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誓いの書 ~これってほんとにあのゲーム?~  作者: ウィズココ
第4章 真実は巡り来たりて
58/85

第51話

5日連日更新、三日目です。

よろしくお願いします。


◇◇◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 ヴィンデュス王国北部レドヴィックの湖沼地帯にある小さな湖の傍らにその城は在った。

 クローヴィスの残した魔術はここを示している。

 

「エリー、セラはここにいるか?」

「……弱すぎるのが気になるが、セラがいるのは視える(・・・)


 エリーがいつになく顰め面をしている。一体何が見えているのか、アーシュリートは気にかかった。


「……一体何をどうしでかしたらこういう事になるのやら……」

「何が視えてるんだ?」

「知らない方がいい。……中に入ったら気をつけろよ」

「そういう言い方は余計気になるんだけど」

「……悪いな。後で除霊してやるから……察しろ」

「ああ、なるほどね……」


 先程から緊張のあまり額に脂汗浮かんでいる。掌を数度閉じては開くを繰り返し、解していく。

 

 この城にセラがいる。

 

 この城内部中に幾人の敵がいるのか。最後まで倒れずにいられるのか。何人の血を流さなければならないのか。考えれば考えるほど躊躇う。

 それでも、セラがここにいる以上、怯んだままではいられない。

 何が何でも助ける、そう、アーシュリートは誓った。


 【探査(ディテクト)】を展開する。城には、物理攻撃に対する防御壁はない。あるのは、一つ。特定術者除外の【魔術無効化】だけだ。


「中では魔術は使えないか」

「そうだね。外からの攻撃は有効だと思う。いっその事、外から特大の魔術で攻撃しようか」

「やめておけ。魔力の無駄遣いだし、運悪くセラに当たったら身も蓋もない」


 アーシュリートは肩を竦める。気づかなかったけれど、いささか好戦的になっているようだ。


 敷地に足を踏み入れた。

 その瞬間に張り詰められた魔力の糸がぷっつりと切れた感覚があった。たった今、敵に警報がいった。

 

 案の定、そこかしこから武器を手にした男がわたわらと出てくる。


 エリーがひょいと姿勢を低くして襲ってきた男の足を払う。

 アーシュリートが、切りつけられた剣を躱し、男の懐に飛び込んで、強化した拳で鳩尾を強かに殴りつけた。

 エリーが剣を振るう度に男達が倒れ、アーシュリートが蹴りを放つ度に敵が崩れ落ちる。


 二人がこの場を制するのも時間の問題だった。


 


*****


 

 セラの窮状は、意外と早く彼等に伝わった。


 エリーと二人明日の事を相談していたアーシュリートの身体を電撃が走りぬけた。同時に、常時つながっているはずのクローヴィスの気配がぷっつりと切れた。


 思わず立ち上がった彼をエリーが訝しげに見あげた。


「どうした?」

「クロの気配が消えた」

「黒玉が? おい、じゃあ」

「セラ達に何かあった」


 急いで寮を走り出て女子寮に向かう。

 行き着く前に、クローヴィスを抱えた女子生徒と鉢合わせした。


 クローヴィスは口を半開きにしたまま動かない。身体には無惨な傷が多数残り、そこから魔力が……聖獣にとっては命とも言える力が漏れ出していた。

 このまま漏れ続けたら死ぬ。

 そう判断したアーシュリートは、急ぎでその場でクローヴィスに魔力を流し込み、同時に【治癒】を展開させた。だが、傷が深すぎて追いつかない。


「傷が深すぎる……」

「おい、黒玉、しっかりしろ」


 焦るが、どうしようもない。二人とも治癒はそこまで得意でもない。

 誰かを呼ぶか、焦る二人の前に青白い光が舞い降りた。


 チェルシーだ。小さな小鳥が黒玉の上に舞い降りて、【治癒】を展開する。聖獣の放った複雑な術式はクローヴィスに溶け込み、ゆっくりと傷を塞いでいく。やがて魔力漏れも納まった。


