第59話 悪役令嬢の告白と退場 (後編)
連日投稿最終日。
マリアーネ視点その二。
姫に関する手がかりは、父が唯一持っていた姫のお母上のお若い頃の肖像画の写しのみだ。肖像画の奥方は薄紅色の髪にほっそりとした美少女だった。
後は……推測だが、隠されて育てられているとは言え、淑女としての礼儀作法、一般常識、音楽に舞踏などはきっと身につけられていると思う。
まずは、父の言い回しから準備学校に通ってはいない、と判断した。とすると、王都を基点してを離れない貴族は外れる。これだけで半分以上が減る。更に、地方でも高位貴族はお互い顔を合わせることが多いのでこちらも該当しない。中位以下の地方貴族のうち、身なりが極端に見苦しい者も省く。(これは差別ではなく、洒落者のフロワサール公のご令嬢が粗末だったり趣味が悪かったりはしないと思ったからだ)。そして、魔力が平均値以下の者も除いた。これは三公爵家に生まれた以上は一定のレベル以上の魔力はあると思われるためだ。
そうして篩をかけて行ったが……貴族には該当者がいなかった。
もしかして、貴族としては育てられていないのか? 三公爵家のご令嬢が?
そんな中、目に止まったのは……アーシュリートの想い人、セラフィカ・アズリ嬢だった。
彼女との出会いは平凡だ。入り口を塞いでいた彼女にどいて欲しいと声を掛けたのだ。彼女は平民だと聞いていた。それなのに、とても綺麗な淑女の礼をしてみせた。
「ごきげんよう。あなたは新しくクラスメートになった方ね。お名前を伺ってもよろしいかしら」
「あ、はい。セラフィカ・アズリと申します」
直感で、この方がかの姫だ、と思った。
そう思ってよくよく見れば、お母上のピンクブロンドとはかけ離れた髪色だが、それを除くとよく似た容貌をしておられる。出身もフロワサール領内。家名も”青から名付けたのだろう。
それから、彼女を密かに観察する。貴族が多い魔術学部に平民として入っている。その為貴族のやっかみも多いのに、それを鮮やかに躱し、流して気にしない。さすが王族の血を引く方だと感心した。
父の命に従い、彼女を殿下の”サロン”に引き入れた。
良くも悪くも貴族臭の抜けないメンバーに馴染めるか。最初は心配していたが無用だった。いつの間にかベルノを手懐け、カミーユの懐深くに入っていた。
非常に魅力的な少女。
そんな彼女が、殿下を瞳を釘付けるのはわかり切った事だった。ご自分では気づいておられないが、殿下は時折切ない視線を彼女に送る。
けれど、わたくしは内心確信していた。姫は殿下を絶対に好きにはならない。
なぜなら、セラフィカさんは、幼馴染と一途で初々しい恋を育んでいたから。
わたくしは彼女の恋を応援した。幸せになって欲しかった。
例え……その奥には、彼女が幼馴染と結ばれれば、殿下を奪われることはない、わたくしの立ち位置を明け渡す必要はない、という浅ましい考えが隠れていたとしても。
それが崩れ去ったたのは……殿下の成人の儀のことだった。
わたくしの手を取った殿下が倒れた。わたくしも意識を失った。
目覚めた私に告げられたのは、悲しい事実だった。
リュスラン殿下とセラフィカ嬢は、すでに「誓いの書」にて「誓約」を交わしていた。わたくしと殿下が倒れたのは、呪いとも思える「誓約」に於ける「制約」のためだった。
誓約は、「死」でしか破棄出来ない。
ならば……わたくしは……わたくしの願いは絶対に叶う事がない。
「どうして……」
わたくしは涙を流す。
どうして、誓約したのが殿下と姫なのか。
姫には……実ったばかりの初恋の人が側にいるのに。
あれ程幸せな恋人達が何故引き裂かれなければならないのか。
「どうして……」
どうして、誓約したのがわたくしではないのか。
これほど殿下を恋い慕っているのに。
殿下のお側にいるために必死で努力してきたというのに。
