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第40話

 

◇◇◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆



 最初は【炎魔術】、次は【転移】。

 今度は【索敵(サーチ)】だ。真綿で首を締めるように、こちらの手を封じてくる。

 

――とことん性格の悪い奴だ。

 

 エリーの心中は暗い。そして、胸の内には、最悪の予想が生まれつつある。

 見たところ、親友(アーシュリート)も同じような事を予測したのだろう。少しだけ顔色が変わっていた。


「エリー、ちょっと良いかな」

「ああ、何だ?」

「この洞窟を作った奴、誰だと思う?」

「……さあな。推測するにも材料が少なすぎる。ただ、俺たちをよく知ってる奴だな」

「そう……だよね。僕もそう思う……もしかすると……」

「心当たりがあるのか?」

「いや、まだ確信はない。だけど、もしそうなら……次に狙われるのは……セラだ」


 セラは、今、このパーティーの防御の”要”を担っている。もし、セラを失ったら魔獣の攻撃を防ぎきれるか。そこまでいかなくても彼等の行動は制限され今までのようにはいかない。崩れたら立て直しは容易ではない。


「今朝のセラの顔色は悪かった。体調が気になる。この先、休めそうなら休もう」

「ああ、そうだな」


 

 最良を探してそう決めたのに、何故か空回る。


 彼等がそう話し合った直後に戦闘に巻き込まれ、後方で【防御壁】を張っていたはずのセラを狙われた。

 

 セラが張っていたはずの【風壁(ウィンドウォール)】が揺らぐ。少しの刺激で破裂消滅しそうなほどだ。


「どうし……離れろ! セラ」


 セラの足元にいたのは、甲殻類型魔獣の幼生で危険にあうと仲間の群れをを呼ぶ性質を持つ。一見無害な外見だが、非常に危険な魔獣だ。

 

 予想通り、地中から魔獣の群れが飛び出してくる。その数は百ではきかない。そして、穿たれた床は脆く、地に氷に亀裂が走ってゆく。


「アーシュ、凍結で塞げ」

「もうやってる!!」


 アーシュから放たれた魔術は、確実に氷を形成していってる。が、それよりも壊れるのが早い。

 セラが崩壊に巻き込まれた。

 エリーやアーシュリートの位置では手が届かない。


 まずい。


「セラフィカ、手を伸ばせ」


 セラを追ってリュスランが深い穴に消えていく。

 

「セラ!!」

「抑えろ、アーシュ!! 巻き込まれる!!」


 セラの結界を張る声が聞こえた。結界があればしばらくは大丈夫。それよりも、親友の暴走を止めなくてはならない

 

 アーシュリートを引きずって、一先ず安全な場所を目指した。


 確かに、”これ”は俺たちを知っている……いや、知リ尽くした者の罠だ。

 セラが何に気をとられるか、殿下やアーシュが何に心乱すか……分かってやってるのか。

 一体誰が……いや、今は考えまい。殿下と妹と合流するまでは。



◇◇◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆



 何とかセラフィカの手を掴み、そのまま引き寄せた。

 このまま叩きつけられてるか、押し潰されるか、そう覚悟した時、かすかな歌声と同時に周囲が魔力で満たされた。


――【結界】? セラフィカ、お前か?


 リュスランの目前で多量の岩と氷が、ぶつかっては押し返され、潰されては覆われていく。

 あっという間に、暗闇と岩に埋もれた。可動域は、数センチ、僅かに身動ぎが出来うるほどしかない。

 だが、まだ生きている。

 リュスランは、ほっとして緊張の糸を解いた。


「助けるつもりで……助けられたな」


 セラフィカを身体で庇ったつもりだった。だが、もし、セラフィカが結界を張らなければ、リュスランは瓦礫と氷に飲み込まれて命を失っていただろう。それが、こうしてまだ無傷で生きている。


 




 初見の彼女は、ただ単に友人の友人という存在だった。

 ただ、何故か懐古の情が溢れだしたのが不思議だった。だがそれだけだ。その後も他の者と大差なく、友人の大切な幼なじみであるとの認識に収まっていたはずだ。それが、いつ崩れたのか。


