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第37話

 

 一瞬で、景色が、空気が変わった。

 ザシャ、と激しい水音と共に、私は水中に放り込まれた。


 水が冷たい。心臓まで凍りつくようだ。 

 必死で水を掻いて水面に顔を出した。

 喘ぐように息を吸い込めば、濃密な闇の魔素が流れ込んでくる。


「こほっ。だ、誰か!」


 助けを呼ぼうとした、その時。

 私の足にぬるぬるとした何かが纏わりつく。腰まで巻き付いて、手繰り寄せようと。


「うぷっ、だ、ぷ、誰かーーー」


 そのまま水中に引き摺りこまれた。


 真正面に半透明(スケルトン)の化物がいる。

 ぎょろりとした黒い眼が私を見てる。


 半透明の生白い身体からのびた触腕が八方に広がって、中央にカタカタと歯を鳴らす口が見えた。


――やだぁぁ……。


 悲鳴と一緒に、肺に残っていた最後の息を吐き出し水が流れ込んで来て。

 死ぬんだ、と覚悟した。


 ブシュ、とくぐもった音が伝わって、触腕の拘束がゆるくなる。


 誰かの手が私の腰を抱いて、水面まで押し上げてくれた。

 急に肺に目一杯空気が流れ込んできて、むせ返る。


「セラ、怪我は?」


――アーシュ?


 焦ってるアーシュの声が聞こえる。

 大丈夫、と答えようとしたけど、私の意識は持ちこたえられず、そのまま暗闇に沈んだ。








 

「セラ、しっかり」


 アーシュが呼んでる。起きなくちゃ。でも、眠い……。


「まだ駄目か……。エリー、【炎】は使えないのか?」

「出来たらやってる! 発動しない。無理すると壁が融けるぞ」

「【熱風(ヒートウィンド)】ではもう限界だ」

「落ち着け、アーシュ」

「…………が冷たいんだ……このままじゃまずい! 暖めないと」


 炎が使いたいの? 壁が融けちゃうゃう? 融かさなければいいの? だったら……。


「……【風結界】……」


 空間を区切って、空気を圧縮して壁を作って……熱が伝わらないように……アレンジ。


「えっ?」

「セラ? お前……起きてるのか?」


 これで良いかな……じゃ、お休み……。


「おい、こら、また、寝るな、起きろ。すぐ起きろ。起きないと死ぬぞ」

「……まさか、寝ぼけて結界張ったとか……?」


 起きないと駄目? まだ眠いんだけど……。駄目か……だよね……。



*****



 やっと頭がはっきりした時には、真っ暗な洞窟の内部で【灯火(ライト)】のほのかな光が灯る場所にいた。私は、ほのかに湿りが残っている制服のまま毛布に包まれてアーシュに抱えられ、更にエリー兄に頬をペシペシ叩かれていた。


「おい、起きたか」

「うん……おはよう」

「おはようじゃないよ……このお馬鹿妹……」


 思い出した。私、化物に襲われてたんだ……。助けてくれてありがとう、アーシュ、兄様……。


 アーシュ達から話を聞いた。

 私達は転移陣でここに飛ばされた。どうやら転移の終点はばらけていたようで、エリー兄とアーシュは比較的直ぐ近くに、私は少し離れた地底湖に出たらしい。

 水音と悲鳴が聞こえて、すぐに移動したアーシュ達が見たのは私が魔獣に水中に引きずり込まれている所で、慌てて助けに入ったということだ。


 エリー兄が持ち帰った半透明(スケルトン)な触腕を見て恐怖が蘇ってきて、私は軽く身震いした。


「セラは気絶したまま目を覚まさなくて、どんどん冷たくなっていってるのに、気休めの【熱風】しか使えなくて焦ったよ」

「……正直、お前が結界を張らなかったら危なかった。お前の寝ぼけが役に立つとは思わなかったよ」


 エリー兄が苦笑した。

 毛布の上からのアーシュの拘束がちょっとだけ強くなる。


 【風結界】で仕切られた空間の中央で、暖かな炎の焚き火が揺れている。

 そういえば、結界を張った夢を見てた気がするけど……。あまり自覚はないなぁ。


「ここは異常だ。闇と水と氷の魔素ばかりで他の魔素がほとんどない。ここでは【炎】は使えない。

 お前が凍死するかと思った……。良かったよ、目覚めてくれて」

「本当にそうだよ。助かって良かった」

「うん、ありがとう。アーシュ、エリー兄」

 