「黒玉……助かるのか?」

「……ああ、多分……チェルシーがいて助かったよ。でも、一体何があったんだ?」


 その疑問はすぐに解消した。

 クローヴィスを運んできた生徒が、紋章の付いたナイフと魔力で封印された手紙を持っていたのだ。

 ナイフに刻まれた紋章は……黒い蝶が意匠化されている。アーシュリートにとって見覚えがありすぎる紋章だった。


「これは……レドヴィックの紋章か?」

「そうだね」


 続いて、手紙の封を空ける。


「……エリー、これ見てよ」


 手紙を読むアーシュリートの手が小刻みに震え始めた。顔色を青ざめさせながら、小声で笑い始める。

 そんなアーシュリートをエリーが眉を潜めながらも心配そうに見た。


 手紙にはカードが一枚、アーシュリートが子供の時に見慣れた筆跡で一言のみ書かれていた。



『奪い返しにお出で』



「セラ……が攫われた」

「……レドヴィックの奴らか? 伯爵が」

「違うよ、エリー……ライル兄上だ。この筆跡は……」


 アーシュリートは額を抑えながら笑う。身体の震えは、止まらない。


「……兄上が……また……」


 悪夢が蘇る。

 兄を待っている。ずっとずっと待って……。待ちくたびれた頃にやっと会えて、そして……。


 兄が好きだった。

 でも、今はどこが好きだったのか分からない。


「兄上がセラを……どうして」

「アーシュ、お前が動揺してどうする」

「セラ……僕のせいだ……ごめん」

「しっかりしろ」


 エリーの低いが厳しい叱咤に、アーシュはぴくりと反応した。


「セラは攫われたんだな。犯人はライル・ストラトスか?」

「……恐らく、そうだ」

「だったら、アーシュ、お前(・・)がセラを救い出せ」

「……僕が……セラを」

「そうだ。セラもお前を待っているはずだ」

「ああ、そうだね。……きっと待ってる。エリー……助けてくれ」

「もちろんだ。俺も、父も”(ラ・シュエット)”の全てがお前を助ける。だから、もうそんな顔するな」


 

 クローヴィスの傷はふさがり、主人(アーシュリート)から大量の魔力を譲り受けて容体は安定した。もう命を落とす事はない。

 ぐったりしたクローヴィスの身体から、アーシュリートは術式の痕跡を感じとる。【追尾魔術】。恐らく、セラをさらった犯人に仕掛けたのだろう。【追尾魔術】が指し示したのは北。エリーが持ってきた情報と照らし合わせて浮かび上がるのは、レドヴィック一族発祥の地、クレーブル城だ。


「至急、北に向かう固定転移陣が使用されたかどうか調べろ。また、”梟”で今動けるものは全てに集合をかけろ。集まり次第、クレーブル城に向かえ」


 エリーの声で、闇に潜んでいた者が動いた。続いて、エリーはまだ残っている者に指示を出す。


「殿下を連絡をとってくれ。場合によっては騎士団を動かす。ただ、全面攻撃はこちらの合図を待って欲しいと伝えておいてくれ」


 そこまで指示を出し、少し考えこんだ。事態は深刻だ。しかし、別な件と連動しているなら……危機(ピンチ)好機(チャンス)となるかもしれない。ならば。


「それと、”隼”に接触して伝言を頼む」

 

 言い終えたエリーの背後から羽ばたきが聞こえ、するりと彼のポケットに入り込んだ。慌てて除けば案の定、妹の分身ともいうべき青い小鳥だ。


「お前……一緒に行くか?」


 肯定するように一声鳴く。


「分かった。連れて行ってやるから、事が済むまでそこでおとなしくしていろよ」






*****



 魔力が使えないと言うのは不便だ。何度も周り道をくりかえし、あちこちさまよいながらアーシュリートはやっと目的の場所にたどり着いた。城の最上階、城主の居室がある区画だ。彼はそこで兄の姿を見つけた。


