第50話
5日連日更新、二日目です。
驚いて椅子を蹴倒しそうになりかけながら立ち上がった。
両脇からメイド二人がかりで抑えこまれる。
その間ライル・ストラトスは私を全く気にせずに悠然と食後酒を楽しんでいた。
「おやおや。食事の作法を習っていない? 貴族連中には僕みたいに度量の広い者ばかりではないから気をつけた方が良いね」
その口調が驚くほどアーシュにそっくりで、血の絆を感じる。
ライル・ストラトスとアーシュは似ていた。ふとした時に漏らす微笑みや、ちょっとした仕草とか。体つきも、背が高い割には痩身な所とか。
でも、彼とアーシュでは根本が違う。
アーシュは、こんな意地悪く笑いはしない。他者の不幸を喜ぶ素振りも、他者の傷をいたぶる言葉も吐かない。アーシュは……優しくて繊細な人だ。この人とは違う。
「ライル・ストラトス様……貴方がアーシュ……フィリス様のお兄様であることは理解しました。では、何故に私をここに連れてきたのですか? フィリス様の昔話を聞くためですか?」
恐らくそんな穏便な理由ではないだろうと確信している。クロちゃんを傷つけ強引に拉致しておいてありふれた理由なんてあり得ない。
「君をここに連れてきた理由? 二つあるよ。一つは実験。【光属性】が【闇属性】に対してどれだけ耐性を持ってるかの。もう一つは……こっちの方が主なんだけど、凄く長くなるし、人には聞かせたくないんだよな」
「長くても結構です。教えて下さい」
「話したら、帰せなくなるよ。いいの? ああ、いっかそうしたら僕のお嫁さんにしてあげるよ」
「いやです」
「いうねぇ。ただの平民の娘が貴族の、それも【闇魔術】のストラトスを手酷く振るってあり得ないんだけど? まあ、僕と君じゃあ、属性からして合いそうにないから別に良いけど」
「……話す気はないんですね」
「そうでもないよ。話たいよ。話しちゃおうかな。でも、そうしたら君は生きてここから帰れないんだけど、いいの?」
「……」
「いいのかなぁ、いいんだよね。……ほらほら、そんな怯えた顔しないの。ますます話したくなるでしょう」
手にしたグラスをゆらゆらと揺らす。中の葡萄酒の赤色がまるで血のようだ。
震えそうになる手をもう片方の手で抑えつけ、私はライル・ストラトスを睨みつけた。
「ああ、いい顔。いいね、ずっと守られてて何にも染まってなくて、純粋ですって主張しちゃって。僕でなくても壊したくなるよ。……いいかな、壊しても。いいか、それはそれで」
くすくすと彼は笑い続ける。
そんな彼を見ていて私は過去に聞いたマーク先生の話を思い出した。私が【光属性】の特性について教わっていた頃だから相当昔の話だ。
『【光属性】と【闇属性】は特殊です。この二つの属性には人の心を操る魔術が数多に存在します。そういった魔術は、逆に自分の精神の均衡を崩すことになりかねない。使う時は心しなさい』
【光】【闇】は他の属性と違って、人の精神に干渉する属性でもある。そういう魔術は同時に術者の精神にも影響を与える。だから、多くの光魔術師や闇魔術師が精神を病んで表舞台を去らざる得なかった。そうならないように、私をエリー兄は先生から注意を受け慎重に学んできた。
もしかすると、このライル・ストラトスという人は、すでに【闇魔術】に取り込まれて心を病んでしまっているのかも知れない。だったら、早く治療士の元で治療しないと……。
「……貴方は「うん、話すよ。話してあげる。長いけど、時間はたっぷりあるから良いよね」
私の言葉を遮って、ライル・ストラトスは話し始めた。
それは、話の半ばで自分の耳を覆ってしまいたいと思ってしまうくらい酷い話だった。
それは、彼がずっと幼いアーシュをどのように扱ったかの……とても聞いていられない罪の話。
八年前、ライル・ストラトスは、異母弟を人買いに売った。
「理由って? そんなのが聞きたいの? 決まってるでしょう。お金が足りなかったんだよ。あの愚かな父上が我が家を傾けたから」
レドヴィック伯爵家は、二十年前の政争で第二王子側につき、更に血族の一人が王妃の血族に嫁いだ関係で宰相と王妃の一族を縁を結んで繁栄の礎を築いた。同じ魔術系貴族から魔力の高い若い娘を後妻に迎え、権勢並びなきかと思われた。実際、ライル・レドヴィックが言うには、一時期はニ、三代では消費しきれない財があったらしい。
しかし、レドヴィック伯爵には時勢を読む能力はあっても、経営能力には恵まれなかった。数々の失政を繰り返し、八年前には多大な借財を背負った。
「僕がレドヴィックの経営に正式に携わったのは十年近く前かな。その時にはもう火の車だったよ。とはいっても、正規の立て直しだと時間ばかりかかるからね。手っ取り早く、趣味と実益を兼ねて商売することにしたんだよ」
それが、”人買い”だったそうだ。
ライル・ストラトスが趣味で作り上げた【従属の印】を刻む魔石を人買いに渡し、更に、魔導塔に登録されていた魔力持ちの平民の情報を人買いに流す。人買いの一味はそれを元に魔力の高い子供を浚い、”外”で売り飛ばす。それはレドヴィックに安定した収入をもたらし、レドヴィック家の財政ををあっという間に立て直した。
「フィリスはね。本来ならもう少し高く売れても良かったんだけどね。壊れかけてたし、魔力も抑えきれてなかったから、買い叩かれたなぁ。しかも、途中で逃げられるし。
上手く行けば、大金を稼いだ上に壊れて面倒になったフィリスは僕の前から消えて万々歳、のはずだったのだけどね。何故か、あの子は生きていて僕の知らない所で笑ってる。フィリスのくせに。おやおやと思ったよ。まあ、さほど害はなさそうだから放っておいたけど。
そうしていたらさ、またあの愚かな父上がね」
レドヴィック伯爵は再び大きな借財を作った。今度ばかりは生半可な手段では返しきれないほど大きな。そのためにレドヴィック伯爵が売った手は……ナルヴィに爵位ごと明け渡す、つまりは身売りだ。
「あの愚かな父上は、ナルヴィの娘とフィリスを娶せて伯爵位を継がせるんだそうだ。僕は要らないと言われたよ。フィリスは【闇属性】が使えないんだけどねぇ。由緒ある【闇】のレドヴィックの当主が【闇】を使えないなんて本末転倒だよねぇ? それだけじゃなくてさ、あの愚かな父上は、僕の【闇】が濃すぎて怖いんだってさ。闇使いのくせに闇が怖いって何言ってるんだろうね。全くバカだよねぇ」
おかしいよ。レドヴィック伯爵もライル・ストラトスも。アーシュは我が子なのに弟なのに。これも、【闇】のせい? 心の均衡が崩れてしまったせい?
