第71話
6/30 更新2話目。
王都を席巻した白夜祭の反乱から一ヶ月が経った。
私は学院に戻り日常を取り戻している。
反乱前後で変わった事と言えば、神殿図書館の一部が解放になったので”誓約”関係の本を読み漁っている。
また、王城の図書室にも制約付きで出入り出来るようになったので、そちらからも色々借りだしてる。
ちょっと困った事は三日に一度はリシャーヌ様より勧誘のお手紙が来ることかも知れない。卒業したら王妃陛下の女官になるように、だそうだ。多分、裏読みで「殿下との婚姻を諦めるように。代わりに貴女の将来は補償しよう」と意訳するのが正しい読み方だと思う。
後は、エリー兄さまとアーシュがものすごく忙しくなってて、ほとんど会えなくなった事。
そして、それに代わって、殿下と二人で過ごす事が少し多くなったことだ。
リュスラン殿下は本当に忙しい。今は、反乱後の残務処理に追われているのだけど、暇を見つけては会いに来てくれる。時にはほんの数分で王城に帰られることもあり、殿下の身体が心配だ。暇があるなら身体を休めてほしいのでそう言ったら「お前を会わない方が心配で休めない」と言われた。……うーん、これはどうするのが正解なのか……随分悩んでるけど答えはまだ出ない。
反乱直後は閉鎖されていた学院も、五日程で元に戻った。
それからは、本当に怒涛の勢いで座学と実技のテスト、テストテスト。
座学では何とか上位を取れた。実技は攻撃魔術が使えない事で苦戦したけれど、これも上位に食い込んだ。後の心配は出席日数だったけれど、レポートを真面目に頑張った事が評価されてクリア。
無事に第二学年に進級出来そうだ。良かった。
そして今日は第一学年最終日。
寮は新学年まで閉鎖されるので、全ての生徒が一旦退寮となる。
私も、午後には家に戻る予定だ。
「じゃあね、セラちゃん。また新学期に会おうね~」
そう言ってサジェが手を振って出て行く。
彼女には一年間本当にお世話になった。サジェにいたから、最初の頃のぼっち状態にも耐えられたんだ。本当に感謝してる。
お喋りで賑やかなサジェがいなくなった部屋は、なんだかがらんとしていて寂しい。
「ねぇ」
物思いにふけっていた私にもう一人のルームメイト、ユリカ様が話しかけてきた。
まだまだぎこちない会話しか出来ないけど、これでも最初の頃に比べたら随分と親しくなれたと思う。だけど、ユリカ様は休暇が開ければ転校される。宣言通りに一年後にユリカ様が学院に戻ってきても、同室にはならないだろう。同じ転生者としてもっと色々話したかったけれど、もう話す機会はないかも知れない。そう思うと、ちょっと寂しい。
「ユリカ様、その……ありがとうございました」
頭を下げる私をユリカ様は鼻で笑い飛ばした。こういう所は、前と全然変わらない。
「何に対して感謝してるのか全然わからないけど。あたしはあたしの為にしか動かないし。それに、様付きは嫌だわ。一応貴方の方が身分は上でしょう?」
「そうなんですけど……全然慣れなくて」
「立場が上になっても態度が変わらないのは評価してあげるけど、過ぎると侮られるわよ。王妃になるんじゃないの」
「……」
「何よ、はっきりしないわね」
答えられなかった。
ユリカ様は、ため息を吐く。
「あの反乱、リュスラン王子のラスイベでしょう? だったら、貴方、リュスランルートクリアしたんじゃないの? エンディングはもうすぐなんじゃない」
何気ない一言だけど胸をえぐられた。
それは、もう終わってしまってる。
リュスラン王子とのエンディングは……あの”誓いの書”に名前を書き込む事だから。
「貴方はてっきり、フィリスルートを選んでるかと思ったんだけどな」
「……私は」
「あーあ、泣きべそかかないの。今ハンカチ持ってないから。まあね、一応、成り行きで貴女の事情に関わっちゃったし、なんかあったら相談ぐらいは乗ってあげるわよ。
しかしまぁ、ほんと、酷いシナリオよね。ライター禿げろっていいたいわ」
「……同感です。シナリオだったら。でも、ここはゲームじゃないから……」
「そうなんだよね。ほんとキツイわ」
もし、ゲームだったら。
巻き戻して失敗をなかったことに出来たら。
もう一度最初からやり直せたら。
でも、ここはゲームじゃない。
「とにかく一年後に戻ってくるから。その時になったら」
「お友達フラグ?」
「……あなたって脳内お花畑化が進んでない? 一年後も泣きべそのままだったら、遠慮無く嘲笑ってあげるわ。今まで何やってたのよって」