 正直に言えば、最初から少しづつ惹かれていたのかも知れないと思う。


 セラフィカは、素直で正直でどこか抜けていて、見てると飽きない。

 考えが甘くて、お人好しで泣き虫で、つい、手を差し伸べてしまいそうなぐらいか弱そうだが、実は結構頑固で芯が強い。


 いつの間にか、無意識に目で追っていた。


 だから知っている。彼女の心がどこにあるかは。知っていて、きちんと制御していた……はずだった。


「………………ちゃん?」


「セラフィカ? 気がついたのか?」


 腕の中の彼女が身動ぎした。僅かに顔を上げて、ぼんやりとした瞳でリュスランを見た。

 そのまま、無邪気に笑いかける。幼い子供のように。

 そして、すぐに泣きそうに藍玉(アクアマリン)の瞳に涙を溜めた。


「………………ごめん……ね」

「何をだ? お前は何もしていないぞ」


 しかし、彼女は答えずにそのまま再び眠りについた。安心して寝入った子供のように。

 ごく僅かに動かせる右手で彼女の滑らかな髪を撫でた。


『……ラ!!』


 不意に彼女の胸元から、場違いな声が聞こえてくて驚いたが、とリュスランはすぐに理解した。彼女の幼なじみが開発した極小サイズの通信魔道具を使ったのか。


『セラ!! 聞こえてる?』

「聞こえてるぞ」


 セラフィカが目覚める様子がないので、代わりに答える。本人限定の設定がなければ良いが。


「アーシュリート、そちらは無事か」

『殿下! 無事ですか? セラは?』

 助かった。限定設定はしていないらしい。


「無事だ。生きているという意味ではな。今は眠っている。ただ、二人とも岩の下敷きになって動けない」

『な、……それは無事とは言いませんよ! 空気は持ちますか? 直ぐ行きますどこですか場所は』

「慌てるな。セラフィカが結界を張ったから、動けない以外に支障はない。場所は……この魔道具からわからないか?」

『……少しお待ちを』

 

 ごく数秒で、アーシュリートからの返答が来た。


『場所の特定出来ました。これからエリーと向かいますが、元の場所より五階層ほど下なので、時間がかかります。それまで、そのままですがよろしいでしょうか』

「ああ、セラフィカの結界が破られないかぎり大丈夫だ」

『セラの結界なら大丈夫です。……それと、この通信を頼りに向かいますので、魔力の節約のためこれ以降の通信は出来ません』

「分かった」


 そこで通信が切れた。



 ひとまず安堵する。

 ちょうど抱えていたセラフィカが身じろぎした。


「セラフィカ。気がついたか?」


 何度か呼びかけると、彼女は薄く目を開けた。


「殿下……あの」


 まだ完全には覚醒していないのだろう。彼女の視線は定まっていない。自分がどういう状態であるのかもわかっていないようだ。


「ここは……どこですか?」

「……落ち着いて聞いてくれ。お前、床が抜けて落ちた事を覚えているか? ここは、元の場所からだいぶ下層らしい」

「……そう……なんですか。……殿下、お怪我は?」

「ない。お前が結界を張ってくれたからな。おかげで今も無傷だ」

「それはよかった……です。でも……何で、ここは暗いんですか。それにこの体勢、なんです?」

「うん、それはな……」


 取り乱させないようするには、どう話せばいいか、少しだけ悩む。


「私達は、瓦礫の下にいる。……安心しろ、お前の結界は頑丈だ。先程、アーシュリート達と連絡が付いて、今は救出待ちの状態だ」

「……えっと、生き埋めになっちゃったってことですか……」

「……まったくお前は……」

 怖がらせたくなくて使わなかったのに、躊躇いもなく使ったな……。ただ、声に不安の色はなかったので、そこは安堵した。


「……平たく言えばそうだ。だがな、アーシュリートは直ぐに来ると言ってる。少々、体勢が苦しいだろうが、我慢してくれ」


 アーシュリートの名を出した途端に、セラフィカは蕾が開くように表情を綻ばせ微笑んだ。彼女にそんな表情をさせる奴が少々気に食わないでもない。

 

