表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/8

-4-

 エスペリア大陸の南東。

 ミネルヴァ帝国領南部にあるテーゼの森。

 特例地としてコーネリア教団が管理しているルーラストンの村、その西にあるウェストン。

 そこから更に西へ行った場所にある《銀狼の迷宮》でヴァン達が黒髪の女性を助け出してから、既に3日が経っていた。


「まだ1階層をウロウロしていることに驚きだねぇ」


「いや、それよりもまだ目を覚まさないあいつの方が驚きなんだが」


 いつものように一人で食堂に現れたヴァンに、そんな会話から女将が世間話を持ちかける。

 まだ目を覚まさない女性の容態をヴァンは表立っては気にしていなかった。

 が、今はユフィもシェイニーもここにはいない。

 このまま目を覚まさないのでは、と思い始めるには3日という時間は十分だった。


「あんた達がぐったりしたあの子を連れて帰ってきた時はやっぱりそうなったかと思ったもんだよ。運が良いのか、それとも悪いのか。これに懲りて迷宮に潜るのはやめてくれると良いんだけど」


 最初から素人が1人で迷宮に潜るというのは無理がある話だった。

 ヴァン達3人ですら、階層数と魔者の種類からして難易度は低いと評価されている《銀狼の迷宮》をまだ1階層を突破していない始末。

 戦闘訓練を受けていない普通の女の子が多少良い装備を揃えたからといって問題無くやっていけるほど迷宮という環境は生易しい世界ではなかった。


 まだ意識を取り戻していない黒髪の女性は――ヴァンの記憶ではシイナと呼ばれていた少女は――両親を失う前も両親を失って教団に拾われた後も戦闘訓練を受けた事はなかったと、女将は直接シイナから聞いていた。

 旅には慣れていても、戦闘はからっきし。

 いくら相手がD級のスライムやゾンビといった魔者でも、数が揃えば十分な脅威。

 狡猾なハウンドヴォルフに遭遇していたらと思うだけで、シイナが幸運に恵まれていたのは火を見て明らかだった。

 滅多に人が訪れない銀狼の迷宮でヴァン達に救出されたというのも出来すぎなくらいである。


「あいつが迷宮に潜る理由は?」


「さぁね。あたしはそこまでは聞いちゃいない。教会や中央の宿に問い合わせれば何かしら情報が得られるかも知れないけど、あたしはそこまでするつもりはないね」


「同僚なのに白状なんだな」


「まだあまり親しくない間柄なのに根掘り葉掘り聞いたり調べたりするってのはねぇ。それにあの子の心は端から見て分かりやすいぐらいにちょっとガチガチに固まっていたからね。煩わしいと思われたら距離を取られて溶かすのも一苦労さ。ちなみにあんたが迷宮に潜る理由はなんだい?」


「その言葉の流れでここで俺が答えないと、俺が女将に対して距離を取っているという事になるじゃないか。呪いを解くためだ」


「おや、金と女のためじゃないんだね」


「俺をいったい何だと思ってる……」


「ろくでなし」


「酷いな」


「ここはあんな可愛い女の子を2人も連れてやって来るような所じゃないよ」


 責められた腹いせに、という訳でもなく女将がサラッと答える。

 しかしヴァンは自覚があるのか、思わず苦笑していた。


「ま、あんたがいったいどんな呪いにかかっているのかは知らないけど、その呪いを解くためにお金が必要なのは分かったよ」


 空になった食事を詰み重ねながら言う。

 朝に用意する食事の数がいつも一人分だけだという事には多少不思議には思っているものの、その事について女将は言及するつもりはなかった。

 これから迷宮に潜るというのに朝食を抜くという行為は褒められたものではないが、女には女の理由がある。

 目の前の男よりも余程しっかりしていそうな2人が、お金がないからという理由で朝食を抜いているとは到底思えなかった。


「ただ、やっぱりそうすると惜しいねぇ。エルンスプリグの翅、まだ見つからないのかい?」


「残念ながら」


 エルンスプリグとは、銀狼の迷宮1階層に稀に出現するダンジョンバタフライの銀色バージョンの固有名である。


 瘴気の塊である魔者の半数以上は死ぬと塵と化して消えるのだが、その際にアイテムをドロップする事があった。

 物質的な形を持たない瘴気だったが、魔者と化す仮定で周囲にある物を取り込んで象る事もあり、死亡後もそれが残る事があるのだ。

 ハウンドヴォルフの牙や、エルンスプリグの翅もその一つ。

 ドロップ率はまちまちなのでほぼ運任せだが、ダンジョンバタフライの派生型であるエルンスプリグの翅はドロップ率100%。


「スライムに溶かされたか、それともハウンドヴォルフに食われでもしたかね」


 魔者からドロップするアイテムは天然素材とは異なる工程で生成されている。

 そのため利用価値も物によっては非常に高く、エルンスプリグの翅もその一つだった。


 但し、そういうアイテムは瘴気の塊ともいえるので、魔者達も放っておかない事が多い。

 ユニオンスライムであれば取り込めば分裂が加速するし、ハウンドヴォルフであればほとんど腹の足しになるだけだが、どちらの魔者も場合によってはより上位の魔者へとクラスアップしてしまう可能性があった。

