第35話
舞踏会終了。
はぁはぁ――。
息が苦しい。
ドレスが繁みの枝に引っかかって上手く走れない。
「どこに行ったのかな、お嬢さん? こっちかな?」
「逃げないでよ。一緒に楽しもうとしてるのにさ」
追いつかれたらどうなるか、想像したくない。
何でこんな事になっているの? 私にはさっぱり分からない。
追いかけっこの始まりはほんの十分ほど前――。
*****
「みーつけた!」
「はい?」
迷子になって帰り道を必死で探す私の前に、その人達は突然現れた。
立派な夜会服を少しだけ着崩したどことなく怖い感じのする男の人達。年は、私より幾つか上ぐらいで、どこかで見かけたことがある。多分魔術学部の先輩なんだろうと思う。
笑みは浮かべてるけど、彼等の私を見る目は笑ってない。
「あの、どちら様でしょうか?」
緊張を悟られないように、ゆっくりと尋ねる。
声が震えているのにどうか気がつかれませんように。
「う~ん、君の友人の友人?」
「おいおい。それ、他人っていわないか?」
「友人の友人は友人なんだよ、お前知らないの~」
突発的に大声で笑いだす。
私は、恐怖心を押し隠してそろりと一歩後ろに下がった。
「怯えちゃって可愛いねぇ」
彼等のうちの一人が目ざとくて、私の後退はすぐに気づかれた。
「……私に何か御用ですか?」
「用? 用ねぇ……。あるって言えばある」
「なんでしょうか?」
「そうだねぇ。ねえ、俺たちと遊ばない? 平民出のお嬢ちゃん?」
答えと同時に手が伸ばされた。
咄嗟に【風壁】の術式を展開したけど発動しない。
――ああ、そうだった。ここは魔術は無効だったんだ……。
『魔術師は魔術を封じられたら無力』
よく言われるその言葉を、今、私は痛感した。
唐突に手を掴まれた。
仕方がなく私の手首を掴んだ誰かの手を、両手で握って力いっぱい捻った。
ブルムスターの小父様から教えてもらった護身術の一つ。
男が態勢を崩したので、反動をつけて手を離す。そうすれは、距離が取れる。
彼の手から解放されたので、テラスを抜け庭園へと逃げ出した。
元離宮である学院本棟の庭は、離宮時代そのままに迷宮のように入り組んでいる。逃げる場所としては最悪だと分かっている。でも、私にはそこにしか逃げ道がなかった。
しかも、今は夜。
庭園に灯りは少ない。
逃げても逃げても すぐに追いつかれて、追い詰められる。
それでも、走って走って走って。
「どこに行ったのかな、お嬢さん? こっちかな?」
「逃げないでよ。一緒に楽しもうとしてるのにさ」
ドレスが、繁みの枝に引き裂かれ、
ヒールが折れて転んで、
ついに逃げ場を失った。
「あれれ~。もう終わり。楽しかった? じゃあ、今度は俺たちの番だね」
「全くちょこまかと逃げまわって」
男達が次々と集まって来る。
中心にいた男が近寄ってきて、私の顎を捉えて持ち上げた。
彼の息が顔にかかってる。
気持ちが悪くて顔を背けた。
「さあ、どう料理しようかな?」
――怖い……。でも怖がってるの、知られたくない。
指先が震えてる。恐怖のあまり目を固く瞑った。
ボキッ。
バギバキ。ドゴッ。
「う、が、がが」
「ぎゃ」
不穏な音が聞こえる。
「小鳥ちゃん、逃げて」
え?