何ともユリカ様らしい言葉だ。
「じゃあ、またね」とユリカ様は笑顔で学院を去っていった。
今度こそ誰もいなくなって寂しくなった部屋で、涙腺が崩壊するのを何とか我慢した。
家に戻る前にサロンに顔をだすと、珍しくカミーユ様がたった一人で座っていた。なんだか、物憂い様子だ。
「こんにちは。カミーユ様」
「ああ、貴女ですか」
カミーユ様は、今本当に忙しいらしくて滅多に会えない。今会えたのが奇跡なほどだ。
「そうそう、貴女には感謝したいと思っていたのです」
「はい? 何をですか?」
「例の貴女の”記憶”のおかげで、色々と先手を打つ事が出来ました。ありがとうございます」
「いいえ。カミーユ様達が信じて動いてくださったからです」
カミーユ様が目を細めた。
「断っておきますが、貴女の妄言、私は今でも一切信じておりません。ただ、貴女の”記憶”とやらが私達が得た情報とは齟齬しなかったので、採用しただけです」
やはり、カミーユ様はカミーユ様だ。ちょっとだけ笑いが忍び出る。
「それでもいいんです」
「ほう、狂人と言われているのに余裕ですね」
「だって、実際そう思われても仕方が無い事を言ってますし。疑われるようなこと言ってた自覚もありました」
「……今でも疑ってます」
「はい。わかってます。それがカミーユ様ですし」
「はい?」
「疑って疑って疑って、何をしてもなかなか信じていただけないのがカミーユ様です。でも、それって、裏を返せば、信じたくて信じたくてたまらないってことでしょう? 私は今は何も隠してませんので、十分に疑って下さい」
「……………なるほど、いい事をいいますね」
カミーユ様が珍しくほめてくれたと思ったら。
「……なんていうと思いましたか。セラフィカ嬢。大体、疑われるような事をする方が悪いのです。自分の都合の良いように書き換えるようなお目出度い頭の持ち主は、ヒュイス一人で十分です」
「はい、あの……」
「私は今も貴女を疑ってますよ。できれば、私達とは関わりのないどこか遠くでのんびりぼんやり好きなように好きなことして暮らして、一生表に出てこないで戴きたいぐらいです。大体正直だけが取り柄の腹芸の出来ない愚かな貴女が、宮中のど真ん中であの腹黒い王妃とやりあえるとは思えません。絶対不幸になります。ええ、断言しましょう」
なんだか、今までより酷く罵倒されてる……。だけど、何故か、すごく心配されてるみたいに感じる。気のせいかな……。
「ですが、セラフィカ嬢。貴女も少しは良い所をお持ちだ。おかげで、吹っ切れました」
「はあ……私、何かしたんでしょうか」
「ええ、大いにね。その内分かりますよ」
私の言葉の何がカミーユ様を刺激したのか、カミーユ様は一体何を決心したのか、さっぱりわからない。
けれど、とてもすっきりした表情をされてるし、それはそれでいいかと思った。
そうだ。
あの事をお願いするのなら、カミーユ様が一番適任なんじゃないかな。
「カミーユ様。お願いがあるんですけれど?」
「私にですか? 何でしょう」
私が願い事を口にすると、カミーユ様は眉を潜める。
「どうしてそのような事を?」
「それが必要だからです」
「必要ですか……。そうでしょうか……それに、貴女は私をよほど冷血漢とでも思っているようですね。何も感じないとでも思いますか?」
「すみません。そんなことは思ってないんですけど……。カミーユ様なら、冷静に対応していただけるかと思って」
「確かに、私以外では無理でしょうね。ですが」
カミーユ様は、ため息を吐いた。
「……分かりました。貴女には色々借りがありますし」
「はい。お願いします」
更にもう一度深いため息。
「本当に、貴女は愚かです。ですが嫌いじゃありませんよ、セラフィカ嬢」
*****
それから、学院を正面に待っていた馬車に乗り込んで家に帰る。王都の二ノ壁にあるフロワサール公爵邸に。
初めて見る公爵邸は、とても広大で瀟洒で……どことなく余所余所しかった。
入り口では、使用人総出で出迎えてくれた。
私は彼らを初対面だと思っているけれど、どうやら彼らの方は私を知っているようだ。
特に、白髪の執事さんなんて「マリーお嬢様……良くお戻りに……」って涙ぐみ、侍女頭さんは「本当に奥様そっくり……」と私を抱きしめた。
執事さんの息子さんだという執事補のノリスさんに案内されて、これから私が住む部屋に行く。このノリスさん、これから私の専属執事になるらしい。