 とはいえ、クラスアップするにはアイテムとの相性もあるので、エルンスプリグの翅だけではほぼ不可能に近いが。


 ちなみにゴーストゾンビは生命体以外は認識する事が出来ないため除外する。


「そもそもエルンスプリグだったかどうかも怪しいからな。ユフィ達の記憶にある場所が確かである可能性も否定出来ないようだし、期待しすぎるのもどうかと思う」


「そうかい」


 実は見つかれば3人の装備を一式新調出来るぐらいの金額になるのだが、女将は敢えてその事は告げなかった。

 文字通り、あまり期待させすぎるものでもなかったため。


 ちなみに、誰も知る事のなかった真実は以下の通りである。


 ①、たまたま通り掛かったユニオンスライムがエルンスプリグの翅をゲット。

 ②、エルンスプリグの翅をゲットしたスライムが大増殖を開始。

 ③、通路では狭くなってきたので、小部屋に入る。

 ④、増殖しすぎた結果、小部屋から出られなくなる。


 ちなみにユニスラは合体も分離も自由自在なのだが、エルンスプリグの翅があることで皆がこぞって合体を維持し続けたが故の巨大化、部屋から出られなくなるという図式である。


 ⑤、別のスライム達と交戦していたシイナがその小部屋に逃走。

 ⑥、前を見ていなかったシイナが小部屋にいたスライムに激突。

 ⑦、追ってきたスライム達も小部屋にいたスライム達と合体。

 ⑧、まだ溶け残っていたエルンスプリグの翅と捕獲したシイナから得た栄養で、最初にエルンスプリグの羽をゲットしたスライムがユニオンスライム・ホットシルバーにクラスアップ。

 ⑨、ほぼ時を同じくしてヴァン達が小部屋に現れる。


 そして更に言うなら、ユニスラシルバーは生まれて暫く経つと周囲にいるユニスラ達に溶かされて消滅するという末路を辿る儚い運命の持ち主だった。

 但し、ユニスラシルバー自体も周囲にいるユニスラ達を同じ速度で溶かしていくので、結果的にユニスラの総量が増える事はなかった。

 いわば、酸性とアルカリ性のような関係だったため。

 そのため、ユニスラシルバーの価値はエルンスプリグの翅よりも更に高かった。


 とはいえ、ユニスラシルバーは倒すのではなく生け捕りにする必要がある。

 ここで問題となるのが、ユニスラシルバーは刺激を与えると発熱する特性。

 加えて、高速移動するという厄介な能力も持ち合わせているので、生け捕りにするにはそれなりに知恵と対策が必要だった。

 一番手っ取り早いのは法術で気絶させてしまう事なのだが、法術が弱点という事も相成って加減を間違えるとそのまま倒してしまいかねないという問題も持ち合わせている。


 一攫千金の相手には違いないが、現状のヴァン達では生け捕り自体が難しいため、知らぬが仏。

 ユニスラシルバーの話を女将が聞いた時、その事も敢えて女将は告げる事はしなかった。


「待たせたの。そろそろ出発するかや」


 会話が途切れた所で丁度良くユフィとシェイニーが現れる。

 そのまま2人はまだ寛ごうとするヴァンを両脇から拘束し連行していくのを、女将は呆れた顔で見送った。

 後にはいつも通りに寂しい食堂の光景だけが取り残される。

 出来てから一度として客席が埋まるという賑わいを迎えた事がない世界。


 テーブルの上に鎮座する空になった食器を手に取り、女将は炊事場へと引き上げていった。










「聞いての通りだ。行ったよ」


 そして、炊事場に隠れていた少女へと女将は告げた。


 ヴァンが食堂へと姿を現してすぐに炊事場へと逃げ込んだ少女の髪の色は黒。

 瞳の色も黒。


「お手数をかけてすみません」


 未だ意識不明だとされている少女――シイナは、床に正座したまま女将に頭を下げた。

 その見慣れない座り方と丁寧な礼の仕方に女将は眉を潜める。

 あまりにも低いシイナの礼の仕草に、むしろ女将の方が悪気を感じてしまう。


「迷宮の中であんた達の間に何があったのかは知らないけどねぇ。逃げる程のことなのかい?」


 そう言いながら、女将は視線の高さをあわせるためにしゃがみ込む。

 そのままだと居心地が悪かったため。


「迷宮であの方が私の身体に何をされたのかは私も知りません。ですが、きっとろくでもない事なのでしょう」


「なんだい、身に覚えがないのに毛嫌いしているのかい。なら、たぶん何もされちゃいないと思うよ。何しろお目付役が2人もいるみたいだからね」


「別に私はそのことに関してはどちらでも構いません。それよりも」


 シイナが姿勢を正して両手の先を膝の前で揃える。

 そして頭を下げようとした瞬間。

 女将の指がシイナの額をピンっとはねた。


「何度頭を下げられようが、規定は規定だからね。こればかりは私にもどうしようもない」


「そこを何とか」


 シイナはなおも食い下がった。

 何故なら、そうしなければもう迷宮に潜る事は出来ないため。

 シイナが貯蓄の全てをはたいて購入した装備は、3日前にすべて使い物にならなくなっていた。


 着ていた防具の類はユニスラに溶かしてしまったため、ほとんど使い物にならないボロクズと化している。

 一応着れないことはなかった。

 が、いくら人目がほとんどない西の地だとしても、あれをそのまま着続けるというのはいくらなんでも耐えられるものではない。

 故に、今は女将から譲り受けた薄着の布服を身に着けているだけ。

 防御力など無いにも等しかった。


 ただ、問題はそこではなく。

 シイナが女将に頭を下げているのは、一番お金のかかった武器を返して欲しいからだった。


「あんたも気付いてるんだろ? 本当なら今頃死んでいたんだよ」


「でも私は生きています。五体満足でもあります。ならば私は迷宮に潜るだけです」


「何があんたをそうさせているのかは聞く気はないけど、物事には向き不向きというのがある。まぁそれ以前に、目的に感情を重ねすぎるのもどうかと思うけどね」


「……それはどういう意味でしょうか」


「なに、簡単な事……ではないかもしれないけど。あんたが迷宮に潜りたいという思いに、一人で潜るというどうでもいい理由をくっつけるなって事だね。それと、あの男を毛嫌いしている理由もか。折角同じ迷宮に潜っている人がいるんだから、私に無理を言って武器を取り戻そうとするよりも先に、彼等にお願いしてついていけば良かったってことさ」


