第63話
6/26投稿 二話目。
少々長いです。
二つに分けようか迷いましたが、とりあえずそのまま投稿します。
読みずらいようでしたら分割を考えますので、ご指摘下さい。
暫く何もする気が起きずにずっと部屋にいた。
それを心配した寮監の先生に呼び出されて、少しの間部屋をでた。
そして、戻ってき扉を開けたら、中の光景がすっかり変わっていた。
猫足カープの白い小さな丸テーブルがあって、その上にサンドイッチやスコーンが並んでる。特徴的な緑色の磁器のティーポットに揃いのミルクピッチャーとシュガーポット。小皿にはプラリネショコラがある。そしてその前で優雅に足を組んでいる、燃えるような赤毛が綺麗な麗人、アデル様。
アデル様の後ろには、キリリとした女性騎士様とふんわりした空気の侍女が控えている。
どう見ても、男装の麗人が優雅にアフタヌーンティーを楽しむ一服の絵画にしか見えない。
――ここは……私の部屋よね?
「何か言いたそうだね、小鳥ちゃん」
「……」
「まあ、良いからおすわり、一緒にお茶しよう」
すっとアデル様の護衛の女性騎士が椅子を引いてくれた。躊躇ったけれど、促されて腰を下ろした。
お付きの侍女が、綺麗な手付きで紅茶を注いで私の前に置いた。
「あの……」
「ああ、このお菓子は、うちの甥っ子どもが君にってさ。貰ってくれるかな」
「あ、はい。喜んで」
「そうしてくれると、あの子達も喜ぶよ。
それで、今日、私が来たのはね……エルセーヌ公爵とご令嬢の処分について少し話そうと思ってね」
アデル様の言葉が私に重く伸し掛かった。
まだ、マリアーネ様の名前を聞くだけで、心に痛みが走る。でも、ちゃんと聞かなければ。
「エルセーヌ公爵令嬢は学院を退学した。その後どうするかは、今は教えられない。エルセーヌ公爵は全ての公務から勇退され、爵位はご長男が継承される」
「……重罰にはなりませんよね」
「教えられない。ただ、エルセーヌ公爵令嬢が手にかけようとしたのは、あくまで平民の娘だ。そう聞いている」
「……ありがとうございます」
殺されかけたのだから、マリアーネ様に対しては憎しみとも恨みともつかない負の感情はもちろんある。けれど、それ以上に、私はマリアーネ様が好きだった。重い罰になればいいとはどうしても思えない。
「…………心配しなくていいよ。あの子がきちんと自分の気持ちにけじめをつけて立ち直るまで、責任を持って預かるからね」
そう言って、アデル様は子供にするように私の頭を撫でた。ちょっとだけ恥ずかしい。
「それで、ここからは君のこと。何故、そんなに青い顔で今にも倒れそうなのかな」
「……それは」
「授業もまともに出ないんだって? 駄目だよ。引きこもってばかりでは問題は解決しないよ」
「……はい」
「君の事情は古だぬ、……いやフロワサール公に聞いた。だから、今の君が混乱してるのも知ってる。その上で君には言っておきたい事があるんだ。
酷い事をいうようだが、我々王家に連なる家柄の者は、望む者との結婚は出来ない。我がユーディスも直系はほぼ政略だ。君のご両親も例外ではない。王家の血は絶やす事も不純物を混じらせる事も許されない。私達は皆その血を背負い、その上で決められた相手と絆を深めようと努力している。いい例が君のご両親だ。君から見て、ご両親の仲は悪かったかい」
「いいえ……」
父様と母さまは政略結婚だったのか。初めて知った。
確かに、父様と母さまは仲の良い夫婦だった。母さまがなくなって取り乱すほどの。
アデル様が仰る事は分かる。だけど……わがままだけど、耳を塞ぎたかった。
アデル様はそんな私の表情や行動をつぶさに見て、そして言った。
「だからこそ、今回の件は気に喰わないんだ」
「……え?」
ぽかんとアデル様を見つめてしまった。
「いくらでもやりようはあったはずだ。それが、平民として自由に育てておいて、いきなり貴族として黙って嫁げって、女を馬鹿にしてるとしか思えない」
「え、え? あの、一応事情が」
