第68話
6/29 更新1話目。
竜型魔獣。
二足歩行型爬虫類魔獣の亜種。一般に飛竜型、地竜型に分類される。大きさや形状は様々あるが、共通する特徴として、身体が特殊な鱗で埋め尽くされているのが上げられる。鱗の耐久度は非常に高く、尚且つ魔術の攻撃はほとんど通らない。非常に獰猛で賢い魔獣であり、討伐は困難な為、魔獣のランクでは最高のS等級をつけられている。
この先にそんな危険な魔獣がいるの?
「竜型? ……殿下は」
「応戦中だ!」
アーシュと私は思わず顔を見合わせた。
「アーシュ、殿下を助けに行かなくちゃ」
「……でも危険だ」
アーシュは迷っていた。原因は多分足手まといの私。
「私、ここに残る。行って、アーシュ」
「セラ、駄目だ」
「殿下を助けに行きたいんでしょう? 私は大丈夫」
「……そんなことは出来ない。 」
「アーシュ?」
「……分かった。行くよ。だけど、どこから敵が来るか分からないところに君を置いてはいけない。予定通り殿下と合流して、それから考える。セラ、君は何かあったらすぐに防御壁をはれるようにしておくんだ。あと、僕に何かあったら、何も考えずに見捨てて逃げる。約束して」
「見捨てるなんて無理だよ……」
「約束して」
「うぅ……はい」
アーシュの勢いに押し切られた。
覚悟を決めて、戦いの音が耐えない広間に入った。
いきなり見てしまった。竜型魔獣の強靭な爪が一人の兵士に振り下ろされ、血が飛び散ってた。
竜型が咆哮する。ビリビリと空気が振動する。
そこにいた竜は、竜型の中では比較的小さめ(それでも大人三人分は体長がありそうだ)な体格、前脚は短く、毒々しい紫色の爪は毒爪だ。後ろ足は発達していて尾でバランスをとっている。動きは非常に敏捷で、地竜型では最もバランスの取れた”狩人”の竜だった。
「”狩人”か、……”暴君”や”翼手”じゃなくて幸いか……」
アーシュが呟いた。魔獣に付いては詳しくはない私でも、それらの最も危険な竜型の名前だけは聞いたことがある。
物陰に隠れていた兵士に居場所を聞き、隠れていた殿下と合流する。
殿下は、広間の奥の小部屋の中にたった一人で天井を睨んでいた。肩から背中に掛けて大きな傷を受けていた。竜型の爪は毒爪、すでに毒が回り始めている。
「殿下、ご無事でしたか。すぐに【解毒】を」
「アーシュリートか。セラフィカもいるのか。どうしてここに来た?」
「傷は?」
殿下が自嘲ぎみに唇を歪めた。
「……完全に読み違えた。まさか、竜型を出してくるとはな……。深追いしてこの様だ」
「まだ、決まったわけではありません。それより、傷を見せて下さい。解毒します」
「いや、いい。下手に魔力を使うな。感づかれる」
「このままだと命に関わります」
「どのみち、ここを出れば殺られる」
リュスラン殿下は肩を抑えた。
「あの竜型、執拗に私を狙ってきた。おそらく、そういう術式を施されているのだろう。あの竜型を躱して、ディート王子が玉座に着くのを阻止出来ねば、国が乱れる。……が、このままでは動きようがない」
「何の手もないと」
「いや、ここを出て広間を抜けらさえすれば、奴の先回りが出来る。……しかし」
「広間を通り抜けられえばいいんですね」
「ああ」
渋々と言った態でリュスラン殿下が頷いた。
アーシュはちょっとだけ迷っていたようだ。けれどもすぐに、何かを決意したように顔を挙げ言った。
「僕が行きます」
「は?」
「え?」
何を言ってるの?
「何を言ってるんだ、お前は」
「僕が、竜型を引き付ける。その間に殿下は通り抜ければいい」
「お前の実力を疑うつもりはないが、無茶だ」
「そうですか?」
殿下の声音がますます低くなった。
「死ぬ気か」
「いいえ」
「……まさか、全てを諦めたから、なんて言うつもりはないだろうな」
「さあ、それは自分でも分からない」
アーシュは、肩を竦めた。その様子は気負いも恐怖も見当たらない。
すっきりとした表情のアーシュ。
だけど、嫌だ。
「止めても無駄か」
「ええ、セラをお願いします」
「……言われるまでもない。だが、お前は愚か者だ」
「自覚はしてます。……セラ、竜型と離れて安全な場所に出たら、殿下を治療してくれ」
「いや、いい。まだ動ける」
アーシュが落ち着いた瞳で私を見ている。
だから、アーシュ、どうしてそんな目をしてるの?