 シイナが持っていた武器レイピアは、ヴァンに回収された後、女将の手元にやってきた。

 その理由は、教団が定めた規定のため。

 迷宮内で手に入れたアイテムは、いかなる理由があろうとも教団に提出すること。

 その規定にのっとり、迷宮から帰ってきたヴァンから女将へと手渡されたレイピアはシイナの手元に戻る事はなく、そのまま教団の所有物として扱われる事となった。


 ただ、ヴァンは別に教団へ提出した訳ではなかった。

 単純に、レイピアを女将に渡した際に言葉足らずだった事が原因である。

 もしくは、レイピアとシイナを別々に扱った事か。

 シェイニーがシイナを部屋に連れていって寝かせている間、階下にいた女将にヴァンが事情を話した後に「あと、これを……」と言ってレイピアを渡したのだが、その際にヴァンはそのレイピアがシイナの持ち物だという事をハッキリとは告げなかった。

 ヴァンは話の流れから女将にその事を伝えたつもりだった。


 別に女将は意地悪をした訳でもなかった。

 むしろ後からあのレイピアがシイナの持ち物だと知って驚いたぐらいである。

 何故なら、シイナが持っていたレイピアは決して安い買い物ではなかったため。


 教団に所属しているシスターが奉仕活動で得るお金はたかが知れている。

 加えて、魔者の巣窟でもあるテーゼの森の中にある村の物価は基本的に高い。

 レイピアは、間違ってもシイナが簡単に買えるような代物ではなかった。

 故に女将はそのレイピアを、迷宮内でたまに発生する宝箱からヴァン達がたまたま手に入れたレアなアイテムだと思い込んだ。

 それは不思議な事では無かったため。

 むしろ自然に行き着く答えである。


 後から知った事ではあるが、シイナは両親の形見として持っていたブローチを売り払ったお金でレイピアを購入していた。

 一時的に質に入れはしたものの、シイナ本人は後で買い戻すつもりだという旨を店の主人に口酸っぱく言っていたのだが。

 その話を聞いた後、女将はやはりそのレイピアをシイナには返すべきではないと再び思ってしまう。

 何故なら、レイピアは切っ先が折れていたため。


 両親の形見を手放してまで手に入れたレイピアが、たった一日でその価値を大幅に下げてしまった事を告げるのは忍びない。

 まだ使えない事はないのだが、シイナの記憶にはレイピアがまだ健在だった姿がハッキリと残っていたため、誰がそうしたのかという結論へと至るのは簡単に想像がついた。

 毛嫌いしている相手のPTに入れてもらう事を勧めているというのに、その相手の印象を更に悪くする話をしてもしょうがない。


「あの方とご一緒する、というのですか……」


 その選択肢をシイナが頭では理解出来ても感情が追いついていないのは、注意深く見ていなくとも女将は容易に読み取ることが出来た。


「正確にはあの方達と、だね。なに、女が2人もいるんだ。そこにあんたが加われば多勢に無勢。今ですら尻に敷かれているといった感じだからね。あの2人を味方につけて黙らせてしまいなよ」


 他人事なので女将は気軽そうに言う。


「先程チラッと拝見させて頂きましたが、正直薄ら寒いものを感じました。どちらの方も私の存在に気が付いていたようです」


「おや、そうなのかい」


 女将もその事には気付いていたが、白々しくそんな言葉を吐く。

 女の勘に加えてシイナの事を知っていたからこそ気付けた違和感だったので、ヴァンにはまずばれていないことだけは確信している。

 もっとも、あの2人が後でヴァンに教えてしまう事だけは女将もシイナも防げないので、そこは女の嫉妬を信じてあの2人が告げ口しない事を祈るのみである。


「恐らくあの方の事ですから、望めば二つ返事でOKをしてくれるかと思います」


 ただ、シイナの言葉には明らかにそれはあまりやりたくない事だという雰囲気がまとわりついていた。

 シイナがまるでヴァンの事を知っているような口ぶりをしている事には突っ込まない。

 そこは野暮というものだ。


「無理強いをするつもりは勿論ない。だけど、あんたが本当にやりたい事をやり遂げたいんだったら、些細な感情はこの際捨てるべきだと思うけどね。それでなくとも、いきなり死にかけたんだ。生き残る確率を少しでもあげるというのが、今のあんたの最優先事項だとあたしは思う」