「そんな事は承知の上で言ってるんだよ。まあ、少しは私情も入ってる。全く、あいつら、私の時から何も変わってないんだから。少しは振り回される女の気持ちを考えろ。
というわけで、小鳥ちゃん。私は君に全面的に味方するから。君はもっと我侭になってもいい」
「ありがとうございます。でも……”誓約”があるので無理「それだ」 は?」
「とりあえず、君と王子が”誓約”を交わし”制約”が科せられた、というのは事実、だね。
ところで、その”誓約”って何? 私は御伽話の中の『誓いの書に書き込んで二人は幸せに暮らしました』って言うのしか知らないんだけど。三公爵の私が知らないんだから、国民のほとんどが知らないって言ってもいい。そんな胡散臭い”誓約”を黙って信じるの? 父親がそう言ったから鵜呑みにする? そして、全て諦める?」
「……それは……ちょっといやです」
「そうだね。私も君も何も知らない。知らない内は対策の立てようがない。だったら知らないといけない。言った上で判断を下すべきだろう。諦めて嘆き暮すのは、まだ早い」
すとん、と頭の中で重く伸し掛かっていたものが軽くなった。
まだ、知られていない方法があるかもしれない。ごく小さいけれど希望は残っている。
「うん、いい顔になった。素直の子は好きだよ。さあ、今日は、いっぱい食べて眠って元気になろう。全ては明日からだ」
私は零れそうになる涙を堪えて……小さく頷いた。
それから、紅茶をカモミールティーに入れ替えてもらい、ミルクを入れて飲んだ。
アデル様と他愛ないお喋りをしている内に眠くなって欠伸がでた。そんな私に気をつかったのか、アデル様は帰られた。
明日の朝は授業に出よう。放課後になったら、まずは図書塔で文献を探さないと。街の図書館にも何かあるかな……。ああ、そうだ。あの神官様に話を聞き行くのもいい。
少しだけ、未来が開けた気がした。
◇◇◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
「そっか、やっとアズリ妹が授業に出たのか」
「ええ、そちらは何とか一安心ですね」
”隼”とユーディス公から齎された報告聞き、ヒュイスとカミーユはほっと胸を撫で下ろした。
彼ら二人は、”サロン”にいた。そこには彼らのみしかいない。
リュスランは、公務で王城に詰めている。
マリアーネはもう学院にはいない。
セラフィカは、長く顔をだしていない。
そして、アーシュリートは……あの断罪の日より行方を断っている。
すっかり人数が減っしまった。ヒュイスは肩を落としている。
「で、あいつの行方はまだわからないのか?」
「調べさせてはおりますが、まだ掴めません。アズリとも話しましたが、彼の口は非常に硬いので」
「アズリ兄か……。曲者そうだもんな、あいつ」
「ええ、本当に」
「根性も曲がってそうだよな。……誰かさんといい勝負かも」
「ふふ、ありがとうございます」
「褒めてねぇって」
それはカミーユも同じだった。
寂しさを紛らわせようと、いつものように言葉の応酬していても、どことなく物足りない。その原因は良くわかっている。ちらり、といつも彼女が座っていた場所を覗いた。もちろん、彼女はいない。
カミーユは、思わず取った自分の行動に憮然としながら、手元の書類に目を落とした。
「なぁ、それ何の書類?」
「ああ、これは……アーベンス嬢に対する謝礼の契約書です」
「へぇ……。あいつ、金もらってたんだ」
ヒュイスが極低温の声になった。厚かましいとでも思っているのだろう。
そのわかりやすさにカミーユは笑いを忍ばせる。
「いえ、あちらもなかなか強かですので、礼金の形は取りませんよ。むしろ、こちらとしてはその方が遣りやすかったのですがね」
ユリカ・アーベンスは金品の対価を要求しなかった。
彼女が望んだのは、学院への復帰に協力する事、だった。
どうやら、彼女は舞い戻ってくる気満々のようだ。あれ程、傷めつけられて謗られて、それでもまだしがみついて来る。その強欲さは嫌いではない。
