第69話
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アーシュが竜型魔獣に向かっていく。
するりと左手の腕輪を抜いて放り投げた。腕輪はすぐに大きな蛇になる。すると急に途端に周囲の温度が下がって、細かい霧が立ち込めた。
「今のうちに行くぞ、セラフィカ」
リュスラン殿下に促されて、広間を横切って行く。気が急いているのか、殿下の足取りが早い。遅れないないようにするのが大変だ。
「マリー」
「はい、リュスラン様」
先を行く殿下が話しかけてきた。随分と不機嫌そうだ。
「さっきのアーシュリートにやったあれだが、一体何だ」
「……あれは、その」
ちょっと説明しづらい。
勝手に命捨てようとしたことに対して、ブチ切れした結果の魔術の行使であるし、魔術そのものも世間一般には馴染みがない秘術みたいなものだし……どう説明すればわかってもらえるだろうか……。
「魔力が動いていた。だから、何か魔術だということは分かる。お前たちが普段から仲がいいし……」
「リュスラン様?」
「……不本意だろうが、お前は私の婚約者なんだぞ……いや、くそ。何がいいたいんだ、私は……」
「あ、あの……ごめんなさい。あれは、その……」
「もういい。謝るな、説明するな……余計に自分が情けなくなる。いいか、セラフィカ。この話はもうなしだ。私は何も聞かないし忘れる。お前も忘れろ」
「……はい」
「……今回限りだぞ」と付け加えられた低い囁きがいつもの殿下と違って怖かった。
広間を抜けてたどり付いた小部屋は、衣装部屋だった。入るなり、殿下はいきなりクローゼットを開けた。色とりどりの服がたっぷりとかかっていたけれど、殿下はそれを乱暴に全部放り出してしまう。
空になったクローゼットの奥には、子供がやっと通れるくらいの小さな扉があった。
「殿下、これは?」
「隠し通路だ。時間がない。行くぞ」
中に入った。埃ぽくて暗い道が続く。歩くと灯りが灯った。
この通路の構造には見覚えがある。
「殿下、もしかして、ここは……」
「ああ、そうだ。思い出したか。ここはあの時の通路に繋がる王族専用の隠し通路だ」
「王族専用?」
「ああ、そうだ。王族専用。魔術がかけられていて、王族だけにしか見えないのだそうだ。私もつい最近知った。おかげで長年の疑問に解消したな。
他にも面白い仕掛けが沢山あるらしいぞ。この城が建てられてから五百年は経っているからな」
「そうなんですか?」
「ああ、興味があるなら後で案内してやる」
この隠し通路が作られて五百年。その間に何人の人がこの通路を使ったのだろう。
ぼんやりと考えこんだ私は、視界の隅で何かの影を捉えた。
人の影のように見える。
「ゆ、ゆうれい? ひゃっ」
今も昔も、そう言ったものは非常に苦手だ。
「どうした? 敵か? わかった。セラフィカはここを動くな。見てくる」
「い、嫌です! 私も行きます。置いて行かないで」
「……くっ……。お前は……わかったついてこい」
殿下が私を置いて以降としたので、思わず縋りついた。こんな場所に置いて行かれるのは絶対嫌だ。
結局、通路には人も人じゃないものもいなかった。
「安心しろ誰もいないぞ。よく考えてみろ、ここは王族以外は入れないんだ。そう言っただろう」
――じゃあ、恨み残して亡くなった王族の幽霊とか? 五百年あれば、幽霊の一人や二人いるんじゃない?