 好い加減しゃがみ込んだ姿勢で話すというのに女将は疲れていたので、シイナの頭をちょっと強めに撫でながら立ち上がった。

 そして思い出したように下げてきたばかりの食器を手に取り、洗い場へと向かう。


「……私もそう思います。なので……」


「くどいよ」


 そこに拘り続けるならば元同僚であっても鬼になると女将の背中は物語っていた。

 目的を成し遂げるためには甘えた考えは捨てろと。

 これでも女将はシイナのことをとても気にしていた。

 何故なら女将も昔、シイナのように一時休職して迷宮に潜っていたため。


 今でも懐に忍ばせている短剣は、当時に女将が愛用していた武器の一つだった。

 その短剣に何度も命を救われた記憶も少なくない。

 今でこそ使われる機会はないものの、手入れだけはきちんと行っている。

 その短剣を、場合によってはシイナに貸し出す事も考えていたのだが。


「棍棒だったらさっきいたあんたと同じ髪の色をした嬢ちゃんが作れるみたいだから、ダメ元でお願いしてみるのも手だよ」


 貸し出したが最後、今のシイナに貸し出すのはゴミとして捨てるようなものだと感じたため、女将は別の選択肢を提示する。


「黒髪の方ですか? あの方と目があった時、どうも私は毛嫌いされているようでした」


 だからどうしたというのか。

 女将もその感情は読み取っていた。

 だが、ダメ元でも生き残る確率が少しでもあがる可能性があるのならば実行に移すべきと今し方説いたばかりだというのに。

 そんな蜂蜜のように甘い言葉を返してきたシイナに、女将はとうとう鬼となる決意をする。

 シイナの生存確率を少しでもあげるために。


「あたいの事は毛嫌いしないでくれよ」


 その会話の繋がらない言葉に、シイナは正座したままの姿勢で首を傾げるのだった。










 コーネリア教団が世間から秘匿しながらコッソリ管理しているテーゼの森の中にある迷宮は、基本的に選りすぐった者達だけが送り込まれている。

 その例から漏れているシイナに迷宮で出会った事は、同じくその例から漏れているヴァンからしても偶然にしては出来すぎだと思わざるをえない。

 本来ならば森の外で一度審査を受けた上で来る事を許される地。

 しかし、その通常以外の手段でその森を訪れた者……異世界から飛ばされてきたヴァンは、ある事情により特例として迷宮へと潜る事を許されていた。


 それは、ユフィとシェイニーにも関係していること。


 この地には、コーネリア教団どころかエスペリア大陸のほぼ東半分を統べているミネルヴァ帝國の力を以てしても未だ排除する事の叶わない悪しき者が存在している。

 しかしその悪しき存在も、50年前に教団の最高戦力と言われた枢機卿と矛を交えてからごく最近まではその姿を一度として現していなかった。


 その沈黙が破られたのが、今より約半月前のこと。

 その日は丁度、この地に謎の男性――ヴァンが降り立ったその日でもあった。


「戦闘中に余所様の娘の事を心配するのははあまり感心出来ぬの」


 鉄扇で撃ち払ったハウンドヴォルフが後衛のシェイニーが放った矢によってキッチリと仕留められるのを確認し、続く敵もいない事を確認した後。

 動きに精細をかいたヴァンの意識が前を向いていない事に、同じ前衛のユフィがいち早く気が付いて指摘する。


 成長した事で余裕が出来たとはいえ、まだまだヴァンの攻撃には空振りが多くたまにヒヤッとさせられる事があった。

 先程の敵もその内の一匹。

 棍棒二刀流となり攻撃回数が増えてもその命中精度が棍棒一本の時よりも下がってしまっていては意味がない。


「ぬしさまよ。我の声が聞こえておるのかの」


「ん?」


 二度目の問いかけでようやく気が付いたヴァンのすぐ横を、すかさずシェイニーが法術の矢を放って警告を促す。

 いや、警告というよりは不愉快だという旨を伝えるための嫌がらせか。

 悲鳴をあげて顔を反らしたヴァンにハウンドヴォルフの一匹が好機と見て飛びかかるも、サポートに入ったユフィの鉄扇によって呆気なく撃墜。

