第44話
前話に「登場人物紹介」を掲載しています。
ご興味がありましたら覗いてみてください。おまけ話も有ります。
(この話からお読みいただいても問題ありません)
アーシュが私を……好き?
一瞬、世界が真っ白になって……彼の言葉だけが頭の中に渦巻いてる。
混乱したまま見上げたら、アーシュがいて……彼の宝石みたいなブルーブリーンの瞳が私を捉えていてまた動けなくなった。
「こんな不意打ちみたいに言うつもりはなかったんだ。だけど、僕は君が……君だけが大切だから君が言う通りには出来ない」
「……アーシュ……」
「好きだよ、セラ。ずっと前から好きだった」
切なげなアーシュの声……どうしよう、もうまともに彼を見られない。
アーシュは私を強く抱きしめた。
「アーシュ……私……」
「うん、分かってる。今は返事はいいよ。でもこれだけは覚えておいてね。これから先何があろうと僕の気持ちは変わらない。待ってるよ、セラ。君の瞳が僕の方を向いてくれるまで」
彼は私の顔を挙げさせてそっと頬に唇を落として涙を止めた。そして、名残惜しそうに上を撫でた後、私を解放した。
「今日は帰るよ。また、学院でね」
そう言い残して彼は帰っていった。
一人残された私は……彼が帰るまでは何とかたっていられたけど、扉が閉められた瞬間に全身から力が抜けて、崩れるように蹲ったまま動けなくなってしまった。
たまたま様子を見に来たキーラに発見されなかったら、私は夜までずっとそのままの状態だったかも知れない。相当青い顔をしていたようで、無理矢理ベッドに押し込まれた。
そして、その夜、再び発熱した。
*****
幸い二度目の発熱は大したことがなく、翌日の昼には起き上がれるようになった。
発熱の知らせだけが父様に届いたらしく。父様が仕事を放り出して帰ってきたけのだけど、ちょどその時、私は熱が下がって食事を取っていた最中だった。
驚いて目を丸くする私を見て、父様は安心したように息を吐いた。
「良かった。また、酷い熱を出したと聞いて心配したよ、セラ」
「ごめんなさい、父様。でも、もう平気よ」
「そうみたいだね。安心したよ。でも、学院に戻るのは先に伸ばした方がいいね。しっかり身体を治してから戻りなさい」
「……はい、父様」
しおらしく聞いていたけど、父様がそう言ってくれて助かったとも思った。今はまだ、彼に会う勇気がないから。
「この屋敷に一人残るのは寂しいだろうが、休みになればエリーやアーシュリート君も尋ねてくるだろう……おや、セラ、どうした?」
父様の口からアーシュの名が出た途端に心臓がはねて息が止まりそうになった。
「落ち着いて、息をしなさい。そういい子だね。ゆっくり吸って、吐いて……もう大丈夫かな」
「父様……」
やっと落ち着いた私に、父様はやれやれと肩を竦める。
「どうやら君には時間が必要みたいだね。気が済むまで家にいると良い。学院には連絡を入れておいてあげよう」
「ありがとう。父様……あの、お願いなんだけど、少しの間だけで良いから、誰にも会いたくないの……。エリー兄にも、……ア、アーシュにも。その……」
「……どうして……と聞いてはいけないのだろうね……分かったよ」
きっと私は困った顔をしていたのだろう。私をじっと見ていた父様は、ため息混じりで私のお願いを聞いてくれた。
「ああ、それと、ご領主様の所へリュスラン殿下が君の様子伺いが来ているよ。……君たちはいつそんな偉い方々とお知り合いになったんだろうね」
「殿下から? え? あの、平民の私がお返事してもいいの?」
「直接ではないからね。ご領主様を通す事になるから安心してお返事しなさい」
「……はい。後でお手紙書きます」
「そうすると良いよ」
父様は何だか複雑そうな表情をしてたけど、それを気にしている余裕は今の私にはなかった。
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「お嬢様、どちらにお出でに……なんでこんな所に! 食堂は逆方向ですお忘れですか?」
「お嬢様! それは旦那様の秘蔵の葡萄酒です、あーもったいない……」