 しかし、セラフィカの意識が明瞭だったのそこまで。すぐに、反応が薄くなり、力が抜けていく。


「おい、セラフィカ。起きてるか? 返事しろ」


 息遣いが荒い。

 しかも、時折「寒い」とつぶやいている。彼女から使わる熱は次第に熱くなり……。 


「セラフィカ、お前……具合が悪いのか……くそ」


 リュスランは己の無知を嘆く。こういう時に、何をどうすれば良いのか見当もつかない。

 ただ、「寒い」と繰り返すセラフィカをを抱える手を強くするだけだ。


「……く、……早く来い、アーシュリート。お前の宝が……壊れてしまうぞ……」





 どのぐらい待っていただろうか。

 遠くでガラガラと音がする。それはだんだんとリュスラン達に近寄ってくる。

 やがてやっと、彼等を圧迫していた瓦礫の一角が取り除かれた。


「殿下、無事ですか? セラは?」


 瓦礫を抱え上げたアーシュリートがリュスランを覗き込んで確認してくる。

 どう見てもリュスランよりも細身でさほど力はないだろう彼が、自分の体重より重いものを抱え上げているのに、リュスランは目を丸くした。


「アーシュリート……お前、意外と怪力だったんだな……」

「違いますよ。エリーの魔術です。詳しくは彼から聞いてください」

「……やなこった……」


 エセル・アズリが心底嫌そうに拒否した。まあ、いい。後で聞き出してやれ。


 人一人が抜け出せる隙間が作られたのは、それから程なくしてだった。

 最初に、セラフィカを連れだし、それからリュスランが自力で這い出た。


 眠るセラフィカを引き渡す際、一瞬躊躇した。それをアーシュリートに悟られなかったのは幸いだったと思う。



*****



「もう、ぐだぐだしてる余裕はない」


 そうエセル・アズリが断言した。


「随分下の階層まで落ちてしまった。これから、上に上がるのは時間がかかる。そこから出口をさがして、となると……セラが保たない」


 現在、セラフィカは高熱を発して寝込んでいる。いつ動けるようになるのか心もとない状態だ。


「最下層に魔力の塊が存在する。【転移阻害】の主魔石である確率は五分だが……今は賭けるしかない。危険を承知で下層に降りる」

「……そうか……確かにそれしかないか……」

 

 リュスランとアーシュリートが同時に重たいため息を付いた。


「アーシュ、一時的で構わない。セラを動けるように出来るか」

「……やりたくない」

「アーシュ」

「……分かってるよ。……出来るよ。せいぜい半日でいいのなら」


 病気の類には、治癒魔術は効かない。この場で出来ること言えば、熱と炎症を抑える薬草を【地魔術】で効果を強化し、体内にとり入れた後に【水魔術】で強制的に体内に巡らせる対症療法しかない。それは一時的な効果しか得られず、歪められた体力は本来の自然治癒力を阻害してその後の病状の悪化を招く。後遺症も考えれば、なるべくなら使いたくない方法である。


「……分かってる。しかし、全員生き延びるためには、セラの力は欠かせない。アーシュ、治療を始めてくれ」

「……了解」


 アーシュリートがセラフィカの元へ行った後、リュスランは黙って考えこむエリーに話しかけた。


「……お前たちは仲がいいな」

「あ? ああ、まあ、ガキの頃から一緒だし」

「お前たちも魔術も揃って変わってる。結界の”アレンジ”に薬剤の【強化】か? お前も先程変わった魔術をつかってな。あれは何だ?」

「……秘密」

「……そうか」


 素っ気ないエリーの言葉にリュスランはがっくりと肩を落とす。その様子をみて、エリーは僅かに口角を挙げた。


「俺たちの魔術が変わってるのは、俺たちの師匠が変人だったからだよ」

「お前たちの師? お前たちが師事してるなら優秀な人物なんだろう。一度、御教授願いたいな」

「……教わってみたいのかよ……物好きな。あの人、魔術師仲間じゃ奇人変人の異端児で有名だぜ。その弟子だから、俺たちも問題児だ。俺も、妹も、アーシュもな」

「揃って、優秀な魔術師に見えるが……確かにそうかも知れないな……」


 普通の魔術師なら、【近距離転移】なんてしないし、【結界】のアレンジなんて出来ない。目の前にいる奴がごく当たり前のように、複数術式を並行展開で発動させたのには少々驚かされた。ちらほら話は聞いていたが、噂と実際めにするのとは随分と違うものだ。


「帰ったら、お前たちの師匠に会いに行くか……。帰れればな……」

「心配するな。帰すよ……少なくとも殿下と妹は……。それが俺の仕事だからな」



お読みいただきましてありがとうございました。


次回は、3月8日を予定しております。時間は未定ですが、遅くとも8日中には更新致します。よろしくお願いします。


 しばらく暗い状況が続きますので、ちょっとだけ雰囲気の違う話を下に掲載しました。

 






【第40話こぼれ話】(セラが発熱して寝ている状況下でのお話です)





「お前達、本当に仲がいいな。エリーに、アーシュに、セラか……」

「殿下?」

「それが?」

「不公平だ…………お前たちばかり愛称で呼びあうのは不公平だ。

 そうだ、お前たちの事はエリーにアーシュと呼ぶから私も……そうだな、リュシーとでも呼んでくれ」

「はい?」

「はあ?」

「ほら、アーシュ……おい、【凍結】は止めろ!」

「……セラの様子を見てきます……。殿下、お戯れはほどほどに」

「……何だあいつ……お前は、エリー?」

「…………」

「エリー?」

「…………分かった、条件付きで呼んでやる」

「ほう、その条件とは?」

「……国王陛下を”父ちゃん”と呼べたら、俺もあんたを”リュシー”って呼んでやるよ」

「………………」

「どうする?」

「……………………私には……無理だ…………」

「じゃ、諦めな」

「…………分かった……」



 などという会話を交わしていたとかいなかったとか。

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