 トドメはヴァンが振り降ろした棍棒2撃によって行われた。


「そんなにあの娘の事が気になるかや?」


 ハウンドヴォルフへの対処はしばしシェイニー一人に任せて、ユフィがヴァンに切り出す。


「うん? それはシイナの事か?」


「あの娘の名はシイナというのかや。その分だと、ぬしさまは我と出会う前にあのシイナなる娘と何かしらが繋がっておったという事になるの」


「何かしら繋がっていたって……別にやましい事は何も無いんだがな。お互い少しばかり知っている程度だ」


「ふむ、少しばかりかや」


「具体的に述べなさい」


 いつの間にかシェイニーがヴァンのすぐ隣にまで接近し、ヴァンに向けて弓を構えていた。

 おい、とツッコミそうになるものの、その弓が一瞬横にぶれて飛びかかってきていたハウンドヴォルフの眉間を正確に射貫いたのを見てヴァンは考えを改める。


 連日の戦闘でシェイニーの弓の技術は格段に上がっていた。

 今ならば50メートル先で頭の上にのっけたリンゴでももしかしたら連続して射貫くかも知れないなとヴァンは思う。

 矢を法術で作っているので、重力や風の影響を計算に入れなくて良いというのはある意味反則である。

 飛距離は矢に籠めた法術の力次第。

 流石に那須与一さながらに船上の扇を射貫くほどとはまだ思えなかったが。


「中央の村の入口で軽く会話を交わしたのと、宿屋の隣にあった食事処で給仕と客として出会った程度だ」


 給仕中にシイナが盛大に転んだ姿が目に焼き付いて、その時初めてシイナの事を記憶した事までは言わない。

 代わりに別の記憶を引っ張り出す。


「そういえば村の入口で会った時、シイナは同郷の士を捜しているような問いを投げてきたな。俺を見てすぐにそう聞いてきたから、黒髪黒瞳というのがその目印なんだろう」


 そう言って、ヴァンはシェイニーを見た。

 ヴァンもシェイニーも黒い髪に黒い瞳をしている。

 ただヴァン自身はそもそもこの世界の生まれではないので、シイナとは同郷である筈がないとヴァンは確信していた。

 ヴァンの生まれは、知識の中では日本。

 そこで生まれ育った記憶は一切持ち合わせていないが、知識のほとんどが日本のものだったので疑う余地はなかった。


 ならばシェイニーはどうなのか。


「私が生きていたのは150年も前の事よ。例え同郷だったとしても時代が違いすぎて話が噛み合わないんじゃないかしら」


 シェイニーはヴァンによって召喚されている身の上。

 即ち、それはシェイニーが既に人の枠からは外れた存在となっている事を意味している。


「それに私がいた部族が今も残っているとは思えないわね。誰かさんのせいで外に出されてから一応は調べてみたけれど、知らない国の名前ばかりだったわ」


「気にはしていたのか」


「気にならない方がおかしいでしょう?」


 その問いかけにユフィも頷き、小さく苦笑を浮かべて昔を偲ぶ。

 ユフィもまたヴァンによって召喚されている身の上。

 人の枠から外れてからの年月は、シェイニーのそれよりもずっと長い。


「少し話が脱線しておるの。ぬしさまよ、先程なにやら心ここにあらずといった感じじゃったが、それはあのシイナなる娘の事を考えてたからじゃろう?」


「いや?」


「およ……」


 心外だと言わんばかりのヴァンの反応に、珍しく読み違えてしまったユフィがまるで雛鳥のような声を発して驚きを露わにする。

 思わずその頭を撫でたい衝動にヴァンはかられたが、持ち上げた手に棍棒が握られている事を思い出して断念した。


「まだ戦闘中だったか。話は先に片付けてからにしよう」


 同時にその事を思い出し、視線を通路へと向ける。

 ヴァン達は今、シイナ救出劇を繰り広げた例の小部屋を訪れていた。


 その目的は、勿論レベル上げ。

 カラクリが読めた以上、そのカラクリを利用して大量の敵を意図的に出現させて狩るというのは常套手段である。

 他にこの迷宮に潜っている者もいないようなので、ヴァン達が意図的に呼びだした大量の敵が、誤って他の者達へと攻撃対象を移し殺してしまうような事態も気にする必要はなかった。