「どうして……」
どうして、殿下が選ばれたのが”マリー姫”なのか……。
ずっとお側にいたのはわたくしなのに。
一晩中、泣き尽くした。
マリー姫が憎い。
セラフィカさんが憎い。
そんなわたくしの心の隙をつき、ある男が声をかけてきた。
男が囁く。
『そんなに憎いなら、殺しちゃえばいい』
最初は拒否した。けれど次第に、わたくしの心を黒く寝食していく。
図書塔でセラフィカさんを見かけた。目の前の人と争っているようで、わたくしに気づかない。
私は無意識に【風】の塊をセラフィカさんに叩きつけた。セラフィカさんは落ちていった。彼女が目の前から消えて我に返る。わたくしはなんという事をしてしまったのだろう。
大慌てでテラスの上から、セラフィカさんが無事なのを確認した。ほっと安心した。
けれど、その一件はわたくしを変えた。人の目が怖くなった。いつか誰かがわたくしを糾弾に来る。殿下に全てを知られてしまう。
恐怖と罪から目を逸らしたくて、わたくしを心配する方々に相談を持ちかける。
『セラフィカさんがテラスから落ちた』『セラフィカさんとアーベンスさんが争っていた』『アーベンスさんはセラフィカさんが嫌いみたいだ』
それぞれ別の場所で、別の人物に言った。やがて自然と三つの”噂”が統合されて一つの噂を創る。
『アーベンス嬢がアズリ嬢を突き落とした』
わたくしに疑いはむかなかった。
けれど、一方でわたくしの心はますますどす黒く染まっていく。
そして、ついに、あの男を寮に引き入れてしまった。あの男の事は誰にも見られたくない。見つかってはいけない。【光】の【幻影】で男をカモフラージュする。そのまま後ろを振り向かずに立ち去った。
歩きながら、言い訳をする、
だって、セラフィカさんを殺すのは、殿下が愛されなくて嘆くのを防ぐ為。恋人と引き離されたセラフィカさんが心を痛めるのを救う為。
そう言い聞かせ続けて……で本当は気がついていた。
わたくしは……浅ましくて薄汚れた醜い嫉妬で彼女を殺そうとしている。
彼女は生きていた。
心から安心した。
わたくしは……わたくしの本心は彼女の死を望まない事をやっと知った。
アデリーダ様。
わたくしは、醜い嫉妬からマリー姫を殺そうとしました。
なぜなら、わたくしはマリアーネであり、いつまでもマリー姫の身代わりではいたくなかったからです。
わたくしは、酷い執着心からセラフィカさんを殺そうとしました。
なぜなら、わたくしの唯一の希望であった殿下をどうしても取られたくなかったからです。
そして、わたくしは自分勝手な哀れみから、セラフィカさんを殺そうとしました。
恋人同士を引き離すなんて酷いと思い込んだからです。
けれど、わたくしは……彼女が生きていてくれて本当に安心しました。
彼女はわたくしにとって、大事な大事なお友達だからです。
*****
語り終えても、アデリーダ様は何も仰らなかった。
罵って欲しかった。それが今のわたくしには相応しい。
やがて、アデリーダ様はゆっくりと話しだす。
「君の身柄だけどね、我がユーディスで預かることになった。君には、ユーディス領内のある場所に行ってもらう。どこであるかは誰にも明かせない。当人である君にもね。そこには、エルセーヌもフロワサールも、王家すら手出し出来ない。君も私の許可なしでは一歩も出られないし連絡も取らせない」
「エルセーヌ家はどうなりますか?」
「公爵には表の任務から退いてもらう事になるだろうね。後は君の兄が継ぐんじゃないかな」
「……准王家の姫を殺害しようとしましたのに、命ばかりか家名の存続まで許すとおっしゃいますの?」
覚悟はできていた。セラフィカさんは平民ではないのだ。事が発覚した以上、せめて自らの命で償わなければと。