「ふん、なんだか納得いかねぇけど。ま、いいや」
ただ、ヒュイスはそういう者は好まないだろうが。
「ところで、さ。カミーユ。……俺さ、まだ信じらんねぇんだよ。何で、マリーはあんなことになったんだ?」
「理由はマリー嬢自身が仰っていたでしょう」
「マリーが殿下を好きでアズリ妹に嫉妬して、って。それはわかってるけど。じゃなくてさ、俺が聞きたいのはお前のこと。お前なら、マリーがあんなに思いつめる前にどうかできたんじゃねぇの?」
「私を買いかぶり過ぎです。そんなに万能ではありませんよ」
「ふうん、本当にそう思ってんの? だったら、俺は何も言わねーけど」
ヒュイスも他人のことになると鋭い、とカミーユはほろ苦く思った。
確かに、彼の言うとおりだ。
カミーユは、マリアーネの不安を知っていた。彼女の想いとその深さも知っていた。
カミーユだけが、マリアーネを思いつめる前に止められた。ただ一言、リュスランよりもマリアーネを愛してる、と、彼女の心の空白を理解していると告げるだけで良かったのだ。不安定だった彼女を落とすならただそれだけでいい。
しかし、カミーユはそうしなかった。状況が許さない、と言い訳は出来る。が。
もし、殿下がすでに”誓約”を交わしていたと事前に知っていたら、マリアーネを止めていたか。
もし、自分が王女の伴侶候補ではなかったら、マリアーネを選んでいたか。
答えはどう考えても「否」だ。
彼には、マリアーネを信じきる事は出来ない。いつか彼を裏切るだろうとしか思えない。疑って疑って果てがない。それは自分でも呆れるほどの腐った性根だ。
「しかし、どうなんのかね。あいつら」
「どうもなりません。殿下とセラフィカ嬢の婚姻はすでに決定してしまいました」
「……なんか、ムカつく」
「どうしました?」
「カミーユは性格悪いってわかってるけどさ。あいつら、ダチじゃん。何でそんなに冷めてんだよ」
「と言われてましても」
早晩、殿下とセラフィカ、又はアーシュリートとセラフィカ、どちらかが必ず相手を裏切る、とカミーユは予測している。
裏切られた者がどう思い、どう動くか。
被害は最小限にとどめなかればならない。
すでに賽は投げられている。
◇◇◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
図書塔で”誓いの書”関連の本を探した。
民間伝承をまとめた話はたくさんあった。そのほとんどが、”誓いの書”によって幸せになった、でしめられていて、肝心の”加護”の内容は書いてない。”制約”についての記述はははゼロだった。
なので、別な方面から探す。
歴史書には”誓いの書”の記述は多かった。
建国当時は割りと頻繁に、最後の記述は二百五十年程前だ。
そのうちの一つが、約三百年前の王と王妃の話だ。
隣国との友好の証として、二心無き証としての王族の婚姻に”誓いの書”が使用され、三年ほどでお二方同時に逝去されたとある。病死とも事故とも書かれていないが、明らかに短い結婚期間だ。そしてその直後、二国間で騒乱が起きている。
更に二百五十年前の最後の記録。王族に嫁ぐはずだった貴族令嬢の話だ。
彼女が”誓いの書”に署名してから約二ヶ月後、令嬢は儚くなった。更にほぼ時をおかずに、婚約者の弟君が病死している。
神官様の語った話が真実に一歩近づいた。
私は、図書塔の司書を捕まえて尋ねた。
「あの、この”誓いの書”と”誓約”に付いての本はこれ以外にありますか?」
「少しお待ち下さい……………。目録では見当たりませんね」
「詳しく調べるのでしたら、どこが一番いいでしょうか」
「そうですね。……女神と誓約についての伝承関係でしたら、こちらよりは神殿付随の図書館が詳しいです」
神官様にも詳しく聞きたかったからちょうどいい。だけど、確か神殿の図書館は、自由に入館出来ないのではなかったかな。
私は困った顔をしていたのか、司書が「良かったら推薦状をお書きしますが」と提案してくれた。
