第34話
第33話の別視点。
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――失敗だったな……。
白と紺の菫の花のようなドレス姿の少女が踊っているのを、アーシュリートは遠くから眺めていた。
隣にいるのは、望んではいないピンクのドレスの少女だ。
「ねぇ、フィリス様……」
「…………はい、何か?」
我ながらおざなりな答えだとは思うが、今は彼女をみていたかった。
*****
最初の失敗は、彼女の兄エリーに遅れをとったことだ。
彼女を溺愛しているエリーがどんな行動をとるかアーシュリートには手に取るように分かっていたはずだった。妨害が入るのは自明の理、ならば先手をと思っていた矢先に……攫われた。
甘かったと思う。
思い出すと未だに悔しさのあまり奥歯を噛みしめる。
まあ、それでも、エリーは基本的には敵ではない。最初のダンスは踊れなくても、頼み込めばセラのパートナーを譲ってくれると思っている。
しかし。
二番目の失敗が……この腕にすがりついてくる少女だった。
このユリカ・アリス・アーベンスは、ここ最近何故か頻繁に彼の周りに出没する。突然現れては、思わせぶりな会話を交わす(尤も、その内容の半分も頭に入っていないが)。
今日もそうだった。
離宮である会場に至る道や入り口は数多くあるというのに、ユリカ嬢は出会って当然のように現れた。
「ごきげんよう、フィリス様。偶然ですね。……宜しかったらご一緒しても?」
偶然? そんな得意そうな顔をしてるのに?
まるで自分の行動が全て読まれているようで気味が悪いとも思ってしまう。
――そういえば殿下が、彼女には【先視】の異能があるかもしれないといていたな……。
それでも、幼い頃の教えに従って内心を晒さないように努める。
「……いえ、ご遠慮します。貴女もお相手がおありでしょう?」
「いいえ。私は一人ですの。フィリス様がよろしければ会場に行くまででも……」
「しかし……」
「お願いしますわ。私を助けると思って……フィリス様?」
ああ、もう何回「フィリス」と繰り返した。いい加減頭が痛くなる……。
それでも、この呼び方を許容しているのは、以前一度訂正したら妙に甘ったれた声で「アーシュ様」と呼ばれ背筋が凍りついたからだ。
その時に、彼はセラ以外から「アーシュ」と呼ばれたくないと思っている自分に気がついた。この少女に「アーシュ」と呼ばれるくらいなら不快さをごまかしながら「フィリス」と呼ばれた方がずっとましだ。
「遠慮します」「お願いします」そのやり取りを数度繰り返し、ついにアーシュリートの方が折れた。
「……入り口までです。中に入ったらお互い自由行動で。僕は貴女のパートナーにはなれませんから。それでもよろしいですか?」
「ええ、もちろんですわ」
少女は満面の笑みを浮かべ、彼の腕に自分の腕をからませた。
アーシュリートは、小さく息を吐く。
――やっかいなことになってしまったな……。
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「よう、”落ちこぼれ君”」
げ、こいつか……。何でこんな所に……。
肩を叩かれたエリーは内心で呟く。この声は知り合いの女冒険者のはずだ。
振り返れば案の定、真っ赤な騎士服を着た”男装の麗人”アデルがいた。
「……何だよ、その格好……」
「おかしいか? 私にはこれが正装なんだが?」
「そうじゃなくて……。ここは社交場であんたは一応女だろう。どうして男の恰好してるんだよ……」
「この私にドレスを着ろと言うのかな、”落ちこぼれ君”は……ははは、面白い冗談だ」
「全然面白くねぇよ……」
確かに背が高く凛々しい顔立ちの彼女には、ドレスより騎士の正装の方が似合うかも知れない。何よりその証拠に、通り過ぎる女性達の視線はアデルに集中している。
――並の男どもじゃ絶対かなわねぇな……。男っぷりも腕っぷしも。……だけど、嫁の貰い手はないだろう。こんなじゃじゃ馬じゃあな……
「……”落ちこぼれ君”、今ものすごく失礼な事を考えていないかな? 言っておくが、私は私より弱い男に嫁ぐつもりな全然全くこれっぽっちもない」
