第36話
何事もなく、とは全然言えないけど少舞踏会も無事終了し、学院は冬季休暇に入った。
私はエリー兄とアズリ邸に帰宅して、残りの雪華祭と新年を家族で祝った。
休暇中に我が家へ学院から、少舞踏会の事件での一報がきた。
事件は未だ究明中ではあるけど、件の魔術学部の上級生は休み開けより二週間の謹慎処分になった。事件当日はどこか常軌を逸した行動を取っていた彼等だが、一夜開けると我に返り「何故そのような事をしでかしたのか覚えていない」と一様に述べたらしい。私にも心当たりはないかと聞かれたけど、先輩方とはお互い見たことがある程度の認識しかないので、分からないとしか答えようがなかった。
一体どんな理由で襲われたりしたのか、詳細がわからないことが怖い。早く原因究明が進んでくれることを祈ってる。
それと、熊さん達は、休暇中何日かの奉仕活動(街の清掃作業)のお手伝いということで折り合いが付いたらしい。ちょっと安心した。
お詫びとお礼に彼等の作業日に手作りのお弁当を差し入れた。どよめくような歓声を上げて受け取ってくれたのは良いけど……そんなに泣くほど不味いの? ……ちゃんと味見しなかったからなぁ。今度から気をつけよう……。ごめんね、熊さん達……。
こうして休暇が開け、学院生活が再び始まった。
*****
「ふん、ふふふん♪」
鼻歌歌いながら、魔石のスイッチを押してオーブンを温めて、次は……。
「セ、セラフィカさん!……この次は何をすれば良いんですの?!」
おろおろしたマリアーネ様。超レアものの光景だ。
マリアーネ様は今、クッキー生地と格闘中である。
「ボロボロで上手く塊に出来ませんの。何とかなりませんかしら?」
「あ、それで十分です。後は、冷やしながら生地を少し寝かせれば……えっと、簡易氷箱は……」
「ああ、それなら」
マリアーネ様が【氷温】の術式を展開した。さらっと使ってるけど【氷魔術】の低位術式のマイナス方向への制御展開だから、結構難しいんじゃないかな……? さすがマリアーネ様。
ところで、何で私達がこんな所でこんなことをしているのかというと、明日、上級学年生が魔獣討伐に行くのでその差し入れづくりと……三日後の”聖女王の日”に向けてお菓子づくりのためである。
ちなみに、”聖女王の日”っていうのは、前世でのヴァレンタイン・デーみたいなもの。聖女王エアリアーナ様は甘いものがお好きだったことから、女王の誕生日には好きな人に甘いお菓子を贈るって風習が根付いたらしい。
殿下を含めた上級学年は、ちょうど毎年その頃魔獣討伐の実習訓練が入るので、それを口実にお菓子を贈っちゃおう、ってのが今回の主旨だ。ちなみに言い出したのはマリアーネ様で、私は巻き込まれた方です……。
成形したクッキーの生地をオーブンに収め待つことしばし。
「上手く出来るかしら……」
そわそわして、何度もオーブンを確認に行くマリアーネ様が可愛い。
「大丈夫です。上手く出来ますよ」
「ですけど……わたくし、料理とかお菓子作りとかとは相性が悪くて。昔から失敗ばかりでしたの……。殿下からは『新境地を開ける味だな』とか、ベルノは『マリー嬢でも不得意なものがあったんだ』なんて。カミーユからははっきり『毎回切り傷とか火傷とか、治すのも面倒なのでやらないように』って、止められましたわ……」
何でも、幼い時のマリアーネ様は、治癒術が不得意で、そちら方面に秀でていたカミーユ様に毎回治癒を掛けてもらっていたらしい。マリアーネ様にも不得意の魔術があるんだ、というと、彼女は苦笑した。
でも、カミーユ様の言い分も分かる。意外とマリアーネ様は天然だった。料理には昔から興味があったみたいだけど、なんというか……何度「危ない!」と言いかけたか。ずっと見てるとハラハラして心臓が持たなかったのかも知れない……。
結局クッキーは綺麗に焼き上がった。幾つか歪だったり、厚みが変わってるのもあったけど。