 

 

 それから、私達は、少しでも現状を確認したくて色々話した。


「まず、ここがどこだかは分からない。だが……そうだな……」


 エリー兄は、ポケットから一枚の羊皮紙を取り出す。それには魔法陣が描かれていて、エリー兄の合図で【風魔術】が展開し発動した。


「やはり、付与魔術は展開するか……ということを踏まえる……王国内であるのは確かか」

「さっき【探知(ディテクト)】で周囲を調べたけど、天井方向に巨大な質量の水がある。たぶん、湖底洞窟だろうね。そして」


 アーシュが言いよどんだ。


「壁と天井の成分が……地属性の物質ではなく、【水属性】つまり氷が多い。つまりは、下手に熱を与えれば融ける。融けたら大量の”水”が流れ込んでくる……。むしろ、炎が使えなくて良かったのかも知れない」

「だがな……ここに住み着いてるのは水棲魔獣だぞ」


 エリー兄は、アーシュが切り落とした魔獣の触腕を視線を移す。


「属性を考えると、【炎】が一番効果的だ。これぐらいのランクの魔獣なら【風】や【氷】でも何とかなるが。高ランクの魔獣が来たら……正直危ないな……」

「……いや、この魔獣、思ったより硬かった。少なくとも一ランクは上に思える。……変だ」

「そうか、やはりな……」

「とにかく、早く殿下と合流して、【転移】で帰ろう」

「ああ」


 エリー兄とアーシュは話しあってそう決めた。



*****



 アーシュの【熱風(ヒートウィンド)】である程度乾いたとはいえ、湿ったままの制服では体調を崩しかねない。私はエリー兄の予備の服を借りて着替えた。(もちろん、着替え中は【幻影ミラージュ】を展開して、見えないようにしてたよ)

 エリー兄の服だから、さすがに裾や袖は何回も折り返さないといけない。ベルトを思いっきり締めないと、ズボンが落ちるし……。ちょっと不格好だけど文句は言えない。


 着替え終わって合流すると、アーシュとエリー兄が【索敵(サーチ)】でリュスラン殿下の行方を探してた。


「……いた」

 エリー兄が呟いた。見つけたみたいだ。「まずいな、囲まれてる」


 


 私達がリュスラン殿下を見つけたのはそれから数分後、殿下は無数の水棲魔獣に囲まれていた。

 魔獣たちのランクは低い。多分、殿下なら難なく処理出来るだろう、この洞窟が普通であれば。

 けれど、なかなか上手く【炎魔術】が展開出来ないのに苛立ったのか、殿下に更に強力な【炎魔術】を詠唱し始めていた。


「【炎】をつかうな!」

 

 そう、エリー兄が叫んだ時にはもう遅く、殿下を中心に円を描くように【炎】が渦巻き魔獣をなぎ払う。

 同時に、はや壁や天井の氷が融け始めていた。


「馬鹿!」と叫んでエリー兄が飛び出していった。


 私は【風壁(ウィンドウォール)】を展開して壁と天井を支えた。

 すかさずアーシュが、融け始めた氷を再び【凍結】し始める。


 崩落寸前の天井を支える【風壁(ウィンドウォール)】に私の魔力がどんどん削られる。一瞬気が遠くなったけど、何とか立て直した。

 融かされた氷も片端からアーシュが凍結していってるけど、何せ量が量だ。融けきるのが早いか、私達が脱出するのが早いか。時間との戦いになる。


 エリー兄が、殿下と連れて私達のいる場所まで戻ってくる。

 

 すかさず、アーシュが術式を変えた。

 溶けた壁の氷を元に戻すのではなく、その部屋に水をを封じ込める【氷壁(アイスウォール)】を作る術式に。


 エリー兄と殿下が私達の横を駆け抜けた。

 

 アーシュの術式で作られた巨大な氷塊が部屋と通路を遮る。

 その瞬間、私は【風壁(ウィンドウォール)】が跡形もなく壊れたのを感じた。

 氷の向こうで圧倒的な水が流れこむ音が響いた。


「逃げろ!!」


 一斉に逃げ出した。後ろを見る余裕なんて誰もなかった。






 崩落した場所からかなり距離をおいた場所まで来て、私達はやっと立ち止まり振り返った。

 