目を開けると……熊さん(騎士学部の男子生徒)が三人、男たちに体当たりしてた。
男達はすでに剣を抜いているのに、熊さん達は手ぶらだ。でも敏捷に攻撃を交わしながら、私を促す。
「「「逃げて!」」」
このまま固まってたら、熊さん達の好意が無になる……。力の入らない手足を叱咤して這いずって進んだ。
だけど、物事はそううまくは進まない。
私の行く手を別の男が遮った。
彼の手には抜身の剣が握られて、その切っ先はまっすぐ私を狙ってる。
「殺しはしない。少しだけ痛い思いするだけだ」
刃が私を切り裂こうとしたその時。
「セラ、伏せて!」
その瞬間、私は頭を抱えて蹲る。
私の頭上を何が通り過ぎ……グシャ、と骨が折れたような不穏な音と男の野太い悲鳴が聞こえた。それに遅れてドサリと地面に叩きつけられるような音も聞こえた。
ゆっくりと目を開ける。
私を襲った男が手足を投げ出して伸びていた。
そして、私の前には……。
「……アーシュ?」
「遅くなってごめん」
深く息を付く。
もう大丈夫だ。そう思ったら、体中から力という力が抜けた……。
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ずっと探しているけれど、なかなかセラが見つからない。
アーシュリートは次第に焦りを強めていく。
「エリー、いたか?」
「いや、見つからない。……奥殿まで行ったのか?」
「庭園は?」
「可能性はある。……紛れ込んだら厄介だぞ」
「行ってみる。エリーは奥殿を」
「分かった」
彼が庭園に向って直ぐ、騎士学部の一学年生が騒いでいたのに出くわした。彼等が言うには、彼等はセラと知り合いで、セラらしき女子生徒が魔術学部の上級生に追いかけられて庭園に迷い込んだらしい。
嫌な予感がする。
幸いなことに、彼等の仲間がセラを追っていき目印をつけていってくれている。
それを辿ってセラを追った。
やっと追いついたその先で、彼は血が沸騰するのを感じた。
セラに向って振り上げられた剣。
竦んで怯えるセラ。
何とか怒りを抑えて飛びかかった。
彼の拳から放たれた純粋な魔力の塊が男の剣を弾き、遅れて拳そのものが男の顔面を張り飛ばす。
『魔術師は魔術を封じられたら無力』
『無力化された場合にどう戦うか』
魔術師に与えられた命題の一つだ。
エリーや師と散々議論し、仮説を立て何度も実験を繰り返した。
その成果がこれだ。
『魔力を術式を通して事象に干渉する』のではなく、『魔力を身体の特定の場所に集約し、強化、又は放出させる』
【魔術無効化】の術式の多くが、術式を打ち消して発動を取り消す、というものだ。
魔術が無効化されたとしても魔力自体がなくなった訳ではない。
ならば、術式を使わずに魔力を扱う事は出来うるか。
その方法の一つとして、魔力を体内に集約させて、特定の部分を強化することを考えついた。
また、意図的に”暴発”に近い状態を作り出し、純粋な魔力だけを放出することが出来るか。
試行錯誤の上、彼は魔力無効化に対抗しうる”術”を一つ手に入れた。
魔力を当てられた男の剣は、半ばで折れて飛ばされ反動で男の腕が折れた。
殴り飛ばされた男の顔半分は、腫れ上がって原型をとどめていない。
しかしやり過ぎだとは思ってない。彼はそれだけの事をしでかしたのだ。
「アーシュ?」
セラがこちらを見ている。
彼女は無事だ。怪我もしていない。
「遅くなってごめん」
間に合って……本当に良かった。
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脱力して崩れ落ちる前に、アーシュが助け起こしてくれた。
「助けてくれて、ありがとう……」
「……うん……」
いつもみたいにアーシュは何も言わない。ただ、黙って支えてくれてるだけだ。
でも……いつもとどこか違う。
「アーシュ?」
「何? セラ」
彼は、いつものように微笑んでるけど……やっぱりおかしい。
手を伸ばして頬に触れてみる。……とても冷たい。
「……何があったの?」
「何もないよ」
「……何もなくない。言えないなら聞かないけど」
「……セラには嘘は言えないね」
彼が笑う。
弱った時の彼が時々見せるほんのちょっとの隙。それを今彼が見せている。
「……ごめん。少し……セラを補充してもいいかな? 少しだけでいいから」
「良いよ。アーシュなら」
そう答えたら、アーシュは嬉しそうに微笑んで私を軽く抱きしめた。
最初は、ちょっと震えてた。何かに怯えてるみたいに。
けど、それも次第に落ち着いていく。
やがてアーシュは深く息を吐き出した。
「……今日は二回も……死にそうなくらいの最低な気分になった」
「そうなの?」
「そうなんだ。……でも、セラがいるから今はそうでも無くなったよ……我ながら現金だよね」
「そっか……私も今日は二回も最低な気分になったよ。でも最後はアーシュが助けてくれたの。……なんか、お揃いみたいだね」
「本当だね」
そう、笑いあった彼はもういつもの彼と同じで、やっと少し安心した。
*****
それから、警備の人達や先生方集まってきた。エリー兄とも合流出来た。
事情を問われて、正直に答える。
助けてくれた騎士学部の生徒にも会えた。