どうして、どうして、そんなこと言うの?
もう嫌だ、許せない。
口早に術式を展開する。金色の魔力の糸が私の左胸、ちょうど心臓の真上に現れる。その糸を指で絡めとり、そのまま、アーシュの元へ。
「セラ?」
糸の絡まる左手を彼の左胸に当てる。金の糸がすっと伸びて、彼の左胸、心臓に絡まる。
金の魔術の糸で巻き付かれた私とアーシュの心臓。
とくんとくん。
とくとくとく。
ととくとくとくとくん……とくとくとく。
ずれていた鼓動が完全に同調したその時。
私は、最後の術式を唱えた。
アーシュがびっくりしたように目を見開いている。
金の糸が完全に心臓に吸い込まれるように消え、魔術が完成した。
糸が見えなくなったその直後、私は背後の壁に押し付けられた。顔のすぐ脇に彼の手が添えられて逃げられない。
青緑の瞳が怒りに燃えてる。
「セラ、これは一体何のつもりだ?」
「アーシュは知ってるよね」
私が使ったこの術式は、命と命を繋く魔術。対象者の命が失われたその時、使用者の命を代償に一度だけ蘇生が叶う。【月光鳥】の契約者である私だけが使える奇跡だ。
そして、同じく聖獣の契約者のアーシュはこの魔術の存在を知ってる。
「これが発動すれば君がどうなるか、わかってるだろう」
「アーシュが……死ぬなんて言うから」
「……それは、だって」
「アーシュの馬鹿。……命は大事にしてって言ったじゃない!」
「セラ、だけどこれしかないんだ」
「アーシュのわからず屋」
「セラ! 早く、解除して」
「嫌。この術式は私にしか解けないの。知ってるでしょう? だから、解きたかったら……私の事が大事なら……絶対無事に帰ってきて」
「何で……何で、こんなことを……。君は……馬鹿だよ。我侭で頑固者だ」
「そんなのもう知ってるもん」
私達はずっと睨みあっていた。
先に視線を外したのはアーシュだった。仕方がないなぁ、って言ってるように、眉を下げて、いつもの様にそっと抱きしめてから、私を解放した。
そして、リュスラン殿下に向き直り、一礼した。
「……行きます。後はよろしく」
「ああ」
リュスラン殿下は何も言わない。
彼の後ろ姿を二人で見送った。
どんなに竜型が強かろうと、アーシュはきっと帰ってくる。私はそう信じてる。
◇◇◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
竜型に、向かって歩く。
「本当に参った……セラがあんな大胆な魔術を使うとは思ってなかったよ」
確かに、アーシュリートは命に関わる危険な役を自ら買って出た。
諦めない、と決意しながら、どこかで彼女がリュスランのものになる前に死ねたらと思ったことは否めない。
リュスランを心底憎む前に、彼の役にたって消えられたらと思った気持ちがなかったともいい切れない。
現実から目をそらし、美談の中で死に逃避しようとしていたのかもしれない。
だけど、もう、そんな甘えたことを言っては要られない。
彼が死ねば、セラが命を落とす。
それだけは受け入れられない。
だから竜型を倒す。
やれるか?