私も、エリー兄やアーシュ用にチョコレートの焼き菓子を作リ終えた。
後は、綺麗にラッピングして終わり。
明日の朝、魔獣討伐への出発前に渡すことになってる。
「お、いい匂いだな。アズリ」
キッチンから帰る途中で、ヨランディ先生とフェルプス先生にあった。
フェルプス先生は、私が持っている袋を目ざとく見つけた。
「”聖女王の日”のお菓子ですか?」
「はい。明日、兄達に差し入れにしようと思って」
「アズリに差し入れか。ブルムスター達にもか?」
ヨランディ先生が茶化す。全くこの先生は、と内心でちょっとだけ呆れる。
「はい。ブルムスター様だけでなく、殿下達にもありますよ……あ、先生もいかがですか?」
試食用に別にしていた包みから、チョコレート菓子を出して先生方に差し出した。
「あ、良いのか、では遠慮無く……お、うまい」
「本当ですね。アズリさんは良いお嫁さんになりますよ」
良いお嫁さん、ってからかわないで欲しいなフェルプス先生……。
「美味かったよ、ありがとうな」
「ごちそうさまでした」
フェルプス先生とヨランディ先生に挨拶して自室に帰る。
「喜んでくれるといいなぁ」
明日のことを考えるとちょっと浮かれてしまうけど、その辺りは多めに見て欲しい。
*****
冬は、魔獣の繁殖期に当たり、魔獣が最も活発に行動する時期である。
尤も繁殖期だと言われてはいるが、魔獣の繁殖は謎に包まれていて直接には誰も見た者がいない。冬の魔獣は神経質な行動が多い傾向にあり、更に春には魔獣の幼体らしきものの目撃が増えるのでそう考えられているにすぎない。
ヴィンデュス王国に生息しているのは低ランクの魔獣が多いが、それでも、この時期の魔獣は人里近くに出没する個体も多く、被害も比例して多くなる。そこで、王立学院では魔獣討伐の経験を積むために、この時期に合わせて大規模な討伐カリキュラムを組んでいるのである。
討伐実習は、約二週間。その間は学院は下級生と半数の教師のみが残っている。
*****
魔獣討伐への出発の朝がきた。
厚手のコートを身につけ、お菓子を入れたバスケットを持って外に出る。
冬至が過ぎたばかりの真冬の最中、陽が登ったばかりでまだ薄暗くて寒い。
「あ、小鳥ちゃんだ!」
「「「「おはよう!」」」」
「おはようございます」
仲良くなった騎士学部の生徒に挨拶する。
「おはよう、アズリ。これから届けるのか?」
ヨランディ先生だ。
分厚い外套を来てるけどそれでもまだ寒そうだ。
「ヨランディ先生。おはようございます。そうです。これからです」
「…………気をつけろよ」
「大丈夫です。渡したらすぐに戻ります」
「………………そうか」
待ち合わせ場所は、鍛錬場の前。そこでマリアーネ様と合流して殿下を待つ。その後に、エリー兄とアーシュを探して……ちょっと忙しいかな。
鍛錬場に付く直前に、黒い影が凄い勢いで飛びついてきた。
クロちゃんだ。
「クロちゃん? おはよう、アーシュもいるの」
「いるよ」
普段よりも実用的で暖かそうな旅支度のアーシュがいた。大きめの背嚢を背負ってる。
「おはよう、セラ。見送りに来てくれたの?」
「うん、それもある」
「ということは、他にも用があるの?」
「あるけど……後のお楽しみで」
先に渡しちゃおうか、なんて思ったけど、やっぱりマリアーネ様を待ったほうが良いよね。
「あ、エリー兄もいたの? おはよう」
「 おはよう」
エリー兄の恰好もアーシュと大差ない。
クロちゃんがアーシュの足元で嬉しそうに跳ねまわってる。
「クロちゃん、嬉しそう……。今日は連れて行くの?」
「そうだよ。こいつも頭数に入れてもらった。役に立つかどうかはわからないけど」
「ガウ!」
クロちゃんが不満そうに吠えた。
「クロちゃんも成長してるんだから、役に立つよ、きっと」
「ウォン!!」