 不穏な音は聞こえない。

 念のため、アーシュが【探知(ディテクト)】で探ってみたけど、どうやら、その一箇所だけの崩落でとどまったようだ。


 みんなほっと一息吐いた。




 全員が落ち着いたところで、リュスラン殿下に今までの状況と推測を説明した。


「……この洞窟は地底湖の真下にあり、氷で支えている。【炎】を使えば、氷が溶けて洞窟が崩落水没。だが、【炎】を使わねば、魔獣に喰われる……という認識で間違いないか?」

「そうですね。付け加えるなら……この洞窟は人造のものである可能性が高い」

 

 それが、エリー兄とアーシュが出した結論だ。

 異常なまでに偏った魔素。少しの熱で溶け始める氷。普通のものよりどうやら【炎】以外の属性に耐性が付与した魔獣。

 それらを総合して考えると、ここは自然に出来た洞窟(ダンジョン)ではなく、誰かが何かの目的の為に創りだしたものと考えて良いのではないか。

 

 エリー兄が出した推測に、殿下は難しい顔をして考えこむ。


「アーシュリート、【転移】は可能か」

「試してみます。ちょっと待ってください」


 アーシュは【転移陣】の術式を展開しようとしたけれど、何故か途中で遮られて術式が霧散した。


「駄目ですね……【転移阻害】の連鎖術式が張り巡らされるようです。この状態での転移は不可能です」


 予想していた結果通りだったのか、リュスラン殿下はさらに表情を険しくした。


「やはりな……罠か」

「それしか考えられませんね」


 殿下は【炎】使い。その殿下が炎を封じられた所でどうやって生き残れるというのだろう。このダンジョンでは足掻けば足掻くだけ首を締めるだけになる。


「悪辣だな……いっそのことひと思いに殺せばいいものを」


 リュスラン殿下が天を仰いだ。そのまま、微動だにせず考えこむ。やがて大きく息を吐いた。


「ここから出るのは難しい……。だが、私は帰らねばならない」


 殿下はアーシュとエリー兄に向き直る。


「アーシュリート・ブルムスター。エセル・アズリ。私に力を貸してくれ」


 アーシュは無言で頷いた。

 対して、エリー兄は……黙ったままだった。


「エセル・アズリ。頼む」


 リュスラン殿下が初めて頭を下げた。

 それでも、エリー兄の表情は変わらない。


「……エリー兄……」


 私はたまらず口を開いてしまった。ちらりと私に視線を送るエリー兄。


「俺は……王族って奴は好きじゃない」

 

 エリーがぼそりと呟く。敬語もなにもない、通常であれば不敬と取られかねない言葉遣い。私の方がはらはらした。


「そうか……まあ、仕方がないな。生まれは変えられないからな……」


 なのに殿下はさらりと流して咎めない。


「……それに、俺はあんたの臣下じゃない」

「ああ、そうだな。むしろ、お前は私が守るべき(たみ)の一人だ」

「……あんたと妹だったら妹を優先する」

「それで構わない。むしろ、優先してくれ。彼女は巻き込まれただけだから」


「……分かった。では、その依頼受けてやるよ」

「依頼?」


 リュスラン殿下が不思議そうな顔をした。


「そうだ。順番は逆になったが、生きて帰れたらギルドに依頼書を出してくれ。ただ働きはごめんだからな。ああそれと、これは俺の仕事だから、俺の指示には従ってくれ」

「構わない。好きにやってくれ」


 エリー兄はにやり笑い、リュスラン殿下と契約の握手を交わした。



*****



 それから、エリー兄は矢継ぎ早にいくつも指示を飛ばす。


「装備と持ち物の確認を。何日かかるかわからない。節約していくぞ」


「アーシュ、お前は【探知(ディテクト)】で出口を探ってくれ。俺は【索敵(サーチ)】で敵に合わない道を探す」


「セラ、お前はすぐに結界を張れるように常に準備しておいてくれ。さっきみたいに、壁を支えてもらうことになるかもしれん」


「アーシュ、殿下の剣と装備に【強化】を掛けてくれ。このメンバーだと、殿下には前衛を務めてもらわないとならない」


 エリー兄のすべての指示をやり終え、私達は一歩踏み出す。生きて地上に帰るために。


「洞窟の出口を見つけるか、【転移阻害】の術式の主魔石を壊せば帰れる。簡単だろ? さあ、進むぞ」


 


 









お読みいただきましてありがとうございました。


次回は3月1日午前0時を予定しています。よろしくお願いします

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