「だからね、僕は愚かな父上を【隷属の鎖】で縛ったんだ。今では、僕の言うことは素直に聞いてくれるよ。ナルヴィのご令嬢を焚き付けてくれたのは面白かったな。君やフィリスの反応もなかなかだったし」
だからって、全然意味がつながらない。今までの話で私を攫ってなんになるの? 今までの話がどうつながるの。
「ところで君もさ、面白い特徴があるよね。人を傷つけたくないんだって? しかも、何やら心因的な障害を持ってるって聞いたよ」
「なんで、そんなこと知ってるの……」
「君のお友達が教えてくれた。おかしいと思わない。どうやったら僕の手の者が警戒厳重な王立学院の女子寮に入り込めたんだろうって」
「……まさか」
「君も大分恨みをかってるねぇ」
寮の警備は厳重だ。それなのに、あの男は入り込んで来た。ということは……誰かが内部から手引をしたということにほかならない。
私は相当怯えた顔をしたのだろう。ライル・ストラトスは満足気に唇の端を釣り上げた。
「さあて、仕上げだ。そのために君に来て貰ったんだ。これから、フィリスがここに来るよ。そして、僕の可愛い下僕達が待ち構えてる。
君はさ、君を助けるためにフィリスが人を殺したらどうする? 許す? 嫌悪する?
又は、君がフィリスを殺すとしたら、どうする? 嘆く? 笑う? さあ、どっち?」
ライル・ストラトス。
最初はごく地味で堅実な貴族の紳士だと思った。
それが何時からか、どこか常識からずれてしまった気の毒な人に印象が代わり、今は……怖い。誰よりも、怖い。
恐怖で叫びそうになるのを必死で抑える。
「アーシュは理由なく人を傷つけたりしない。私も同じ、そんなこと絶対にしない」
「そうかな? 僕はあの子なら激情でやると思うけど。あの子意外と単純だよ。君は……君は頑固そうだね。ちょっと細工しないとだめかな……」
ライル・ストラトスが合図を送り私の両隣のメイドが動いた。私の腕を捉える。咄嗟に【風魔術】で防御しようとしたけれど、術式が使えない。どうして?!
「この城はね、僕以外の魔術は展開できないよ。おかげで【灯火】の魔石まで使えないからちょっと困ってるけど仕方がないね。さあ、実験をはじめようか? 【光属性】の子が僕の【隷属の鎖】にどれだけ耐えられるかな。楽しみだね」
ライル・ストラトスが【闇魔術】を展開した。
淀んだ澱のような不可視の術式が、私の頭の中を寝食してくる。
頭が痛い。
気持ちが悪い。
「やっぱり効きにくいね。少しつづ魔力を強くしてみるか。さて、どこまで注げば堕ちるかな……。ちゃんと記録しておかないと」
*****
声が遠い。
『セラ、セラ聞こえるかな?』
「……だぁれ?」
目の前に誰かがいる。私はぼんやりと彼を見つめる。
『ありゃ、ちょっと注ぎ過ぎたかな。まあ、良いや。これはこれで使えるし。ちょっと術式を変えてみるか。この状態だと【隷属】より【催眠】の方が効くかも』
誰かが何かつぶやいている。
『セラ、僕の可愛いお人形。僕の声が聞こえてるね』
私は頷いた。
『いい子だ。よく聞いてね。セラ、君は僕が……ライル・ストラトスが好きだ。ほら、繰り返してごらん』
「私は……ライル・ストラトス様が好き……」
青緑の瞳の人の顔が消えていく。
悲しくて涙が流れた。
『結構抵抗するね。……でも何とかうまくいくだろう。じゃあ、次。僕には敵がいる。黒髪の魔術師。僕はそいつに殺されちゃうかも知れない』
「……殺される……?」
『そう。可哀想だろ? だからね、セラ。君が守って』
ライル・ストラトス様の声は、甘くて蕩けるようで、もっともっと聞きたくなる……。
私は彼が大好きで離れたくなくて、彼の言うことなら叶えたくなる……。
『セラ、彼が来たら……君が奴を殺して』
はい。分かりました。私は彼を殺します……。
『ありがとう。愛してるよ。では、彼を出迎えに行ってくるね。呼んだらすぐに出ておいで、僕の可愛いお人形さん』
お読みいただきましてありがとうございました。
次回は明日、金曜日午前0時更新の予定です。よろしくお願いします。