「良いのかよ、一応貴族の跡取りだろうが」
「そこはぬかりないさ。姉夫婦の所は子沢山でね。もしもの時はそこから誰か引っ張ってくるさ」
「……お前に見込まれたヤツが気の毒だよ……」
これでも、アデルとは三年の付き合いだ。そこそこ気は知れている。軽口位なら叩ける。こんな貴族の集まりの中であっても。
「それはそうと、この前、お前と魔術オタク君の小鳥ちゃんにあったぞ」
「……セラと?」
「ああ。可愛い子だなあれは。図体ばかり大きい騎士の卵どももめろめろになってたな」
「……セラのやつ……。大人しくしてろってあれだけ言ったのに」
「怒るな、怒るな。それで、今小鳥ちゃんとオタク君はどこにいるんだ?」
「セラは…………あれ?」
待っていろといったのに妹の姿はない。また少しだけ機嫌が悪くなる。
「あー、と、オタク君発見。ピンクのドレスの子と一緒だな。小鳥ちゃん……違うな。どちらかと言うと、あの子はリスだ。それも結構悪食の。オタク君は意外と浮気者だったりするのか?」
「はあ? あいつが? ねぇよ」
「大分、しつこくされているようだ」
見れば、確かにピンクのドレスの少女にすがりつかれている。
何をやってるんだ。早く振り切って誘えよ。折角邪魔者は消えてやったのに。
「う~ん。小鳥ちゃんはいないぞ……大丈夫だとは思うが、探したほうが良さそうだな」
「……そうだな、ありがとうな、アデル」
「ああ、早く探してやり給え。……それと……あまり目立つなよ、もともと色々無理があるんだからな、君達は」
「あ? ……あんた」
「まあ、平民らしくはないな、お前も小鳥ちゃんも。……ちゃんと守れよ」
チッ、と舌打ちする。そんな忠告受けなくても分かっている。今の状況が薄氷を踏むようなものだってことは。
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実は、最初から彼女を目で追っていた。
白と紺の清楚な少女の姿を。
「我慢してないで、誘いに行ったら? ジノ」
彼とよく似た容貌の、少しだけ年上の騎士が、ほほ笑みながらそう語りかけてきた。
「う? あ、チェザーリ兄上、何を言って?」
「だから、そんな切なそうに眺めてるんなら、思い切って誘いに行っておいでって言ってるのだけど」
「は? 切ない? 何だそれ?」
「へぇ、ジノは気がついてないんだね……。ま、しょうがないか。うちは男所帯みたいなものだからねぇ」
兄の言葉に何も返せず、虚しく口のみがパクパクと開閉する。
彼の周りには、今良く似た容貌の男たちが二人いる。一人はこのチェザーリでヒュイスの次兄、もう一人は長兄のロレンツィ。ロレンツィは、王立騎士団に所属し、チェザーリはユーディスの騎士団員である。
「ジノももうそんな年になったか……」
「ジノは鈍いからね。一生縁がないと思ってたよ」
しみじみと呟くのは長兄ロレンツィ。それを面白そうに茶化すのが次兄のチェザーリだ。
「だから、そんなんじゃねんだよ……アズリ妹は!」
「アズリ妹? まさかと思うけど、女の子をそんな名前で呼んでるの?」
「……悪いかよ」
「…………はあ……これは、ちゃんと教育しとかないと、そのお嬢さんが可哀想だね……」
良いかい、ジノ、と半ば教育的指導を始めた次兄を横目に、ヒュイスはかの少女を目で追っていた。どうしてそうしてしまうのか、全くさっぱり分かってはいないのだが。
彼女の姿が踊りの輪から外れてからの事だ。
「うん? 閣下が来ているな……」
長兄がそう呟いた。
見ると彼の叔母アデリーダ・アリア・ユーディス女公がアズリの兄の方と親しげに話し込んでいる。
「珍しいな……閣下に気に入られているようだ」
「叔母上はギルドにも登録してますからそちらの関係では? 全く顔の広い人ですね」
「逸材かもしれんな……”鶚”に調べさせるか……チェザーリ」
「了解です」
彼等が真面目な顔で話し込んでいる間には、ヒュイスは口を挟まない。彼にはまだその資格はないと理解はしている。同時に、追いつくことは出来ないかも知れないと不安に狩られる時もあるのだが。
「で、ジノ。いつ告白するの?」
「は?」
そんな真面目な顔をしていたと思ったら、急に何を言い出すんだこの兄は!!
