鍵を閉めないで寝ていたかもしれない。シェリーの危機管理能力が甘いと思っていたが、自分も同じことをしていたようだ。
かなたは、布団の中に暖かい感触があることに気づいた。布団を一気に剥がし、床に投げ出した。
暖かい感触の正体は、青髪の魔法使いだった。
「シェリー……何やってんだよ……」
夜中に忍び込んできたのだろう。カーテンを開けたのは、次の日スムーズに起きるためだろうか。ベッドの中に潜り、完全に光を遮断していたが。
「ほらシェリー、起き……ろ」
眠っているシェリーの頬に、一筋の涙が見えた。光を反射していたので、かなたはすぐにわかった。
「絶対に……許さない……」
うまく回っていない呂律で、シェリーが呟いていた。依然として涙は止まっていない。どんな夢を見ているのだろうか。
かなたはゆっくりと、シェリーの涙を指で拭った。