そう思ったけれど、口には出さなかった。
万が一、言霊になって、現実に出られたら困る。とても困る。
それから暫く、狭い通路の狭い階段を上り、”玉座の間”の隠し扉から中に入る。
数百人が一同に会せる謁見室と違って、ここはごく小規模の会合だ出来る程の広さしかない。中央に縦断の階段があり、その上に素っ気ない白い椅子がある。
「これが玉座?」
「そうだ」
「……そうには見えないです」
「しかし、これが真なる玉座だ」
本当に玉座には見えない。と言うより、もはや椅子じゃない。だって、あの白い椅子はものすごい魔力と複雑な術式を秘めた魔石でできている。あの上に座るなんて、常識では考えられない。
でも、殿下の話によれば、この魔石の玉座が真なる玉座なのだそうだ。即位式や謁見の時に使われる豪華な椅子の方が、対外用の玉座に過ぎないらしい。
そして、もし、ディート王子がゲームと同じ理由で反乱を起こしたなら、最終的に狙ってくるのは、ここだ。
リュスラン殿下は、壁に背を預けて座り込んだ。額に脂汗が浮かべて肩で息している。流石に竜型の毒爪のダメージが出てきたようだ。
「リュスラン様、今のうちに治療しますね」
「……ああ、よろしく頼む」
リュスラン殿下の背中の傷は深い。傷口はただれて青黒くなっている。【浄化】と【治癒】を並行して展開する。何度か繰り返して、やっと傷が薄くなった。
「どうですか?」
「ああ、痛みは和らいでる。すまないな」
「我慢はしないでくださいね」
こんな深い傷、今までかなりの痛みが会っただろうに。ずっと我慢していてたのかな。
そう言えば、おにいちゃんは、やせ我慢ばかりしてた。
剣術の鍛錬で大きな打ち身の怪我して、痛みを我慢して変顔してたな。泣き出すの見られまいと、よく隠れてたっけ。
昔を思い出してくすりと忍び笑いがでた。
「何を笑ってる?」
「いえ、なんでもありません」
「いや、その顔は何でもなくないぞ。確か、大笑いしたくてこらえてる顔だ」
「ち、違います」
「いや、そうだ。マリーは嘘がつけない。私は知ってるぞ。さあ、言え、何を笑ってる?」
「いいません」
「言え」
「嫌です」
殿下と言い合っていると、昔に戻る。
今では後悔ばかりだったマリーの子供時代だけど、楽しかった。おにいちゃんは優しくて大好きだったし。あのまま、マリーとして成長していたら……私はどんな子になっていただろう。
ぼんやりと考えていたのだけど、緊張を孕んだ殿下の声で我に返った。
「セラフィカ、治療はすんだか」
「え、はい。ほぼ終わりました」
「そうか。間に合った。どうやら、奴らが辿り着いたようだ」
◇◇◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
「ディート様。先に国王を探したほうが」
「計画が狂って今は手が足りない。先に王位を継承してから、王を探す」
「ですが」
「どちらにしろ、彼らは逃げられない。時間の問題だ」
仲間とは名ばかりの監視役の神官が不満の声をあげた。
恐らくは、神官長より王の弑逆を最優先にとでも命を受けているのだろう。
だが、ディートの目的はここにある。いや、ここにしかない。
あの、俗物の神官長から聞いていた。王国の真なる玉座は王城の最奥に隠されている。そして、その玉座には、聖女王の張った防御結界の主石が嵌めこまれている。
重い音を立てて両開きの扉が開いた。
足を踏み入れた瞬間に、周囲に灯りが灯り、その灯りに照らされて、階段の上に白い石の椅子が浮かび上がる。
「あれです、ディート様。あれに座れば、この国は貴方様のものです」
「座るだけでいいのか」
「はい。王国の正当な継承者はディート様だけです。ディート様だけがあの玉座にご着座が可能なのです」
なるほど。
彼は階段を上るため、一歩踏み出す。二段目を上がろうとした瞬間、異変を感じ飛び退いた。首元を髪一重で剣閃が過ぎる。少しでも遅れていたら、首と胴体が離れていた。
剣を振るったのは、黄金の髪の王子。とっておきの魔獣を仕掛けて、振り切ったと思ったのにねぜここにいるのか。
「リュスラン王子か。竜型を倒したか」
「まあな」
更に迫る彼の剣。ディートはまたもや後退し、玉座からは更に離れた。
「ディート殿下!」
一人の神官が【火球】を放った。一直線にリュスランへ向かう。その火の玉を、あっさりと両断し、リュスランは神官に向けて【光炎】を放った。強い光が神官どもを包み高熱に巻き込まれた彼らは、次々と倒れていった。
「殺したのか?」
「いや」
リュスランとディートは、お互いに隙を伺いつつ十合、何十合と打ち合った。
何度も撃ちあう内に、一方向に攻撃を仕掛けた時に限り、リュスランの動きが鈍るのに気づいた。背後には、少女が隠れている。
もしや、彼女がリュスランの弱点か。
ディートは、最後の魔獣を彼女めがけて放った。転移陣が展開され、褐色の獅子型魔獣が少女に襲いかかる。
リュスランの視線がディートから逸れ、少女に向けられた。
その隙に、彼は持てる魔力を全て注ぎ、渾身の【炎】を放った。
玉座は破壊されるはずだった。
この国を覆う壁も消失するはずだった。
壁が無くなったら隣国の軍勢がこの国に入り込むはずだった。王国が神殿が、全てが崩壊するはずだった。