「高等法院に持って行ったら、これではすまないだろうね……。だけど、フロワサールにはフロワサールの思惑がある。……君がバラしてしまった事実だけど、今はまだ公にしたくないんだってさ。君の犯した罪も然り。だから、我がユーディスが間に入って君の身柄を預かる」
有り難い事だけど、それは無理だ。
「無理ですわ。あれ程大勢の人達の前に断罪されては……」
「目端の聞く奴がいてね。咄嗟に【防音結界】と【認識阻害】を展開させた。ほとんどがあの場で話した事を知らないし覚えていない」
なんということか。やっと、自分の罪が暴かれて安堵したというのに。また再び罪が知れるのを恐れて過ごすのか……。
「君には時間が必要だ。ユーディスの地で独りで落ち着いて考えるといいよ。もう誰も、君を煩わせない、邪魔しない、助けにもこない、遠い地の果てでね。ゆっくり、ゆっくり、自分を見つめ直していくといい」
アデリーダ様の温情に涙が流れる。
「あ、ありがとうございます」
「礼は早いよ。君の行く所は過酷な地だ。何もないし、生きていくのがやっとの地なんだ。貴族の姫として育った君には辛い所だと思うよ。でも、それもある意味経験だからね。時間が経って、君や君の周りの人の傷が癒えて、それでも礼を言う気になったら、私のところまで言いにお出で。待ってるよ」
アデリーダ様は立ち上がった。
「それとね。エルセーヌ公が言ってた。『すまない』ってだけ。返事は、次に会う時に言っておあげ。ずっと先になると思うけど」
*****
風が吹き抜ける小高い丘を子供達と一緒に登った。
荒れた地に黄色の花が咲いている。この花だけは、どんな過酷な冬があったとしても、春には毎年必ず小さい花をつける。
「マリアーネ先生! これは何?」
「エニシダの花よ」
「金色で綺麗」
「そうね」
「食べてもいい?」
「駄目よ。お腹壊しちゃうからね」
この地に来て、季節が一つ、二つ……数えきれないほど過ぎていった。
あれからどれくらいたっただろう。
わたくしは……私は、ゆっくりとこの地に根を下ろしていた。
この不毛の地に住まう子供達の為に、神殿に付随した分校の教師になってからは二年が過ぎている。
子供達は、ゆっくりと文字を覚え、魔術を覚えていく。
まだ芽生えたばかりの教育と魔術の礎。
今は存在しないが、きっといつかはこの地にも魔術に親しむ者が出る。王都にある魔術学院に入学する力を持つ者も現れるかも知れない。そう想像すると心が踊った。
王都を離れて、もう、ぼんやりとしか思い出せないほど時間が経った。今はとても懐かしく思う。
皆どうしているのだろう。殿下は無事にご即位出来たのだろうか。カミーユは? ベルノは?
ここには、王都の様子は一切聞こえてこない。それが、たまらなく寂しく、そしてとても後ろめたい。なぜなら、今、私は幸せだからだ。
「せんせー」
連れていた子供達より少し年上の子が、大声で呼びながら走ってくる。
「先生はここにいるから、ゆっくりおいでなさい。転びますよ」
「せんせー。お客様だよ」
お客様?
この地に来てから、私を訪ねて来たものはいないのに。
「お客様なの?」
「そうだよ。王都から来たんだって」
「まあ、珍しい。その方はどんな方? ……いえ、言わなくていいです。行ってみればわかりますから」
私を訪ねてくるなんて誰だろう……。
大急いで子供達をまとめて、帰路に着く。
丘を降り、学舎に近づくと……人影が見えた。
「先生?」
「泣いてる?」
「悲しいの?」
「いいえ、違うわ。心配しないでね。さあ、みんな、学校まで競争しましょうか」
子供達は一斉に駆け出し……そして、私もまた走りだした。
思わず、「完結」のボタンを押しそうになりました……。
マリアーネは退場しましたが。お話はまだもう少しだけ続きます。
次回更新は、5月末頃を予定しております。よろしくお願いします。