「し、しねぇよ」
「もったいない」
「もったいなくねー」
第一、あの子はあいつのものだし。あいつはあんなに溺愛してるし……全然かなわねぇし……。
言い訳ばかりだな、俺。
情けなく思いつつ、彼女に目をやると……彼女がいない。
「あれ?」
「どうしたの、ジノ?」
「いない」
「誰が?」
「アズリいも……セラフィカが」
「探してきたら?」
反射的に動き出そうとして、黒髪の友人と彼女の兄が慌てたように会場を後にするのが目に止まった。
「いかない」
「そう?」
「あいつらがいれば……大丈夫だ」
あの二人が行けばいい。むしろ俺まで動いて大げさにする必要はない。
そう自らに言い聞かせながら、少しだけ寂寥感を覚えた。
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ユリカ嬢はひっきりなしに何かを訴えていた。
が、アーシュリートはそのほとんどを聞き流している。耳が拾った単語の中には……「踊って」「お呪い」「好感度が……」とか。
正直、彼女の話はわけが分からないし、彼女と踊るつもりはない。
そうはっきり主張しているのに。
――もう解放してくれ。
うんざりしながら、内心でそうつぶやいている。
「……事故だったの」
そんな彼の耳がその単語を拾った。
――な、何を言ってる?
「……事故って?」
「正確に言うと、フィリス様が小さい時に会った事件。覚えておられますよね」
「……何の?」
「えっと……」
そう言いながら、彼女は声を潜める。内緒の話をするように。
「フィリス様が子供の頃に誘拐されて救出された事件です。魔力の暴発で危うい所を助かったって」
「……何で知ってる?」
何で、知ってる? 僕が誘拐されたって事を。
誰も知らないはずだ。僕が何をされてたのか。
「何でって? 有名な事件でしょう……。何人も犠牲者が出たって聞いてます。でも、あの事件は本当にフィリス様のせいではありません。誘拐した奴らが悪いんです。
フィリス様は純粋な被害者です。それなのに、貴方を逆恨みする人達まで出てきちゃって……。でも、私は知ってます。フィリス様は悪く無い。それに私が側にいます」
――逆恨みだって? 何だそれ?
荒れ狂っていた心の内が少しだけ軽くなる。
この少女は知ってるようで何も知らない。
事実ではない虚像のようなものを信じている。これが、【先視】の能力の限界なのか、それとも全て妄言なのか。
「分かったよ。ちなみに、それ、誰から聞いたの?」
「あ、え、ええと。……そう、セラフィカさん! 彼女が言ってたんです。幼馴染でしょう? 色々話してくれましたよ」
「……嘘だね」
良かった。嘘つきの方だった。
まだ知られてない。誰にもあの事は。
「え、ち、違います! 嘘だとしたら……セラフィカさんです。あの子が嘘言って……て、あの」
何だかおかしくてくすくすと笑い出した。そんな彼をみて少女は怯えたように一歩後退する。
理性が落ち着けと言ってる。けど、もう感情が抑えきれない。
「悪いけど……離れてくれる?」
「え、あの……フィリス様、顔色が悪いです」
「そう?……ちょっと気分が悪いかな」
「あ、あの、休憩室に……」
「いらない。……そうか、僕がどこか行けば良いだけなのか」
「え?」
ユリカ嬢が泣きそうになってるけど……限界だ。もう知ったことか。
「失礼する。……ついて来ないでくれ」
「な、何で? なんで?」
エリーの姿が見えたので、そちらに向かう。視界の隅でユリカ嬢が泣いてるのが見えたけど、もう……どうでも良い。
慌てた様子のエリーと合流して、やっと普通に息がつけた。
「おい、アーシュ……って、何でそんな青い顔してる?」
「色々あったんだよ……もう死にそうだ……」
「冗談でもそんなこと言うなよ。セラが悲しむぞ」
「そうだね」
「それよりもだな。セラが消えた」
「? 迷子?」
「分からない」
「じゃ、連絡……魔道具は持ってないし、【探知】で……ああ、魔術は無効か……」
「探すぞ、手伝え」
「了解」
これが、アーシュリートの第三のそして最大の失敗だ。
後悔してもしきれない。何で僕はあの時セラから目を離したのだろう、と。
お読みいただきましてありがとうございました。
次回は、2月23日午前0時を予定しています。よろしくお願いします。