熊さん達、幾ら身分差のない学院内部を言えども、本来なら彼等の身分は魔術学部の生徒に逆らうのは難しいそうだ。でも、その禁を破って罰則覚悟で私を助けてくれた。しかも素人相手に武器は使えないからといって素手で応戦して。
事情が事情なので、多分彼等にはひどい罰則はいかないように口利きすると先生方はおっしゃってたけど……心配だ。私に何か出来ないかな……。
騎士学部の生徒さんには本当に感謝してもしきれない。顔を見てきちんとお礼が言えて良かった。そして……さっき、逃げ出しちゃってごめんなさい……反省してます……。
結局、事情聴取やその他で随分と時間をとってしまった。
もう会場に戻っても遅いし、私のドレスは泥だらけだし……。
仕方なく私とアーシュとエリー兄は、そのまま寮に帰ることにした。
「……セラと踊れなかった……」
帰リ道の途中でアーシュが酷く落ち込んで、そうぼやいた。
「……さっさと動かないお前が悪い。自業自得」
「……エリーはいいよね。最初のダンス踊ってたし」
「まあな。パートナーだし」
「……次は負けない」
何を争ってるんだろう、この人達……。ちょっと呆れる。
「ダンスなら、いつでも踊るけど」
「そうじゃなくて……セラ、来年は僕とパートナーになってね」
「え? いいけど、幾らなんでも早すぎじゃない?」
「……こうでもしないといつまでもエリーを出し抜けない気がする……」
「なに、それ? そんなことないと思うけど。ね、エリー兄」
「……さあ、どうだろうな……」
笑い合って並んで歩いて……いろいろあったけど、私達の少舞踏会はこうして終わった。
◇◇◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
「……階下が少し騒がしいですね」
段上に特別に設置された席より、階下を眺めていたカミーユがそう呟いた。
釣られてリュスランも階下に視線を向ける。
警備を受け持った騎士達と、学院の教師達何人か慌てた様子で移動している。
「何かあったか?」
「訊いてきますか?」
ちらりと妹に目を向ける。
もう子供には遅い時間だ。シャルロットも半分居眠りをしている。彼等が席を外しても誰も何も言わないだろう。
「いや、いい。私が下に行って、事情を聞いてそのまま退席する」
「では、お供致します。殿下」
シャルロットを護衛騎士に託し、階段の半ばを降りた所で、ヒュイスと合流した。
更に下って舞踏場に出たところで、ピンクのドレスの少女が近寄ってくる。
「あの、殿下」
「ああ、ユリカ・アーベンスか? 私に何か?」
「はい。あの……」
ユリカ・アーベンスは実に分かりやすい。願いが透けて見えるようだ。
しかし。
「私はこれから退席するので、お前の願いを叶える事は出来ない。悪いな、ユリカ・アーベンス」
見る間に彼女の顔に失望の色が広がった。
同時に、彼女から言いようのない不快な”力”が発生した。
それは、本当に微弱な力ではあった。だが、横目で友人を見れば、常に表情を崩さないカミーユが僅かに不快げに眉を潜め、ヒュイスの目がどこか焦点が合わなくなっていく。
このままにはしておけない。
リュスランが一つ手を叩くと、二人とも今目覚めたかのように表情を変えた。
目を丸くさせ呆然とした様子のユリカ・アーベンスにリュスランは眉を潜めた。
「ユリカ・アーベンス。退場を許す。今日はもう帰ると良い」
”とっとと去れ”
リュスランの内心が伝わったのか、ユリカ・アーベンスは挨拶もそこそこに、そそくさと立ち去っていった。
彼女の姿が消えた後、カミーユが話しかけてきた。
「殿下、今のは?」
「気づいたか? あれは魔術ではないな。恐らく……精神干渉系の属性特性か」
「そうですね……。【魅了】に近いものを感じました。ですが、彼女に特性があるなど、聞いておりませんが」
「微弱過ぎて本人も自覚がないのかもしれんな……一応、学院の上層部に伝えておくか」
魔術が無効化されたこの場所であるからこそ、特性魔術を感じ取れた。
これが、本来の魔素や魔力が渦巻く場所であれば、恐らく誰も気付くことは出来まい。それほど、微弱な力ではある。
ただ、精神干渉系の魔術又は属性特性なら幾ら微弱でも放っておくことは出来ない。なぜなら、それらは周囲に多大な影響を与えるからだ。
「次から次へと……厄介事ばかり起こるな……」
「それが殿下の運命ですよ。いい加減自覚されると良い」
そう言い合いながら、彼等は帰途につく。
「……フラグ回収失敗……全ルート分岐不能……?」
人の少なくなった舞踏場で少女は一人唇を噛み締めた。
「好感度爆上げアイテムの効果なし……。『フィリス』は完全に失敗だったわ……でも、何で? 選択肢はこれで良かったはずよね。
……これって本当に『エタ☆プロ』なの? 変よ……この私がこんなヌルゲーで負けるなんて……絶対おかしいわ……」
怒りのあまり、少女はカタカタと震えた。
「バグだわ。バグってるのよ。おかしいもの……。私がノーマルかバッドエンドにしか行けないなんて……絶対バグだわ」
お読みいただきましてありがとうございました。
次回は2月25日午前0時を予定しております。よろしくお願いします。