「お嬢様! 駄目です! そんなに掘り返しては、芽が出なくなりますよ!」
「お嬢様、上着が裏返しです! 違います! 今度は前後が逆です」
「お嬢様、足元に石が、……だからご注意申し上げたのに」
王都のアズリ家では連日使用人達の悲鳴が上がっていた。
それは、当家自慢の……自慢のはずだったセラフィカお嬢様が、ここの所心ここにあらずで常にぼーっと何かを考えこみ、その結果様々に仕出かしているのである。
食事の時間に食堂に現れないので部屋まで迎えに行ってみればもぬけの殻。探しまわったら中庭を越えて厩の端まで行っていたり(本人は、ちゃんと食堂に向かったつもりらしい)。
急に思い立って、厨房を独占して大量の菓子を焼き上げてみたり(その日貯蔵していた卵や小麦粉が全て無くなった。更に、当主が秘蔵していた極上葡萄酒の中身も半分ほど減っていた。菓子の風味付に使われたらしいが、原価を考えると恐ろしいと、アズリ家のシェフが頭を抱えていた)。
花の種を蒔こうとスコップ片手に、いつの間にか落とし穴をいくつも掘っていたり(庭師曰く、もぐらの大群が攻めてきたのかと思ったとのこと。すっかり耕されたので、花を植えるのは止めて野菜を植えることにしたそうだ)
普段のセラフィカお嬢様からは考えられない。
とにかく、馬車馬のように動いているか、ぼんやりと考えこみ、時々頬を染めたと思ったら目に涙をうかべたりと落ち着かない。
こんな時に頼りになるアズリ家の若君といえば、休日になっても戻らない。あんなに可愛がっていた妹君がこんなに不安定なのに心配にならないのか。使用人達は八つ当たりなのを承知しつつ憤る。そう言いつつ若君の帰宅を心待ちにしていた。
ところが、当の若君のエセル・アズリだが、彼は彼でやはり落ち着かない友人達を抱えて大変難儀していたのである。
*****
「で、なんで呼び出したんだ? あんた達」
じろりとエリーは彼等を睨みつける。
「いや……その……」
「だからだな……」
「言っておくが、セラからは何の連絡もないぜ」
途端に肩を落とす二人、アーシュリートにリュスラン殿下だ。
「そうか……セラはまだ……」
「アーシュ、お前、何やったんだ? 暫く会いたくないからって俺までとばっちりで帰れなくなったんだぞ」
「……う……ごめん」
うなだれる親友。何をやったかは聞いてないが想像はつく。大方、妹が突拍子もないことを言い出して、親友の忍耐力の限界を超えさせたんだろう。
「……ごめん」
「……アーシュ、やらかしたことを後悔してるのか?」
「それは……ないよ。遅かれ早かれいつかは言おうと思ってたし」
「だったら、大人しく待ってるんだな、あいつが落ち着くまで」
「分かってるよ。だけど……つらいな……」
アーシュリートがおとなしく頷くのを見届けてから、もう一人の方に向き直る。今度はリュスラン殿下だ。
ぐるる、と唸り声を出して噛み付きそうな顔でエリーを見ている。
「本当にもう心配ないのか? 嘘はついてないんだろうな」
「そんな嘘吐くかよ。俺もアーシュもあいつに会ってるんだ。一応元気そうにしてたぞ」
「……お前らはセラフィカに会えたからいいだろうが。私は……フロワサール公を通じて何度も伝言を頼んでいるのだが……伝わっているのかも怪しい」
「……セラは返答したと聞いてるが」
「検閲済みの当たりさわりのない文章しか来てないぞ! どこかで、隠匿されているに違いない。あの狸が……」
ギリリと、歯噛みする音がここまで聞こえそうだ、とエリーはげんなりする。
「いっそのこと、抜けだして押しかけてやるか……」
このリュスランのつぶやきは軽視出来ない。
「やめろ! あんたが来たら街中大騒ぎになるだろうが! セラの将来を潰すつもりかよ!」
「責任はとるぞ。 嫁にしても良い!」
「そんなの誰も望んでないって。……おい、アーシュ!! 抑えろ! こんなのでも一応この国の王子だ!」
アーシュの【氷弾】をリュスランはひょいと身軽に交わし、【火球】を放った。
エリーは頭を抱える。いいのか、次代の国の中枢にいるべき奴らがこんなので?