「私は先にあなたの事を片付けてしまいたいわ」


 弓を番えていなければ冗談だと自信を持って苦笑を零せるのに。

 そう思いながら、ヴァンは背後からの恐怖に若干怯えながら両手に持ったシェイニー特製の撲殺武器を振るい始める。


 少しして、生身の動物を殴れば血塗れになるだろう棍棒が綺麗なままの姿でハウンドヴォルフ達の撃退に成功し、その役目を終える。

 後に残った牙を回収したいところだが実はそれも罠の一つとなっていたため、ヴァン達は牙を放置したまま小部屋の中で一息を吐いた。

 牙を回収しに行けば必然的に通路を通る。

 通路を通る事でハウンドヴォルフ召喚の罠が発動してしまうので、下手に回収を始めると無限ループが発生するだけである。


「そろそろ次の階層へ行くべきか」


 頑張りに対して結果が見えなくなってきた各種レベルの状況を確認した後、ヴァンはまるで独り言のようにその言葉を呟いた。


「で、ぬしさまは何を考えておったのじゃ?」


 しかしヴァンの目論見はアッサリと無視された。

 ヴァンは観念したように両手を軽く挙げてから、ポツポツと話し始める。


「俺が迷宮に潜る理由を少し考えていた。以前とは少し変わってしまったかな、と」


「ふむ、変わってしまったのかや。以前とは何が違うのかや?」


「それは……」


 一瞬、ヴァンが言い淀む。

 シェイニーが突き刺さるような瞳でその先を促す。

 その黒い瞳をヴァンは見返しながら言う。


「守りたいものが出来た」


 そう言われた当人は、瞳を細めて口元に揶揄するような微笑を浮かべた。


「今の所、守られてばかりだがな」


 嘲笑と勘違いしたヴァンが視線をそらしながら言葉を付け足す。


「まだ聞くべき時ではなかったの。なに、そのうちきっとその願いは叶えられるから安心するがよい。というか、我が叶えさせてやる」


「わざわざ窮地にでも陥ってくれるのか?」


「なんじゃ、ぬしさまは仮初めでも良いので格好良い所をただ見せたいだけなのかや」


「マジで窮地に陥るよりかはそっちの方がずっと良い」


「籠の中の鳥は嫌よ」


「好き勝手に出てきているのはどこの誰だったかな」


「ぬしさまがそれを望んでおるからこそ我等は自由に外に出られるんじゃがの。気付いておらなんだかや?」


 今は人としての枠からは外れてしまった存在だったとしても、ヴァンにはユフィとシェイニーはどこからどう見ても同じ人間にしか見えなかった。

 シェイニーに至っては、同じ色の髪と瞳を持っているため同郷の錯覚さえ覚えてしまっている。

 それゆえに、ヴァンは2人を召喚獣というくくりで使役するという行為には人道的な見知からどうにも納得する事が出来なかった。


 召喚主であるヴァンが望めば、2人は強制的に帰還させる事が出来る。

 同様の理由で召喚も可能となっていた。

 但しリスクはある。

 真っ当な召喚獣にしてもそうだが、自我を持った存在に強制を強いるというのは反感を買ってしまう事を覚悟しなければならない。


 それだけの理由が揃えば、ユフィとシェイニーが自由に出たり消えたり出来るというのはある意味では自然に行き着いてしまう結果と言えた。


「無意識というのは恐ろしいな」


「雄の本能でしょうに」


 束縛があっては心の底から仲良くなれる日はやってこない。

 これからも長い付き合いになる美少女2人に対し、少なくともヴァンは長い目で見て最良の選択肢を選んでいるつもりだった。

 ……まぁ単純に目先の欲に走らず、より確実な勝利を求めただけとも言えるのだが、

 呪いの効果をうまく利用して理性的になったとも言えなくもない。


「で、本当は何を考えておったのじゃ?」


 しかしヴァンのそんな好感度アップ作戦は見事に看破されていた。

 先程よりも良い笑顔を浮かべながらユフィがヴァンとの距離を詰める。

 ――鉄扇が届く間合いに入ったとも言う。

 嬉しくもヒヤッとする距離。


「この迷宮のボスについて考えていた」


 今度こそ本当にヴァンは観念して、考えていた事を口に出した。


「そこに辿り着く前にあなたは必ず死ぬというのに、ありもしない未来を妄想して楽しい?」


「その死因が射殺でなかったら、たぶん楽しいかもな」


「あら、それは残念」


 幾分か機嫌を良くしたシェイニーが嬉々として毒舌を吐いてくるのを若干好ましく思いながら視線をユフィへと戻す。

 直後に頭の後ろを何かが通り過ぎていったが、出来る限り気付かないことにした。

 反応を見せればそれだけ喜んでちょっかいをかけてくるために。

 そうなれば、話が脱線したとして鉄扇が襲ってくる可能性まで出てきてしまう。


「銀狼の迷宮というからには、奥で待ち受けているのはきっと狼じゃろうの」


「だと俺も思っていたんだがな。どうも話を聞いてみるとそうではないらしい」


 ヴァンのその言葉に、ユフィは内心で喜ぶ。

 事前の情報収集と、仲間への相談。

 どちらもユフィがヴァンに事あるごとに言い聞かせていた事だからだ。


「この迷宮のボスは毎回変わるらしい。だから実際に見るまでは明確な対策を立てようがない」


 その情報源は女将以外にはまずありえないので、誰からの情報かとは聞かない。


 女将から話を聞くだけならばユフィもシェイニーも当然出来るのだが、敢えて2人は女将からは何も話を聞いていなかった。

 それもまたヴァンの成長を促すための処置。

 そのぶん危険度は跳ね上がるが、先の事を考えると今のうちに教えられる事は教えておくべきだと2人の意見は一致していた。


 自由に出たり消えたり出来るという関係がいつまでも続くとは2人とも考えていない。

 人の心はすぐに移り変わる。

 そのうち隠したい事も色々と出てくる筈である。

 長い付き合いになれば喧嘩する事だってあるだろう。


 ヴァンは強く望めばユフィとシェイニーに強制を強いる事が出来るので、煩わしいと思われた時点で2人の自由は束縛される。

 そうなった場合、2人はヴァンが窮地に陥っても助け船を出す事が出来なくなるのは目に見えていた。

 ヴァンは望めば2人を強制的に召喚出来るとはいえ、その考えすら思い浮かばないほど錯乱した状態に陥ってしまう可能性は決して低くない。

 召喚者であるヴァンの死はそのまま2人の人生が再び凍結する事を意味しているため、それは2人にとって最も望んでいない結末だった。


 シェイニーは言った。

 自分が生きていたのは150年も前の事だと。

 それは同時に、150年の間ずっと生きていなかった事を意味している。


 人としての存在を歪められ、ヴァンという依り代が無ければ外にも出られず、依り代がいない場合はその人生が凍結される。

 それをしたのは、この地に住む悪しき存在。

 50年前、当時におけるコーネリア教団の最高戦力であった枢機卿ですら滅する事の出来なかった不死なる賢者。

 ユフィとシェイニーは、その悪しき賢者が戯れに実験した研究の被害者の一人だった。


 今こうしてユフィとシェイニーが外へと出る機会が与えられているのも、やはりその悪しき賢者の戯れによるものが大きい。

 しかし2人にとってそれは千載一遇のチャンスでもあった。

 そして、長い年月を経てようやく訪れた第2の人生の始まりでもあった。


 ヴァンの死は、2人の人生の終わりを意味する。

 ヴァン自身も悪しき賢者の毒牙にかかりその身に様々な呪いを受けているものの、その命はまだ終わっていない。

 3人の関係もまた悪しき賢者の戯れにより始まったものではあったが、ユフィとシェイニーはこの先の人生と未来を憂い、運命共同体であるヴァンの成長を促すと同時に死の危険から出来る限り守り抜く必要があった。