「ライル兄上……」

「やあ、フィリス。久しぶりだね。元気だったかな? 君の活躍は全部聞いてるよ」


 ライル・ストラトスは、記憶の中にある者と同じ微笑みを浮かべてアーシュリートを迎え入れた。

 驚くほど昔と変わっていない。アーシュリートより十ニ歳年上であるので、今年二十九歳にはなるはずなのに、年よリもずっと若く見える。


 アーシュリートは警戒しつつも礼に乗っ取って挨拶を述べる。


「久方ぶりにお目に掛かります。ライル・ストラトス・レドヴィック様」

「いやだな、折角会えたんだから他人行儀な挨拶はよそう。昔のようにライル兄上と読んでくれないかな」

「……僕はレドヴィックを出た身の上ですので」

「いや、君は僕の弟フィリス(・・・・)だよ。フィリス(・・・・)、僕は君の兄だ。分かるかな」

「……あ、兄上……いや……はい」


 フィリス、と兄が呼ぶ度に、アーシュリートの心が揺さぶられ、過去に引き戻される。


「待っていたよ。フィリス(・・・・)。ちょっと待ちくたびれた」

「…………待っていたのは……僕の方だ……」

「そうだね。そうだったよ。フィリス(・・・・)。ごめんね。大分遅れてしまったけれど、会いに来たよ」

「……兄上……」

「ここにお出でフィリス(・・・・)


 ライル・ストラトスはアーシュリートに手を差し伸べる。

 アーシュリートは躊躇いつつ近寄っていった。その目には子供の時のまま、憧憬と信頼の光が浮かんでいる。ゆっくりと進む。後一歩、一歩でライル・ストラトスの手が届く。ライル・ストラトスがこっそりほくそ笑んだ。

 

 そこでアーシュリートの歩みがピタリと止まった。


「どうしたの。フィリス(・・・・)


「僕はフィリスじゃない、アーシュだ」


 きっぱりと拒絶する。

 ライル・ストラトスは驚いている。きっと拒まれるとは思ってなかったのだろう。

 

 フィリスと名を呼ばれる度に、濁った魔力が彼に向かって伸びてきた。気を抜くと昔と同じように絡めとられそうになる。そうなったら、と想像すると身震いがでる。


「【闇魔術】ですか? 恐らく【精神操作系】あるいは【洗脳系】」

「ほう、随分勉強したんだね。なかなか良い線行ってるよ。確かに、今、君に仕掛けた掛けたのは【闇魔術】だよ」

「そうですか。言っておきますが、僕はもう二度と貴方の魔術には囚われません」

「……残念だね。君が戻ったらまた一緒に楽しく暮らせると思っていたのだけどね」


 悲しそうにライル・ストラトスは目を伏せるが、もう騙されない。

 

「貴方にお会いしたら一度お聞きしたいと思っていました」

「なにかな?」

「貴方が禁術、【隷属の鎖】を僕に刻み込んだのですか?」


 一瞬、ライル・レドヴィックが答えに窮して黙りこんだ。

 そして見る間に、理知的な紳士の仮面を脱ぎ捨て、その残虐性をむき出しにする。


「今頃やっと気づいたの? 愚かで可愛い異母弟(フィリス)

「……いえ、気づいたのは随分前です」


 フロワサールに来て、暫くは全く気づかず、兄を慕う気持ちに変化はなかった。それがいつ頃からだろう、そんな自分がおかしいのではと思い始めたのは。


 最初は偶然、「レドヴィック」の名を耳にした時だ。

 突然、記憶が押し寄せてきた。

 優しい笑顔のライル兄上、次の瞬間に頬に痛みを覚える。

 手を繋いでどこかに連れて行ってくれる兄。と思えば暗く狭い空間に押し込められた。

 使用人達と一緒に入れば、兄が寄ってきて、知らぬ間に一人になる。

 何よりおかしいのは、そんな境遇なのに一心に兄慕う自分だ。


 なんで殴られてるのに笑っていられる? なんで恐怖を感じない? どうして好きなんだ?