しかし、炎が勢いを無くして尚、玉座はそのままそこに存在した。
届かなかったのだ。厚い結界により阻まれた。
ぎろりとディートは、玉座を睨みつける。
望みは潰えた。
◇◇◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
「こんのぉ、お馬鹿妹!」
頭の真上から罵られた。
私をすっぽりくるみ込んでかばっているエリー兄がいた。エリー兄の足元には、首が半ば切り落とされ、さらに黒焦げになった獅子型魔獣がいた。
私の記憶にあるのは、殿下とディート王子の対決の最中にディート王子と目があってしまった事。そして、ディート王子が薄笑いを浮かべたので、慌てて玉座に【結界】を張った、そこまで。
後から聞いた話だと、私の頭の上から獅子型魔獣に襲われたらしい。エリー兄と殿下が魔獣を倒さなかったら、死んでるのは私だったらしい。
情けない話だけど、全く気が付かなかった。
「自分の身ぐらいは自分で守れ。出来ない事はするな!」
「……ごめんなさい」
「お前が死んだらどうすんだよ。この、のろまで鈍臭くて不出来で考えなしなお馬鹿妹」
「……(ちょっと言い過ぎだと思う)」
言い訳はしないよ。でもね、あの玉座が壊れたらどうするの? うん、もちろん、命は大事だよ……だから、言い訳はしてないって……。うん、だから……そうだね……ごめんね、エリー兄。だから泣かないで。
エリー兄にぎゅうって抱きしめられたのは何年ぶりだろう。
リュスラン殿下に剣をつきつけられたまま、ディート王子が私に目を向けた。
「アンタさ。この間神殿で迷子になった奴だよな。アンタが俺たちの計画をチクったんだろう? チッ、取り逃がすんじゃなかった」
誰? なんだか、今までとは印象が違う。
「それと、アンタに聞きたいんだけど、何でオレがあれを狙ってるって知ってた?」
「はあ……それは、その」
「神官の奴らから知ったというのはおかしい。奴らにはそこまで話してない」
「……」
「アンタ、【心読み】の異能もちか?」
「それは明かせない」
「ふうん。そうかよ」
何を聞かれても答えられなくて困っているのを見かねて、リュスラン殿下が助けに入ってくれた。
「一応聞いておく。お前は伯父上の子ディート王子だな」
「ああ、そうだよ」
「”継承の証”を持っているな」
「”継承の証”ってのは、この腕輪の事か? これは親の形見だ。オレの身元をはっきりさせるものだから、なくすなって言われてたな」
「誰に?」
「オレを”外”に逃がしてくれた人」
「名前は?」
「さあ?」
「今もこの国にいるのか?」
「知らないなぁ」
多分、ディート王子は、その人の事を知っていて庇っている。今の会話を聞いていてそう思った。
「それで、お前は王位に着くことを望んでいるのか」
「別に? オレを育てた人がそう望んでるからそういう風に振る舞ってた」
「育てたというのは」
「どうせ知ってんだろ」
「お前の口から言え」
「神官長様だよ。名前は口にしたくないからいわない」
「分かった。もう一度訊くが玉座を望むか」
執拗に殿下が問う。これにディート王子がどう応えるかで、反逆罪の適用が変わる。
「そうだな……別に望んじゃいない。だが、簒奪者とその息子が大きい顔してるのは我慢ならないね」
「簒奪者? 陛下は先王に認められた正当な王だ」
「違うよ」
「何?」
「正当な王なら、何で、”継承の証”を持ってないんだ? 何で、この国の大元になる『魔素』てのが減ってる? ああ、その顔は知らなかったか。正当な王が知らないなんてね。やっぱり、この国は沈みかけてるよ。オレはそのちょっと後押ししてやろうと思っただけだ」
魔素が減ってる?
思いがけない事を聞き、咄嗟にエリー兄を見てしまった。エリー兄は苦い顔をしながら小さく頷いてた。
「オレが聞いた事実ってのは、こうだよ」
ディート王子は語った。
二十年前、先王が選んでいたのは第一王子だった。その証拠に第一王子は「継承の証」を賜っている。
しかし、王がその旨を発表する前に、第二王子が反乱を起こし第一王子を追い落とし幽閉した。それに飽きたらず、王は兄を暗殺した。
「これで分かるだろう。王は簒奪者だ。そして、神霊はその事実を怒り神罰を下そうとしている。魔素が減ったのはその為。アンタが無理矢理王になろうとすれば、もっと国は荒れるよ。その前に王位を返しな。この、正当な王子である、ディート・エリュオン・ザフィリアにな」
嘘だ、と思った。
ディート王子のいう事は信じ切れない。
リュスラン殿下こそ、正当な世継ぎの王子だ。
けれど、確かに”継承の証”はディート王子が持っている。
何が真実で、何が虚偽なのか。
もうわからない。
突然、玉座の上から声が降ってきた。
「言いたいのはそれだけか」
リュスラン殿下に似た声だけど、殿下ではない。もっと大人の男性の声だ。
「陛下……」
殿下が呟いた。陛下? ということは、国王様?
振り向いた先には、リュスラン殿下によく似た金髪の男性がいる。となりには、……父様がいた。
お読みいただきましてありがとうございました。
次回は、明日(6/30) 午前0時の予定です。