 まぁただシェイニーは表裏が激しく、時折にヴァンを虐めて楽しんでいるようだが。

 人生には潤いが必要じゃろうという事で、ユフィはそれを基本的に黙認している。


「では、どうするのじゃ?」


 ヴァンが考え始めたので、その知恵の泉が枯れるまではユフィは雨を降らさないように注意を払う。


「一番確実なのは、とにかく強くなる事だな。圧倒的な実力の差があれば、多少の誤差は十分許容出来るようになる」


「うむ、良い答えじゃな。堅実に徹するは正道なりとは、さて誰の言葉じゃったかの。あれこれ策を練るよりもまずは基礎固めが重要じゃ」


 ヴァンの知識の中にそんな名言は無かったが、それもそのはず、その言葉はユフィが生前懇意にしていた姉弟子がよく口ずさんでいた己をただ律するための戒めだった。

 ユフィの容姿が巫女服姿なのは、ユフィの生前がそういう役職に就いていたからに過ぎない。

 毎日毎日同じ事ばかりをただ繰り返すだけの辛い日々。

 ある意味においては自己暗示とも取れるその言葉を、ユフィは純粋に尊敬と感心の意を以て受け止めていた。


「じゃが、それもそろそろ難しくなっておるようじゃの。我の体感でも、レベルなるものの上がりは感じられぬようになってきておる」


「打ち止めという訳じゃないが、これ以上は苦行になりそうだ」


「それ故の、先の発言かや」


 いくら数を倒せる狩り場だと言っても、実入りが少なくなってくれば美味しいとはいえなくなる。

 次のレベルまでの経験値が1万あるとすれば、経験値1しか入らない敵を倒し続ける道理はない。

 流石にそこまでという訳ではなかったが、先程の1ルーチンをこなしてもヴァン達のレベルは誰一人として上がっていなかった。


 尚、ヴァンはレベルという数値を見る事が出来たが、経験値という数値を見る事は出来なかった。

 故に、敵を倒した際に手に入る経験値が固定経験値制なのか、それとも実力差に伴う変動経験値制なのかは分からない。

 固定経験値制ならば苦行する意味はあるが、変動経験値制だった場合は最悪で言えば無駄になる。

 それを検証するためにはヴァンが今現在未取得の職業に変わり、しかも一人で黙々とハウンドヴォルフを倒し続ける日々を送る必要があった。


 流石にそれはまだ危険すぎるので、ヴァンはそれをするつもりは無かったが。

 しようとしてもユフィとシェイニーに止められるのは目に見えていた。


「となれば、どうするのじゃ?」


 ユフィは先程と同じ言葉を投げて、ヴァンに再び考えさせる。

 別にユフィはヴァンの最初の言葉を絶賛していた訳ではない。

 ただ単純に、褒めて伸ばす手法を取ったに過ぎなかった。


 ユフィは元来褒める事が好きな質。

 それが面に出てくるという事は、今はそれなりにユフィの機嫌が良いという事の表れでもある。


「偵察を出したい所だが、肝心のボス部屋に入るとこの迷宮ではボスを倒すまでは閉じ込められるらしい。しかもボスは部屋に入って暫くしてから出現するとか」


「まぁよくある事じゃな」


 ボスの種類がランダムで変わり、事前偵察も出来ない。

 つまりそれは、正攻法は使えないという事でもあった。


 ただ、ある意味ではそれはフェアな勝負とも言える。

 何故なら、ボス側は最初からこちらの戦力を知った上で戦う事が出来ないために。


 勿論、相手の癖を読み弱点を突くというのは弱肉強食の世界では当たり前の事なので、それが出来る時にはわざわざ自ら不利な状況に陥る必要はない。

 必要な時には遠慮無しに対策を練ればいい。

 それがこの迷宮では出来ないというだけのこと。


「正直言えば、対策が思い浮かばない訳でもない。ただそれはちょっと姑息な手段になるうえに、成功したとしても次に同じボスが現れるとは限らないから無駄足になる可能性がある」