「そうだと良いんだけど……何かしでかすんじゃないかって、不安がね……」
「グルルルゥ」
アーシュとお喋りしてたら、リュスラン殿下が来た。まずいかも、まだマリアーネ様が来てない……。
「おはようございます、殿下」
「おはよう、セラフィカ・アズリ。差し入れはそれか?」
「……! あ、あの?」
「! セラ、殿下に差し入れ? 僕には?」
「え?! あ、あのだから」
「まさか、殿下だけ?」
「この寒いのに、【氷】を使うな、アーシュリート!」
「あ、あるから。アーシュの分もちゃんとあるから! ……殿下……言わないで欲しかった……」
「そうか? アーシュリートには内緒だったのか?」
「秘密だったの?」
「そうじゃなくて!」
何で? もうこじれる一方だよ……。早く来てマリアーネ様……。
あ、マリアーネ様がやっと来たみたい。
「マリアーネ様!」
マリアーネ様が手を振ってる。私も振り返す。早く来て。
「グルル……ウォーーーン」
「え?」
突然クロちゃんが吠えた。
見ると、私と殿下の足元に鈍色で描かれた魔法陣が出現してる。
「何、これ……?」
「! 転移陣か!?」
「セラ!! こっちへ!!」
これ、転移陣だ、と思った時には、展開する魔力の波に覆われてもう自力では抜け出せなくて。
私を突き飛ばして陣から遠ざけようとする殿下。
私の腕を掴んで転移陣から出そうとするエリー兄。
転移陣を無効にしようと干渉を始めるアーシュ。
でも、すでに時は遅く。
私の周りの空間が目まぐるしく変化していく。
「く、駄目だ! クローヴィス。ここを動くな!!」
アーシュが口早に叫ぶ。
途端に、クロちゃんはその場にうずくまり、巻き込もうとする魔力の波に抵抗を始める。
「殿下?!」
「何事です!!」
異変に気がついて走りだすカミーユ様とマリアーネ様が見えた。
二人の走り寄る姿が、大きくゆがんで、切り裂かれて…………真っ暗な空間にのみこまれた。
◇◇◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
二人の目の前で、リュスランが消えた。アズリ兄妹も、ブルムスターも。
「な、なに? これはどういうことですの?」
マリアーネが震えている。
カミーユとて、常になくただ呆然と立ち尽くしていた。
「ク……クゥォン……」
かすかに聞こえる獣の泣き声が、カミーユを現実に引き戻す。
低い咆哮は、魔力の波動で全身に傷を負った黒い犬型の獣のものだった。毛並みはアーシュリートが連れていた獣と同じだが、今は大きさが違う。
恐らく両者は、同一の聖獣なのだろう。子犬の大きさだったものが大型犬の大きさになっただけだ。
その黒い獣が微動だにせず抑えているのは、リュスランを巻き込んだ転移陣だった。
カミーユは、獣の行動に疑問を持った。
「もしかして、転移陣が消えるのを抑えているのですか?」
獣からの答えはない。しかし、推測するには十分だ。
恐らく、この転移陣には痕跡を自動的に消去するように術式が組まれているのだろう。黒い獣はそれを消さないように阻害している。
「なんですの……この獣は」
「ブルムスターの聖獣ですね。彼の指示で動いている」
彼は、ちらりと後方の一点に視線を送る。そこには”隼”より派遣されている”目”がいるはずだ。
「痕跡が消えたら終わりです。転移陣が消える前に、急いで手配しなければ。マリー嬢、手伝ってください」
「ええ、もちろんですわ」
カミーユの瞳の奥に冷徹で酷薄な光が宿った。
――こんな馬鹿げた”罠”に嵌まるとは……なんと愚かな。だが、このつけは高いですよ。絶対に見つけ出します。そして、死んだ方がましだと後悔させて差し上げます。
お読みいただきましてありがとうございます。
次回は2月27日午前0時を予定しております。お楽しみに。
追記) 2月28日、一部の表現を変更しました。大筋に影響はありません。