 おかしい。変だ。


 それからは、「レドヴィック」や「フィリス」と聞くだけで、強い吐き気と動悸、死にたいほどの絶望感に襲われた。心配した養父から治療を勧められ、禁術である【隷属の鎖】の後遺症だと、複数の治癒術師と治療士の診断を受けた。


 【隷属の鎖】は、【洗脳系】の禁術の一種だ。自我を眠らせる【催眠(ヒプノ)】や、自我に背いて強制的に命令を実行させる【従属の印】と違って、自我をそっくり思うままに作り変え、術者の思うまま操れる自発的な人形を作り出す。


 幸いにもアーシュリートにかけられた【隷属の鎖】は、セラの【光浄化】によって解除された。残ったのは、兄への偽の想いで苦しむ後遺症だけ。現在はだいぶ立ち直ったが、完治はしていない。


「どうして、僕に禁術をかけたのですか? そんなに僕が憎かったのですか?」

「憎く、はないな。可愛くもない。しいて言うなら何とも思ってない。

 どうしてって? 僕は【闇】の禁術使いだよ。そこに禁術があったら使ってみたくなるでしょう?」

「……そんな事で……」

「そんなこと? そんなことって言ったかな? 僕の気持ちが理解出来ないなら、君は魔術師としては失格だ。魔術の研究は先人たちの偉大なる実験と失敗によって支えられているんだ。君達が使う魔術も然り。そして禁術は最も偉大な魔術だ。その禁術を、僕は十三で使いこなした。すごいと思わないか? 十三だよ」

「……十三って……その頃、僕はまだ赤ん坊だったんじゃないか……」

「そうだよ。君はまっさらな赤ん坊だった。そんな小さい子供にかけた例はなかったから、どうなるかわくわくしたよ。それなのに……あの女が邪魔した」

 

 ライル・ストラトスの顔が歪んだ。「メルローズ」と憎々しげにその名を吐き出す。


「魔力ばかりの低能な女。あいつ、君に禁術をかけたことに気がついて、意図的に逸らした(・・・・)。僕が『フィリス』という名前を起点に禁術を展開したのから、君を『アーシュ』として育てたんだ。本当なら、もっと完璧な僕の下僕になったはずなのに。なんて忌々しい愚かな女だろう。 折角の偉業を台無しにした上に、さっさと死んでしまって」


 また、母が助けてくれたのか。アーシュリートは心の内で感謝した。母が「アーシュ」として育ててくれたからこそ、まだ人としてまともに育つ事が出来たと。


「ところでね、フィリス」

「その名で呼ぶな」

「怒るなよ。仕方ないな。もう少し君と遊びたかったんだけど。……あのね、僕は、”外”に行くから」

「は? 何を言って……」

「レドヴィックはもうお仕舞い。潰れる。愚かな父が全ての罪を被って自滅。だから、僕はこのまま逃げる。最後だから、僕の最初の下僕である君に会いたかったんだ。君が来てくれて嬉しかったよ。だから、ご褒美をあげようね。ほら……お出で、セラ』」



 ライル・ストラトスの合図で、奥の続き部屋の扉が開かれた。

 そこから女性が三人入ってくる。両脇のメイドに手を取られて居る真ん中の少女が、セラだ。

 

「セラ……」


 呼んでも応えはない。

 アーシュリートは気づいた。セラの藍玉(アクアマリン)の瞳は濁った水のように輝きを失っているのを。




お読みいただきましてありがとうございました。


次回は、明日(土曜日)午前0時更新予定です。よろしくお願いします。

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