勝算はある。だが、非常に少ない。
でもやるしかない。
竜型魔獣が、アーシュリートの姿を見つけ、咆哮をあげた。
彼は素早く円環の蛇の腕輪を外し、術式を口にしながら左に投げる。
突如をして、半透明に透ける巨大な蛇が出現した。ほとんど時間をおかずに、アーシュリートの右手に転移陣が展開され、暗い夜空の色の物体が飛び出してきた。
「ウォン」
これで、戦力は三つ。
地響きを共に、すさまじい速度で迫ってくる竜型魔獣。
アーシュリートと黒狼が同時に【放電】を放つ。金色の閃光は、竜型を包んだ。竜型が首を振ると、電光は消えた。
「やはり、効果はないか……」
魔術では、竜型には全くダメージを与えられない。それでも、突進は止められた。
クローヴィスが、咆哮をあげる。威嚇しながら、竜型の目を誘う。上手く誘って、竜の後背を主人に晒す。
すかさず、アーシュリートは無数の【氷弾】を【激風】で押し出した。
ほぼ全弾が竜型の背中に着弾する。大きくよろめいく竜型。しかし、その直後、竜型の尾が鞭のようにたわみ、アーシュリートを薙ぎ払った。防御が完全には間に合わず、強かに叩きつけられ息が詰まる。
竜型の注意が、アーシュリートに向けられた瞬間、クローヴィスが攻勢に転じた。無防備な首に鋭い牙をつきたて、その騎馬より直接、高圧の電流を流し込む。大部分は鱗に阻まれて無力化されたが、全く効果がないわけではない。現に、竜型は衝撃を和らげようと身をくねらせ、苦悶の咆哮をも上げている。
竜型の隙を付いて、アーシュリートは距離を取ろうとしたが、まだ甘かった。追いすがった竜型は、彼の肩と右腕に牙を立てる。ほんの僅かの差で、衣服もろとも僅かに腕の肉をえぐられただけで片腕を失う状態にはならなかった。しかし、壁際に追い詰められた。
竜型の牙に彼の血がこびり付いている。
もう逃げ場はない。
絶望的な状況で、アーシュリートの視覚はあるものを捉えていた。
竜型魔獣の左脚に密かに巻き付く半透明の蛇。状態を知られないようにゆっくりと冷やし、凍らせ、自分と同じ絶対零度の氷に閉じ込める。
罠は完成した。
用意していた術式を解放した。
風が振動を伝える。半透明の蛇から澄んだ高い音が聞こえ高まりパリンと割れ落ちた。蛇と同化していた竜型の脚も同じように砕け散る。
円環の蛇の固有魔術、【強制同化】と【振動共鳴】。役目の終わったカームは、小さな蛇へと戻り、主人に向かって這い寄っていく。
何とかこれで竜型の足を止められたか。
しかし。
竜型魔獣は左足の代わりに尾を地につけ、巨大な身体を支えた。起動力は損なわれたものの、戦闘力はさほど衰えていない。
「本当に頭がいいやつだな……」
アーシュリートの隠し玉は、竜型の機動力を削ぐだけでは使えない。せめて、もう少し、竜型の動きが読めたら。
カームは大きな魔術を使った直後で動けない。クローヴィスの【雷】は竜型にはさほど効果がない。
どうすれば。
竜型の攻撃を受け流しながら、内心の焦りは大きくなっていく。
いくら人より魔力が多いと言ってもさすがに限界はある。
攻めあぐねていたその時。
「避けろ、魔術オタク」
なんだ、オタクって。
そう思いつつ、彼は飛びのいて身を隠した。
その直後に、投槍が数十本も竜型に向かって放たれた。鋭い刃先は、竜型の鱗を裂き、身体を尾を、地面へと縫い止める。
竜型魔獣の動きが完全に止まった。
その瞬間、アーシュリートは、赤く輝く魔石を投げ、そのまま動体転移させる。終点は彼の血の付いた牙。終点に達した魔石はそのまま体内に吸い込まえるように消え……爆発した。
竜型の鱗は強靭で魔術を通さない。外からも内からも。
竜型魔獣の内をめぐる炎は行き場を失い、何度も体内を焼きつくす。終いには咆哮を上げる声帯すら焼きつくされ、ガフッ、と声にならぬ悲鳴をあげた後、ゆっくりと崩れ落ちた。
だけどまだだ。まだ終わらない。
寄生型を倒さなければ、奴は反撃する
【氷魔術】の術式を唱え始めた。
が、彼の術式が完成する前に、ひらりと蠢く竜型に飛び乗った女騎士が、寄生型魔獣の核に剣を突き立てた。
竜型魔獣が全く動かなくなったのを確認し、アーシュリートは脱力感を尾上てその場に蹲った。
「よくやった、オタク君」
女騎士は、彼にウィンクを送って労った。
けれど、アーシュリートは、彼女を知らない。不審げに眉を寄せ、億劫そうに尋ねた。
「誰だ?」
彼女は目を眇めて笑った。
「ああ、すまないね。君の事は他の奴から色々聞いてたから、初対面だということを失念していたよ。
はじめまして。アーシュリート・ブルムスター君。私は、アデル・ユーディス。君の友人の落ちこぼれ君のギルドでも相棒だ」
「……アデル・ユーディス? ユーディス女公閣下ですか」
「ああ、そうだよ。遅くなってすまなかった。もう安心していいよ。ここはユーディス公領騎士団が制圧した」
「……そう……ですか」
「ああ、もう大丈夫だ」
そうか。終わったか……。
良かった。生きてる。音はセラの所に行かないと。
でも、いいかな。少し休んでも……。
アーシュリートは、ずるずると座り込んだまま暫く動けなかった。
お読みいただきましてありがとうございました。
次回は本日(6/29) 午後12時の予定です。