「とにかく、今からでも俺が様子を訊いてきてやるから、二人とも暴走するな!!」
*****
じゃれあいのような魔術の打ち合いを終え、幾分すっきりしたようなリュスランが二人に向き直った。
今回、二人を呼び寄せたのは、セラフィカの様子が知りたいからが大きかったのだが、勿論それだけではない。
「ヨランディ教官だが……二日前の朝、牢の中で遺体で発見された。毒を煽ったらしい」
ナダル・セツ・ヨランディは、王立学院の物資を横領したとして憲兵に引き渡され、重罪人が入るべき王城第一塔の地下牢に収監された。そこは騎士団によって厳重に監理されており何者も立ち入ることは出来ないはずだったのだが。
「牢に入る前に持ち物は全て検査されている。毒物は持っていなかった。とすれば、監視の目をのがれて誰かが奴に渡したと考えられる」
「……教官には仲間がいたということか? 外部の侵入者、又は内通者がいた」
「あれだけの研究施設を作っていたんだから、相当大きな組織だと思う。……口封じだろうね」
実際、リュスランが手にしている情報と言えば、「ナダル・セツ・ヨランディ」という名は偽名であり、彼は何かの目的で魔獣を研究していた、そして、理由は不明だがリュスランを殺そうとしたという事のみだ。
「この件に関しては、三公爵家がそれぞれ動くらしい。お前たちにも協力を仰ぐことになる。よろしく頼む」
「了解です」
「分かった」
二人の同意を得て、この話は終わる。後は……小耳に挟んだあの話だけだ。
「もう一つの懸念だが、アーシュリート。確認するが、お前は生家と連絡をとっているか?」
「いいえ」
彼は即座に否定した。
「ならばいい」
「レドヴィックが何か?」
「……少々きな臭い噂が出ている」
それはまだごく小さな噂だ。レドヴィック伯爵家は副業の経営が上手くいかず多大な借金を負ってらしい、というのが一つ。もう一つは……レドヴィックが【闇魔術】の禁術に手を染めようとしていると。どちらもまだ噂の域を出てはいない。が、カミーユはリュスランに告げたその事実を鑑みれば、楽観できる事でもない。
「お前はブルムスターに出ているから問題ないとは思うが、注意するに越したことはないぞ。気をつけろ」
「ご忠告ありがとうございます、殿下。接触が有りましたら直ぐご報告します」
「ああ、そうしてくれ」
これでリュスランの現在の気がかりは無くなった。あとは……。
「セラフィカが戻ってくるのを待っていたかったが、私は明日から暫く学院には来れない。それが残念だな」
リュスランは、十八歳の誕生日を十日後に控えている。その日に「成人の儀」をとり行い、学友たちより一足早く大人の仲間入りを果たす。その準備のため、これから王宮に篭もることになっている。
「成人する前に彼女に会って礼を言いたかったのだが……仕方がないか。エセル・アズリ、感謝していたと伝えてくれ」
「……面倒がらずに自分で言えよ。一生会えなくなるのではあるまいし」
「……そうだな……そうするか」
成人の儀の後には、すぐに彼の伴侶となる女性が発表されるだろう。そうなった後で、どうセラフィカと接していいか、リュスランはまだ迷っている。
そんな彼を見透かしたようにエセル・アズリは言った。
「俺もセラも待ってる。しっかり、自分の務めを果たしてこいよ」
「ああ、わかってる」
リュスランは苦笑いと共に同意した。
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ずっとずっと考えて、それでも自分の気持ちが良くわからなかった。
アーシュは好きだ。彼がいなくなるのはとても悲しい。
でも、果たしてそれが、エリー兄達に対する「好き」と違うものなのか、アーシュの言った「好き」と同じ「好き」なのかが分からない。
考え続けて、結局、わからないならわからないままで良いや、と放棄した。もう、あったその時に考えよう、とやけになった。
というわけで、約二十日ぶりに学院に戻ったのだけど。
私が戻ることは、誰にも、それこそエリー兄にも教えてなかったはずなのに、その人は目の前にいて私に爆弾を投げつけてきた。
「初めまして、わたくし、ミレニアーナ・ケイト・ナルヴィと申します。総合学部の第三学年に在籍しております。これから長いお付き合いになるでしょうから、よろしくお願いしますわね」
「……セラフィカ・アズリと申します。魔術学部の第一学年です。……その、長いお付き合いって?」
「あら、聞いておられませんの? わたくし、この度、レドヴィック家の次男のフィリス様の婚約者に決まりましたの。わたくしは鷹揚ですので、愛人の一人や二人は気にしませんわ。ですから、仲良くいたしましょう。セラフィカさん?」
フィリスの婚約者……って、アーシュの?!
驚きすぎて、今度こそ、心臓が止まったと思った。
お読みいただきましてありがとうございました。
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