そして、部屋の中には、私より少しだけ年上の侍女が二人、並んで立っていた。
「あの、この方達は?」
「マリーお嬢様の身の回り担当の専属侍女でございます。この屋敷でのお嬢様の身の回りのお世話はこの二人にお任せ下さい。また、何かありましたら、私かこの二人にお言いつけ下さい」
「……お世話って何をするんですか?」
「詳しく言わせていただくなら、着替えや食事などの介添えでございます。入浴等の介添えは専門侍女がおりますので、そちらにお任せ下さい。また、お話し相手になります上級侍女は、明日顔見世になりますのでご承知おき下さい」
驚いた。
高位貴族はたくさんの専属侍女が着くとは聞いていたけれど、食事時と着替えと入浴の手伝いがあるんだ。それに、上級侍女? 話し相手になるだけの侍女? なにそれ……。
「あの。私、一応一人で食事も着替えも出来ますけど……」
あれ、今執事補さんの眉がぴくって動いた。言外に嘆かわしいって言ってる。きっと言ってる。
「お嬢様がご領地でどのようにお暮らし二なられていたかは存じませんが、ここは公爵家本家になります。高位貴族のご令嬢が介添えなしにお暮らしになるのには、賛成いたしかねます。お気持ちはお察し致しますがご了承下さい」
「……じゃあ、あの、キーラを……アズリ家の侍女の子を専属にして欲しいんですけど……」
「アズリ家とは、森番をしている家でございますね。お嬢様の仰せとあれば吝かではございませんが、旦那様にご相談の上、ご当主殿と交渉させていただくことになりますので、幾分時間がかかります。ご承知おき下さい」
「……はい」
もしかして、この家の人達は、アズリ家の当主が父様で私がアズリ家で暮らしていたことを知らないのでは。話を聞いててふいにそう思った。
それから、侍女に手伝ってもらって着替えた。
夕方になって食事が部屋に運ばれてきた。晩餐の席で父様に会えるかと思ってたけれど、公爵邸では、特別な事がない限り、食事は各自自室で取るんだって……。
アズリ家よりもずっと豪華な食事を、侍女に見守られながら一人で食べた。
就寝の時刻になり、侍女二人が退出した。
そこで、やっと深く息を吐く事が出来た。
皆が私に好意を向けてくれているのは分かる。執事補さんの態度は一見厳しいけれど、これから公爵令嬢として暮らさなければならないなら、きっと必要な事なのだろうと思う。
でも、だからこそ、辛い。辛くて寂しい。
ここでの私は、アズリ家の娘セラフィカではなく、公爵令嬢マリー姫だ。
柔らかくて広い寝台に横になりながら思った。
明日からはずっと”マリー”でいなくちゃいけない……。
*****
フロワサール公爵邸に来て三日目。
待望の休暇中だけの家庭教師の先生が来た。
「マーク先生!」
「こんにちは、セラさん。おや、顔色がよろしくありませんね。風邪でも引きましたか?」
マーク先生に教わるのは一年ぶりだ。
「それで、いかがですか? ”田舎暮しで世間知らずな病弱なご令嬢”の生活は?」
「……答え、分かっていってますよね」
「さあ、どうでしょう。予想と違うといいなぁとは思ってますが」
「……飽々してます」
「全く思った通りで面白みの欠片もありませんね」
そう、私は「長らく領地で静養していた病弱なマリー姫が少し元気になったので、社交界入りを前に王都で暮らす事になった」という設定でこの家で暮らしている。
この家の人たちは、皆私に好意的だ。だからこそ、”病弱なお嬢様”を大事にするあまり過保護になっている。
いつも必ず誰かが側に控えていて息苦しい。危険な(と思われる)事は一切させてくれない。外に出ることは禁止されてないけれど、侍女や護衛がたんまり付いてくる。くしゃみ一つで一日ベッド行き。躓いて転びかければ、抱きかかえられて運ばれて治療室行き。図書室から本を持ってこようとすると、取り上げられて運んでくれる。至れり尽くせり。
確かに、本当に”病弱なお嬢様”ならこれくらいしないと駄目かも知れないけど、私は健康体だ。
「もう、お嬢様はお腹いっぱいです……」
「大丈夫ですよ。セラさんがセラさんらしくしていれば、その内、向こうが諦めます」
笑い事じゃないです、マーク先生。
「ところで、セラさん。休暇中に覚えたい魔術があるとか?」
「はい。きっと先生ならいい術式をご存知だと思って。私が覚えたい魔術は……」
お読みいただきましてありがとうございました。
次回は明日(7/1) 午前0時の予定です。