良かった。これで、次の休日は神殿の図書館に行ける。
*****
部屋に戻る前に”サロン”に立ち寄る。
今朝早く、リュスラン殿下から連絡が入ったからだ。
サロンに入ると、殿下が待っていた。背後に見慣れない男性が二人いる。
「お久しぶりです。殿下」
「……」
殿下が少しだけ顔を顰めた。
久しぶりに見る殿下は、ちょっとだけ面差しが変わっているように気がした。いつもは、飄々として、常に気持ちを表に表さない方だったのに、今は感情の動きが少しだけ分かる。
「殿下?」
「……リュスラン」
「……あの」
「リュスランだ」
何故だろう。殿下が幼い子供みたいに見える。
「……リュスラン様」
「そうだ。それで良い。やっとまともに言えたな」
途端ににっこり上機嫌になって、頭をぽんと軽く叩いた。
ええと、これって本当にリュスラン殿下でしょうか。ちょっと印象が違うけど。
でも、「おにいちゃん」はこうだった。わがままで怒りん坊で、とっても優しい男の子だった。
「それで、リュスラン様。私に用って何でしょうか?」
「ああ。これからちょっと付き合え」
「……はい? どこに行くつもりですか。これからだと場所によっては門限に間に合わないかも」
「さほど遅くなならないだろう。寮監には連絡を入れるように言っておく」
「……はあ」
煮え切らない答えに業を煮やしたように、殿下は私の手を取った。
そのまま、背後の男性に指示を与える。
「このまま送れ。終わったらおまえ達は戻って良い。ああ、寮監に伝言を入れておいてくれ」
殿下の指示に従って、男性が術式を展開し始める。多分、【転移陣】だ。
「でん」
殿下と言いかけた途端にギロリ、と睨まれた。
「リュ……スラン様、あの、どこに」
「行けば分かる」
「え?」
見る間に転移陣が足元に展開され、目の前が光に包まれ、眩しくて目を閉じた。
「目を開けろ、セラフィカ」
殿下に言われて恐る恐る目を開ける。
そこには……。
ロイヤルブルーに輝く五弁の花がいくつもいくつも咲いて連なっている。
ほの甘い柔らかい香りが漂っている
光を反射して樹肌を薄青く染めた森と湖が目の前に広がっていて。
「ここって……」
「ザフィリアの原だ」
殿下に初めて声をかけられた時に遠目で見た場所だ。
だけど、ザフィリアの原って……確か禁足地だったはずだけど。
「無断ではないぞ。ちゃんと立ち入り許可は取ってある。ただ、花を摘むのは厳禁だ。許可が出るまで時間はかかったが……お前に見せたかったんだ」
「……綺麗。ありがとうございます」
「夜はもっと美しい。花びらが淡い光を放つんだ。香りも強くなる。門限があるからそこまでは入れないが残念だ。……この夏が終われば、一年になるな。お前と出会って」
殿下が懐かしそうに遠くを見ている。
今まで、色々あった。
殿下と出会い、マリアーネ様と出会い、カミーユ様やヒュイス様と親しくなった。
危ない目にもあった。もう胸が潰れそうに苦しくなった。この上ないほどに幸せにもなった。
でも、もう失った。
「俯くな。セラフィカ」
知らずに俯いていた私の頭にぽんと手を置いた。
「苦しくても俯くな。前だけを見ていろ。大丈夫だ。お前の隣には私がいる」
少しだけ強引に、殿下はあたしの顎に手をかけて上向かせた。
私の目に飛び込んで来たのは、濃い青の瞳。少しだけ切なそうに潤んでいる。
「今のお前の瞳が私を映していないことは承知している。ゆっくりでいい。私を……リュスラン・ザフィリアを見てくれ」
この声は……。
いつもの殿下じゃない。こんな弱っている声は……子供時のおにいちゃんの声に重なる。
「おにいちゃん?」
「そうだ、マリー」
殿下が一瞬泣き笑いの表情になり、そして、私を優しく抱きとめた。
私の中の「おにいちゃん」と今の「リュスラン殿下」がやっと一致した。
懐かしくて……嬉しかった。
だけど、とても悲しかった。
お読みいただきましてありがとうございました。
次話は27日午前0時の予定です。