「ほぅ……ぬしさまにはなんぞ考えがあるのかや。なかなかに知恵者じゃの。我も鼻が高いぞよ。して、それはなんなのじゃ?」


「俺は外で待機したまま2人がボス部屋の中に入って、タイミングを見て帰還するという方法だ」


 それはユフィとシェイニーが本人の意思で自由に出たり消えたり出来るという特性を利用した偵察方法だった。

 出現する時はヴァンの側という決まりがあったが、消える時のルールはこれといって特にない。

 つまり、ボス部屋の中の様子を見た後で危なくなったら消えれば良いという他の者には真似する事が出来ないちょっとずる賢い作戦である。


「なるほどの。再度しゃばに出れるようになるまでには幾分か時が必要じゃが、確かにその方法ならほぼリスクなしで目的を達成する事が出来るの」


 その方法をユフィは既に気付いていたが、それを口に出すような野暮はしない。

 そして嬉しくも思う。

 偵察は大事だが、その方法がまるで偵察者を捨て駒にするかのような作戦でもあったので、ユフィもその方法は出来ればやりたくないと考えていた。

 その意見がヴァンと一致した事にユフィは内心喜んだ。


 ちなみに、後半の懸念事項に関しては2回以上繰り返してみれば良いだけなので、問題に値しない。

 少しつっつけばヴァンもすぐにその結論に気が付いたので、もう一度褒めてから話を先に進めた。

 そこからは主に傾向と対策に関しての話となる。


 これまでの戦闘では多数の敵に狭い通路で相対するか、小部屋の入口で待ち構えて戦うというのがメインだった。

 シェイニーは常に距離を取って弓で攻撃。

 ヴァンとユフィは交代で前衛を入れ替わるか、もしくはシェイニーを前後で挟んで戦うかのどちらか。

 つまり、大部屋において強敵と戦うというのは、これが初めての経験だった。


 フォーメーションや3人の立ち位置についてヴァンが幾つもの案を出していく。


 例えば、敵をヴァンとユフィが前後から挟み、シェイニーが横から攻撃するというT字型の陣形案。

 基本的に矢面に立つのは一人だけだが、後衛のシェイニーとの間に障害がないので狙われた際が少し危険という事で案を出すだけに終わる。


 例えば、敵の正面左右にヴァンとユフィが位置取り、敵の背後からシェイニーがチクチク攻撃するという△型の陣形案。

 先程と同様にシェイニーが狙われた際が危険だが、T字側よりもヴァンとユフィに敵の注意が向くためシェイニーの危険度は若干下がる。

 ただしその場合、シェイニーからの回復援護が非常に難しくなってしまうという欠点があった。


 例えば、敵の正面左右にヴァンとユフィが位置取るのは先程と同じで、シェイニーが二人の後方に位置取りするという傘型の陣形案。

 シェイニーが狙われるのを防ぐ事も出来るし、シェイニーからの回復援護も受けやすい。

 反面、敵が突進などの強引な手段に出てくると3人とも被害を受けるという問題があった。


 他にも、敵を前後で挟んだ上で、どちらか片方の後ろにシェイニーが付く棒型の陣形案。

 敵の正面左右に位置取り、その片方の後ろにシェイニーが付くヘの字型の陣形案。

 とりあえず全員並んで戦うという、縦一列型もしくは横一列型の陣形案などなど。


 だんだんと饒舌に語るようになってきたヴァンにユフィがそろそろ褒めて煽てるのに飽きてきた頃。


「別にどの陣形でも良いじゃない。戦っている最中に必要に応じて変えていけるようになる方が重要だと思うけど?」


 シェイニーがそう言ってバッサリと斬ったところで、その話はお開きとなった。


 結局、戦略云々も大事だが、まずは互いに連携が取れるようになり――ユフィとシェイニーはとっくに連携が取れているので、残るはヴァンだけなのだが――最適な判断を指揮系統であるヴァンが下せるようにならなければ、いくら陣形を組んでもあまり効果は見込めない。

 敵が常に一箇所にいることなど意図的にそうしない限りそうそうなるものではなかった。

 もっと経験を積めば法術による拘束や麻痺などの戦術を取り入れる事も出来るのだが、まだ3人はそこまで成長は出来ていない。


 今現在、3人が使える法術は3つ。


 一つは、シェイニーが使える攻撃型の聖術ホーリーアロー。

 属性は【聖】と【火】。

 アンデッド系には特に効果の見込める法術だったので、もしボスがそういう類の相手となればまず間違いなく主力たりうる攻撃だった。


 一つは、同じくシェイニーが使える回復型の聖術セレスティア・ホーリーハンド。

 属性は【聖】と【天】。

 対象に手を当てることで一時的に自然治癒力を底上げし回復する法術である。

 非戦闘中に使うのを前提とした法術であり、効果範囲も手を当てた付近にしか及ばないため使い勝手は悪いが、その分消費する聖力は少なく難易度も低い。

 シスター達が好んで使用する法術がこれだった。


 そしてもう一つが、ユフィが使える属性付与強化型の魔法、黎水の理。

 属性は【水】。

 効果は、物理攻撃すると同時に法術ダメージも追加で与えるというもの。

 但し威力は物理攻撃時の強さには関係しない。

 注意深く眺めれば薄い青黒い光がユフィの持っている鉄扇を覆っているのだが、これがそうだった。


「新しい法術はまだ覚えていないのか?」


「覚えていないというよりも、まだ使えぬと言った方がよいの。ぬしさまと契約した事で何故か我等の力は衰えてしまったからの。それはぬしさまだけが見る事の出来る我等のレベルから分かるじゃろう?」


「絶対値がまるで足りないのよ。ただその分、消耗を考えなくても良いのが利点と言えば利点よね」


「無限に使えていた理由はそれか」


 ヴァンのMPとSPの最大値はまだ一桁。

 その半分がユフィとシェイニーの召喚に使われるという仕組みだというのはヴァンも経験から理解している。

 しかしユフィとシェイニーが持つMPもしくはSPが、その失われた数値で固定されているというのはヴァンも初耳だった。


 シェイニーが使う回復法術と、ユフィが使う強化法術。

 この2つの法術であれば連続使用するというよりも一定時間効果があるという解釈で納得出来た。

 が、シェイニーが湯水のように使っていた法術の矢だけは流石にヴァンも不思議に思い続けていた。

 一回使えば矢が100本補充される……そんな風に考えていたのだが、シェイニーの言葉でようやく合点がいく。


 ヴァンが聖力魔力を感知する事が出来るようになればすぐに気が付いただろうが、残念ながらヴァンはまだその方面では未熟もいいところ。

 戦士、剣士、闘士という近接系戦闘職ばかり鍛えているのだから――持っている武器の関係上、他に選択肢がないだけだが――それは仕方のない事だった。


 ちなみに、ユフィとシェイニーを召喚しているので、召喚士という職もヴァンは持っていた。

 レベルも地味に3まで上がっている。

 いまのところ、その影響でヴァンのMPとSPは最初の頃よりも増えているのだが、あまりにも増加量が顕著だったので、本人はまだその事に体感では感じ取れていない。


「もう少し使える量が増えてくれれば、無限地獄の責め苦を味合わせてあげる事が出来るのに……」


 さっきからシェイニーが非常に弱い小さなホーリーアローを次々と飛ばしてくるが、ヴァンはそれを猫が頭をこすりつけてくるようなものだと好意的に受け取ってあまり気にしない事にする。

 チクチクと肌を刺してくる刺激が徐々に強くなっていた事にも気付かないふりをする。


 ちなみに猫が頭をこすりつけるのはマーキング行為であり、「この人は私のもの!」という主張をしているという意味でもある。


 少ししてシェイニーのその行動に気付いたユフィが鉄扇を振って矢を蹴散らすのだが、それがヴァンのHPを気遣っての事かは本人しか知るよしがなかった。


「そろそろ行くか」


 しっかり休んだはずなのにHPが2割ほど減っていたヴァンがおもむろにそう宣言し立ち上がる。


「ボス戦かや?」


 ユフィのその当然とも言える質問に、ヴァンが当然だと言わんばかりに「おう」と言った。

 辿り着ければ良いけどね、と誰かがボソリと呟く。


 本日の地図係は、3日前から一巡してヴァンだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